国際会計基準への移行で500億円の営業利益を押し上げるリクルートと、研究開発費を投資とみなして31兆円のGDPを押し上げる内閣府について

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■ 会計基準を変えて、かさ上げされた業績をどう考えるか?

経営管理会計トピック

国民経済計算の計算基準を国連が定めた08年基準に変えて名目GDPを31兆円底上げする内閣府と、IFRS(国際会計基準)へ移行することで、500億円弱の営業利益の底上げを図るリクルート。業績の測定基準の改訂差異をどう評価するか? 数字を見る者のリテラシーと数値提供側の意図を裏読みする洞察力の両方が必要とされる事例のようです。

2016/12/7付 |日本経済新聞|朝刊 リクルート、営業益500億円弱押し上げ 来期、国際会計基準移行で

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「リクルートホールディングスが2018年3月期に予定する国際会計基準への移行で、同社の連結営業利益は500億円弱押し上げられる見通しだ。リクルートは人材派遣業などで積極的に海外M&A(合併・買収)を実施しており、のれんの償却負担が重かった。国際会計基準ではのれんの定期償却が不要となり、その分、利益水準が高まる。」

(下記は同記事添付の「のれん償却が利益の伸びを抑えていた」を引用)

20161207_のれん償却が利益の伸びを抑えていた_日本経済新聞朝刊

ここでは、リクルートの計上した「のれん」が、事業買収で連結子会社にした純資産評価額の時価と対価として支出した現金の差額が、同社の連結財務諸表に正の「のれん」として計上されたモノだという前提で説明します。リクルート親会社に直接合併された場合は、別途税務処理が変わってくるので。

日本基準ですと、計上したのれんは、原則20年以内の適切な期間に定額償却することとされています。実務上は5年程度で定額償却されることが多いようです。一方で、IFRSに移行すれば、この定期償却という処理は不要になり、毎期の減損テストの対象となり、減損の兆候が見えない場合は、そのまま資産計上されたままになります。会計基準を変更するだけで、経営実態は不変にもかかわらず、上記のリクルートのケースでは、直近の会計期で、500億円の営業利益の差となってしまいます。

リクルートの公表財務諸表を見る立場の投資家は、500億円の増益となる事をもろ手を挙げて喜ぶべきでしょうか?

 

■ 業績の実態を見る視点は、管理会計の世界では3つ用意されています。

企業業績を測る方法として、管理会計の世界では、次の3つを併用します。

① 期間損益(会計的利益)
② キャッシュフロー
③ 課税所得(税務的利益)

⇒「管理会計的に『儲け』を測る(1)
⇒「管理会計的に『儲け』を測る(2)

日本基準からIFRSに変更することで、上記の業績評価指標はどう変化するのでしょうか?

期間損益(会計的利益)
段階利益として、税引前の営業利益や経常利益はそのまま増益表示されます。税務上は個別財務諸表を基礎に税額計算を行うため、連結財務諸表で生じたのれんは税額計算に影響を与えません。それゆえそのまま当期純利益は増額表示されます。税効果を考慮した場合、通常ケースではIFRSであっても損金計上もないし一時差異も認識しません。

キャッシュフロー
のれんの定期償却は、非現金支出なので、キャッシュフローに対して中立です。つまり、日本基準でもIFRSでも表面的には原則不変と理解されています。同記事でも次のように記載されています。

「国際会計基準への移行でキャッシュフローなどの実態が変化するわけではないが、償却負担が海外M&Aに伴う利益成長を抑える構図は変わる。」

ここはもう一歩踏み込んで、配当政策まで考えてみます。リクルートのホームページより、「2016年3月期の総括と中期経営方針」に当たると、P18に、「配当性向:のれん償却前当期純利益の25%を目安」とあります。つまり、IFRSに移行し、のれんの定期償却がなくなったことが、支払配当金を左右することはありません。本当に、税務上も配当政策上も、キャッシュフローは変化しないことがこれで確認されました。

課税所得(税務的利益)
細かい税法の条文を読み始めると、いくつもの事例ごとに適用が変わるので、概括的な理解がむずかしいのですが、一旦、連結財務諸表におけるのれん計上を想定した場合、会計基準を変更しても、それだけで納税額が変動することはありません。

結論)期間損益上の表示利益だけを増額する効果がある。

このことは、貸借対照表の利益剰余金をもふくらませる効果があるということです。さすれば、現金の裏付けの無い、すなわち分配可能性のない利益が膨らんで表示されているだけということになります。つまり、表面的な会計的利益が大きく見えるだけで、経営の実質は変わりません。決算数字だけを見て投資判断をする投資家だけが影響を受けることになります。会計リテラシーの無い投資家だけが、過大に同社の企業価値評価をしてしまう可能性があるということです。

それは、同社の会計責任者が意図しているかどうか、そこまで裏読みしませんが、同社のIRが、「EBITDA」を全面に出してアピールしていることについて、ここでは改めて注意を喚起しておきます。

⇒「新規公開株の横顔 リクルートホールディングス メディア事業が収益源

これ以上は言わぬが花。。。

 

■ 企業会計基準とは正反対の姿勢を採る国民経済計算基準をどう考えるか?

ここからは、GDPのお話に移ります。といっても企業会計と絡めてのお話しですが。(^^;)

2016/12/9付 |日本経済新聞|朝刊 名目GDP31兆円増 「低成長日本」の印象変わる 設備投資80兆円超す 政権目標600兆円へ前進

「内閣府が8日公表した2015年度の名目国内総生産(GDP)確報値は532.2兆円となった。国連の基準に合わせて研究開発費などを加算する算出方法の見直しを実施した結果、旧基準より31.6兆円増えた。安倍政権が掲げる20年ごろまでに名目GDPを600兆円に増やす目標の達成に一歩近づく。新たな統計のモノサシで日本経済の風景が変わる。」

(同記事添付の「31兆円のかさ上げ要因は?」を引用)

20161209_31兆円のかさ上げ要因は?_日本経済新聞朝刊

この図を見ると、かさ上げされた大半は、研究開発費の19.2億円であることが一目瞭然です。なにやら「国際基準対応」と言われると、正当性のある基準変更のように聞こえるのですが、その変化点をもう少しギリギリと解析してきたいと思います。

「今回は国連が08年に決めた基準を使って推計方法を見直した。最も大きな変更点は「経費」とみなしていた研究開発費を「投資」に加えたことだ。これだけで19.2兆円も増えた。
 研究開発で得られた成果は、新製品の開発といったかたちで企業の生産活動に貢献しているとの考え方に基づく。企業の投資が機械設備から研究開発にシフトしているという流れも踏まえる必要があった。内閣府は「失敗も含めて製品化に生かせる」とみている。」

これは、企業会計における日本基準が、研究開発費を原則発生時に全額経費計上を促し、IFRSが資産計上を原則としていることと裏腹関係にあります。日本基準の考え方として、海のものとも山のものとも判然としない、将来の収益貢献やコスト削減に役立つかどうか分からない支出を資産計上することはためらわれ、それゆえ経費計上を強く要請します。

一方で、IFRSは、
①資産に起因する、期待される将来の経済的便益が企業に流入する可能性が高い かつ
②その資産の取得原価を信頼性をもって測定できる
場合は、積極的に資産計上を求めます。

IFRSでは、資産の創出過程を研究局面と開発局面に大別し、

● 研究
新規の科学的または技術的な知識及び理解を得る目的で実施される基礎的及び計画的調査

●開発
商業生産又は使用の開始以前における、新規または大幅に改良された材料、装置、製品、工程、システムまたはサービスによる生産のための計画または設計に対する研究成果または他の知識の応用

研究局面に係る支出は発生時費用処理しますが、開発局面に係る支出のうち、無形資産の定義及び一般認識要件、ならびに開発費資産化にかかる6要件のすべてを満たすものに限り、資産計上を促します。

その6要件は少々文章が長くなるのですが、次の通りです。

1)使用又は売却できるように無形資産を完成させることの技術上の実行可能性
2)無形資産を完成させ、さらにそれを使用又は売却するという企業の意思
3)無形資産を使用又は売却できる能力
4)無形資産が可能性の高い将来の経済的便益を創出する方法。
  ・無形資産の産出物の、又は無形資産それ自体の市場の存在
  ・無形資産を内部で使用する予定である場合には、無形資産の有用性
 を立証しなければならない
5)無形資産の開発を完成させ、さらにそれを使用又は売却するため必要となる、適切な技術上、財務上及びその他の資源の利用可能性
6)開発期間中の無形資産に起因する支出を、信頼性をもって測定できる能力

(以上、第7部 法人所得税|新日本有限責任監査法人 を参考)

どうでしょうか? そんなに簡単に研究開発費を資産計上させないように規定は複数用意されていて、一見ハードルが高そうですが、どれも抽象的で、説明次第では資産計上をしようと思えば出来そうな気もしてきませんか?

 

■ 最後に)評価基準を変えて報告する主体の意図をきちんと汲み取ることの重要性について

IFRSに移行することで、キャッシュフローと税務的には不変でも、見かけの利益を大きく表示することができる。研究開発費を資産とみなして、GDPに新規に組み入れて、名目GDP:600億円の定量目標達成のハードルを下げる。どちらも、数値の公表者の真意が透けて見えませんか?

「基準改定で恩恵を受けそうなのが、600兆円を目指す安倍政権だ。15年度の名目成長率は2.8%。ニッセイ基礎研究所の斎藤太郎氏は「1.6%程度の成長なら23年度には600兆円に届き、荒唐無稽な目標ではなくなった」と指摘する。」

世界の一人当たりの名目GDP(USドル)ランキング|世界経済のネタ帳 より引用)

20161212_一人当たりGDPランキング

筆者が言いたいことは、世界第3位のGDP規模を誇る日本でも、「一人当たり」という視点では、世界26位にまで後退することへの対策の方が、600兆円という規模を追うより大切ではないかという問題提起なのです。規模で日本を上回る国は、米国と中国。米国は一人当たりでも7位で、中国は76位にまで後退します。

さらに、国民一人一人の不平等性を「ジニ係数」で表したとき、
・日本:37.9%(73位)
・米国:45.0%(41位)
・中国:47.3%(27位)
・世界平均:39.5%

(出典:世界・収入不平等指数ランキング|世界の中の日本を知る 世界ランキング

となり、日本は米国や中国と比較して、国民一人一人の収入のバラツキが一番小さい国という評価になります。何が国民経済の良し悪しを決める指標として一番ふさわしいか、国会でも落ち着いて議論して頂きたいものです。

情報提供者の意図に惑わされることなく、そして、本質を捉える数字を探す洞察力を鍛える。そういったデータアナリティクスのリテラシーを高めること。それが最重要だと思いますが如何でしょうか?

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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