■ 感動のかげに「音楽」あり 映画やドラマの人気作曲家
『音楽は、天から降ってこない』
毎晩毎夜、その男は地下室で鍵盤に向かう。聞こえてくる言葉はいつも同じだった。「全く出てこない」。この男が生んだメロディをあなたはきっと知っている。
映画「ALWAYS 三丁目の夕日」
大河ドラマ「龍馬伝」
作った曲は3000以上。心揺さぶる音楽はどこからやって来るのか?
「空から降ってきたことはないですね。今回こそはメロディが出てこないんじゃないかと思いながら。さらさら書ける人がいるなんて信じられないですね。」
ヒットの陰にこの男。作曲家:佐藤直紀。
これまで手掛けた映画の興行収入は、900億円以上。日本アカデミー賞:最優秀音楽賞にも輝いた。佐藤が言う。「自分は芸術家なんかじゃない」。
「一応、作曲家といわれていますけど、どちらかというと“作曲屋”ですかね。みんなが喜んでくれるなら、パンツも脱ぎます、ということです。」
映像を引き立てる佐藤マジック。その腕を頼り、映画監督から依頼が殺到する。この道23年、楽に作曲できたことは一度もない。心揺さぶる曲は生まれるか。音作りの職人に密着。
■ 映画やドラマの人気作曲家 メロディが生まれる職場
昨年8月、佐藤の仕事場兼自宅を訪れ密着取材が許された。ナーバスなイメージの作曲家。だが佐藤は予想外に気さくな人だった。2人の子供を持つどこにでもいそうな父親。だが、この自宅にはどこの家にもない特別な場所がある。広さ10畳ほどのスタジオ。20台もの音響機材を配置。たった一人で壮大なサウンドを作り上げる。佐藤の仕事は「劇伴」と呼ばれる。映画やドラマ、アニメなどの映像に乗せる劇中音楽のことだ。テーマ曲だけでなく、場面に応じた音楽をひとつの作品につき数十曲も作る。
「これは、映画の中で役者さんたちが船を漕ぎながら歌うらしいんですね。船を漕ぐのってどうやら3拍子らしいんですよ普通。でも3拍子だと優雅な曲になっちゃうので、コンセプトとずれちゃうんですよね。」
どんな依頼も受ける職業作曲家。心のままに曲を紡ぐことなどない。
■ 映画やドラマの人気作曲家 メロディが生まれる職場
『すべての音には“狙い”がある』
佐藤は音楽で見る者の感情を巧みに操る。心を揺さぶる節回しが佐藤の真骨頂だ。曲を乗せるタイミングやテンポも緻密に計算する。このシーン(ALLWAYS 3丁目の夕日)では、10分の1秒単位で曲を調整。セリフの寸前であえて曲を終わらせ、セリフを印象的に響かせた。
「まずセリフが大事ですから、セリフをよけつつ音楽を構成したりとか、盛り上げるべきメロディは、どこにふるのが一番ふさわしいのかとか。いろんなやり方があるんですけれども。」
さらに、映像に合わせてロックからハワイアンまで曲調やスタイルを自在に変えてみせる。
「カメレオンみたいな作曲家が一番いいですよね。どんな映画や、どんな監督にも対応できる。これも佐藤さんだったらの。全然気が付かなかったって言われる方がうれしいですね。映画が面白かったね、ドラマが面白かったね、でいいと思うんですよ。みんなにおいしいと言ってもらって僕は満足する。」
■ 人気作曲家 映画に挑む 音楽が生まれる舞台裏
去年10月、佐藤に新たな仕事が舞い込んだ。新作映画の劇伴の作曲だ。依頼したのはヒット作を連発する大友啓史監督。映画は今年の夏公開予定の大作『秘密』。凶悪事件を追う捜査官たちの姿を描くサスペンスだ。監督は人間の深い内面を描くため、感情表現のはっきりした曲は避けたいという。
(佐藤)
「何とかのテーマ的な、メロディでもっていくようなものではない。」
(大友)
「感情を表に出していく映画というよりも。まるでささやきのような、ノイジー(雑音的)なものなのか、ちょっと分からないですけどね。」
この要望を約1ヶ月以内に形にしなければならない。佐藤が作業に取りかかった。依頼は全部で26曲。場面ごとに曲のイメージや長さに注文がある。佐藤が映像を見始めた。手を付けたのがタイトルが出るオープニングのシーン。ここに着ける曲で全体のテイストが決まる。また最初から見始めた。多い時には、数百回、繰り返し見るという。まだ音は出さないが、砂糖の作曲はすでに始まっている。
『映像の奥底に、答えがある』
「あ、ここはこういうパターンで書けばいいのね。ここはこうでしょう、なんてやると、全然クリエイティブじゃないですよね。やっぱり何十回、何百回も映像を見て、ひたすら、そこから読み解くしかないですよね。映像を見て、その空気や匂いを感じ取って、どんな音楽が一番はまるかということを、探り続けると。」
映像を見始めて10分後、何とも不思議な音を出し始めた。頭に浮かんだ音色に近いものを探す。映像に乗せて見直し、さらに作り込んでいく。1時間後、無機質な音色を生かした曲が出来上がった。
新作映画にとりかかって4日目。18曲目で壁にぶち当たっていた。仲間を失った主人公を親友の女性が抱きしめるシーン。
「内容もテイストも、この辺からぐっと方向性が変わってきているので、なので音楽も一緒に、そっちの方向を向いてあげないと。」
これまでと違い、このシーンでは登場人物の心情が表に出ている。音楽で盛り上げたいが、このシーンだけが浮くと、全体が台無しになる恐れがあった。30分後、選んだのはこれまでと同様の無機質な音。だが、それで和音を弾きはじめた。これまで抑えていたはずのメロディがかすかに感じられる。ただし、明るい和音と暗い和音を不規則に並べ、微妙なバランスを探る。更に、コーラスを薄く加えて感情を少し揺す振るようにした。映像に当ててみる。突然作業を中断した。
「急に映像と音楽の距離が近くなったというか、ハーモニーも甘くはしていないんですけど。」
方向性はいいが、映像との距離感が近すぎるという。難しい曲に挑む時、佐藤は「これでいい」と思っても、必ず一度立ち止まる。そして、頭を真っさらにし、自分の曲を客観的に見直す。「これしかない」という一点にたどり着くためだ。作業を中断して5時間後、再び映像と向き合い始めた。作る曲は多い年では200を超える。頭の中にストックなどあるはずもない。できることはひとつだけ。
『あがいて、あいがいて、あがき抜く』
「(曲が)天から降りてくるとか、風呂入っていて、なんとなくできちゃうとか、ないですね。机に座って、ひたすら映像を見て、ひたすら頭の中で考えて、ぎりぎりまで、あがいて、あがいて、なんとか少しずつ音符を引っ張ってきて、組み合わせて、そうじゃない、ああじゃないといって、やっと出来上がるものですね、僕にとって音楽とは。」
佐藤は、和音の順番を一から洗い直していった。クールな世界観を保ちつつ、どうすれば情感を表すことができるのか。コーラスもやめ、別の方法を探る。深夜12時近くになった。
2か月後、佐藤が作曲した音楽の最終チェックが行われた。26曲、監督からすべてOKが出た。
「(うまくいったと)思いますけど。僕がそう思ってもしょうがないので。見てくれる方と監督がいいと思ってくれればいいと思うんですけど。」
完成した余韻に浸る暇はない。次の仕事が待っている。
曲を書き上げても作業は終わりではない。待っているのは、手書きによる楽譜の制作。オーケストラの曲ともなれば、20以上のパートの楽譜を書きあげる。
「疲れちゃいますよね。指にタコができちゃっていますもん。ゴーストがいない証拠です、これ。」
■ 映画やドラマの人気作曲家 個性とは? 悩み続けた日々
佐藤さんが大好きな時間が来た。息子とのサッカーだ。作曲は大変だがスポーツは楽しい。ついそう思ってしまうときがある。
「音楽って、誰が本当にいい曲を書くのかって、よく分からないじゃないですか。すごくあいまいなところがあって、スポーツって勝った方が強いとか、すごくシンプルですよね。(好きなのは)たぶんそういうところなんじゃないかな。」
佐藤さんは自分に才能があると思ったことはないという。そのことに嫌というほど向き合った若き日の体験。
自分の「個性」とは?
佐藤さんは流行に流されやすい、普通の子供だった。
「プロレスが大好きで、アンドレ・ザ・ジャイアントが家に来たらどうしようとか、ブッチャー怖いなとか、ドキドキしながら見てました。みんなが興味持っているものと同じものに興味を持っているだけで、ごくごく普通に生きてきた。」
中学生の時に作曲を始めたのも、バンドブームに乗って、ピアノを習ったのがきっかけだった。今度は人気ドラマの音楽に惹かれ、映像専門の作曲家になりたいと映像専門の大学(東京音楽大学)に入学。作曲を学びながら、レコード会社や出版社に自分の曲を熱心に売り込んだ。その甲斐があって、23歳の時、CMデビューを果たした(缶コーヒー:ジョージア)。だがその後が続かなかった。周りには腕の立つ作曲家がごろごろいた。月に数本のCMの仕事で食いつなぐ日々。仕事先から度々言われたことがあった。
「佐藤さんの個性を見たいと。佐藤さんにしか書けない曲を書いてくれ。本当にいっぱい言われたんですよ、そういうこと。僕の個性はなんだろうとか、ずっと考えていたことがあったんですけれども。」
個性が足りない自分。才能があると思えたこともない。ならばと、持てるテクニックを総動員し、凝りに凝った曲を作り売り込んだ。だがある日、CM収録の現場にやって来た音楽制作会社の社長にこう一喝された。
「ここは、君の発表の場じゃない」
佐藤さんは悩み続けた。技術だけではダメと言われ、個性を求められる。一体、作曲家としてどう生きていけばいいのか? 転機が訪れたのはプロになって10年目。念願だった映画の仕事(海猿)が来た。海上救援に命を懸ける海上保安官たちの物語。1か月足らずに30曲以上というその量はもちろん、求められる曲のレベルもそれまでとはケタ違いだった。
「なんか違うんだよねとか、なんか泣けなくないとか、泣けなきゃだめなところで、なんか泣けないというのは、問題ですよね。大問題ですよね。これ、終わんないじゃないのか。間に合わなくなっちゃうんじゃないのか。いろんなプレッシャーなんかがあったりして。おっかなかったですね。」
才能がない自分。小手先のテクニックでは跳ね返される。やれることは目の間の映像をひたすら見続けることだけ。体から絞り出すように曲を書き、最後の1週間はほとんど寝ずに曲を直し続けた。やがて映画は大ヒットした。佐藤さんがあがいて書いた曲が、観客の心を揺さぶったのだ。その後も佐藤さんは最後まであがき続け、何とか注文に応え続けてきた。すると意外なことを言われるようになった。あなたの曲はあなた以外の人が書けない何かがある。そのメロディは「佐藤節」とも呼ばれるようになった。
自分の個性は何か悩み続けた佐藤さんには今思う所がある。
「個性って、出すもんでもないですよね。個性のない音楽がいい、と言っている訳ではなくて、個性とかを意識せず書くのがいいんじゃないですかね。そこで出てくる個性というのは、ひょっとすると強みかもしれないですよね。」
■ 大作ドラマに挑む人気作曲家 「最高のメロディ」を作れ!
去年8月、佐藤はあるドラマの撮影スタジオを訪れていた。綾瀬はるか主役の大河ファンタジー「精霊の守り人」。実に3年にわたって放送される。佐藤は2ヶ月で40曲を作る。中でも最も重要なのがドラマのテーマ曲だ。
(監督)
「壮大なパワーというのがこのお話の一本の柱で、そういうパワフルなものを表現するものがテーマ(曲)かなと。」
依頼はパワフルな曲。更に放送が長期にわたるため、一度聴いたら忘れられないメロディにしてほしいという。果たしてどう応えるか。
『人生最高のメロディ』
6日後、これまでに撮影したシーンをまとめた映像が届いた。主人公は女用心棒のバルサ。命を狙われている幼い皇子を守るため逃亡の旅に出る。架空の国々を舞台にした壮大な物語だ。
「音を消して見ると、(ヒロインの)バルサにヒントがある気がしますね。引っ張られますね。綾瀬さんの表情とかに。なにか、僕が探しているものが、なんとなくそこにありそうな気はすごくしますね。」
1時間後、音を探り始めた。浮かんだ断片的なメロディを譜面に書き起こしていく。
「パワフルというキーワードがあったんですけれども、プラス、女性らしさというのも大切にしたいなと思っていて、パワー一辺倒ではないですね。メロディはやっぱりどっちかというと、綾瀬さん演じるバルサ寄り。」
この日、佐藤はテーマ曲の試作、デモ作りに取り掛かっていた。フルオーケストラで演奏するため、20以上の楽器の音を重ねていかなければならない。いよいよメロディを乗せていく。
自分が作った試作を聞いて、
「なんか普通。なんか突き抜けていない感じがしますよね。でも、メロディの女性らしさとか彼女(バルサ)の芯の強さみたいなのは、こういうことな気もするんですけどね。まだありますね。まだいいのがあるはずですね。」
翌日、あるフレーズが浮かんできた。メロディに6連符という細かい音を加える。
「一番大事なのは、つかみの頭のメロディだと思うので、当初はもうちょっとシンプルなメロディかなと思ったんですけども、要所要所に6連符とか3連符を入れることで、曲にうねりが出るというか」
ようやくテーマ曲が形になってきた。
完成したデモを制作チームに渡した1週間後、打ち返しがあった。
(監督)
「一番最初に聞いたときは、音色は面白い、ああ面白いなと思って、音楽が始まった時に、よくメロディがつかめなかったんですよ。パワーは来るんだけれども、分からないうちに、割と最後の方まで来ちゃって」
微妙な反応だった。大事なメロディがあまり印象に残らないという。
(音響デザイナー)
「出だしのところで、ぐいっとつかむような何かが(欲しい)。今インパクトはありますけど、もうちょっと、はっとするようなところで。」
テーマ曲として何かが足りない。厳しい指摘だった。もう一度、メロディから見直すことになった。
翌日、佐藤は少し落ち込んでいた。
「やり直してね、といわれてやり直しても、やっぱり、やり直しますけど、すぐにはなかなか、さっと捨てて、次行こうとは、なかなか、頭が切り替わらないですよね。」
作曲を再開したのは3日後。だが、新たな曲が湧いてこない。佐藤は、自分が作曲の第1線に立てるのは、あと10年が限界だと考えている。今45歳。ある覚悟を持って仕事に挑む。
『最新作を、最高傑作にする』
「いいものを作らないと、次は無い。という覚悟は当然ありますよね。一番新しい作品に関しては、これまでの僕の音楽の中でベストを作りたいというのは、当然ですけど、そこを目指していますよね。やっぱり、常に勉強をして、常に経験を重ねて、これだけ仕事をしてきているので、作曲家として向上していないと意味が無いわけですよね。」
翌朝。佐藤はメロディを一から考え直していた。だが手が止まった。結局メロディを直すことを止めた。映像を何度となく見て作り出したメロディ。佐藤はそれに賭けることにした。問題はメロディではなく、その使い方。どうすればこのメロディがストレートに伝わるのか。佐藤があがき始めた。引っ張り出してきたのは、アイルランドの民族楽器、ティンホイッスルの音色。独特の音色でメロディを際立たせる。さらに、曲の導入部分に印象的なフレーズを加えた。作業を続けて6時間。ようやく満足できるテーマ曲が見えてきた。
「この方向でもう1曲って言われたら、もう本当に無理かもしれないです。無理とは言わないですけどね。やるしかないですけどね。」
2週間後、打ち返しがあった。結果はどうか。OKが出た。
(演出)
「自分の中に、つかめなかった霧を、全部取ってもらった気がします。景色が見えたと思って、すごい嬉しかったですね。」
それから2か月後、フルオーケストラによる収録が行われた。佐藤は最後の最後まであがく。収録に立ち会い、演奏方法に修正を入れていく。7回目の収録。佐藤がうなずいた。
来年の春まで10本の作品が佐藤を待っている。
プロフェッショナルとは
オーダーに応えることなんですよね。
オーダーに100%、120%応えること。
作曲家として、プロフェッショナルだなんて全く自分では思っていなくて…
むしろ、いつ化けの皮がはがれるか、ひやひやしてますけどね。
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プロフェッショナル 仕事の流儀2016年3月21日の番組ホームページはこちら
→再放送 3月26日(土)午前1時25分~午前2時13分(金曜深夜)総合
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