■ ワンステップで費用計上する場合には、損益計算書に直接手を加えるのです!
前回に引き続き、利益操作の目的のひとつである「利益の過大表示」のための「費用の過少表示」を取り上げます。この手法には、下記の2つの手段があることを前回ご説明しました。今回は、2.の説明になります。
1.本来、当期の発生費用を翌期以降に繰り延べる →計上タイミングを遅らせる
2.費用そのものを隠蔽してしまう →会計として費用の発生を認めない
それにしても、あなたが税務署に所得を申告する時には、できるだけ損金(会計的にはコストと読み替えてください)を大目にしたくなるのが人情というものです。支払税金を少しでも節約したいので。しかし、前回からの手練手管は逆にコストを少なくして、利益を増やす(税務的には所得を増やす=支払税金を増やす、と読み替えてください)ことを目指しています。
その動機付けは、おそらく、株主や銀行、そして取引先に高い利益を見せつける必要があるからのようです。税金(そのままキャッシュアウト=資金流出)を払ってまでも利益を大きく見せたい、というのは、どう考えても資金繰りの観点から持続可能な会計政策とは思えませんが、、、
その前に、参考にしている図書の紹介から。
この図書の内容を受けて、筆者が整理した不適切会計の全体見取り図は下記のとおり。
では、「費用の過少表示」のための、先人の苦労(?)を解析していきます。
2.費用そのものを隠蔽してしまう →会計として費用の発生を認めない
この手法は次の4つです。
(1)当期の取引の費用を計上しない
(2)必要な未払計上をしない、または過去の費用の戻しを計上しない
(3)アグレッシブな会計見積りを使って費用を減少させる、または計上しない
(4)過去の費用である架空の引当金を戻し入れて費用を減少させる
これらが、ツーステップ目(貸借対照表を経由しないコスト計上のケース)から始まるコスト計上を何とかなかったことにする手段ということになります。
(1)当期の取引の費用を計上しない
● 取引の一部だけを計上する
比較的単純なこの方法は、期末ギリギリに届いた仕入れ先等からの請求書を見なかったことで意図が成就します。例えば、期末日当日の請求書を翌月(翌期)に回すとか、従業員賞与を現金で支払ったが、それに付随する各種社会保険料などを翌月(翌期)に計上するとか。
また、支払先の協力を得て、当期のコストを調整することもできます。例えば、来期に事務用品費を100万円分購入することを約束して、それを上回る120万円を取引先に支払います。そして、取引先から契約が成就したタイミングで即時にリベートを20万円受け取ります。このリベートを今期の事務用品費から差し引くことで、20万円のコスト削減=利益の創出を今期分として演出することができます。
この種の取引の名目は、「リベート」の他に、「仕入れ戻し」「仕入れ値引き」何でもござれです。要は、通常、現金を支払う先である取引先(納入業者)から、逆に多額の現金が流入してきた時には、要注意! ということです。
● ストック・オプションの遡及費用を適切に説明しない
2014年に米国で大々的にマスコミ報道されたのが、「オプション・バックデーテイング・スキーム」です。現在はこの手は禁じ手となっています(抜け道はまだありますが、、、)。その手法は、オプション付与を最終決定する前に、過去に遡って株価が一番低い水準だった日を選んで、その日にオプションが付与されたことに書類上の日付を変えるだけで、ストック・オプション費用を最小化して報告するものです。抜け道がある、といったのは、この権利日の付与は書類作成上のケアレスミスとか、手続き上必要な手順を踏むとこの日になったとかいろいろ抗弁できるからです。
● 取引に関連する費用の一部を計上しない
企業(事業)買収と実際の物の商取引を組み合わせて、経済実態より小さく仕入れコストを計上するカラクリがあります。例えば、A社がB社にとある事業を実際価値より割安で売却します。そして、A社は、B社に事業売却した事業からA社が製品を長期購入する契約を結びます。その契約書上のB社からの購入価額が同業他社と比べて割高だった場合、その差額を契約が成就したタイミングで、約束された長期供給契約期間の供給約束量に応じた差額を負債(引当金)に計上することで、毎期毎期の購入コストを見た目だけ低くすることができます。引当金の計上によって、全ての過払いを会計処理しているように見せかけていますが、これはいずれ売上原価の減少として取り崩されます(つまり高い購入価格と相殺される)。
(2)必要な未払計上をしない、または過去の費用の戻しを計上しない
経営者には、しばしば予測される費用の未払計上に大きな裁量が与えられます。例えば、
・製品保証引当金
・未払従業員賞与
・偶発損失引当金 など。
他の事業利益の水準を横目でにらみ、これらの引当金繰り入れの大きさを裁量で調整することが比較的自由にできます。経営実態や事業実態に即して、「引当率を適切に、実態に合わせて水準を調整しました」と現場に言われて、「それは見込みが違う」と突っ込める外部利害関係者はそういないでしょう。
特に、偶発債務については、
① 損失の可能性が大きい、かつ
② その損失の金額が合理的に見積もることができる
という要件があった時、それらの偶発債務(訴訟費用、追徴課税など)に対する損失を今期に未払い計上する必要があるのですが、その訴訟は敗訴するか勝訴するか、追徴を受けるか、確実性に欠ける、と経営判断されれば、その期での未払い計上はしなくてもいい、ということになります。
また、オフバランスの購入契約にも留意する必要があります。例えば、今後2年間の棚卸資産の購入を契約書で約束したり、とあるプロジェクトへの資金提供や不動産の賃貸の契約を結ぶとき、過去の事象による損失見込みは「引当金」計上することができるものの、将来の行動の約束があっただけでは、未払いは計上できず、しばしばオフバランス化されて、財務諸表には注記で開示されます。その将来の約束との引き換えに、過去や現在の取引価格の調整が行われていたら、、、間違いなく、現在の支払いコストの一部を完全にオフバランスしていることになります。
(3)アグレッシブな会計見積りを使って費用を減少させる、または計上しない
● 年金計算上の仮定の変更によって利益を水増しする
できるだけ簡素に年金費用の構成を説明すると、年金費用は次の2つから計算されます。
① 年金プランを運用する年間増分コスト
② コストから差し引かれる年金資産の(期待)投資収益
そして、②は、単純に実際の年間運用収益ではなく、さらに、
②-1.年金資産の運用により見積もられる期待収益
②-2.見積収益と実際収益の乖離の償却
に分けられます。
つまり、②-1.の期待収益を計算する根拠として、
・期待収益率(想定市場利回り)
・死亡率や昇給率などの多くの保険数理上の仮定
・年金制度の評価基準日
が、実は経営者の裁量で決まります。
(実際には、実務担当者が数字を作りますが、最終的に承認をするという意味で)
しかし、一般の外部利害関係者が「有価証券報告書」に記載されている上記のような注記を読んで理解しようとしても、限界があるように思えます(筆者も含めて)。どうしても、前年との想定のギャップに注目して監視するしか手はないように思えます。後は専門家の調査を待つか、、、
● リースの仮定を変更することによって利益を水増しする
この例は簡単です。経営者が比較的操作が容易なのは、リース契約が終了時に顧客から返却されるリース資産の残存価値がどれだけあるかの見積もりです。これに気持ちを入れて(もちろん悪意を持って)、より高く残存価値を見積もれば、リース期間中の減価償却額を減額できる、すなわちリース期間中の期間費用を減額することが可能になります。
● 自家保険引当金
高額な事業保険料の支払い(例えば、損害保険や傷害保険など)をケチり、「自家保険」= 保険金の支払いに十分と思われる資金を積み立てて、それに応じた金額を毎期費用計上するやり方があります。この時の自家保険債務にあてる未払計上については、経営者の裁量で見積りに手を加えたり、仮定を変更したりすることができます。
(4)過去の費用である架空の引当金を戻し入れて費用を減少させる
例えば、リストラ費用を計上するケースを考えてみます。早期退職者のための割り増し退職金相当額を1億円と見込んだとします。リストラ計画を決定した会計期には、この1億円をある種の「包括的債務性引当金」として一括して費用計上することができます。しかし、実際には、意外に事業の収益性の回復が見られたので、早期退職者の募集を途中で打ち切り、1億円の枠のうち、6000万円だけ使い切ったとします。その場合、4000万円はリストラ計画が終了した時点の「戻し入れ益」として、損益計算書の貸方に登場し、コストを小さく見せることができます。
この仕組みを上手く活用すれば、業績悪化に陥った企業のV字回復を予想以上に演出することができます。実際に、この上なくうまく活用した某大手自動車会社がありましたね。最近は、いささかこの種の引当金の計上には縛り(会計的にも税務的にも)が出てきて、昔ほど大胆な演出は見られなくなりましたが、カラクリの根本はまだ生きています。
特に、この種の負債性引当金は、計上される勘定科目が、「その他の流動負債」や「未払費用」と呼ばれるソフトな負債科目にしばしばグルーピングされます。外部の利害関係者は、この種の雑多な勘定科目が前期に比べて大きく膨らんでいないか、常に留意しておく必要があります。
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