■ 損益計算の基本的考え方となる「収益」を実現主義の考え方で認識する
損益計算の基本は、収益と費用(コスト、原価という用語も含む)を対応させて、差額概念の「利益」を求めるところにあります。収益と費用を「いつ」の決算書に乗せるのが適切なのかを判断するための会計的考え方である「発生主義」を前回説明しました。さらに、「収益」については、一段と厳しい基準がさらに加えられており、これを「実現主義」といいます。これを日本の会計的な基本概念(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)を表している『企業会計原則』の該当箇所を読み込んでいきましょう。
『企業会計原則』の全体構成は下図の通りです。
そして『損益計算書原則』の構成を下図に図示します。
A 発生主義の原則
すべての費用及び収益は、その支出及び収入に基づいて計上し、その発生した期間に正しく割当てられるように処理しなければならない。ただし、未実現収益は、原則として、当期の損益計算に計上してはならない。 前払費用及び前受収益は、これを当期の損益計算から除去し、未払費用及び未収収益は、当期の損益計算に計上しなければならない。(注5)
上の条文は前回引用した箇所と同様で、「発生主義の原則」を表したものですが、但し書き以下に「未実現収益」が説明されており、これをもって同条文の後半で収益認識基準である「実現主義」もここで規定されている一般には解釈されています。
損益計算書(P/L)は、経済的価値が減少したらその現象を「費用」、経済価値が増加したらその現象を「収益」がそれぞれ発生したと考え、その差額概念で「利益」を計算することを目的としています。それがひとつの会計期間を区切って行うことで、期間損益の適正な表示を目指すのです。
このとき、「収益」の認識においても「発生主義」の考え方だけで会計帳簿に計上する考え方もできるのですが、「収益」の認識においては、計算で求められる「利益」の持つ意味を重要視して、もう一段の決まりを課しているのが「実現主義」の根底にある考え方です。
■ 「利益」情報が兼ね備えておかなければならない条件を満たすための実現主義
「利益」には2つの意味が込められています。
① 業績評価利益
② 分配可能利益
① 業績評価利益
とある会計期間における利益の大きさが、株主から経営の負託を受けた企業経営者の業績を適正に表示しているものになっていることが必要とされています。たとえば、企業経営者による経営努力の進行に基づいて経済価値の増殖をもたらせたと認めうるのならば、長期請負工事によるビジネスは「工事進行基準」によって、工事進捗度に応じて収益を積極的に認めるべきという考え方になります。
② 分配可能利益
一方で、利益はやがては株主へ現金配当や出資の引き揚げという形で、分配されることを可能にするために、現金または処分可能な資産の裏付けを持っている必要があると考えられています。こうした利益の処分可能性については、もう1点、法人税の支払いも含まれます。「剰余金の配当」と「税金の支払い」の2つは、いったん損益計算で利益が確定したのちに行われる社外流出の計算になります。この場合の社外流出に備えた貨幣的価値(裏付けとなるキャッシュがあると猶のこと望ましい)が会社内に留保されていることが要請されるのです。
⇒「利益情報の意味」
それゆえ、「収益」には、「費用」計上と同等に課せられた「発生主義」に加えて、この利益が持たねばならない2つの性質のために、「実現主義」という基準をクリアする必要があるのです。
■ 「実現主義」が満たすべき要件とは
ということで、「実現主義」は利益が持つ2つの意味(業績評価利益、分配可能利益)を両立させるために、
① 確定性:経済価値が増加したという事実が、あとから取り消されたり修正されたりしないこと
② 客観性:取引金額の大きさを客観的に検証可能であること
という要件を満たす必要があり、この要件を満たす取引の外観は、下記の販売基準(引き渡し基準)がこれを十分に説明すると一般的には考えられています。
① 財貨・用役の引き渡し
② 対価の受領
この2つの要件が認められる会計的取引をもって「実現主義」にならった収益認識基準としようとするものです。
「① 財貨・用役の引き渡し」は、所有権の移転が顧客(買主)に行われたと十分に見なされるタイミングであるという考え方に立脚するものであり、一般的には販売時点と考えられています(いわゆる販売基準)。これは、発生主義の箇所で学習したように、「権利義務確定主義」にその理論的裏付けが求められ、利益の業績指標性を重視するものです。
「② 対価の受領」は、もっとも強い根拠は現金を手にした時であり、それは「現金主義」による収益認識まで時を待たねばならないのですが、高度に信用経済が発達している現代では、何らかの債権(売掛金、受取手形など)が認められる時点でも、ファクタリングなどのファイナンス技法を用いることでこれらの債権を現金化できることから、客観的に対価の額とその受領が法的(慣習法含む)にも認められる時点での収益計上を認めようとするものです。これは、利益の分配可能性を重視した考えによるものです。
■ 「販売」や「引き渡し」、割賦販売、IFRS第15号など諸々について
本稿はJGAAPの根幹となっている「企業会計原則」を理解することを目的としています。よって、IFRS第15号「新収益認識基準」等、新しい論点については、過去投稿記事に解説を任せます。
⇒「花王、売上高認識の新会計基準 今期から1年前倒し適用 - 「IFRS(国際会計基準)第15号 顧客との契約から生じる収益」の復習を兼ねて」
⇒「売上高新基準、18年適用可 企業会計基準委が公開草案 百貨店などは目減りも – IFRSへのコンバージェンス強化」
ここでは、通常のビジネス上の取引である「販売」行為について、見ていきます。一般的に商品売買における販売は次のステップを踏みます。
① 受注
② 梱包
③ 出荷伝票の作成
④ 倉庫から実物が出庫
⑤ 船積み・貨車積み込みの完了
⑥ 着荷
⑦ 開梱
⑧ 検収
⑨ 入金
①②は、「権利義務確定主義」「発生主義」に依拠するタイミングですが、まだ販売基準を満たしていないため、「実現主義」にまで到達していません。③から⑤が「販売基準」「引き渡し基準」「出荷基準」と呼ばれるポイントとなり、JGAAPではこれを本命の「実現主義」による収益認識タイミングとする見解が一般的です。⑥は「着荷基準」で、⑦を飛ばして⑧が「検収基準」と呼ばれ、IFRSではこれが本命の「実現主義」と一般的には言われています。⑨は実際の入金があり現金を手にすることになるので、「回収基準」と呼ばれ、「現金主義」に基づく収益認識基準です。これも一部の特別な商取引(割賦販売など)で用いられます。
広義の実現主義は③~⑧の間になると思われます。現代ではソフトウェア販売やクリックひとつで注文できるEC等、様々な商取引形態があるので一概にいうことはますます難しくなっているのですが、現物の引き渡しまたは所有権が買い手側に移転し、売り手側で販売した商品・サービスに対して支配力を持たずに、代わりに売上債権という請求権を有するようになること、これがIFRS第15号も考慮した「実現主義」といえます。
ものの本では、IFRS適用になるとすべてが「検収基準」となると大げさに記述されているものも散見されますが、それは所有権移転とリスク、経済価値、支配力の移転が客観的にかつ明確(それは対価としての金額がすっきり判明していることと表裏一体)になっていることから最も有力な基準であるというだけで、継続的な取引先については出荷基準の継続適用も認められ得ますし、一見さんに割賦販売するような場合には、回収基準を用いることを妨げるものでもありません。
■ (まとめ)「販売基準」が採択される3つの理由
(1)財務的裏付けがある
販売基準を採ると、買い手側に対して売上債権が発生しており、高度に信用取引が認められる現在の経済状況においては、相当程度に代金回収の確実性があると見込まれているため、この販売をもって収益認識基準とするところに問題はありません。それゆえ、単に受注を請けただけとか、生産途中の仕掛品が完成しただけとかでは、販売したとはみなさないのです。
また、1998年から2002年の間の時限立法とされた「土地再評価法」に基づく時価評価益を例外として、単に所有している財貨の時価が簿価を上回っただけではそれを「収益」とはみなしません。なぜなら、対価としての財務的裏付け的根拠が認められないからです。これは「未実現利益」とみなされるものに一般的な見解です。
(2)客観性がある
販売基準を採ると、企業の第三者との経済的取引であることから、その取引規模を証明するエビデンス(注文書、出荷伝票、請求書など)により、客観的に取引金額が記録・周知されるので、どれだけの収益額になるのかの技術的検証可能性が充足されます。これも、販売基準が積極的に用いられる理由のひとつです。
それゆえ、工事進行基準における収益の認識においては、「工事契約に関する会計基準」の中で、①工事収益総額、②工事原価総額、③決算日における工事進捗度が合理的に見積もることができる案件に対してのみ、工事進行基準による収益の認識が認められているのです。
(3)信用経済が考慮されている
販売基準を採ると、現金以外の決済手段の商取引も含まれることになります。今日では逆に現金取引が商取引に占める割合として小さくなっており、売掛金や受取手形などの信用取引が一般的になっており、それは一般消費者にとっても、翌月払いやボーナス一括払いなどのクレジットカード決済が一般的に用いられていることからも十分に理解することができます。
これは、旧来の「現金主義」よりも早期の収益認識を許容しつつ経済的取引の安定性もある程度確保する考え方です。それ以上に、信用取引だけで転売が連鎖反応のように連なってなされるという形態のビジネスにも対応することができる点で網羅性や汎用性の高い考え方であるともいえるのです。
このように、「収益」については、「費用」と同様に、「発生主義」の大原則の上に立脚しつつも、利益の2つの計算目的を達成するために、より確実性と客観性を担保するために、「実現主義」という枠をもうひとつ加えることになったのです。
(参考)
⇒「会計原則・会計規則の基礎(1)会計原則の基本構成を知る」
⇒「会計原則・会計規則の基礎(2)戦後の日本経済の出発点のひとつとなった『企業会計原則』の誕生」
⇒「企業会計原則(12)損益計算書原則 - 費用収益対応の原則とは」
⇒「企業会計原則(13)発生主義の原則」
⇒「企業会計原則」(原文のまま読めます)
⇒「企業会計原則 注解」(原文のまま読めます)
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