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トランプ国境税(2)(経済教室)トランポノミクスの行方(上)国境調整税、各国税制に影響 海外移転促すゆがみ是正 星岳雄・スタンフォード大学教授東京財団理事長

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■ トランプが主張する「国境税」の本質は保護主義貿易政策の目玉ではない!?

経営管理会計トピック

「中国やメキシコからの輸入品に高い税を課して国内企業の雇用を守る」大統領就任前後は、このような分かりやすいステートメントで有権者の支持を集めたトランプ氏。最近は、ちゃんと御用学者の意見、議会共和党の意見も取り入れ、「国境調整」「国境税」として、自身の公約を巧妙にお化粧し直して主張しています。一部のセンセーショナルな報道によるイメージだけで判断すると、米国の税制改革の動きの真の目的とそのメカニズムへの理解が歪んでしまう恐れがあります。

2017/3/30付 |日本経済新聞|朝刊 (経済教室)トランポノミクスの行方(上)国境調整税、各国税制に影響 海外移転促すゆがみ是正 星岳雄・スタンフォード大学教授東京財団理事長

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「トランプ米政権の発足から2カ月が過ぎた。経済政策に関して一つ明確になったのは国際経済政策だろう。環太平洋経済連携協定(TPP)など多国間での国際経済活動に関する包括的なルールを構築するために指導的な役割を果たそうとする政策から、2国間で米国が有利になるような国際経済交渉を戦略的に進める政策へと移行した。」

(下記は同記事添付の「星岳雄教授」の写真を引用)

20170330_星岳雄_日本経済新聞朝刊

ほし・たけお 60年生まれ。東京大教養卒、MIT博士。専門は金融・日本経済

ポイント
○貿易政策でなく根本的な税制改革の一部
○国境調整により企業は海外移転に慎重に
○世界的に消費地での課税への移行一段と

(参考)
⇒「「国境税」設計難しく トランプ氏、共和党案「複雑すぎる」 - 関税や米国法人税を含む包括的なトランプ課税政策を素人でもわかりやすく
⇒「トランプ国境税(1)米国境調整は「究極の税」?(真相深層)グローバル企業の税逃れ防ぐ 世界の税制論議に一石

 

■ トランプが主張する「国境調整課税」のメカニズムと課税目的を理解する!

同記事で解説されている星教授の整理によりますと、国境調整税とは、「仕向け主義キャッシュフロー課税」の一部であり、名前にある通り、2つの特徴からなっています。

(1)仕向け地主義
「財が消費される場所(国)で課税対象が決まることで、生産の場所で課税対象が決まる「源泉地主義」と区別される」

① 日本の消費税は、国内で消費される輸入品には課税し、海外で消費される輸出品は「不課税」対象です。ただし、国内で消費されるものでも課税対象外にする例外取引があり、それは「非課税」と呼ばれています。例:土地、有価証券、社会保険医療など。おまけ知識として「不課税」と「非課税」の違いもここで一気に覚えておきましょう。

② 日本の法人税は、内国法人(日本が居住国)の所得に対しては全世界所得課税を行い、外国拠点(PE:恒久的施設がある場所)が稼いだ所得に対しては、その国に課税権を預けます。外国拠点に対する二重課税を回避するために、
・居住国(日本)で外国税額控除を受ける または
・居住国(日本)で国外所得の免税規定の適用を受ける
という申請手続きを行います。図示すると下記の通り。

経営管理会計トピック_源泉所得課税のしくみ

実際には、二国間の租税条約の存在や各国の税制の違いがあるので、あくまで上図は概念の理解のためのチャートと割り切ってください。

つまり、法人所得税は、仕向地別のビジネスにより生じた付加価値ごとに課税・非課税を決めるものではなく、本社(本店)やPEなどの海外拠点ごとにどれだけの所得(利益)を上げたかが課税対象となるということです。

(2)キャッシュフロー課税
「実際に手元に入る売り上げから実際に支払われた費用を引いたキャッシュフローに課税する」

① 現行の法人税制では、設備投資した場合、法定耐用年数にわたって減価償却費用分だけが損金扱いとなり、課税所得から差し引かれます。設備投資の対価を現金で全額一括払いしていたとしてもです。

② キャッシュフロー課税では投資した年(キャッシュアウトした年)に投資額をすべて課税所得から控除できるようになります。これは負担すべき税額控除の恩恵が早めに受けられる(超厳密には負担全額も減る)という意味で投資を促進する効果を有します。

では、次章で「仕向け地主義」に特化して、国境調整課税の仕組みと目的、なぜトランプが支持しているのかの理由を、星教授が説く事例をひも解きながらみていきましょう。

 

■ トランプが主張する「国境調整課税」のメカニズムと課税目的を理解する!

星教授が仮定する、とあるグローバル企業のグループ内取引を確認します。

(下記は、同記事添付の「国境調整の影響」を引用)

20170330_国境調整の影響_日本経済新聞朝刊

原材料生産→中間財生産→消費財生産→国内販売のバリューチェーンを持つ米国企業

「① 原材料部門は労働を投入して500万ドルの価値の原材料を作り出す。300万ドルを労働者に支払い、200万ドルの利益が生まれる。」

「② 中間財部門は原材料を500万ドルで仕入れて加工し、800万ドルの中間財を生産する。180万ドルを労働者に払い、利益は120万ドルだ。」

「③ 消費財部門は中間財を800万ドルで仕入れて加工し生産物を消費者に1千万ドルで売る。100万ドルを労働者に払い、利益は100万ドルになる。」

経営管理会計トピック_グローバル企業における内部取引

この例から、国境調整を含まない現行の米国法人税制ではグローバル企業がバリューチェーンの一部を低法人税率の国・地域に移転するインセンティブ(誘因)が生じることをまず明らかにしてみます。経営管理会計は、意思決定の問題を扱います。意思決定は、複数の対案を比較して最適解を導こうとするもの。この例を用い、バリューチェーンの立地条件だけを違えた複数案を比較してみます。ここでのクライテリアはどうすれば法人税の負担額を最小にできるか?

米国の法人税率を20%、中国の法人税率を10%と仮定します。

(例1)国境調整なし + すべて米国生産 + 法人税率に差あり
税引後利益 =(200 + 120 + 100)×(1 - 20%)= 336

(例2)国境調整なし + 中間財生産を海外に出す + 法人税率に差あり
税引後利益 =(200 + 100)×(1 - 20%)+ 120 ×(1 - 10%)= 348

この2例の比較から分かることは、バリューチェーンの一部が法人税率のより低い国・地域に外出しすることが可能ならば、グループ全体の税引後利益を増やすことができる(=法人税コストを最小化にすることができる)ことが簡単に実現できることを意味しています。

移転価格税制による掣肘を無視して極論すれば、米国から中国への原材料の輸出額を米国内での労働コストと同額(収支トントン)の300にすれば、

税引後利益 =(0 + 100)×(1 - 20%)+(120 + 200)×(1 - 10%)= 368

と税率差をさらに享受することができます。

では、米国と中国の法人税率が20%で同じ場合でも、生産工程の海外流出は経済的に見て合理的でしょうか。上記の中間財生産にかける180の労働コストが、海外生産(米国→中国)に出すことによってさらに130に減少する(利益は50増加する)と仮定します。

(例3)国境調整なし + すべて米国生産 + 法人税率に差なし
税引後利益 =(200 + 120 + 100)×(1 - 20%)= 336

(例4)国境調整なし + 低賃金国に中間財生産を海外に出す + 法人税率に差なし
税引後利益 =(200 + 100)×(1 - 20%)+(120 + 50)×(1 - 20%)= 376

この比較ケースでも、労働コストの安い立地にバリューチェーンの一部を移すことがグループ全体の損益にプラスになることが分かりました。

【ここまでの結論】
グローバル企業は、税引後利益の最大化というグループ全体最適のために、バリューチェーンの一部を、
① 低法人税率
② 低賃金(付加価値プロセスコストがより小さい)
の国・地域に移転してしまうというインセンティブが自然に働き、国内産業の空洞化が避けられない状況になる

 

トランプが主張する「国境調整課税」はどのように機能するのか?

それでは、当初は下院共和党が主張していて、後からトランプ大統領が乗っかった「国境調整」が前章で例証したグローバルチェーンの一部海外移転のメリットにどのように影響するのかをみていきたいと思います。

上記(例2)国境調整なし + 中間財生産を海外に出す + 法人税率に差あり
税引後利益 =(200 + 100)×(1 - 20%)+ 120 ×(1 - 10%)= 348

に、国境調整を考慮させたいと思います。

(例5)国境調整あり + すべて米国生産 + 法人税率に差あり
税引後利益 =(200 + 120 + 100)×(1 - 20%)= 336

(例6)国境調整あり + 中間財生産を海外に出す + 法人税率に差あり
税引後利益 =(200 + 100)×(1 - 20%)-(800 - 500)× 20% + 120 ×(1 - 10%)
                     = 180 + 108 = 288

「原材料部門はすべてを輸出するので国境調整はマイナス500万ドルに、消費財部門の仕入れは輸入なので国境調整は800万ドルになる。この国境調整に税率20%をかけたものが国境調整額」となります。仕向け地別課税対象取引と対象外取引の差額に税率をかけて算出します。

続いて、上記(例4)国境調整なし + 低賃金国に中間財生産を海外に出す + 法人税率に差なし
税引後利益 =(200 + 100)×(1 - 20%)+(120 + 50)×(1 - 20%)= 376

にも、国境調整を考慮させたいと思います。

(例7)国境調整あり + すべて米国生産 + 法人税率に差なし
税引後利益 =(200 + 100)×(1 - 20%)+(120 + 50)×(1 - 20%)= 376

(例8)国境調整あり + 低賃金国に中間財生産を海外に出す + 法人税率に差なし
税引後利益 =(200 + 100)×(1 - 20%)-(800 - 500)× 20% + (120 + 50) ×(1 - 20%)
                     = 180 + 136 = 316

法人税率の高低差や賃金差があっても、国内企業のグローバル・バリューチェーンを国内に押しとどめる効果、海外移転防止効果が「国境調整」にはあります。

「こうした一見効率的にみえる海外移転も妨げられてしまうのは、海外の法人税の制度が源泉地主義をとっているからだ。」

 

■ トランプが主張する「国境調整課税」が全体最適になるための条件とは?

しかし、「国境調整税」が、グローバル企業の最大利益獲得のための、一見合理的な低コスト(税金コスト・賃金コストなど)施策の採択行動を阻害するようにしか見えないのでは、企業側と、居住地における課税当局側でWin-win関係になっていないことを意味しています。同時に、企業所得から政府所得に強制的に価値移転がなされているし、米国の課税当局と海外の課税当局の間でも、グローバル企業への課税権を介して、ゼロサム関係に陥っているようで、これが企業と両国の課税当局と消費者を含めた全体最適になっているとは思われないことが問題です。

つまり、(例5)と(例6)、(例7)と(例8)で、いずれも「国境調整」を行うと企業の税引後利益が減少させてしまうのは、「国境調整税」が誰かの利得を増やすのに、その他の人の利得を減らすことがないようにする「パレート最適」を実現していないのではないか、という問題意識です。

それでは、海外の法人税も源泉地主義から仕向け地主義に変更され、全世界規模で「国境調整」が行われるようになったらどうなるでしょうか?

(例9)両国に国境調整あり + 低賃金国に中間財生産を海外に出す + 法人税率に差なし
税引後利益 =(200 + 100)×(1 - 20%)-(800 - 500)× 20% + (120 + 50) ×(1 - 20%)-(500 - 800)× 20%
                    = 180 + 196 = 376

この後、記事では次のように説明が続きます。

「もし海外の法人税も仕向け地主義に変更され国境調整が行われるなら、中間財部門の売上高はすべて輸出で、仕入れはすべて輸入なので、その税引き後所得は170万×0.8―(500万―800万)×0.2=196万ドルとなり、企業全体の税引き後所得は376万ドルになる。」

「つまり法人税を仕向け地主義に変えると、海外の政府にもまた仕向け地主義に変更するインセンティブが生じる。米国で法人税の仕向け地主義への変更を主張する論者は、他国が付加価値税を課して国境調整を行っているのに、米国の法人税には国境調整がないので、米国が国際競争上不利になっていると指摘する。
 国境調整税の本質は貿易政策ではない。源泉地主義課税から仕向け地主義課税への移行という世界的な流れの中で、米国の国際競争力を保とうとする税制改革の一部だ。」

上記の解説は筆者とは一部意見を異にします。

海外の政府に仕向け地主義に変更するインセンティブは、この説明だけでは十分ではないからです。

経営管理会計トピック_国境調整税の利益分配

上表にある通り、(例8)と(例9)の総余剰は470で同じ。しかし、外国政府の税収は+34から▲26に減少してしまいます。「パレート最適」の視点から、これだけで海外政府も国境調整に踏み込むであろうとする根拠・必然が分かりません。

つまり、教授が最適とする(例9)は、米国政府の税収と米国企業の税引後後利益の合計だけが、(例8)と比較して増額されるだけです。外国政府の税収は却って減ります。

「国境調整税の本質は貿易政策ではない。源泉地主義課税から仕向け地主義課税への移行という世界的な流れの中で、米国の国際競争力を保とうとする税制改革の一部だ。」
「仕向け地主義への世界的な方向性が変わらない限り、国境調整などの法人税の改革は繰り返し議題にのぼるだろう。日本には消費税という仕向け地主義の税が既に存在するが、法人税の国境調整はない。米国が国境調整を導入するとき、日本の税制度は現状のままでよいのか、今のうちに見直しておくべきだろう。」

という解説が続きますが、なかなか、「Win-Win」「パレート最適」的な政策を見つけることは困難なようです。これまでの考察もあくまで法人税制の枠組みの中だけの分析であって、付加価値税(VAT、消費税)まで含めて包括的に税制度の公平・不公平を論じるには役者が足りないようです。

ただ、星教授の出された材料だけですと、「国境調整税」は、米国政府と米国企業にのみ一方的に利がある政策のように見え、一般的通説の様に、本政策は米国政府の産業保護主義的色合いが強い、と思われても仕方がないものだということが分かりました。政策の是非というものは、自分で数字を置いて解析してみないと、いかにその道のプロが解説したものでも、鵜呑みのするのは危険ですね。(^^;)

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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