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■ 誰かの負担が減るということは誰かの負担が増すということなのですが?

経営管理会計トピック

昨今のコーポレートガバナンス強化の一環として、社外取締役を複数選任する必要性があり、「なり手」探しで、先月末の株主総会集中日付近でも話題になりました。「なり手」に好条件を出して、社外取締役を増やす、ということはいったいどういう意味を持つのでしょうか?

2015/7/4|日本経済新聞|朝刊 役員の賠償、会社も負担 政府、指針で容認 社外から迎えやすく

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「政府は企業の役員が業務上の賠償責任を負った際に、これまで個人負担だった訴訟費用や賠償金を企業が補償することを認める新たな指針をまとめる。賠償訴訟に備えて役員が加入する会社役員賠償責任保険(D&O保険)=総合2面きょうのことば=の保険料を会社が全額負担することも容認する。役員の訴訟リスクを減らし、日本企業が社外取締役を含め外部の優秀な人材を獲得しやすくする。」

それでは、同日の紙面にあった言葉の解説記事も併せて転載します。

2015/7/4|日本経済新聞|朝刊 (きょうのことば)会社役員賠償責任保険 役員による損害を補償その心は?

「役員が経営上のミスや不注意で企業や第三者に与えた損害を補償する保険。賠償金だけでなく、和解金や役員個人で雇った弁護士費用なども対象になる。米国が発祥の保険で、米国では企業が保険金の受取人になり、役員に補償する。日本では役員が保険金の受取人になり、企業が保険料の9割、役員が1割を負担するのが一般的な加入例になっている。」

(日本経済新聞朝刊2015年7月4日同記事より)

会社役員賠償責任保険_日本経済新聞_20150704

どのような保険商品なのか、かいつまんで説明すると、「株主代表訴訟」や「民事訴訟」で損害賠償責任を負わされた時に、取締役本人に代わって支払ってあげます、というものです。その保険料は、企業が9割負担、役員本人は1割負担。会社の法的な所有主である株主としては、企業や役員本人が負担するものなので、株主としての権利を侵された場合は、後先考えずにバンバン代表訴訟で損害を会社に請求できます。とすれば、

① 社外取締役を探したい企業
② 社外取締役になりたい人
③ 遠慮なく損害賠償請求したい株主

三者が皆、得になる大変素晴らしい制度のように見受けられます。 本当!?

 

■ 誰か企業統治の本質を説明してください!

それでは、新聞記事を読み込んでいきましょう。そもそも、社外取締役を大量!?に選任する必要性はどこから生まれたものなのでしょうか?

「6月に適用が始まった企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)がある。同指針は企業に複数の社外取締役の選任を求めている。社外取締役は年々増えており、6月時点で東証1部上場企業の9割超が合わせて3000人超の社外取締役を選任している。」

コーポレートガバナンス・コードによって規制されたから、社外取締役を増やさなければならない。その「なり手」を集めるために、「会社役員賠償責任保険」を企業側が9割も負担してあげるんです、と考えた時点で、思考の範囲が狭い、と言わざるを得ません。

社外取締役制度自体は、「経営」の「監督」と「執行」とを分けて、前者を「社外取締役」の任にして、株主の利益を最大化するように、「執行」者の行動を株主に代わってチェック、助言してあげる、というものです。つまり、株主自身の利益最大化のために、執行者に対する監視体制の運営コストはそもそも必要悪としての存在なのです。

そんな運営コストに費やすお金があったら、配当に回してください、と株主は考えないものでしょうか? この仕組みが成立するのは、「社外取締役制度」の充実に費やすコストが、執行者を野放しにしていることにより発生する逸失利益を下回る時にだけ、株主にとって経済的に効果があるモノであるというわけです。

「エージェンシーコスト」という概念です。

どうして日本人は目先の制度や人選、規制にだけ目が行くのでしょうか?そもそもの株式会社の構造について、意識しないものでしょうか?

立派な経営者(執行権限を持つ)に、虎の子のお金を出資して、自分の代わりに運用してもらって、自己運用より高い利回りでリターンを得る、これが金融面から見た株式会社。ここで個人名を出すのは問題かもしれませんが、永守さんや金川さんを信用して投資する時に、社外取締役のチェック体制の有無は、自分なら気にしませんね。

(下図は、同記事から転載)

企業が役員の訴訟リスクを軽減_日本経済新聞_20150704

もうひとつ、論点があります。

「政府の成長戦略も役員への損害賠償に対する企業の補償制度の整備を明記した。企業のグローバル展開が進むなか、海外並みに役員の訴訟リスクを減らし、日本企業が優秀な人材を獲得できるようにする狙いだ。
 新指針では、企業と役員が事前に補償契約を結ぶ前提で、企業が一定の割合で賠償金などを負担することを認める。具体的な補償条件は「企業側が契約の中で上限額などを定められる」(経済産業省)。米国でも多くの州の会社法で会社と役員が自由に補償契約を結ぶことを認めている。
 ただ企業が過剰な補償を認めると、役員の責任感や緊張感が緩みかねない。そこで指針では、違法行為や重い過失があった役員は補償の対象外にする規定を盛り込む。」

一番最後の節など、語るに足らないですね。遵法行為だけの監視なら、わざわざ社外取締役を呼んできて、チェックさせるものではなく、当局はおろか、全国民が法治国家の下で活動している以上、会社の全関係者のやることです。社外取締役は、執行者の意思決定が遵法視点でチェックするだけでなく、株主価値最大化に資するかどうか、経済合理性の面からアドバイスするところに、わざわざ株主の取り分からコストを割いて、社外取締役に報酬を支払う意味があるのだと思います。

さらに、株主代表訴訟で多額の損害賠償を企業に求めるのもいかがなものか? 損害賠償金が多額になることを前提にすると、平常時からそれに備えて、保険料を保険会社に支払うなど、株主の権利を振りかざすことで、逆に、株主の取り分を減らすことにもなりかねません。そもそも、キャッシュマシーンである企業体の資金効率性を考えると、そういう多額の損害賠償を株主側からやるぞ、と経営者側を脅していると、自らの取り分を減らすことになりますよ!

この点については、グローバルに展開している一流企業の関係者としては、頭の痛いことです。アングロサクソン系の国・地域にも拠点を持ち、顧客がいて、従業員や株主もそこから構成されている場合、そうした国・地域における高い企業運営コストも受け入れなければいけなくなります。法務当局が、経済的損失だけでなく、懲罰的な損害賠償金を求めることも日常になっている謀国で事業を展開している日本企業も他人事では決してないですね。そういう訴訟リスクは。

じゃあ、株主や顧客をこちらから選べばいいじゃありませんか?

それが現実的ではないとしても、ものごとの発想法としては、こっちの方が健全で、その視点からできることから着手すればいいことで(謀自動車大手が株主を選別した資金調達方法を始めましたよね。あからさまに、米国の関係者たちが一斉に反対意見表明していますが、、、)。

コーポレートガバナンス・コードは株主が自らの経済的権利を守るためのもの。当局からの押し付けものではありません。それなのに、社外取締役探しに奔走している日本企業。そして、海外の訴訟リスクにまでおびえだす始末。

お天道様に恥じない経営を行い、株主との対話を健全に進めておけば、訴訟リスクにおびえることもなく、株主利益を損なうような保険料も払うこともなく、そっちの方が三者全員が得する経営構造だと思いますが、皆さんはいかがお思いですか?

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役員の賠償、会社も負担 政府、指針で容認 社外から迎えやすくhttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/1-e1427893099240.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/経営管理会計トピック1-150x150.jpg小林 友昭会計で経営を読むエージェンシーコスト,コーポレートガバナンス・コード,会社役員賠償責任保険■ 誰かの負担が減るということは誰かの負担が増すということなのですが? 昨今のコーポレートガバナンス強化の一環として、社外取締役を複数選任する必要性があり、「なり手」探しで、先月末の株主総会集中日付近でも話題になりました。「なり手」に好条件を出して、社外取締役を増やす、ということはいったいどういう意味を持つのでしょうか? 2015/7/4|日本経済新聞|朝刊 役員の賠償、会社も負担 政府、指針で容認 社外から迎えやすく (注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます 「政府は企業の役員が業務上の賠償責任を負った際に、これまで個人負担だった訴訟費用や賠償金を企業が補償することを認める新たな指針をまとめる。賠償訴訟に備えて役員が加入する会社役員賠償責任保険(D&O保険)=総合2面きょうのことば=の保険料を会社が全額負担することも容認する。役員の訴訟リスクを減らし、日本企業が社外取締役を含め外部の優秀な人材を獲得しやすくする。」 それでは、同日の紙面にあった言葉の解説記事も併せて転載します。 2015/7/4|日本経済新聞|朝刊 (きょうのことば)会社役員賠償責任保険 役員による損害を補償その心は? 「役員が経営上のミスや不注意で企業や第三者に与えた損害を補償する保険。賠償金だけでなく、和解金や役員個人で雇った弁護士費用なども対象になる。米国が発祥の保険で、米国では企業が保険金の受取人になり、役員に補償する。日本では役員が保険金の受取人になり、企業が保険料の9割、役員が1割を負担するのが一般的な加入例になっている。」 (日本経済新聞朝刊2015年7月4日同記事より) どのような保険商品なのか、かいつまんで説明すると、「株主代表訴訟」や「民事訴訟」で損害賠償責任を負わされた時に、取締役本人に代わって支払ってあげます、というものです。その保険料は、企業が9割負担、役員本人は1割負担。会社の法的な所有主である株主としては、企業や役員本人が負担するものなので、株主としての権利を侵された場合は、後先考えずにバンバン代表訴訟で損害を会社に請求できます。とすれば、 ① 社外取締役を探したい企業 ② 社外取締役になりたい人 ③ 遠慮なく損害賠償請求したい株主 三者が皆、得になる大変素晴らしい制度のように見受けられます。 本当!?   ■ 誰か企業統治の本質を説明してください! それでは、新聞記事を読み込んでいきましょう。そもそも、社外取締役を大量!?に選任する必要性はどこから生まれたものなのでしょうか? 「6月に適用が始まった企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)がある。同指針は企業に複数の社外取締役の選任を求めている。社外取締役は年々増えており、6月時点で東証1部上場企業の9割超が合わせて3000人超の社外取締役を選任している。」 コーポレートガバナンス・コードによって規制されたから、社外取締役を増やさなければならない。その「なり手」を集めるために、「会社役員賠償責任保険」を企業側が9割も負担してあげるんです、と考えた時点で、思考の範囲が狭い、と言わざるを得ません。 社外取締役制度自体は、「経営」の「監督」と「執行」とを分けて、前者を「社外取締役」の任にして、株主の利益を最大化するように、「執行」者の行動を株主に代わってチェック、助言してあげる、というものです。つまり、株主自身の利益最大化のために、執行者に対する監視体制の運営コストはそもそも必要悪としての存在なのです。 そんな運営コストに費やすお金があったら、配当に回してください、と株主は考えないものでしょうか? この仕組みが成立するのは、「社外取締役制度」の充実に費やすコストが、執行者を野放しにしていることにより発生する逸失利益を下回る時にだけ、株主にとって経済的に効果があるモノであるというわけです。 「エージェンシーコスト」という概念です。 どうして日本人は目先の制度や人選、規制にだけ目が行くのでしょうか?そもそもの株式会社の構造について、意識しないものでしょうか? 立派な経営者(執行権限を持つ)に、虎の子のお金を出資して、自分の代わりに運用してもらって、自己運用より高い利回りでリターンを得る、これが金融面から見た株式会社。ここで個人名を出すのは問題かもしれませんが、永守さんや金川さんを信用して投資する時に、社外取締役のチェック体制の有無は、自分なら気にしませんね。 (下図は、同記事から転載) もうひとつ、論点があります。 「政府の成長戦略も役員への損害賠償に対する企業の補償制度の整備を明記した。企業のグローバル展開が進むなか、海外並みに役員の訴訟リスクを減らし、日本企業が優秀な人材を獲得できるようにする狙いだ。  新指針では、企業と役員が事前に補償契約を結ぶ前提で、企業が一定の割合で賠償金などを負担することを認める。具体的な補償条件は「企業側が契約の中で上限額などを定められる」(経済産業省)。米国でも多くの州の会社法で会社と役員が自由に補償契約を結ぶことを認めている。  ただ企業が過剰な補償を認めると、役員の責任感や緊張感が緩みかねない。そこで指針では、違法行為や重い過失があった役員は補償の対象外にする規定を盛り込む。」 一番最後の節など、語るに足らないですね。遵法行為だけの監視なら、わざわざ社外取締役を呼んできて、チェックさせるものではなく、当局はおろか、全国民が法治国家の下で活動している以上、会社の全関係者のやることです。社外取締役は、執行者の意思決定が遵法視点でチェックするだけでなく、株主価値最大化に資するかどうか、経済合理性の面からアドバイスするところに、わざわざ株主の取り分からコストを割いて、社外取締役に報酬を支払う意味があるのだと思います。 さらに、株主代表訴訟で多額の損害賠償を企業に求めるのもいかがなものか? 損害賠償金が多額になることを前提にすると、平常時からそれに備えて、保険料を保険会社に支払うなど、株主の権利を振りかざすことで、逆に、株主の取り分を減らすことにもなりかねません。そもそも、キャッシュマシーンである企業体の資金効率性を考えると、そういう多額の損害賠償を株主側からやるぞ、と経営者側を脅していると、自らの取り分を減らすことになりますよ! この点については、グローバルに展開している一流企業の関係者としては、頭の痛いことです。アングロサクソン系の国・地域にも拠点を持ち、顧客がいて、従業員や株主もそこから構成されている場合、そうした国・地域における高い企業運営コストも受け入れなければいけなくなります。法務当局が、経済的損失だけでなく、懲罰的な損害賠償金を求めることも日常になっている謀国で事業を展開している日本企業も他人事では決してないですね。そういう訴訟リスクは。 じゃあ、株主や顧客をこちらから選べばいいじゃありませんか? それが現実的ではないとしても、ものごとの発想法としては、こっちの方が健全で、その視点からできることから着手すればいいことで(謀自動車大手が株主を選別した資金調達方法を始めましたよね。あからさまに、米国の関係者たちが一斉に反対意見表明していますが、、、)。 コーポレートガバナンス・コードは株主が自らの経済的権利を守るためのもの。当局からの押し付けものではありません。それなのに、社外取締役探しに奔走している日本企業。そして、海外の訴訟リスクにまでおびえだす始末。 お天道様に恥じない経営を行い、株主との対話を健全に進めておけば、訴訟リスクにおびえることもなく、株主利益を損なうような保険料も払うこともなく、そっちの方が三者全員が得する経営構造だと思いますが、皆さんはいかがお思いですか?現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します