製造業だけのお話ではない「スペック」「仕様」の問題
今回から、「エンジニアリングチェーン」のお話をします。本シリーズでは、経営管理の領域として、
① 事業ポートフォリオ
② エンジニアリングチェーン
③ サプライチェーン
④ 組織
の4つがあるとお話しました。
前回、③「サプライチェーン管理(SCM)」について、「在庫」を上手にコントロールしながら、お客様に適時に「製品」「商品」をお届けするプロセスについてお話しました。
今回は、そのSCMの上に乗っかる「製品」「商品」そのものの情報をどう管理するかのお話です。
製造業の方も、流通業の方も、自社が提供する「品物」が持つ「品番」「製造番号」「型式」「商品名」「サイズ」「色」「オプション」「ブランド」などといった、付属情報を使って、調達、生産、仕入、配送、アフターサービスの各種業務を行われているのだと思います。
その際、自分が自部署で取り扱っている「製商品」が持っている「属性情報」をうまく活用していれば、そして他の部署と正確に共有していれば、もっと早くお客様にモノをお届けできたり、安く仕上がったりするのになあ、と日々、感じられながら、お仕事をされているものと推察します。
つまり、「エンジニアリングチェーン管理」とは、「商品開発から、需要予測、製造準備、アフターサービスなど、会社内外のプロセスを、製商品の情報を共有することで“全体最適”と“製商品開発競争力”の向上をめざす」営みを指します。お客様に、モノをお届けする前に、企業が整備しておかなければならない、自社製商品の管理情報の体系と管理業務の整流化を意味します。
「ECM」って何の呪文?
改めて、チャートでも、「エンジニアリングチェーン管理(ECM:Engineering Chain Management)」の目的と効果をおさらいしておきます。
一般に、「製品」とは製造業が内製で作った品物、「商品」とは流通業が外部から仕入れた品物、と区別した呼び名があります。しかしながら、昨今では、顧客へ提供する価値について、
- 無形サービスの比率が高まった
- 内製品と外部調達品を組み合わせて販売する(コンポーネント化)
- ODM、OEM、ファブレスなど、モノの開発・生産形態が複雑になっている
- ハードウェアの売り切りだけでないビジネスモデルが一般化している
ことに求めるケースが多くなってきている事情から、本シリーズでは、あえて「製品」とだけ呼称させて頂きます。とりあえず、内製プロセスを有する製造業をベースに話を進めていきたいので。
ECMの目的
得てして、マーケティング部門や製品開発部門は、どんな製品を顧客が欲しているのか、改めて情報収集することが多くあります。
しかし、これまでリリースした製品に対するクレーム・改善要望や、逆に、満足度の高い機能や使用シーンの情報も、必要になるでしょう。
そうした情報は、アフターサービス部門や調達部門からなかなか届かないことが常です。また、営業部門が、ころころ変わる市場環境から、需要予測をいくら精緻に変更したとしても、生産現場が、生産計画(モノを作るためのラインづくりや要員確保、調達部材など)を柔軟に対応させることは難しいものがあります。
こうした、部門間での「製品」情報のやりとりの壁を取り払い、皆が同じ製品情報を見ながら会話して、「より早く、より安く、より品質の高い製品をお客様にお届けする」ことを、商品企画段階から、アフターサービス(その先には終売、サービス終了まで)まで、一貫して、お客様目線で、企業活動できたらこんな愉快なことはないではありませんか。
そのための、製品に関する全社情報共有環境の構築が、ECMの目的なのです。
ECMの効果
経営管理の全体像では、SCMの「調達・製造」に向かって、ECMの矢羽が刺さっていると思います。これは、SCMが生産体制を整えるために、顧客からの「受注」や、社内からの「生産指示」が入ったら即時、モノが作れるようにスタンバイできるように、製品情報を社内で共有しておくことからの表現図法になっています。
しかし、本音のところでは、企業活動を、モノの流れで見るのが「SCM」、モノの属性情報で見るのが「ECM」と言うところでしょうか?
ECMが本来の強みを発揮するのは、機動的に、調達タイミングや生産計画の変更、顧客からの要望変更への迅速な対応、長年供給し続けてきた製品のマイナーチェンジや調達品変更による、品質やコストの変化のチェックなど、部門の垣根を超えて、自社の製品をどこまで愛し抜いて、可愛がってあげられるか?
恋人もペットも、よく知れば知るほど愛着がわくでしょ!?
従業員が愛する製品は、顧客からも支持されるのです!
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エンジニアリングチェーン管理が必要になった背景とは?
従来は、大量生産・大量販売がものづくりの大前提だったので、SCMによる生産プロセスの管理が有効な手段であり続けました。しかし、昨今は、顧客ニーズが多様化し、一つ一つの製品のライフサイクルも非常に短くなってきているので、移り行く「製品」自体の属性情報の変化をとらえることが、企業活動で重要になってきています。
下記にて、21世紀に入って顕著になっている事象を説明します。日本の製造業が直面している「モノづくりのパラダイムシフト」は、ECMの重要性が高まってきたことを意味しています。
先行者利益の重要性
市場が求める製品を最初に開発してリリースしないと市場で利益を得られない時代になってきました。
コトラーのSTPマーケティングのP(ポジショニング)から説明すると、リーダー企業はばっと製品を上市して、「スキミングプライス」で価格設定しても利益が得やすいのですが、当該市場における2番手3番手であるフォロワー企業が、改良品、安価品を上市したころには、もうその製品ライフサイクルは終わっているか、コモディティ化が鮮明になっており、開発投資分のキャッシュを永遠に回収できないプライスに張り付いてしまっていることが多くなりました。
『Winner takes all.』
『安価で品質の良い製品を追随で出しても、マージンはもはや取れない』
製品ライフサイクルの短期化
開発から納品までのリードタイムを縮めないと、その製品の旬は終わってしまって、開発投資を市場で十分に回収できぬまま、次の製品開発に取りかからねばならない事態が発生しています。
『他社に先を越される。そして、売れる期間にはまらない』
単発でヒットを狙うというより、できるだけ製品をシリーズ化する。基礎的な研究開発投資でひとつ製品を世に送り出したら、その時に獲得した製品知識(特許や各種マーケテイング情報含む)をいち早く次世代の製品開発に生かすわけです。
ロングセラーの時代は終焉を迎えまし得た。ビックデータを使って、クロスセル・アップセルの販売手法を使って、いち早く、投資を回収する。スピード重視の時代になってきています。
コラボレーションの一般化
ファブレス生産など、最適地生産、最安値生産を考慮すると、製品設計思想、生産技術思想が、マザー工場と現地生産工場、自社と協力会社間で共有可能な形式になっている必要があります。
従来は、“ケイレツ”内で、人間関係も含めた情報交換の閉じられたプロトコルを、一般化・公開する必要が生じてきました。この時、設計図面の見方、商品説明資料の見方など、社内でしか通用しない方言で済んでいたものを、共通語で意思疎通できるようになっていることが重要です。
日本語と英語・中国語の間ではないですよ!日本語内のお話です。
(かつて、明治維新を成し遂げた草莽の志士たちも、方言が通じなくて難儀していました。そこで共通言語として漢籍が用いられました)
『ODMだと設計から委託する。設計書から万国共通に!』
『開発・生産だけではない。顧客に納品後、アフターサービスもアウトソースするには、サービス業者や、代理店にも、情報の共有が必要になる』
ユーザーニーズの多様化への適合
多品種少量生産を超え、「マス・カスタマイゼーション」- 大量のものを、個々の顧客の要求仕様に合わせて提供する、そんな時代になっています。
生産方法も、半見込み半受注生産、ハイブリッド生産が一般的になってきました。大量生産のコストダウン効果と、ユーザーニーズへの高い適応力の両方を同時達成するために、開発・生産方式の方を、変革する必要が生じたわけです。
『顧客が本当に欲しいものを届ける』
顧客へのリアルタイムな納期回答
今のお客様は、待ってくれません。アマゾンや佐川急便・ヤマト運輸などは、時間指定配送の方が当たり前になってきました。
これは、流通業だけの問題ではありません。製造業も、よりカスタマイゼーション的なものづくりの比重が大きくなった今、個客が欲しい、と言った個性あるモノ(個物)が、いつお客様の手元にお届けできるか、明確に約束する必要があります。でないと、失注してしまいますよ。
すでに、納期回答という情報価値すら、商品価値に含まれています。そのために、生産計画にも、納期回答用の座席予約などができる仕組みを構築する必要があります。
“安価で高品質の商品を開発する”から、“ニーズにあった商品を素早く開発する”というパラダイムシフトが起きています。そのために、「ECM」が必要! 今回はそういうお話でした。
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