■ 特別目的会社(SPC)を介した事業売却の目的はどこに?
思い出したように問題視した報道がありましたが、本件、2016年3月17日時点で、東芝からプレスリリースがあり、別段、秘匿したものではありませんでした。ただし、2016年6月30日時点で、公取委が、東芝メディカルのキヤノンへの売却を承認したことに合わせて、公取委が同様の企業売却スキームの濫用は以後、認めないことを公表したので、今回のようなマスメディアでの扱いになりました。
2016/6/30付 |日本経済新聞|夕刊 キヤノンの買収認可へ 公取委、東芝メディカル巡り
「公正取引委員会はキヤノンによる東芝メディカルシステムズの買収を認める方針を固めた。近く公表する。ただキヤノンが支払期限に間に合わせるため、新株予約権を使って公取委への届け出前に買収代金を支払ったことについては、今後認めないとの見解を示す。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
ではそもそも、東芝はなぜこのような事業売却スキームを積極的に採用したのでしょうか?
「東芝メディカルの親会社だった東芝とキヤノンは今年3月、東芝メディカルの全株式をキヤノンに6655億円で売却する契約を結んだと発表した。当時東芝は財務が厳しくなっており、早期に売却代金が必要だった。
キヤノンが東芝メディカルの買収計画をすぐに公取委に届け出ると、独禁法のルールで一定期間は入金できなくなるため、期末の資金繰りが難しくなるおそれがあった。」
と、新聞報道では説明されています。これは本当なのでしょうか?
■ 東芝の2015年3月期の決算発表資料を眺めて確認してみる
東芝のFY2015の決算について、
① 資金繰り
② 会計的損益(繰延税金資産の取崩しに伴う税効果含む)
の2点から、どうしても、3月期決算前に会計処理を済ませ、FY2015業績に反映することが目的でした。
まずは、東芝のプレスリリースを確認しています。
(東芝メディカルシステムズ株式会社の売却について)
ここで、東芝メディカルシステムズ(TMSC)の全株式をSPCである「MSホールディング株式会社」に譲渡することがきちんと公表されています。しかも、キヤノンが競走法規制当局の審査(クリアランス)を経た後に、正式にキヤノンへ名実ともに売却される道筋までも宣言しています。
ここまでしてどうしても3月期決算に間に合わせたかった事情は、次の2015年度決算発表資料からも垣間見られます。
まずは、フリーキャッシュフロー(FCF)において、6655億円をキヤノンから新株予約権の購入分として現金を受け取ったことにより、▲1907億円となるところを、+6522億円としました。これをもって資金ショートを免れることを主目的として、急ぎSPCを用いた売却スキームを組んだ、と言われています。しかし、筆者はもう少し穿ったものの見方をしています。
これは、東芝のB/Sですが、現金同等物の水準について、14年3月末は1713億円、15年3月末は1994億円なのに対し、この2016年3月期は、非継続事業組替後でも9697億円と、途端に5倍弱に増加しています。そんなに現金支出需要が急増するものなのでしょうか?
TMSC売却に伴い、売却益をプレスリリース公表時に約5900億円を見込んでおり、これが、繰延税金資産の取崩し分の手当てに丁度当てはまっています。
上記は、同決算発表資料から、株主資本の増減を表したものです。株主資本が前期に比べて、7551億円減少しており、株主資本は3289億円となっています。もし、TMSC売却益の5900億円がなかりせば、(筆者の定義する本意とは異なりますが)世にいう株主資本がマイナス値に突入している状態、すなわち「債務超過」と呼ばれる事態に陥ります。これをどうしても避けたかった、これが東芝の財務担当者の真の意図ではないかと邪推しています。そんなに、急に5倍弱もの現金が必要になる、ということは、まだ隠された巨額の債務があるということなのでしょうか。筆者は、貸借対照表の右側(貸方)の都合、すなわち、「財務体質の強化」です。
そのため東芝は、東芝メディカル株をいったん第三者の特別目的会社(SPC)に売却する形を取り、キヤノンには東芝メディカルの新株予約権を交付することで代金を払い込んでもらった。その後、キヤノンは買収計画を公取委に届け出た。
公取委は届け出以前に買収作業が進む事態が今後相次ぐことを懸念。今回のような形で新株予約権を取得する際には実質的な買収とみなし、届け出を求めることにする。」
どどめが、このネット「D/Eレシオ」の説明図です。急な現金支出があるからではなくて、自己資本の毀損(債務超過の回避)と、有利子負債と自己資本のバランシングですね。
■ 特別目的会社(SPC)を介した事業売却のどこに問題があるのか?
30日の夕刊記事の続きで、
「キヤノンが東芝メディカルの買収計画をすぐに公取委に届け出ると、独禁法のルールで一定期間は入金できなくなるため、期末の資金繰りが難しくなるおそれがあった。
そのため東芝は、東芝メディカル株をいったん第三者の特別目的会社(SPC)に売却する形を取り、キヤノンには東芝メディカルの新株予約権を交付することで代金を払い込んでもらった。その後、キヤノンは買収計画を公取委に届け出た。
公取委は届け出以前に買収作業が進む事態が今後相次ぐことを懸念。今回のような形で新株予約権を取得する際には実質的な買収とみなし、届け出を求めることにする。」
とあるのですが、決して資金繰りが最大の目的ではなかっただろうと推察していますが、今度は、目的論ではなく、その手段の是非について解説・論理を整理してみたいと思います。
2016/7/1付 |日本経済新聞|朝刊 東芝メディカルの買収承認発表 公取委、手法を問題視 届け出前に支払い キヤノンを注意
「公正取引委員会は30日、キヤノンによる東芝メディカルシステムズの買収を認めると発表した。公取委は買収は独占禁止法の問題はないとしたが手法を問題視。キヤノンが公取委への計画届け出前に東芝に買収代金を支払ったことが「制度の趣旨を逸脱している」として、キヤノンを注意した。今後は同じ手法は認めないとの見解も示した。
キヤノンは同日、公取委の注意を受け「真摯に受け止め、法令を順守する」とコメントした。注意は行政指導に当たる。公取委は東芝にも口頭で再発防止を申し入れた。」
(下記は、同記事添付のTMSC売却スキームを転載)
スキームの概要は次のとおり。
1.
キヤノンと東芝メディカルの親会社だった東芝は今年3月17日、東芝メディカルの全株式をキヤノンに6655億円で売却する契約を締結
2.
通常、独禁法当局の審査を待ってから決済するが、東芝は東芝メディカル株を第三者の特別目的会社(SPC)に売却。その対価として、キヤノンに東芝メディカルの新株予約権を渡し、契約日当日に代金を払い込んでもらう
3.
独禁法当局の審査が下りた後、SPCが東芝メディカル株を同社に売却するとともに、キヤノンが新株予約権を行使することで、名実ともに買収が完了
この手法については、公取委は、「事前届け出義務」に反する可能性があるとみて調査していましたが、
「最終的に公取委はSPCがキヤノンの支配下になく、東芝メディカルを間接的にでも買収したとみなすことができないことから、違反に問えないと判断した。SPCは今でもキヤノン以外への東芝メディカル株の売却が可能なためだ。
公取委の品川武企業結合課長は会見で「前例のない事案で違反に問えないが問題がある行為」として「黒でないがグレー。こうしたチャレンジはやめてほしい」と話した。今後同じ手法で企業買収する際、事前届け出がなければ刑事告発する。」
ということで、今回は仕方なく認めた、という形。当然、キヤノンとTMSCの取得を争った富士フイルムに不満が残るのは当然のこと。
「キヤノンと買収を競った富士フイルムホールディングスは30日「今後は(同様の手法を)認めないのであれば、なぜ今回は認めるのか説明を求めたい」とコメントした。」
その通りだと思います。
ちなみに、今回設立されたSPCである「MSホールディング」の不自然さは、3月17日のプレスリリースに既に表れています。
資本金が3万円で、支配者は、東芝およびキヤノンとは独立しているとされる取締役および出資者として、次のお三方。
・宮原賢次(住友商事株式会社名誉顧問)
・吉戒修一(弁護士・元東京高等裁判所長官)
・横瀬元治(公認会計士・元あずさ監査法人専務理事)
東芝からキヤノンへの事業売却スキームが組まれた中で、独立性のある第三者によるSPCと言われてもね。。。
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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