■ 中期経営計画は「努力目標」じゃない。「公約」である! 今さら感ありありですが、、、
従来からも、「努力目標」ではなくて、企業の中長期の投資-収益バランス、キャッシュフローを見通すために、各社の中計を重視してきましたし、筆者が事業会社に在籍している時にも、中計をきちんと株主に説明するために、ROE以下、財務KPIの目標値とそれに至る事業戦略も示してきました。いまさら、「努力目標」だ、なんて言ってほしくありませんね。
とはいえ、IRの席上で厳しく機関投資家から責められて、思わすメディアに本音を漏らされた経営者もいらっしゃいましたね。
⇒「(決算トーク)ナブテスコ 中計の数字目標やめようか - いやいや、御社は中長期の投資収益性の事後評価が大切です!」
2016/3/3付 |日本経済新聞|朝刊 中計、目標から公約へ 変わる位置づけ、株価も反応 企業統治指針の導入契機
「昨年6月に導入された企業統治指針が日本企業の中期経営計画のあり方を大きく変えている。未達の際の説明などが求められ、掲げる「努力目標」から達成する「公約」に性格が変わり、株式市場も投資材料として吟味し始めている。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
中計発表の内容次第で、あたかも株式が売買される傾向が強まった感を示す記事内容になっていますが、筆者の皮膚感覚では、左程、従来との変化は感じられません。
買い材料の例:
「2月15日、インキ大手DICの株価が前営業日比11%高まで買われた。材料とされたのが前週末に発表した中計だ。これまで言及がなかった自己資本利益率(ROE)の目標を明確にし、M&A(合併・買収)などに充てる戦略投資枠の目安も初めて公表した。「M&Aを通して成長する道筋が明確になった」(モルガン・スタンレーMUFG証券の渡部貴人アナリスト)と評価された。」
売り材料の例:
「昭和電工は2018年12月期にROEを足元の2%から9%に引き上げる目標を掲げた。だが、15年12月期は業績予想を3回下方修正しており「計画倒れになるのでは」(国内証券アナリスト)と、つれない反応。成長の源泉とした「個性派事業」の文言も、曖昧で詳細が不明と批判を浴びた。株価は発表前の7割強の水準に沈む。」
「TOPIX500採用銘柄で中計を発表している企業は約8割だ。約4割がROEに言及するなど、投資家を意識した動きも広がる。」
ROEという名の資本コストの意識づけが、株主受けするということらしいです。
■ それじゃ、コーポレートガバナンス・コードの内容を確認しましょうか。
ズバリ、コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)に、中計をどうしなさい、という記述はたして存在しているのでしょうか?
まず、第2章:株主以外のステークホルダーとの適切な協働から。
「会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の創出」について、株主以外の顧客・取引先・債権者・地域社会とのコミュニケーションできちんと示してください、というものです。ただし、ESG(環境・社会・統治)問題の開示への記述もあるので、最近はやりの「統合報告書」を作ってください、というトリガーになったものと理解する方が適切かもしれません。
次に、第3章:適切な情報開示と透明性の確保から。
「会社の目指すところ(経営理念等)や経営戦略、経営計画」をきちんと情報開示してください、という文脈で、中計の表示内容の拡充につながっているかと。
最後に、第5章:株主との対話から。
まずは「持続的な成長と中長期的な企業価値の向上」というお決まりの文句の後、それを実現する「体制・取組みに関する方針」を開示せよ、と指示があります。
そして、この【原則5-2】が止めを刺す形になっています。具体的に、収益計画、資本政策、経営資源の配分計画を開示せよ、というメッセージになっています。これに従うには、それまで社内厳秘としていたプラン系の数値も、投資家(広く社外)へ、開示することになるのです。ちょっと、企画業務的には、企業運営の機微に触れる部分が大変なので、どういう形で開示するか、非常に気を使う所ですね。
■ それじゃ、各社の中期経営計画に対する寸評を伺いましょうか。
「だが、「『合格点』が付く中計は少ない」(大和証券の山崎徳司氏)のが実情だった。具体的な目標がなかったり、あっても実現性の低い「空手形」だったり。山崎氏が主要200社をROE目標や、裏付けとなる現金収支の見通しがあるかなど、項目ごとに点数化したところ「合格点」の70点以上は41社だけで、逆に10点以下が60社にも上った。
中計を目標ではなく公約と位置づけたのが企業統治指針だ。「未達時は原因や対応を分析して株主に説明し、次期以降の計画に反映させるべき」と説く。」
おほめに預かった会社の記述が続きます。
「フジクラは2月の社長交代会見で、16年3月期を最終年度とする5カ年の中計に言及した。当初目標の「売上高営業利益率6.5%以上」は4.6%と未達に終わる見込みだ。長浜洋一現社長は「中計達成度は8割。初年度の震災などが影響した」と理解を求めた。」
(それでは、記事に添付があった、市場注目の5社の中計のあらましを転載します)
「独自の充実例も出始めた。「ここまで踏み込んだ中計は見たことがない」と、機関投資家が評価するのが、昨年11月に丸井グループが発表した修正版の中計だ。
事業構造の変化に鑑み貸借対照表を分析。負債を活用し、比較的高コストの自己資本の割合を低くして全体の資本コストを今の4%前後から2~3%に引き下げる。さらに投下資本利益率(ROIC)が資本コストを上回る体質にして株主の期待に応えると、明文化した。青井浩社長は「株主目線で企業価値を説明した」という。」
丸井グループの中計がべた褒めでした。
じゃあ、その部分を一部ご紹介しましょう。
● 丸井グループ(プレスリリース)
・「丸井グループコーポレートガバナンス・ガイドライン」制定のお知らせ(2015/11/6)
行きがけの駄賃で、上記資料のリンクもお知らせしておきます。
ここから、ROIC系の説明スライドを7枚、ご紹介します。
1.事業構造(資産構成)の歴史的転換
筆者の習慣づけの問題かもしれませんが、「財務数値の前に戦略・施策ありき」このチャートの前に、さんざん丸井グループは、百貨店とカード会社の貸借対照表の分析を行っています。そして、自社の事業構造の転換について言及し、事業構造転換に応じた資産構成と資本調達方策を考える、という極めてオーソドックスで推奨できるやり方を採られています。
2.事業ROICの見通し
丸井グループ・オリジナルの中計の説明順序とは違うのですが、次に、将来の収益構造を見ていきます。筆者の事業計画のやり方には、いつも同じ型があります。
戦略 → 施策 → 売上 → 利益 → キャッシュ
3.自社B/Sの過去分析と将来の方向性
資産側は、流動固定比率がカード事業の生協に伴い大胆に変わってきています。それに応じて、相応でない資本調達側の有利子負債比率が低いままになっているのを問題視しています。
4.今後の財務戦略
要は、調達資本コスト以上の利益率を出すことを目標とするというシンプルなものです。エクイティスプレッドをプラスにする、という極めてオーソドックスなものです。
5.財務レバレッジの基本方針
丸井グループの財務課題は、資産と資本調達の資本コストバランシング。その財務レバレッジへの一定の目安をここで謳っています。
6.目標とする財務構成を示す
最後に、B/Sの調達資本構成の目標を示すところで締められています。まあ、その一端を担う株主(投資家)にむけてのメッセージとしては、妥当なクロージングスライドでしょう。
「今年はマイナス金利や為替相場の変動など計画の土台となる数字が揺れ動く難しい環境だ。だが、投資家は単なる当たり外れより「成長に向けた経営者のメッセージが伝わるかが大事」(三井住友アセットマネジメントの坂口淳一氏)とみる。対話ツールとして中計の重要性が増している。」
そうですよね、「目標」と言われても、当たるか外れるかの精度より、その「目標」を設定した企業の事業戦略の適切性と、結果として事後の未達または超過達成の原因分析こそ、広く開示するに値する情報ではないかと思う次第であります。
コメント