■ 新たな旅立ちを支える「引っ越し」のプロ
『新たな旅立ちの、大黒柱』
専門は海外への引っ越し。1万を超える家族を世界に送り出してきた。
「皆さんに頼っていただけるなら、全部やろうかなっていう。おせっかいなんですよ、やっぱり。とことんとことん、やっちゃうっていう。」
引っ越しのエキスパート、伊藤秀男(47)。
数か月に及ぶ船での輸送や、劣悪な道路環境。国内とは段違いに難しい海外引っ越しの現場。
「この薄いの(梱包で)、どうやって支えたらいいんだ?」
引っ越しは腕力ではない。常に頭脳で勝負。
「常に(知識の)上書きをしていかないと。終わりないかもしれないですね。」
これまで数々の梱包技術を編み出してきた伊藤。そのやり方は世界120都市で使われている。僅かな力で壊れてしまう難しい荷物。新しい土地に出発する。自分にできることは何か?新たな旅立ちを支える。縁の下の力持ち。
■ 「引っ越し」のプロ 1万件の家族を世界へ
夜明け前、家族を起こさないように伊藤はひっそりと家を出る。入社25年、毎日始発電車で出社している。
「あまりギリギリに(会社に)いくのが好きではないので。その日の仕事だったり、(資料を)見返してみたり、やっぱり、(引っ越し現場は)始めて行くところなので。」
始業の1時間前に到着。生真面目な伊藤のロッカーに意外なものを発見した。元AKB48の宮澤佐江の写真。娘と一緒に応援しているという。
「明るい方なので、こちらもポジティブになるというか。(チームの)下支えをしているかたなので。子供に見れらたら、何やってるんだって言われちゃいますけどね。」
伊藤が所属するのは大手運送会社(筆者注:日本通運)の海外引っ越し専門部署。日本の海外引っ越しのおよそ半数を手掛けている。作業員の大半が20代の中、伊藤は最年長の47歳。技術と経験は1200人の中でトップに輝く。伊藤は年間400件の引っ越しを手掛ける。この日の現場は、2LDKのマンションだ。子供二人を抱える夫婦がインドネシアに引っ越すという。荷物はおよそ2000点。そのすべてを1日で梱包し、運び出さなければならない。3人のスタッフと共に、梱包作業に取りかかった。海外引っ越しは国内にはない、いろいろな制限との格闘だ。荷物は輸入品になるため、国によって持ち込めるものや量が規制される。
「輸送方法もいろいろあれば、国によってもアドバイスがいろいろ変ってきますし。やはりいろいろな知識がないと。筋力だけでは、なかなか解決できない問題がいっぱい出てくるので。」
海外引っ越し最大の制限が梱包道具。国内では家電製品や家具などに専用の道具が開発されている。しかし、海外の場合、税関や処分の問題から、使えるのは段ボールと紙。そしてエアクッションなど、現地で捨てられるものだけだ。さらに、海外引っ越しは荷物がかさばると費用が一気にかさむ。できるだけコンパクトに衝撃に耐えられる梱包を行わなければならない。
■ 「引っ越し」のプロ 段ボール 驚異の職人技
伊藤が棚に取りかかった。棚を見るなり、伊藤はいきなり段ボールを切り始めた。大きさをいちいち全部測るようなことはしない。この道20年。サイズの感覚が身体に染みついている。
「経験の中で、ぱっと見で、箱の大きさは把握しちゃうと思いますね。把握していると、やっぱり無駄がないですよね、梱包しててね。」
不利な条件が多く、困難が多い海外への引っ越し。伊藤が貫く流儀がある。
『最小の手で、最大の効果』
伊藤が理想とするとはシンプルで頑丈な梱包。(薄型テレビの場合、)まず段ボールを曲げてコの字を作り、圧力に耐えられるようにする。そして斜めに切り込みを入れて、段ボールだけではさんで固定する。技はまだある。逆目の段ボールを下に敷き詰め、上から折り曲げて封をする。実は段ボールには目の流れがあり、方向によって強度が異なる。それを十字に重ねて蓋をし、強度を増した。通常は20分かかるところ、伊藤は8分で仕上げた。
TVの梱包がどれだけの圧力に耐えられるのか、専門の設備(筆者注:段ボール容器圧縮試験機)で確かめてみた。耐荷重は優に300キロを超える。大人5人分だ。
■ プロに、ミッションを出題! 「超難関の人形を守れ」
家の中のあらゆるものはこぶ引越し。難しいのは精密機器や割れ物。例えば最新型4K-TVは薄さ5mm。画面がカーブする特殊な形状をしている。そして結婚式などで送られるブリザーブドフラワー。触るとすぐに崩れてしまう。磁器でできているお人形(レースドール)。特にドレスの部分は薄さ1mm足らず。運送自体を断る会社もある。今回のミッションはこのレースドールの梱包作業。伊藤さんはどう挑むのか?(わざわざNHK番組の方で実験を伊東さんにしかける)
表面にわずかでも当たれば、1mmの磁器は壊れてしまう。割り箸とタコ糸を取り出した。人形の底の穴に、割り箸のフックを引っ掛け、穴をあけた土台となる段ボールに糸を通して、まず人形を土台となる段ボールに固定するのだ。タコ糸を捻って両端の割り箸で段ボールを挟んで固定した。箱も段ボールを重ねて強化する。そしてどれだけの揺れに耐えられるのか実験する。震度7の力を加えても無傷の状態。ミッションを成功させた。
■ ふたたび「引っ越し」のプロ 1万件の家族を世界へ
この日、伊藤さんは千葉のマンションに向かった。依頼主の宮田さんは1か月前にドイツ赴任を言い渡されたという。海外に引っ越しするのは初めてのことだ。荷物も気持ちもまだ整理がついていなかった。宮田さんが特に大切にしているものがあった。夫婦が趣味にしている自転車。休暇には二人でサイクリングを楽しみ、仲を深め、昨年結婚した二人。これだけは自分たちの手で梱包したいという。自転車を解体し始めたが、うまくいかず戸惑っていた。急ピッチで作業を進めていた伊藤。宮田さんの様子を気にし始めた。自らの作業を止めて手伝い始める。伊藤が目指すのはただ頼まれたことをやる引っ越しではない。
『荷物だけでなく、不安も片付ける』
「不安になるものじゃないですか、知らない所に行く。それがましてや海外の方になっていくんで。そうなってくると、一番最初に相談に乗れるのは僕たちだよねって考えると、おせっかいなんですけどね、おせっかいなんですけど、家のことであろうが、なんだろうが、なんか不安に思っていることがあれば、全部お答えしちゃおうかなっていう。それだけでひとつ安心して向こうに行ってもらえるというものがあるので。」
さらに伊藤は夫婦が箱詰めしていた食材を全て取り出し始めた。ひとつひとつ原材料をチェックしていく。
「ヨーロッパ向けは食品の規制が厳しいので」
ドイツでは肉や乳製品の持ち込みが一切禁じられており、罰金が科せられかねない。本来なら客に任せる作業。だが伊藤は放っておけない。
「ポークエキスだとか、ひっかかっちゃうことになります。」
終了間際のことだった。自転車の梱包をしていた宮田さんが伊藤に声をかけた。事前に用意した梱包キットにタイヤが収まらないという。夫婦にとって宝物である自転車。最後の梱包を伊藤に託した。
終了後、伊藤は浮かない顔をしていた。宮田さんたちがやらなければならない後片付けが気になっていた。
「まだ、細かいのがちらちら残っていたりしているので、確かに僕らの業務としては遂行しているんですけど、なんか残ったのを見ると、これからあの若い二人が頑張んないといけないだなあと思うと、ちょっと心苦しい部分ではありますよね。もっとやってあげたいとは思うんですけどね、なかなかね。」
与えられた役割は果たした。だが、伊藤のおせっかいは満たされることはない。
■ 「引っ越し」のプロの休日
家電量販店に出かける。いつも手にしているのはメジャー(巻尺)。時代によって家電の大きさが小さくなったり大きくなったりする。新商品が出るたびに、そのサイズを測って、頭に入れておくのだ。伊藤さんいわく、「いつも新製品の構造を把握しておかなければならない。お店の人は何やっているんだと思っているんでしょうね、いつも買わずに中身を見てばかりいるから。」
■ 「引っ越し」のプロ 父の姿に導かれて
仕事納めの日、その足でふるさと岩手に帰る。父親の堅一さん。実は伊藤さんと同じ運送会社で作業員として働いていた。父と同じ道を歩んできた伊藤さん。しかし若い時はこの仕事をしようとは思ってもいなかった。
『尊敬できない父』
父、堅一さんは貧しい農家に生まれ、満足に小学校にも通えなかった。読み書きも苦手で車の免許も取得できない。生涯一作業員として働いた。物心がつくと、伊藤さんはそんな父親を恥ずかしく思うようになった。
「学が無い親父に対して、尊敬できない部分というのは少なからずあったんですよ。小馬鹿にするじゃないですけど、親父なんてっていう」
自分の将来に希望を持てなかった伊藤さん。自動車の販売員やトラック運転手など職を転々としながら、仲間と飲み歩いてばかりいた。それを見かねた堅一さんは、自分の上司に伊藤さんを雇うように頼んでくれた。あの親父が頭を下げてくれた。伊藤さんは引っ越しの仕事に就くことにした。働き始めると、あることに気付き驚いた。特別な技術がない父親の評判を至る所で耳にしたのだ。いつも確実に荷物を運び、車両の整備から掃除まで、人が嫌がる仕事も率先して行っているという。ただただまじめに仕事に向き合う。そんな父親を頼る人が大勢いた。
「お父さんすごいんだよ、お父さんすごいんだよって、話を聞いていく中で、親父すごいんだなっていう、いいなって思いましたね。親父いいなって。こんなにみんなに言ってもらえていいなって。」
自分も父のようになりたい。自然とそう思うようになった。
伊東さんの仕事となった海外引っ越しは当時は件数も少なく、梱包技術も確立されていなかった。そのため、海外の悪路で壊れる荷物も多く、クレームやトラブルが多発していた。同僚はどうしようもないと言う。しかし、伊藤さんは諦めなかった。何とかしてトラブルや不安を減らすことが自分の仕事ではないか? 伊藤さんは家電店や百貨店を巡っては新商品を研究し、夜中まで梱包の腕を磨いた。さらに、外国の文化や最新情報を勉強し、引っ越しに関係のないことでも相談に乗り始めた。同僚からは余計な仕事が増えると陰口をたたかれた。それでも伊藤さんはやめなかった。真面目に、ただただ真面目に仕事に向き合い続けた。1年2年と続けるうち、トラブルやクレームの数が徐々に減り始めた。すると、嫌がっていた同僚も伊藤さんのやり方に賛同するようになっていった。今も道を究めたなどと思ってはいない。ただ真面目に目の前の仕事を全うする。あの父のように。今日も伊藤さんは引っ越しに向かう。
■ 「引っ越し」のプロ ブラジルへ旅立つ母子へ
伊藤にも難しい仕事がある。次の仕事は1万8000キロ離れたブラジルへの引っ越し。
「引っ越される方にとっては、ちょっと厳しい国なのかなと。家の中で余っているものであったり、日本でしか売っていないからこれ持っていきたいというのがなかなか難しい国なんで。」
しかも、今回は幼い子供を抱えた女性が相手だ。伊藤は念入りに準備を進めていた。依頼主は鈴江さん。夫は先に仕事の関係で赴任し、鈴江さんは出産を控えていたので、一人日本に残っていた。これまで海外旅行の経験もないという。5歳の長男と生後10か月の幼子を二人抱えての引っ越し。戸惑いと不安を募らせていた。
いつもなら大きな家具から運び出し、作業スペースを確保する。だが今回はテーブルを後回しにすることにした。テーブルを片付けると、依頼主がいるスペースが無くなってしまうことに配慮しての気配りの結果だった。家具や電化製品は海外に送るものと、トランクルームや国内の実家に預けるものに仕分ける。ブラジルまでは船で2ヶ月。その後劣悪な道路も通る。ブラジルに送る荷物はより厳重に梱包しなければならない。
初日の作業が終わりかけた時だった。梱包しようとしていた洗濯機から水漏れしていることを作業員が見つけた。この洗濯機はブラジルに持っていくものではない。将来帰国した時にすぐに使えるようにトランクルームに預ける予定だった。調べると、使えないわけではないが預けるのは難しい。依頼主は処分することを決めたが、伊藤はギリギリまで判断を粘ろうと考えた。会社としては処分するかどうか早く決めた方が手間が少ない。客もそれに納得している。だが本当にそれでいいのか?
『一期一会の、応援者』
「本来であれば、引越し屋さんがなんだかんだ言うべきことではないと思うんですけど、このままの状態で、いい加減なことをやってしまうと、たぶん僕の方が不完全燃焼になってしまうので、新たな生活の前のスタートになるわけなので、極力気持ちよくさせてあげたいなという。」
翌朝、出社するとすぐに洗濯機の確認に行く。水は止まっていた。これならトランクルームに預けることもできそうだ。さらに、伊藤は夜の間に、水が溜まっていた原因を調べていた。糸くずフィルターを交換すればそのまま使用できそうだという。客も安心して納得し、トランクルームに預けることになった。
伊藤はまた次の家族の元に向かっていく。
プロフェッショナルとは
その経験を全てかみ砕いて、次の作業に生かせる人。
その経験を元に、全てのお客様に
安心感を与えられることができる人だと思っています。
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