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ソフトバンクのレバレッジ経営、アーム・ホールディングス買収を2重のキャッシュフローで読み解く!

経営管理会計トピック 会計で経営を読む
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■ ソフトバンク孫社長は実業家ではなく投資家だ!

経営管理会計トピック

アリババ集団やスーパーセルの株式売却はアーム社買収のための布石だったのでしょうか? 7/20の日本経済新聞のインタビュー記事では、まだ決まっていなかったと否定されていましたが、それを真に受けるほど、デューデリジェンスが簡単な作業とは思えませんがね、、、(^^;)

2016/7/19付 |日本経済新聞|夕刊 ソフトバンクが巨額買収 英社を3.3兆円で IoTで成長 携帯やAI、融合に活路

「ソフトバンクグループは18日、英の半導体設計大手アーム・ホールディングスを約240億ポンド(3兆3000億円強)で買収すると発表した。日本企業による海外企業のM&A(合併・買収)では過去最大。スマートフォン(スマホ)用CPU(中央演算処理装置)に広く使われるアームの半導体技術を取り込み、あらゆるモノがインターネットにつながる「IoT」時代に対応した新事業の布石にする狙いだ。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

(下記は、同記事添付のソフトバンク孫社長の写真を転載)

20160719_英アーム買収で記者会見する孫正義社長(18日、ロンドン)_日本経済新聞夕刊

孫社長は、事業家(もしくは起業家)というより、投資家の面が強い経営者という印象を持ちます。

⇒「(真相深層)三木谷・孫氏、投資で存在感 海外IT企業、相次ぎ出資要請 大型買収・育成に脚光

その点については、ファーストリテイリングの柳井会長(ソフトバンクの社外取締役兼任)も、下記インタビュー記事で次のようにお話しされています。

2016/4/5付 |日本経済新聞|電子版 「孫さんは…」柳井氏の考える本物のリーダー ファーストリテイリング会長兼社長 柳井正氏に聞く(上)

(質問)
「日本で「経営している数少ない経営者」として、ソフトバンクグループの孫正義代表を挙げています。同社の社外取締役を務めるなど、孫社長と近い関係にありますね。」

(柳井氏)
「孫さんは実業家という面もあるが、インターネットの投資家だった。100社買って99社失敗して、1社で(投資価値が)1万倍になるような。それもそろそろやめてもらいたいと思っているんですよ。僕は。孫さん、そんな気が散ることをやめてくれと。実業家として生きてくれといっているんだけども、なかなか説得されない。ソフトバンクは日本を代表する大会社ですからね、大人のソフトバンクになってもらわないとな(笑)。彼には本当に経営者として成功してもらいたい。だからこそ、いつも孫さんの意見には僕が反対するんだ」

20160405_柳井正_日本経済新聞電子版

(上記は、同記事添付の柳井正氏の写真を転載)

 

■ ソフトバンク孫社長の投資家としての事業対する目利き力

下表は、前章の新聞記事に添付されていたソフトバンクの簡単な事業展開歴を転載したものです。

20160719_ソフトバンクの事業展開_日本経済新聞夕刊

主要な転換点・規模拡大には必ずM&Aが絡んでいます。

2016/7/20付 |日本経済新聞|朝刊 スマホの次 孫氏賭け ソフトバンク、3.3兆円で英社買収 着想10年、交渉2週間

「ソフトバンクグループがスマートフォン(スマホ)事業の次を見据え、英アーム・ホールディングス買収という大きな布石を打った。交渉開始から合意まで2週間の電撃買収ではあるが、一方で孫正義社長は水面下で周到な準備を進めていた。約3兆3千億円を投じて得る半導体設計技術が次世代ネット社会で世界標準を握るとみて賭けに出る。」

(同記事添付のソフトバンクの連結売上高の推移グラフを転載)

20160720_ソフトバンクの売上高推移_日本経済新聞朝刊

IoT市場の拡大の可能性に目をつけられた嗅覚については賛意を示しますが、ビジネスとしてソフトバンクという企業体の中に取り収めて、既存事業とのシナジーがでるか、スプリント再建が遠のくのでは、という疑念の声があるのも事実です。しかし、それらは投資家、孫氏にとっては最重要課題ではありませんし、本稿のテーマでもありません。ただ、ソフトバンクの既存株主および投資家(潜在的株主)が、「コングロマリット・ディスカウント」という用語の意味を明確に意識して頂いているならそれで十分だと思います。

(下記は、同記事添付のソフトバンクグループの事業構造図を転載)

20160720_ソフトバンクグループの事業構造_日本経済新聞朝刊

事業シナジー追求、というより、孫正義というIT特化型のファンドマネージャーの辣腕頼りという感じでしょうか。ではそうした、ハンズオンも辞さないファンドマネージャーの事業を見る目、もしくは事業の売買を見る目について、経営管理会計の専門家を自認する筆者なりの重要ポイントをここに記しておきたいと思います。それは、2種類のキャッシュフローを、まるで、二つの顔を持つヤーヌス神のように同時に見る眼力です。

少なくとも、複雑に絡み合う各現場におけるモザイク模様の課題を解きほぐして全体最適化を図るとか、シナジー発揮のための仕掛け作りとか、そういう類の辣腕発揮が孫氏の真骨頂などではない、ということです。いかに、儲かりそうな事業を見つけてきて、最高効率で運転できる人材を当てはめるか、さらに事業再生や拡大に必要な資金を十分に確保しておくか。そういう点において、孫氏の右に出るものは少ない、ということです。

 

■ ソフトバンク孫社長のレバレッジ経営の中身とは?

2016/7/19付 |日本経済新聞|夕刊 ソフトバンク3.3兆円買収、借金テコに 財務懸念も

この記事で触れられている財務面のポイントを下記に整理します。

① 買収方式:株式交換などを使わず、総額を全て現金でまかなう
② 買収資金構成:
・手持ち現預金: 2.5兆円(2016年3月末時点)
・アリババ集団、スーパーセルの売却資金:約2兆円
  ・みずほ銀行と借入限度額1兆円のつなぎ融資(ブリッジローン)契約を締結
③ 財務安定度
・16年3月末時点で、自己資本の4.5倍に相当する12兆円弱の有利子負債を抱える
④ 格付け
  ・外資系の格付け会社からは投機的水準にあたる格付けしか得られていない
・今回の買収発表前に外資格付け会社のアナリストは「ソフトバンクが大型買収案件
に動けば、格下げの可能性がある」とみている

上記③については、筆者の最近の投稿でも、B/Sの借方の資金繰りと、貸方の資金調達バランスを混同すると判断を間違えますよ、というメッセージを出させてもらいましたが、今回も同様に、③のような指摘は、マイナス金利の現在、だからどうした? と言わざるを得ないピント外れの指摘としか言いようがありません。

(参考)
⇒「債務超過でも自社株買いする理由と、資金繰りに問題がないケースについて - 日本経済新聞より

借入金を使った資金調達で事業強化・拡大を図る手法を、「レバレッジ経営」というのですが、その功罪のうち、金利負担が極端に小さくなった現在、「功」の割合がますます大きくなってきました。

2016/7/23付 |日本経済新聞|朝刊 (市場の力学)選ばれる会社(上)1億円調達でも利息は1000円 「借金=重荷」崩れる図式

機会損失こそ敵

ソフトバンクグループが大きな賭けに出た。3.3兆円を投じて英半導体設計のアーム・ホールディングスを買収する。中国・アリババ集団株の売却などで約2兆円を手にしてから1カ月。「また大胆な投資や事業を興す」という孫正義社長の言葉が現実になった。
 ソフトバンクが志向するのは借金を巧みに使い成長する「レバレッジ経営」だ。グループの金庫番、後藤芳光財務部長は財務規律の重要性を説きつつも「一時的な格付け悪化はいとわない」と話す。借金をためらい有望な投資先を逃す機会損失こそが最大の敵と説く。
 2013年春の日銀の異次元緩和で借金のコストは急低下した。これ以降に借り入れを増やした主要企業の7割が株式の時価総額を増やしている。投資家にとって借金は必ずしも悪ではない。」

(下記は、同記事添付の借入金で株主価値を大きくした会社の一覧表を転載)

20160723_借入金で株主価値を大きくした企業リスト_日本経済新聞朝刊

いずれも企業も、マイナス金利下で、資金コストが史上最低になっている現在、上手に外部借入による資金調達を活用して、時価総額(=株主価値)を大きくしました。まあ、資本の出し手=企業の所有者という会社法の建て付けでいけば、株主目線で、株主が出したお金(資本金)にレバレッジを効かせて、資本金以上のお金を集めて、出資してくれた株主に、想定以上のリターンを返すのが「レバレッジ経営」。これの最たるものが、今回のソフトバンクによる英アーム社の買収。だって、株式交換では、株主コスト(TSRやROE、EV/EIBTDA倍率などで測定されるもの)が、マイナス金利に陥っている借入コストを上回っているのは明白ですから。

 

■ そろそろ2重のキャッシュフローの正体を説明します!

筆者お手製の下図をご覧ください。

経営管理会計トピック_2重のキャッシュフロー

企業活動というものを、貸借対照表(B/S)の左右両面で見ることができます。筆者は、事業の二面性と捉えており、

① ファイナンシャル・キャッシュフロー(FC)
企業活動を行うために資金を調達し、事業活動によりキャッシュを生み出し、資金の出し手にリターンを返す財務的な面におけるお金の流れ

② ビジネス・キャッシュフロー(BC)
調達されたお金を事業に投資(ヒト、モノ、知識などの経営リソースを購入)し、顧客に価値提供した見返りに、代金を頂く事業的な面におけるお金の流れ

が、企業内部に発生する2種類のキャッシュフローになります。これは、従来の公表用財務諸表のひとつである「キャッシュフロー計算書(C/S)(C/F)」の表面的な形式(書式)に囚われていると、なかなかイメージすることができない性質のものです。残念ながら、ちょっと響きがかっこいい「フリーキャッシュフロー(FCF)」という概念・定義をこねこねしてみても、この2重のキャッシュフローは決して炙り出されてくることは決してないでしょう。

この2つのキャッシュフローはどちらかが過重になって、バランスを欠くことは企業経営の失敗につながります。

<ケース1> BC > FC
貸借対照表(B/S)の借方(左側)に現預金がたんまりと溜まり、アクティビストの格好の餌食になります。B/Sの貸方(右側)では、おそらく「利益剰余金」が膨らみ、昨今注目されている「ROE」計算式の分母を大きくすることで、株式市場での評価を落とします。

<ケース2> BC < FC
事業に投下した資本がうまく現金となって起業まで戻ってこない、BCが滞留している状態になります。この事態に陥ったら、いわゆる「資金ショート」「資金繰りの悪化」ということになり、有利子負債の返済が滞り、デフォルト、銀行取引停止(いわゆる倒産)、破産と呼ばれる状態になります。自己資本(資本金)による資金調達の場合でも、株価下落、通俗的に呼ばれている債務超過(自己資本または純資産がマイナス状態)になります。いずれ、経営破たん(会社更生法適用、破産法適用、会社清算、民事再生法適用など)となります。

 

■ (おまけ)ソフトバンクの金庫番のインタビュー記事を読む!

前章で説明した、企業の理想的な「BC = FC」の状態を維持すること、もしくは、経営者が事業投資をしたいときに、FC不足で、経営者が思うように事業展開できずに、機会損失を被ることを回避したり、資金繰りに失敗して、ゴーイングコンサーンとしての企業体を維持できなくならないようにすることが、企業の財務を預かる身として、重要なミッションになります。そうした大事なTIPSについて、ソフトバンクの金庫番、後藤芳光常務執行役員財務部長のインタビュー記事のサマリで今回の投稿を締めたいと思います。

ソフトバンクグループの後藤芳光常務執行役員財務部長

(同記事の後藤氏の写真を転載)

2016/7/23付 |日本経済新聞|電子刊 金庫番が語るソフトバンク流「攻めの財務」 市場の力学(上)

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Q1:ソフトバンクの財務戦略の特徴は何ですか?

キーワードは『経営にシンクロできる財務』。経営の意思決定をリアルタイムで支え、経営戦略とともに動ける財務部門をめざしている。一般に財務部門はブレーキを踏む役割が重視されるが、我々は攻撃こそ最大の防御だと思う。投資家が受け入れられるギリギリのレバレッジ(テコ)はどこかを追求するのが財務部門の最大の仕事だ。それをしないと企業価値を最大化できない

一番大事なのは機会損失を起こさないことだ。新規事業であったりM&A(合併・買収)であったり、既存事業を刷新するための投資であったり、経営にはいろんな挑戦がある。重要なのはタイミングだが、財務部門がネックになってタイミングを逸してはいけない。

Q2:キャッシュフロー経営も追求していますが?

期間損益とキャッシュフローのどちらが大事だろうか。僕は絶対にキャッシュフローだと思う。期間損益は悪ければ悪いなりに説明がつくが、お金がなければデフォルトする。だからキャッシュフロー経営が最重要。大型の案件に投資するときはレバレッジが高くなるが、誤解を恐れずに言えば、一時的に格付けが下がることは恐れない。大事なのは格付けが下がろうとも必要なお金が集まるかどうかだ。集まるのなら投資家が期待しているということだ。僕らはこうした機会を投資家にどんどん提供していきたいし、そういうダイナミックな案件をやるのがソフトバンクの特徴でもある。

Q3:財務の安定性についてはどのように目配りしていますか?

いままでの話とは表面的に相反するけれども、揺るぎない安定性も大事だ。攻撃は最大の防御だが、防御あっての攻撃であることも事実だ。いかなるリスクにも対応できるシステムをつくるために何をしているか。

① 日本型メーンバンク制の活用
メーンバンクであるみずほ銀行はもちろん、他のメガバンク2行、大手信託銀行の方々とはコミュニケーションを欠かさない。

②『キャッシュ・イズ・キング』
手元には少なくとも向こう2年以上の社債やローンの償還に耐えられるだけのキャッシュがある。普通の財務担当者にはもったいないと言われるかもしれないが、全然そんなことはない。いざというときに危ういのは借金がなくて預金も少ない企業だ。

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牽強付会かもしれませんが、後藤芳光常務執行役員財務部長のインタビューと、筆者の2重のキャッシュフロー理論を合わせると要点は以下の通り。

『「ビジネス・キャッシュフロー」と「ファイナンシャル・キャッシュフロー」とを完全同期化させることができれば、企業価値は最大化する』

社外借入か、それとも自己資本で調達か。資金調達源泉のバランシングも、実は、BCとFCの同期化に最終的には帰結します。「キャッシュフロー計算書」をいくら眺めていても、また、
 ・フリーキャッシュフロー(FCF)
 (営業活動によるキャッシュフローと投資活動によるキャッシュフローの単純合算)
 ・管理キャッシュフロー
 (営業利益に減価償却費を足して、支払利息を差し引いたもの)
 ・EBITDA
 ・NOPLAT
などを重要な財務的KPIだとして、算出してその数値の動向を追っていっても、BCとFCの完全同期化には、何の役にも立ちません。(^^;)

これを機会に、本当の「キャッシュフロー経営」とは何か? 今一度、考えて見てはいかがでしょう。

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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