■ 日立製作所が顧客志向で組織改編 その概要を見てみよう!
総合電機の雄、日立製作所が大幅な組織変更をプレスリリースしました。ちょうど、「経営管理(基礎編)」で、「組織管理」に触れ、組織デザインについてご説明していたので、引き続き、日立もケーススタディとして取り上げたいと思います。
(参考)
⇒「組織管理(1)- 組織デザインを考える 「分業」の利益と「調整」コストのバランス」
⇒「組織管理(2)- 組織デザインパターンの応用形 「機能別組織」と「事業部制組織」の間には」
⇒「組織管理(3)- 組織デザインのための理論 「組織は戦略に従う」のか「戦略は組織に従う」のか?」
⇒「組織管理(4)- 組織デザインのケーススタディ「資生堂」「トヨタ」「ソニー」の狙いは?」
2016/2/4付 |日本経済新聞|朝刊 日立の東原氏がCEO就任 社長と兼務 21年ぶり組織改編 顧客対応型、GEに対抗
「日立製作所は3日、東原敏昭社長兼最高執行責任者(COO)が4月1日付で社長兼最高経営責任者(CEO)に就くと発表した。東原社長が2年前の就任時から検討してきた組織改革も発表。重視する顧客対応型への再編で、21年ぶりに組織形態を抜本的に見直す。米ゼネラル・エレクトリック(GE)など世界大手への対抗が狙いだ。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
「「日立の次の100年をつくりたい」。東原社長は組織再編への思いを示す。新興国の政府や企業など顧客の要望は複雑になり単純な製品販売は通じにくくなったからだ。
新組織は電力ビジネスユニット(BU)や産業・流通BU、金融BUなど顧客の市場別に12のBUを置き顧客への営業力を強化する。ビッグデータ解析や人工知能(AI)などのIT(情報技術)はサービス&プラットフォームBUが手掛け顧客向けのBUを支える。」
「GEは航空機エンジンや発電システムでの高い性能や顧客の多さを武器に事業を運営するなど製品が経営のベース。幅広い製品群を持つ日立は顧客に入り込み新規事業の提案で囲い込みを狙う。」
(下表は、同記事添付の新組織図を転載)
ここで、新聞記事の字句通りの解釈をいったん試みてみましょう。
1.製造業のビジネスモデルが変化した
① 単純な製品販売では顧客ニーズに対応しきれなくなった
② 製品開発は、コア技術(シーズ)からの「プロダクト・アウト」では顧客ニーズにアンマッチ
③ 市場ニーズを踏まえた「マーケット・イン」の発想での製品開発にシフトすべき
④ さらに、「プロダクト」ではなく「サービス(ソリューション)」の形で顧客に価値提供する
2.ビジネスモデルの変化に対応した組織づくり
① 従来の製品別事業部(製品縦割り組織)で意思決定していては上手く顧客のハートを捉えることができない
② 複雑化・高度化する顧客ニーズに応えるために、顧客セグメンテーションに一致した市場別組織での意思決定が必要である
③ ただし、コア技術・市場横断的な先進技術開発はひとつの組織で全社のリソースを集中させた方が効率的である
④ 同時に、プロダクトを生産技術と製品設計技術の両面から、品質・コストの両面から、効率的に供給するには、製品別の供給体制も必要になる
それゆえ、日立は、顧客と直接対峙する市場ごとに、「フロントBU」を配置するとともに、日立総力を挙げたテクノロジー開発を担う「サービス&プラットフォームBU」、「インダストリアルプロダクツBU」がフロントをバックアップする体制に全社を再編するという意図が感じられます。
■ 日立製作所が顧客志向で組織改編 その実像を見てみよう!
それでは、公正・正確性を期すために、日立のプレスリリースにも目を通すことにします。
● プレスリリース「フロント機能を強化したマーケット別の事業体制に変革」
(http://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2016/02/0203a.html)
1.組織改編の背景-市場別のフロントBUを設置
「4月1日付で、お客様との「協創」を加速するフロント機能を強化した事業体制を構築するため、現在の製品別カンパニー制を改め、お客様のそばでイノベーションをサービスとして提供するサービス主体の事業群と、製品、部品、材料などを提供するプロダクト主体の事業群で構成される新しい事業体制へ移行します。」
2.サービス&プラットフォームBUの位置づけ
「AI(Artificial Intelligence)やアナリティクス、制御技術など、高度なサービスを提供するために必要不可欠なテクノロジーを集約、統合したサービス&プラットフォームBUを設立し、フロントBUやパートナーに、オープンな共通プラットフォームを提供していきます。」
3.インダストリアルプロダクツBUの位置づけ
「プロダクト主体の事業群は、グローバル競争力のある強い製品や部品、材料などをお客様やフロントBUに提供していきます。」
組織デザインとは、どこかのコミュニケーションを密にするために、それ以外のコミュニケーションを疎にする取捨選択をすることです。今回、日立は、顧客(市場)ニーズをくみ取るメンバ間のコミュニケーションを密にするための組織改編を公表しました。
(下記は、同プレスリリースに添付されていた新旧組織図を転載)
<新組織>
<現組織>
トレーシーとウィアセーマは1995年に『ナンバーワン企業の法則』で、企業が顧客に対して、どういうフォーマットで「バリュープロボシション(value proposition)」を訴求するかを次の3つの類型で示しました。
① 業務の卓越性(オペレーショナル・エクセレンス)
② 製品リーダーシップ(プロダクト・イノベーション)
③ 顧客との信頼性・親密性構築(カスタマー・インティマシー)
有名な本著はいろいろと実業界でも研究が進み、「①業務の卓越性」は、ポーターのポジショニング競争戦略と結びつけられて、「コストリーダーシップ」とも理解されています。この競争戦略理論に素直に従えば、今回の日立の組織改編は、自社のビジネスモデルを、バリュープロポジションの観点によると、「② 製品リーダーシップ」から「③ カスタマー・インティマシー」に重心を移したと見えます。ここでお断りしておきますが、上記 ①②③は互いに独立排他的に選択されるものではなく、優先順位が付けられるものとお考え下さい。
そして、新聞記事では、ライバルのGEをして、「航空機エンジンや発電システムでの高い性能や顧客の多さを武器に事業を運営するなど製品が経営のベース」と評しているのは、GEは「② 製品リーダーシップ」を採用・重視していることとの比較をしていると読めます。この「② 製品リーダーシップ」は、新規性の高い新製品を世に送り出し、これまでなかった市場を企業自ら創り出す戦略と一般には考えられており、有名どころでは、アップル創業者の故スティーブ・ジョブズのあの有名な一言を忘れることはできません。
「You can’t just ask customers what they want and then try to give that to them. By the time you get it built, they’ll want something new.」
「消費者に、何が欲しいかを聞いてそれを与えるだけではいけない。完成するころには、彼らは新しいものを欲しがるだろう。」
筆者は、同記事の見解に異を唱えるわけでは決してありませんが、もうひとつ製造業の永遠のテーマについても語られるべきではないか、と考えています。それは、「プロダクト・アウト」と「マーケット・イン」、もしくは、「プロダクト」対「ソリューション」のお話です。
■ ハイテク製造業は、製品開発をシーズで行うのか、それともニーズ起点で行うべきなのか?
古くて新しい問題、そしてどの製造業も確固たる唯一の正答を持ちえない命題について、順に整理していきたいと思います。
1.「プロダクト・アウト」対「マーケット・イン」
これは、その製造業の研究開発スタイルにも影響する対立軸です。すなわち、すでにその企業に魅力的なコア技術もしくは新奇的な技術を生み出せる研究チームが存在して、そのケイパビリティを「製品」として市場に送り出す。その市場が既存市場ならば新製品として、該当市場が無い場合は、新製品に相応しい新市場そのものを創ってしまうのです。これを「プロダクト・アウト」と言います。
これに対して、「マーケット・イン」は、既に存在している市場(顧客)から新製品に対するニーズ・期待、既存製品に対する不満を聞きだし、それらを新機能で解決する新製品を、もしくは既存製品の用途・使い方・組み合わせを工夫して、顧客のお困りごと自体を解消しようとするイノベーションの姿勢を言います。
上記の新聞記事での説明は、日立は「マーケット・イン」で、GEは「プロダクト・アウト」とステレオタイプな分類にごく自然と落とし込んでいるように見受けられます。
2.「プロダクト・セールス」か、「サービス・セールス(ソリューション・セールス)」か?
もうひとつ、今度は製造業の営業スタイルにおける永遠の課題があります。製造業の営業パーソンのマインドとして、「うちにこんないい製品があります。御社のこの課題解決にはこの製品の購入を是非お勧めします」というものがあります。これが「プロダクト・セールス」。それが、見込み生産品の場合は、既存技術を使用し、しかも相対的に低コストでの提供が可能で、課題解決の費用対効果にも訴求することができます。仮に、受注生産ものだったり、特注品だった場合は、新たな技術開発を要することもあり、少々値が張りますが、課題解決性は飛躍的に大きくなります。
一方で、顧客訪問した際に、「なるほど、そういう課題を抱えていらっしゃるのですか。その課題解決する作業自体を我々にお任せ下さい」というものがあります。これが「ソリューション・セールス」。顧客の課題解決に焦点を当てます。「ソリューション」のためには、自社の製品、自社の技術開発陣のケイパビリティを最大限活用します。しかし、既存リソース、既存製品の売り込みが主眼ではないので、費用対効果も含めて、社外のリソース、他社製品を組み合わせる方が顧客の課題解決性が高まる場合は、その採用に躊躇はありません。
おそらく、日立がいうところの「サービス」とは、もはや「ハードウェア」だけのメーカーではないよ、というメッセージ・文脈で使用されていると理解しています。「ソリューション」とまで言い切ってしまうと、製造業としての根幹にかかわる問題が表出するからです。
■ 製造業が「ソリューション」ビジネスに転換できない理由とは?
製造業には、「ソリューション・ビジネス」を標榜している企業がありますが、それは掛け声だけだったり、既存顧客の耳触りの良いセールストークに過ぎなかったりするケースが多々あります。そこには、製造業ならば避けて通れない2つのハードルが存在するからです。
1.固定費の罠
ハードウェアとしてイメージされやすい「製品(プロダクト)」や、ITの力を使った「サービス」でも、それらの供給体制、研究開発を自社で行うには、中長期的な先行投資を行うことが避けられません。それは、多額の「固定費」として、最終製品や最終サービスの提供・販売により、回収されるべきコストです。したがって、製造業の営業パーソンにとって、自社製品・サービスの売り込みというのは、それまで会社がつぎ込んだ固定費の回収という責務を負っているのです。それゆえ、「本当の顧客の問題解決のためには、コンペチターB社のβ製品が必要だ」と気付いたとしても、上司からは、「なぜ、自社のα製品を売り込まないんだ。お前はノルマを無視する気か?」との攻めには抵抗し難いでしょう。
2.付加価値の配分
今回の日立の組織変更には、業績管理という管理会計的な視点から留意点がひとつありあます。プレスリリースには、
「BUは社長直轄の組織となり、各ビジネスユニットのCEOは、投資権限、収益責任を持ちます。お客様に最適なサービスやプロダクトを提供するために、他のBUと連携をとりながら、日立グループ全体のリソースを総合的、有機的に生かし、迅速かつフレキシブルに、イノベーションを創り出します。」
との記述があります。各BUとは、フロントBUが特に意識されていますが、フロントBUにプロダクトを提供する組織も、「インダストリアルプロダクツBU」としてBUを名乗っています。
そして、さらに次のようなミッションも持たされます。
「日立グループ各社やインダストリアルプロダクツBUは、イノベーションを実現するグローバル競争力のある製品、部品、材料の選択と集中を徹底し、お客様に提供していきます。また、日立の社会イノベーション事業の成長を加速させるプロダクトをフロントBUに提供し、日立グループとしてのシナジーを追求していきます。」
これは、インダストリプロダクツBUが開発・製造した製品を各フロントBUに卸してから、エンドユーザに提供されることを意味しています。各BUが投資権限と収益責任を負う場合、フロントBUとインダストリプロダクツBU間の日立グループ内での社内取引価格はどのように値付けされるのが適切なのでしょうか?
インダストリプロダクツBUは、自組織が担当する製品・サービスの中長期な研究開発費と供給体制維持及び生産技術の向上のための投資を回収できる価格でフロントBUに自組織製品を売り渡したい、と考えます。一方で、フロントBUからは、エンドユーザからは希望購入金額は●●万円ぐらいと価格提示を受けているはずです。フロントBUは、そうした「カスタマー・インティマシー」視点での、ソリューション価値をどれだけ生み出しているのか、適正に自組織の付加価値をはじき出せるのでしょうか? 自組織も収益責任を負っているので、できるだけ安く「インダストリプロダクツBU」製品を買いたたき、自組織のマージンを高めたいと考えるはず。
「固定費の回収」と「適正な社内取引価格設定」。
これらは、公式組織をどのように組み換えようとも、製造業が常に直面すべき、重要な経営管理課題のひとつなのです。
(まあ、こうした業績評価モデルの構築が筆者のお仕事のひとつなのですよ!)(^^;)
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