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革新は、チームで起こす デジタルクリエーター・猪子寿之 2016年7月11日 NHK プロフェッショナル 仕事の流儀

TV番組レビュー
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■ 話題沸騰! デジタルアート 世界を驚かせるクリエイター

コンサルタントのつぶやき_アイキャッチ

『“発想”に命を懸ける男』

その男、つかみどころがない。打ち合わせの冒頭、突拍子もなくバナナを食べ始めたかと思えば、深夜、仲間が寒がっている様子に気づき、毛布を集めてくる。大事な議論のさ中、熟睡しているかと思えば、突然アイデアを思いつく。自他ともに認める欠落人間。だがその作品は日本をはじめ、見る者を圧倒する。

デジタルアートクリエイター、猪子寿之39歳。世界がその発想に注目する。

20160711_猪子寿之_プロフェッショナル

公式ホームページより)

街や空間を彩るデジタルアート。最新のデジタル技術を駆使するその作品は、海外からの展示オファーが引きも切らない。今、仕事に全てをささげる。猪子が目指すのはアートと科学の融合。常識の枠を超えた作品は、年齢も国境も越え、驚きを生む。誰も見たことが無い創作を生む現場に密着。

取材初日、猪子はいきなり寝坊して遅刻してきた。朝にはめっぽう弱い。いつも予定に追われている。打ち合わせ客はもう待っている。毎日謝り通しだ。猪子が代表を務める会社(チームラボ)は社員400人。経歴も得意分野も様々だ。数学の専門家にデザイナー、プログラマー、ロボット技術者。彼らが自在に組み合わさり、アートとテクロロジーを融合させたデジタルアートで世界を驚かせ続けている。デジタルアートは従来の絵画や彫刻と違い、動きをつけられるのが特徴だ。今、世界の街や空間を彩っている。

20160711_つくり出すアートは、国境を超える_プロフェッショナル

これは去年のミラノ万博で発表した作品(番組公式ホームページより)。人が進んでいくと水田の風景に変わっていく。人の動きをセンサーで感知。そこから波紋が広がり日本の原風景を描いた。

(森美術館館長:南條史生氏)
「伝統と新しいもの、テクノロジー。すごくうまくミックスして全く新しい体験をさせてくれる。」

斬新な作品の数々を猪子はどうやって生み出しているのか。チームメンバと会議をやっていた。この日のテーマは、世界が注目する「人工知能」を使った作品づくり。まずはそれぞれが集めてきた情報を発表し、話し合う。

20160711_専門が違う者同士で、アイデアをぶつけあう_プロフェッショナル

会議風景(番組公式ホームページより)。

猪子が目指すのは見て単に楽しい作品ではない。例えば生命とは何か。歩行とは何か。本質に迫る作品作りこそ猪子の真骨頂だ。専門も経歴も違う者同士で、最新情報を徹底気にぶつけあう場。この場こそ、ゼロから新しい何かを生み出すために猪子が最も大事にしている場だ。

『1人の天才より、チームの力』

猪子は元々エンジニア。プログラムを書いていたこともあったが、得意ではなかった。ならばプログラムは別の人に任せ、自分は得意の発想に力を注ぐと決めた。実現不可能とも思える突拍子もないアイデアを出し、発想を広げていく。議論は2時間以上続いた。

 

■ 世界で活躍するクリエイター 驚きを生む 発想の秘密

日曜日、秋葉原にある猪子の自宅を訪ねた。この日も仲間と一緒に仕事だという。1人暮らしの猪子の生活には奇妙なこだわりがいっぱいだ。朝食は必ず納豆とキムチ。発酵食品は体にいいと聞いてからそればかり食べている。それに生卵を2つ。ご飯はいらないらしい。着る物にも奇妙なこだわりを持っている。白い同じTシャツを30枚。着る物を選ぶ時間も惜しんで仕事するためだ。いろんなことを切り捨てるのは、アイデアが出やすい状態に保つためだ。電球のオブジェにも意味があるらしい。

「ひらめきってさあ、絵でさあ、こう電球を使うじゃん。漫画とかなんでも世界中そうなんだけど、ひらめくことを絵で表現するときに、象徴的に電球がつくみたいな表現をするじゃん。逆に、そういう絵を見ると、そうなりやすいの。人間ってすごく単純で、人間がひらめくときに、ひらめきの絵を描くでしょ。電球がパッとつく。逆に、そのイメージを見ると、ひらめきやすくなるの。」

効果のほどは分からないが、猪子はあらゆることを試そうとする。

20160711_自由なものづくりを常に模索。発想が生まれそうなときは、どこまでも粘る_プロフェッショナル

公式ホームページより)

猪子さんはどうしてこういう面白いアイデアを思いつくんですか?

「人の話聞かないとか。(人の話が)入ってこないのかもしれないね。あんまり、でも常識とかがいっぱいいっぱいになると、常識の範囲内になってしまうから、あんまり常識的じゃないようにね。僕らはチームでつくっているから、いろんな人達と一緒に、本当に専門的な職人さんみたいな人たちと一緒につくっていって、つくってる中で多分アイデアってどんどん変わっていって、多分初めのアイデアをいつ思いついたとか、どんなアイデアだったか、もはや忘れちゃうぐらい、多分、変わりつつ、最後、出来ていくっていう。」

「みんなでつくってるから、つくっている中で、初め思い描いていたものが何だったか、ぼくら自身も忘れちゃってるし、いろんなテクノロジーの限界もあるし、いろんな制約もあるし、その中で、問題が出る度に、みんなで考えてまたつくりながら、つくっているうちに、こうした方がいいんじゃないかって、また出てきて、つくってるうちにだんだん出来上がっていくっていう。」

 

■ 大人気のデジタルアート 世界を驚かせるクリエイター

この日、いつにも増して猪子は時間に追われていた。動物をテーマにした展示のコンセプトがなかなか決まらない。もう制作に入りたいスケジュールだが、まだアイデアを詰め切れていない。しかし猪子、翌日の地方でのイベント出演のために、今夜中に飛行機に乗らなければならない。まだアイデアを出すことを諦めない。突然スイッチが入った。猪子がここまで粘るのは、アイデアが湧きだそうだと感じているからだ。ここに、猪子の最大の流儀がある。

『“今”だけに、没頭する』

我を忘れるほど集中できる瞬間はそうそう訪れない。だから、その時が来たと感じたら、その流れに乗る。結局、予定のフライトには間に合わなかった。だがスタッフがこうなることも予期し、最終便のチケットも手配していたため、事なきを得た。

20160711_デジタルアートならではの可能性にこだわる_プロフェッショナル

公式ホームページより)

スタッフの弁。
「猪子さんは、時間の概念があんまり無い。欠落している。熱中するとワーっとなるので。」

 

■ 世界で活躍するクリエイター “変わった子”だった

この日、就職活動を応援するイベントに猪子はゲストとして招かれた。集まったのは会社選びに悩んでいる学生たち。

「同期に自慢したいとかさ、親に褒められたいよりかはね、例えば、会った人の中で、いちばん一緒にいたいと思う人で選ぶとか。」

今、仲間とともに世界を驚かせている猪子。でもその半生は意外にも葛藤の連続だった。

『変わった子』 

昭和52年、猪子は四国の徳島に生まれた。小さい時からちょっと変わったことを考えていた。「この世界はどうなっているんだろう?」学校で授業を聞いていても、「本当は違うかも」と自由に創造を膨らませる猪子に先生は厳しかった。

「自分はこう思いますっていうことが、それは模範的な解答じゃなかったとしたときに、先生は怒るわけだよね。もしかしたらそれは真理かもしれなくて、それについて考えてもいいかもしれないのに、怒るわけだよね。どういうエピソードに対して、自分がどういう解答をしてっていう自分の解答は、絶対に言いたくないね。そのエピソードも言いたくないね。(みんなは)なんで考えないんだろうって思ってたね。まあ、でもいいやと思って黙ってたね。」

ずっと学校に窮屈さを感じていた猪子。しかし大学に入る頃、TVで見た光景に心を奪われる。アメリカでインターネットという新しい世界を生み出している若者たち。自分たちの価値観で世界を変えていた。

「すごい価値観を持った、特異な価値観を持った人達が、どんどん世界を変えて、自分の価値観の方に、ちょっとでも世界が動くように何かして、別に資本も、お金も無くても、何かすごい努力と知恵と強い意志があれば、ちょっとでも世界が自分の価値観の方に動いたり、自分の価値観を守れたりしてるのが、すごいなと思ったのかもしれないね。」

自分もああいう自由なものづくりがしてみたい。だが胸躍らせて入学した東京大学も理想の場所ではなかった。

「意気揚々と大学行ったんだけど、まあ、なんかそういう感じじゃなくてさ、変なテニスサークルやるってみんな言っているし。俺そんなのやるために上京したんじゃないしとか思って、ふてくされていた。」

ここも自分が追い求めていた場所ではない。悶々とする中で1年が経ち、2年が経ち、そして卒業間際の23歳のとき、猪子はこう思った。

『自分が求める場所は、自分でつくるしかない』

1人で何でもできる人間ではないことは自分でもわかっていた。だから、ものづくりに熱意がある仲間たちと、チームを組もうと決めた。

20160711_猪子が自ら作った「場」に、さまざまな専門をもつスタッフが400人以上集う_プロフェッショナル

公式ホームページより)

「23歳ぐらいになってくると、天才じゃないことに気づくじゃん。世の中に、超賢いやついっぱいいるじゃんて気づきだした。だから、それでもいいものはつくりたいから、自分1人では無理かもしれないけど、自分が知らないことを知っている人たちと、新しい方法論で、チャレンジしていければ、個人では到底つくれないものが作れると思ったんだよね。」

それから15年。組織は400人を超え、活動は国を超える。でも猪子の思いは変わらない。仲間と自由にアイデアをぶつけあい、新たな価値を模索し続けている。

 

■ 大人気のデジタルアート “命の森”に挑む

3月、猪子は大きな仕事に取りかかろうとしていた。猪子が目指すのは、これまでの作品を一気に進化させた野心的なものだ。さまざまな動物たちが住む命の森。動物たちは自分たちの意思で森中を動き回る。今回狙うのは、この森を見る人に、森という自然の中の生態系を感じてもらうこと。依頼主は、シンガポールにあるアートサイエンスミュージアム。科学とアートの融合を目指す博物館だ。

4月、プロジェクトは急ピッチで動き始めた。今回も子どもたちが描いた絵を取り入れて動くようにする。さらにそれに加えて、描いた動物たちが減ったり増えたりする様子を表そうとするのだ。動物は別種の動物を食べることで増え、食べられなければ減る。子どもたちはどの動物の絵を描くか選ぶことで、動物の個体数の増減の変化(生態系作り)に参加することができる。

人が立ち止ると花が咲き、チョウが生まれる。猪子は動物の個体数の増減をもっと激しく増減させることを希望した。そのために、動物たちは自分たちより弱い種を全て食べることができる食物連鎖の仕組みを提案した。しかし、プログラマーは、予め動物の個体数の理想数値を事前に設定しておくことを提案して猪子の案に反対した。そうしないと動物の個体数のコントロールが難しいからだ。動物の数の比率は常にプログラムでコントロールすべきという考え。そうした議論の上で、猪子は、食物連鎖の中で動物の個体数の増減を激しく変化させる方法にこだわった。

20160711_生態系作りは難航、一時はワニだらけに_プロフェッショナル

公式ホームページより)

現場のシンガポールのミュージアムに乗り込み、現地での最終調整に入った。しかし、トライアルを始めると、その内、食物連鎖の最上位に位置するワニだらけになってしまった。プログラマーがどんなに制御しようとしても、一番強いワニが他の動物を駆逐してしまう。様々な動物が食物連鎖を繰り返す生態系。食物連鎖に任せて、動物たちの個体数を均衡させるのはやはり難しかった。展示開始まで残り3日。猪子が口を開いた。5種類の動物が食べられる相手を1種類に限定することを提案した。プログラムの調整がどんなに難しくても、食物連鎖の再現にこだわり続けた。

『デジタルアートだからこそ、できる表現がきっとある』

「実際の森には生態系があるけど、森は広大すぎて、もっとすごい長い時間で生態系がなっているから。それはあまりに広大で、時間軸も長すぎるから、生態系を感じる瞬間もないよね。20年ぐらい森の中にいたら、すごく生態系の神秘を感じられると思うんだけど、3時間ぐらい森に行っても何も感じられないでしょ。」

現実の森に行っても、教科書や図鑑を開いても、生態系を感じられない。猪子はデジタルアートだからこそ感じられる何かがあると信じていた。展示前日、様々な動物が増えたり減ったりしていた。まさに混沌とした生態系が生まれ始めていた。

「手を加えないといけないけれど、コントロールできないっていうのがいいよね。でも、生態系って、そういう感じだと思うよ。あるものが増えすぎると、あるものが増える。」

さらに、動物を人間が追いかけると、動物が逃げる仕掛けを作っていた。人間も生態系に参加している感じを呼び起こす。仲田のプログラミング力、猪子の発想力。チームの力が発揮された新しい森が生まれた。

プロフェッショナルとは、

分かんないなあ、考えたことないなあ。
いろんな大事なものを、
捨てちゃってる人じゃない?

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シンガポールのアートサイエンスミュージアムのホームページはこちら(日本語)

チームラボ、マリーナベイ・サンズのアートサイエンス・ミュージアムのホームページ(日本語)

→再放送 7月25日(月)午後3時10分~午後3時59分 総合

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