■ YKKもボリュームゾーン攻略へ。これが日本の製造業の現在の潮流なのか!?
先日、ファーストリテイリングが、傘下ブランドのジーユーでファストファッションのボリュームゾーンを取りに行く難しさを「ブルーオーシャン戦略」と「交差(交叉)利益率」の2つで説明しました。そして、こちらも世界に冠たる有名製造業が同じくボリュームゾーン攻略の一手を打ったとのインタビュー記事がありました。
⇒「ファストリ傘下のGU、人気商品をすばやく増産 従来の半分、2ヵ月で -ファストファッションのビジネスモデルはレッドオーシャン !?」
2016/2/21付 |日本経済新聞|朝刊 (そこが知りたい)ファスナー世界首位どう守る? YKK会長兼CEO 吉田忠裕氏に聞く 製法革新、汎用品でも勝負
「ファスナー世界最大手のYKKが2016年度に年間販売100億本(15年度見通しは約88億本)の大台を狙っている。強みを持つ高級ブランド品向けだけでなく、安価なファストファッション向けなど汎用分野の需要も取りにいく。どう成長を持続するか。吉田忠裕会長兼最高経営責任者(CEO)に聞いた。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
(下記は、同記事添付の吉田忠裕会長兼最高経営責任者(CEO)の写真を転載)
Q:日本企業では、汎用品を避け機能や品質で差をつける戦略が一般的です。
「世界のファスナー需要は年間400億本くらいだ。YKKの販売量は長く75億本程度で、中高級品ではかなりの部分を供給してきた。ファッションなら高級ブランド、宇宙服や明石海峡大橋の排水溝など特殊な用途でも使われている」
だが、使い手側から見るとどうか。人口が増加するアジアで高級品の需要はごく一部だ。そうした地域でYKKの商品が喜んで使ってもらえているかというとそうではない」
暗に、これから市場の急拡大(人口増と平均所得増)が見込まれるアジア圏での汎用品市場を狙いに行く、との宣言と受け取れました。
Q:連結営業利益(16年3月期予想700億円)の過半をファスナーで稼いでいます。汎用品に手を広げると利幅が落ちませんか。
「世界のファスナーの6割は中国勢が供給している。中国は小さなメーカーが無数にある状態だが、実力をつけたら高級品にも挑戦するだろう。100億本の目標には、こちらもファストファッション向けなどボリュームゾーンに対応しなければならないと社員に意識させる狙いがある
かつて世界的ファッションブランドの幹部から『君のところのファスナーは良すぎるからもう使わない』と言われ、ショックを受けた。ニーズに即したものをつくることが肝要だ」
すみません。質問と回答がかみ合っていない印象を持ちました、汎用品は利幅が落ちますよね、それでも汎用品に打って出るんですか、と聞かれているはず。回答は、利幅が落ちることの明言を避けて、そこに需要があるから、と質問がかわされているようです。
Q:「1万回開閉しても大丈夫」といった耐久性がYKK製品の特長でした。汎用品ではどうしますか。
「(高級品向けだと)上を見て技術を磨いてきたが、それ以外にも視野を広げて製法などを革新していく必要がある。アジアの拠点で、金属製ファスナーの材料の配合を変えてコスト競争力の高い製品を開発したり、短納期の需要に応えるため日単位でなく時間単位で生産管理するシステムを導入したりし始めた」
ファストファッションが世界を席巻し、同じ服を翌年はもう着ない人も増えている。1万回とは違う需要にも向き合う。富山県にある開発部門を『技術の総本山』と位置づけ、海外拠点からも人を集め各地で必要な製品を議論していく」
これも質問が意識的なのか無意識的なのか、はぐらかされている印象を受けます。本音は、ボリュームゾーンの需要を会社として取りに行く。そのためにはこれまで大事にしていた品質(主に耐久性)はリーズナブルな所に調整に行く(はっきり言って販売価格に見合って下げる)、ということでしょう。
Q:新興国メーカーとの競争の成算は。
「我々にはファスナーを生産する機械から自作する技術力があり、世界71カ国・地域にわたる事業のネットワークもある。中国勢などがすぐに同じようにするのは難しいだろう。」
■ YKKの強みは何で、何を守っていくべきで、何を変えていくか、を考えることが大事!
YKKの強みの一つは、高い生産技術にあります。自分たちの手で、量産のための生産機械装置まで自製で、コストと品質の高い位置でのバランスを保ってきました。筆者が心配するのは、(ここでもう結論めいた言説になってしまうのですが)今この瞬間、そして数年の間、品質を下げるのは、これまでの技術の積み重ねがあったから可能に違いない。ボリュームゾーンを取りに行くために、中品質・低コスト層の製品を作り続けると、組織としてのDNAが、高品質な製品の生産・開発に備えられていた何かが、損なわれはしませんか、という危惧です。
高品質のものと、リーズナブルな品質の物を作る工程やそのための治具は、根底から違います。その両立ができる工場・生産現場の確立はなかなか骨が折れます。現在の高い技術力があるから、ボリュームゾーンの大量生産品にも当面は当然のように対応できるでしょう。しばらくすると、そうしたボリュームゾーンに最適化した生産現場に自然と人の意識も仕事の進め方も変わっていきます。そうなってから、高品質、自分で考える生産技術、を磨こうとしても時は待ってくれません。一度失くしたものは再び手に入れることは難しい。特に技術と人の連続性が重要な第2次産業の現場ではそのリスクは非常に高いものとなるでしょう。
■ YKKのこの変化の意思を「経営管理会計」的に見るとどうか?
新聞記事には、記者の感想がありました。
〈聞き手から一言〉需要変化に対応 瞬発力が課題に
「YKKは海外に積極進出し、世界の高級ブランドと二人三脚で滑らかで丈夫なファスナーなどを開発してきた。技術には定評があるが、家電製品にもあるように、機能を追うあまり需要から離れてしまうこともある。ファストファッション向けの出遅れはその例だ。
同社の連結売上高は7700億円(2016年3月期予想)で、ファスナーと建材の2本柱だ。ただ国内住宅市場の先細りなどもあり、利益面ではファスナー依存が強まっている。「巨人」YKKが汎用品で戦うには、需要の変化を迅速にとらえ商品化する瞬発力が求められる。
基本的に、インタビュイーの意図を組んだコメントに収まっています。でもQ&Aがいまいち噛み合っていませんでしたよね。
経営管理会計的には、ズバリ「固定費の罠」に陥っていないか注意してください、ということになります。「固定費の罠」とは、研究開発費、設備投資、雇用など、製商品の販売およびその代金回収に先立って、売れ行きに関係なく既発生の固定費の回収を、当面のビジネス目標にしてしまい、中長期的には、技術力、商品力など、いままでその会社が強みとして、市場から買われていたバリューを、徐々に失っていくことを指します。ただ、固定費を回収する目的のためだけに仕事とお客を選び、本来企業としてやりたいビジネスができない状態のことを意味します。
目先は、固定費を回収できる限界利益が、量を売ることで獲得できたとしても、先細りになってしまうリスクがあることへの警鐘として、最近筆者がクライアントによくお話ししていることです。
おっと、吉田CEOは、MBA取得者のようですね。さらに、強いリーダーシップと経営へのコミットメントが得られる創業者一族でした。大変失礼しました。筆者のような門外漢が心配する余地は最初からありませんでしたね。m(_ _)m
(でも故郷の自慢の大企業だから親近感を持っているわけですよ!)
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