■ 常に先を行くのは民間。規制当局と税務当局は後追いしかできない
いつの世でも、先を行くのは、目新しいものを試したり、創意工夫したりして楽しむ個人と、規制・税制を出し抜いて一儲けしてやろうと抜け目のない企業で、規制当局と課税当局は、その後を追随するというのが、いつの時代でもお決まりの型のようです。そして、新産業をリードするために華々しく導入された新税制がこけてしまうのを何度も目にしてきました(特定の税制をここで指摘すると、関係各所からの批判を受けてしまうのでここでは割愛します)。
シェアリングエコノミーとギグ(gig)産業について、規制/税制がきちんと追いついていないという新聞記事を目にしたので、恐る恐るコメントを付したくて、、、
2017/1/5付 |日本経済新聞|朝刊 (迫真)黎明 ミレニアル経済(上)スマホがあれば十分
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
「現代版ヒッチハイクの「ノッテコ」。ネット上で空席を持て余しているドライバーと相乗りしたい人をマッチングする。ドライバーが謝礼をもらえば法律で禁じられた白タク営業だ。そこでタクシーと競合しない長距離限定とし、受け取るのはガソリン代と高速代の実費分だけ。運輸規制の間隙を縫う商売だ。」
(下記は同記事添付の「ノッテコ」の東社長の写真を引用)
2016年7月末時点における「ノッテコ」の利用者数は2万5千人を突破したとのこと。相乗り市場は成長を続け、東社長は、バス路線が失われた地方での中距離公共交通手段としての新規参入を許可してもらう規制緩和を要望中です。これはバス事業者らの寡占を崩すことになり、地方の過疎問題に直面するバス事業者保護に苦心する交通行政当局が易々とこれを認めることは難しそうです。
少なくとも筆者には耳慣れない「ギグ産業」。これは同記事にて、ミレニアム世代が主導する「つながる経済」として紹介されています。「ギグ産業」に辿り着く前に、「ミレニアム世代」で躓く読者の方には、別名「ジェネレーションY」ともかつては呼ばれ、1980年代から1990年代に生まれた世代のこと。詳細は、WiKiを参照してください。
「モノの所有にこだわりはなく車でも子供服でも迷わずシェア(共有)する。庭掃除や動画作成まで自らを労働力として提供。消費者とつながるにはスマホがあれば十分だ。ミレニアル世代が主導するのはこんな「つながる経済」。オンラインで単発の契約や雇用関係を結ぶため米では短期請負を意味するギグ(gig)エコノミーと呼ばれ、日本の潜在力も大きい。」
■ 追随する規制当局との出し抜きあいはイタチごっこ
同記事では、規制当局との出し抜きあいについて、いくつか事例が紹介されています。
・テレマティクス保険
「スマートドライブ社長の北川烈(27)は車のデバイスで送信した走行距離などのデータで保険料が変わる自動車保険を開発。仏アクサと金融庁に認可を申請中だが「既存業者に配慮しているのか認可に至らない」。規制の壁はぶ厚い。」
・労働法制/契約法制
「ウーバーやノッテコのドライバーは従業員なのか請負人なのか。米国では雇用区分を巡って訴訟が多発。団体交渉権や医療保険、企業年金など様々な制度を揺さぶる。」
・シェアエコノミー企業に対する産業規制
「日本でもシェアエコノミーを受け入れる法規制が整っておらずウーバーは本格参入できない。民泊の規制整備も途上だ。」
こうした新たな取り組みやイノベーションが次の産業を生み出す核となることは確かです。しかし、ひとつだけ留意しておくことがあります。それは、既存の法規制の網の目をかいくぐって、出し抜くこと自体を設けの源泉とするビジネスモデルは長続きしない、という点です。
最初の例は、TV録画代行業。筆者の私見では、衛星・地上波問わず、TVなどが固定時間によるコンテンツのブロードキャストを行うよりは、個々の視聴者のライフスタイルに合わせたオンデマンドのコンテンツ消費形態に遅かれ早かれ移行していく(している)のがトレンドだと思います。しかし、現法をベースにして、立件された事件として、「ロクラクⅡ」「まねきTV」等があります。本件は、ユーザの利便性と著作権などが争われました。著作権保護のやり方は他にもあるので、こうした新サービスを頭からつぶす判決が出ることは、規制産業保護と硬直的な法制度を追認する以外の意味は無いように見受けられます。
新テクノロジーで著作権保護を図ることは、シェアリングエコノミーの時代であっても至極簡単なことです。
⇒「ピコ太郎 関連動画で潤う - 放送と通信の垣根がなくなった。コンテンツ産業と著作権のあり方とは?」
■ 規制当局が積極的に産業界と市場拡大に協力するケースもあります!
もうひとつは、不毛ないたちごっこを企業と規制当局で合意の下でとりやめ、縮小する市場そのものの回復を図ろうとした、こちらは成熟市場におけるビール系酒税体系の簡素化の事例です。
2016/11/20付 |日本経済新聞|朝刊 ビール系税額 26年統一 ビール1缶22円減/「第三」は消滅へ
「政府・与党はビール系飲料にかかる酒税の統一を2026年10月に完了する方向でビール会社と調整に入る。ビールと発泡酒、第三のビールの税額差を3段階で縮小・統一する。似た味の飲み物なのに税額が異なる日本特有の市場のゆがみを是正する狙い。一方で経営に影響が出るビール会社や消費者に配慮するため、一本化まで約10年の激変緩和の期間を設ける。」
(下記は同記事添付の「ビール系飲料の税額統一でメーカーと調整する新たな案のイメージ」を引用)
そもそも、この合意が得られた伏線に、次の判決がありました。
2016/10/15付 |日本経済新聞|朝刊 ビール系税制、競争力そぐ サッポロの税金返還請求棄却
「サッポロビールが自社の商品が「第三のビール」に該当するとして国税当局に酒税115億円の返還を求めていた問題で、国税不服審判所は14日までに同社の請求を棄却した。問題の根底にあるのは、3段階で税額が変わる先進国の中でも特異なビール系飲料の税体系だ。市場の健全な成長を阻害しているとの批判も踏まえ財務省は税額の一本化を目指すが、ハードルは高い。」
これは、各ビールメーカーによる酒税が低いビール系飲料の開発と、それを追随する酒税強化のイタチごっこが、単純にばかばかしい、という簡単な話ではないのです。
日本の酒税法では麦芽比率や原料によってビール系飲料を区分、異なる税額を適用してきました。先進国ではビール系飲料の税額は1つだけで、日本の税制は世界にほとんど例を見ない「ガラパゴス」状態にありました。ガラパゴス状態にある市場は、その市場内での生き残りのためだけに製品・サービスを進化させ、他の市場では通用しなくなるものになるリスクを同時にはらんでしまいます。
「ビール各社は麦芽比率や原料を工夫することで税額の安い「第三のビール」の開発に力を注ぎ、価格競争が激化した。日本のビールにかかる税金は14年時点でOECDに加盟する約30カ国のうち、上から4番目にあたるなど世界的にも高い。少しでも低税額の分類にしないと価格競争力で見劣りしてしまう。
国内のシェアを巡って価格引き下げ競争に明け暮れた結果、ビール各社の再編や海外の販路開拓が遅れ、国際的なビール競争で出遅れる要因になったともいわれる。」
少子高齢化で国内市場が縮小するのに加え、若者のアルコール離れもあり、もっと大局的にビール市場のルール整備に早期に着手すべきと規制側と企業側が手打ちをした瞬間でもあったわけです。
■ シェアリングエコノミーに税制はどう対応すべきか?
海外、特に欧州」はアップル等、グローバル企業に対する優遇税制活用への風当たりが強く、海外展開を考える企業は、税制(タックスプランニング)も重要なビジネス施策になってきました。
2017/1/5付 |日本経済新聞|朝刊 〈FT特約〉進むシェア経済 企業への税制、見直す時期に
「競争の激しい同一市場で、似たような資産を使って似たような製品を売る企業を考えてみよう。一社は法人格や全資産を1つの組織が保有する。もう一社は「労働者」が有形資産を保有する。労働者は取引ごとに売上高の大部分を手にし、組織に手数料を払う。
この2社は異なる税率で課税されるべきか。この問題は民泊仲介の米エアビーアンドビーや配車アプリの米ウーバーテクノロジーズなど、資産をシェア(共有)することで事業展開する企業によって提起された。2社はホテル会社やタクシー会社とよく似ている。しかし、ロンドンのエアビーの事業をフィナンシャル・タイムズ紙が分析すると、税金の扱いが大きく違っていた。」
その違いとは、
・通常のホテル業
宿泊料金に対して20%の付加価値税(VAT)がかかる
・エアビー
「部屋の所有者の家賃収入が年8万3000ポンド(約1200万円)を下回っていれば、所有者にVATは事実上かからない。」
「エアビーが払うVATは部屋の所有者からの手数料に対してのみだ。」
この事実に対して、FTの記事では批判的なコメントが付されています。
「つまり、エアビーや部屋の所有者らは、従来の資産保有型企業よりかなり有利だといえる。」
「エアビーと部屋の所有者らはホテルと全く同じ事業をしているわけではない。とはいえ、VATについては公平な競争条件が必要だ。」
エアビー等のシェアリングエコノミーを作り出した企業は、そのイノベーションからの果実を享受できる税制でないと、同じようにイノベーションを起こそうとするアントレプレナー達のビジネス意欲をそいだり、新たなチャレンジの芽を摘んだりするリスクが潜みます。
また、エアビーはネットによる利用者や提供者とのコミュニケーションのためのプラットフォームを構築しています。それは自助努力で開発したものであり、大型の有形固定資産保有会社とは異なり、無形固定資産(ソフトウェア)への投資がその利益の源泉なのです。一概に、大型施設を保有しているか否かのただ1点で税制の公正・不公正が語られるべきではありません。
「部屋を貸す小規模事業者はVATがかからないという点でほかの大企業よりはるかに有利だが、重要なのは最終的にエアビーがその有利さを享受しているということだ。部屋の所有者は税金が低いので優位な価格設定ができる。それがエアビーの新たな需要を生み、売り上げを増やす。投資や雇用にも好影響が及ぶ。これでは税制を通じ、政府が間接的に勝ち組を選んでいることになる。タクシー会社と競合するウーバーにも同様の議論が当てはまる。」
税制には、「公平・中立・簡素」の原理もありますが、産業育成といった特定の政策目的の遂行のために制度設計されるものもあります。後者が強調されれば、税制を決める立法府に対する過度なロビイング活動や特定の圧力団体の意見を反映した税制となってしまうでしょう。
企業誘致を競って、法人税率下げのチキンレースに勤しんだ結果、パナマ文書のリークという大問題を引き起こしたのではないでしょうか? それはタックスヘイブン国家・地域のみが加害者ではなく、ひろく先進国を含む全課税当局者が歪んだ税制競争に走った結果に過ぎません。そういう課税当局が新産業の芽を摘むような税制を許す気にはなりません。
(※筆者は別に、ごりごりのミルトン・フリードマン信奉者ではありませんが、どちらかというとシュンペーター好きではあります。(^^;))
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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