■ マネジメント・コントロール・プロセスにおける予算管理の位置づけ
前回、「計画」と「予算」の双方を含めた、あらかじめ企業の将来行動を意識化・公式化する営みとして、経営計画から財務計画まで、一連の見込や予測行為を含む経営管理活動をひとくくりにし、言葉の定義の形を借りて説明しました。
今回は、既存のマネジメント・コントロール・プロセスや経営管理プロセスの中で、予算編成、予算管理がどのような位置づけになっているのかを簡単に整理していきたいと思います。
● マネジメント・コントロール
一般的に、企業や組織が大きくなり複雑になっていくと、個々の事業や組織におけるマネジメント活動が企業全体の目標達成や経営戦略の実行に上手く結びつくように組織内の活動と組織を構成する人々の意識をコントロールする必要があります。これをマネジメント・コントロールと呼び、日本語では「経営管理」とざっくり呼びます。
● マネジメント・コントロール・プロセス
従来は、口頭による指示や会議、文書などの手段を用いてマネジメント・コントロールが運用されてきましたが、大規模かつ近代的な企業では、これを公式的なシステムとして運営することが一般的になってきました。ここでシステムというのは、なにもIT(情報システム)に限らず、管理・統制を行う業務プロセス、それを実施する人が構成する組織、それらを体系化するルールから構成されます。
① ルール・制度
② 業務プロセス
③ 情報システム
④ 組織
業務プロセスについては、アンソニーによるPPBRプロセスが代表例となります。
①「事業分野別実行戦略」(Planning)
トップマネジメントと事業部長などの分権化組織の長がコミュニケーションを通じて、全社的な基本戦略を事業分野ごとの実行戦略に落とし込む作業です。
・経営基本戦略を各事業戦略へブレイクダウン
・各事業の目標と実行施策の大枠と方向性を決定
・それに必要な経営資源を割り当てる
②「プログラミング」(Programming)
事業分野ごとに設定された実行施策を、複数の課題別・問題領域別に仕分けし、実行責任者と作業タスク、完了予定納期が明確になる単位に分ける作業です。よく耳にする「●●プロジェクト」という新商品開発や業務改善(BPR)の取り組みなどがイメージしやすいでしょう。
③「予算編成」(Budgeting)
事業分野ごとの施策の実行単位を、一定の予算期間(通常は1年が多い)に割り当て、組織上の責任単位別に、各責任単位が行動目標を金額的な尺度に置き換える作業になります。
④「実績の記録と分析・評価・報告」(Reporting)
プログラム化された各実行施策の進捗度とその成果、および金額的な達成度(つまりは予算を達成したかどうか)を評価し、関与した担当者の人事的な業績評価に反映することで、モチベーション管理を行うと共に、次の予算期間におけるプログラム再実行のための比較考慮材料を提供するための分析作業を意味します。
⇒「業績管理会計の基礎(2)マネジメント・コントロール・システムのための管理会計とは」
通常「予算管理」と呼ばれるプロセスは、上記の③「予算編成」と④「実績の記録と分析・評価・報告」を含みます。前段の①「事業分野別実行戦略」と②「プログラミング」は、いわゆる「経営計画」「事業計画」「中期計画」と呼ばれる、単年度予算編成の前提プロセスという位置づけになります。
ちなみに、「業務プロセス」という用語ですが、筆者は重言的な感覚で本来は使用したくない言葉になります。重言とは「馬から落馬」といった類のものです。「Business-Process」と英訳すればきれいなのでしょうが、通常、「業務」とは作業・課業・タスクの連なりであり、前作業の結果は後作業のインプットや前提条件となります。他者との関係のない仕事は存在しないので、「業務フロー」という作図上の作品をそう呼ぶのはまだ許すとして、概念として「業務プロセス」は「フロー-プロセス」「プロセス-プロセス」と読めていささか違和感があります。ただし、これでビジネス界では通っているので、本ブログでも本意ではありませんが、以降、「業務プロセス」という用語をそのままで使用していきます。
閑話休題
■ PDCAサイクルにおける予算管理の位置づけ
現在、予算管理といえば、PDCAサイクルと切っても切れない関係となっています。しかし、PDCAのコンセプトを提唱した、デミング博士は、PDCAサイクルは、年度ごとのPeriodicな期間別の成績を評価するために、数値目標の設定や、目標管理を否定しています。デミング博士にとってのPDCAサイクルとは、「品質のばらつきの範囲と原因を分析することが重要で、統計的標本化技法を利用」し、基準値から上方と下方に一定の幅に実績値が収まるように、外れ値、異常値を管理統制し、基準値に近づけるために、是正活動を繰り返し行うことなのです。
これは、製造業にて広く一般的になっている品質管理におけるQC七つ道具のひとつ、「管理図」によるばらつきの管理手法に、PDCAサイクルの本来の意図が現れています。
このように、
Plan:基準値(平均値、目標値)と品質のばらつきが許される範囲として上方管理限界値、下方管理限界値を設定
Do:計量値が測定される元の活動が行われる(これを通常、実績値の測定と読み替えている)
Check:異常値、外れ値を確認
Action:異常値、外れ値を是正する対応策を実施
という営みを管理対象である、例えば機械装置や工場全体の材料搬入から製品出荷までのSCM全体に対して行うのです。まるで、大型エチレンプラントにおけるパイプラインの流量と圧力を常に監視し続けるように。
つまり、CheckとActionが定時・繰り返し行われるのではなく、管理対象が起動している間、計測値が測定されたタイミングにいつでも発動できるよう常時準備されている必要があります。それは、毎月末時とか、年度末とかに限った話ではなくて、異常値・外れ値が発生・測定された瞬時に対応されるべきものなのです。
さて、これが本家本元のPDCAサイクルなのですが、これを特に、年度予実管理サイクルに当てはめて、世の中では一般的になっているので、それも図示しておきます。
よくあるパターンが、前年度末に来年度末の目標を立て(Plan)、月次決算でその進捗度を測り(Do)、予実差異がどれくらい発生したかを明らかにし(Check)、予実差異を小さくし、予算達成に向けた施策を打つ(Action)、という形で年度予算サイクルとしてのPDCAサイクルが経営管理プロセスとして業務設計されます。
⇒「PDCAサイクルと経営管理」
⇒「予算管理でPDCAが回せている自信ありますか?」
⇒「バックミラーとフォアキャスティングとバックキャスティングの視点で経営を考える」
ここでひとつ、このサイクルの大きな欠点を指摘しておきます。予実差異が測定されないと、是正活動が始動できません。そして、一般的には、月次決算は翌月の中下旬にならないと判明しません。そこから予算未達をリカバリする作戦を考えて、実行に移すまで、一体どれくらいの時間が必要となるものなのでしょうか?
5月実績を悪くする需給変動の目は4月以前に発生します。5月度月次決算に基づく予実差異は6月中下旬に判明します。そこから是正活動を決め、実際に打ち手を実行できるのはどんなに早くても7月上旬。原因が発生してから、3ヵ月は余裕で経過することでしょう。つまり、経営スピードが速まった現代ビジネスにおいて、月次決算に頼ったPDCAサイクルの有効性は小さくなったというのが筆者の見解になります。
■ エンジニアリングチェーンとサプライチェーンのいずれが予算管理にフィットするか?
実務的には、中期事業計画と単年度予算編成の守備範囲とその接続方法が問題となります。一般的に、中期事業計画は、「計画」との名の通り、非財務の活動計画や戦略が事前に組まれるものです。一方で、単年度予算編成は「予算」との名の通り、裏付けとなる施策説明がありますが、その中心には財務数値が鎮座するのが一般的です。
しかし、そういうプランされるコンテンツではいわゆる中計と予算の明確な線引きにはなり得ません。また、3~5年スパンが中計で1年スパンが予算という期間ですっぱり切れるものでもありません。中身勝負ではなく、貴社の経営サイクルがどのようになっているのかに依存します。
経営管理プロセスにエンジニアリングチェーン・マネジメント(ECM)と、サプライチェーン・マネジメント(SCM)の2つが存在します。製造業から使われた用語と定義ですが、経営の構えと何を売ると捉えれば、流通業における店舗展開とマーチャンダイズにも当てはまるので、エンジニアリングチェーンは複数の業界・業種でもその意図は通じるはずです。サプライチェーンは、内製があるかどうかに限らず、アパレルでもSPAが一般的になっている現在、モノ・サービスの提供が準備されて、最も効率的に顧客の手元に届くための全ての営みを指すとすれば、これも製造業に限ったお話ではないでしょう。
どういう経営の構え(組織体制)で何を誰に売るのか、経営資源をどうやって配分するかを決めるのは、エンジニアリングチェーン・マネジメントの中で語られるべきで、通常、設備投資や人員の雇用など、複数年スパンで考えるべき事。それゆえ、中期事業計画(中期経営計画)の枠組みで運用されるのがよいでしょう。
一方、サプライチェーン・マネジメントは、与えられたモノ・サービスの提供方法のしくみを最高能率で運転することで、顧客満足度を最大化し、財務的にも利益やキャッシュの最大化を目指します。配分された経営資源を最も有効に使うことを決めることは、単年度予算編成の最大の目的のひとつといえるでしょう。
⇒「経営管理 その管理対象」
⇒「サプライチェーン管理(1) - SCMと在庫は切っても切れない仲」
⇒「エンジニアリングチェーン管理(1)- 製品情報の共有こそものづくりの競争力」
今回は、予算管理プロセスを、
(1)マネジメント・コントロール・プロセス
(2)PDCAサイクル
(3)エンジニアリングチェーンとサプライチェーン
の3つの視点から位置づけを確認しました。
(連載)
⇒「予算管理(1)予算と計画の水平線 - 計画と予算の種類と体系」
⇒「予算管理(2)予算管理プロセスの位置づけ - マネジメント・コントロール・プロセス、PDCAサイクル、ECMやSCMとの関係から」
⇒「予算管理(3)予算管理の目的と機能 - 古典に学ぶ「計画機能」「調整機能」「統制機能」の意味とは」
⇒「予算管理(4)予算管理の誕生と構造化の歴史 - 予算編成、予算管理、予実差異分析、予算統制の違い」
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