■ 会計テクニックを理解するために重要なこと - それは「動機」!
前回とは逆に、利益操作のもうひとつの目的である「利益の過少表示」のための「利益の繰り延べ」を取り上げます。この手法には、下記の2つの手段があります。
1.利益もしくはその源泉である収益の計上を翌期以降に繰り延べる →利益の後ろ倒し
2.将来発生が見込まれている費用を今期に計上する →費用の前倒し
それにしても、会計的トリックのノウハウ・テクニック(?)を解説する前に、素朴に考えてみて、公開会社の経営者がいたずらに当期の利益を小さく報告する動機はどの辺にあるのか理解できますでしょうか? 節税のために、課税所得を小さく見せたいから、そのベースとなる会計的利益を過少表示したいのかもしれません。それも有力な説だと思うのですが、そのためなら、改めて税務申告書などで修正しておく手もあるので、外部開示用財務諸表からお化粧をしておく必要はないのかもしれません。
もうひとつ考えられる動機は、会社業績の順調な成長のための演出です。投資家の立場から見て、毎期毎期順調に、10%ずつ売上・利益が成長する企業と、大当たりする期は前年の2倍の利益を上げるのですが、次の期には微妙にマイナス5%になってしまう企業が存在するとしたら、どっちが投資対象として望ましいという印象を得られるでしょうか? たいていの場合は前社ですね。そして、その中期的な成長軌道を演出するために、今期約束されている利益を、不確実性の高い来期以降のためにリザーブしておきたいという経営者の心理状態も理解できます。
本投稿記事は、粉飾決算や不正会計の指南書のつもりはありません。あくまで、こうした会計テクニックの存在を知ることで、
① 投資家として、投資対象とする企業の財務諸表を見る目を養う
② 会計担当者として、何が粉飾決算や不正会計となるか見極められるスキルを身に付ける
ことを目的としています。そして、そうしたテクニックは、まず「動機」ありきで考える方が理解度が増します。よくテレビドラマでもやりますよね。犯行の動機から、犯人をあぶり出していく手口を。あれと一緒です。
では、本記事を書くのに参考にしている図書の紹介から。
この図書の内容を受けて、筆者が整理した不適切会計の全体見取り図は下記のとおり。
では、「利益の繰り延べ」のための、先人の苦労(?)を解析していきます。
この手法は次の4つです。
(1)引当金をつくり、それを取り崩して翌期以降の利益にする
(2)利益を平準化するため、デリバティブの不適切な会計処理をする
(3)買収に関連して引当金をつくり、それを取り崩して翌期以降の利益にする
(4)当期の売上を翌期以降に計上する
目立つのが、「引当金」と「デリバティブ」。どちらも日本企業ならば、「有価証券報告書」なるドキュメントで、詳細が語られている必要がある項目です。とういうわけで、当局にも、これが利益操作の温床になっていることは周知の事実ということで。
(1)引当金をつくり、それを取り崩して翌期以降の利益にする
● 「雨の日」に備える
まず、収益を計上することができる要件からおさらいします。
① 契約の証拠が存在する
② 製品の引き渡し、またはサービスの提供が完了している
③ 価格が固定、または決定可能である
④ 支払が合理的に確保されている
この4つの条件がそろっている時、収益(売上)を計上することができます。収益計上ができる4要件が揃っているにもかかわらず、企業が当期の売上(ひいては利益)を小さく見せるためには、一部の取引について、「前受収益」として、貸借対照表の流動負債に逃がしておくことです。例えば、従来は「出荷基準」(製品の場合、最終製品がトラックに乗せられて、工場の敷地から出ていったタイミングで売上計上する考え方)だったものを、「検収基準」(製品の場合、顧客が指定する場所に納品し、顧客から納品(受領)したことを証明する「検収書」「納品受領書」などにサインをもらったタイミングで売上計上する考え方)に、変更するだけで、本来今期に売上となるものを来期に回せる取引が少なからず発生します。その分だけ、当期の収益(利益)を小さく見せることができます。
● 予想しなかった利益を数年間引き延ばす
上記は、複式簿記でいう所の、「貸方(かしかた)」(右側ね!)にあるべき「収益」を、同じく「貸方」に存在している「前受収益」にネーミングを変えておくだけで、損益計算書から貸借対照表にそっくり該当金額を移せるテクニックによるものでした。これと、金額の移動方式は同じなのですが、今度は、収益が発生する取引とは全く無関係に、または関連していると見せかけて、「引当金」という名称の流動負債項目を計上することで、当期利益を小さく見せることができます。
かなりシンプルに「引当金」を説明すると、「将来発生することが分かっているコストを、発生することが判明した今期の費用にしてしまう」会計処理で用いられる勘定科目です。今期の売上が将来キャンセルされるかもしれないことがある程度合理的に見込まれるなら、その金額を今期の費用として先取りしておこう、という保守的に(固めに)利益を小さくまとめる考え方に基づくものです。
(2)利益を平準化するため、デリバティブの不適切な会計処理をする
まず、デリバティブとは、ある種の金融商品で、その価値は経済変数の変動から派生するものです。耳慣れた所では、オプション取引、ヘッジ取引、先物取引、スワップ取引、最無担保保証証券など、今と将来の間で揺れ動く(為替変動、金利変動や期待値変動などによる)経済的価値を、取引するための債権債務を意味します。
結構これは、会計のプロの方々にも全容を理解することが難しく、ファイナンスの専門家が深く商品設計から、実際の取引まで、担当することになります。ただし、会計ルールでは、これを四半期決算ごとに、「時価」「公正価値」に置き直して、金融商品自体の価値変動分を「損益」として損益計算書(P/L)に記載することが求められています。
極めてシンプルな取引を例にするなら、企業が持つ「債権=100」が将来、「80」にまで経済価値が下がることが分かっている場合、ヘッジ商品を「10」で購入し、将来の債権価値を「90」までの下落に押さえる(固定する)ことができたとき、ヘッジ商品の購入金額「10」や、債権価値の下落調整幅「90-80=10」を、どの会計期間の損益とするか? その調整の具合で、期間利益を意図的(?)に調整することができます。決算の都度、デリバティブ商品を時価評価した際の評価損益の見せ方、下落調整幅を有効期間にわたって期間按分の仕方は、かなり企業側の見込みで会計処理の自由度が広く設定されています。これを悪用するのです。
(3)買収に関連して引当金をつくり、それを取り崩して翌期以降の利益にする
例えば、来年4月にとある企業を買収する契約を、当期(12月とか)に締結したとします。買収先企業に対し、顧客への請求書作成をわざと滞留させ、買収完了まで、売上が立たないように、指示を出します。そして、4月になって買収契約が完了した後、それまで溜まっていた請求書を一斉に送付して、その対価としての売上を一気呵成に計上するのです。あら不思議。買収元は、少なくとも買収先の第4四半期の売上高を、そっくり翌期の第1四半期の業績に加えることができます。これは、(1)の引当金のテクニックに、企業買収を絡めたものです。
(4)当期の売上を翌期以降に計上する
これは、前節の(3)をもっとシンプルにしたものです。経営者が単純に売上を締め日後に計上する、つまり収益を翌期まで取っておくということです。請求書を作成するのを意図的にサボるだけなので、会計監査人にもばれにくいのです。しかも、取引相手(顧客)は、通常は、商品やサービスの提供を先に受けておいて、支払いの方を遅らせることを歓迎します。したがって、請求書の到着が遅れることを拒否するどころか、知らんぷりしておけば、自社の今期費用を小さくすることができるので、それだけで比較的簡単に共犯関係が成立します。
ここまで、あくまで経営者の都合で、会計期間ごとの利益の付け替え、しかも、利益の先延ばしについて、複数の手口を説明しました。税務当局、会計監査人、株主にとっては、今期の利益が異常に膨れるとしても、適正に報告してくれないと、普通は困りますよね。だから、経営者の意図的な利益の先延ばしについては、その証拠が出やすい所に留意しておく必要があります。その場所は簡単です。「貸借対照表」の「現金等価物」の勘定科目です。
売上高、売上債権、利益、仕入債務、といった項目と、この「現金等価物」の金額のバランスを、会計期間ごとに、測ってみるのです。売上高や利益がそんなに、増えていないのに、「現金等価物」だけが異常に増えている場合、現金を受け取っているのに、売上だけが上がっていない証拠探しの糸口になるかもしれません。
また、「引当金」(負債)と、「売上債権」(資産)、「仕入債務」(負債)のバランスも、暦年の構成比が異様に崩れた時、「引当金」の計上基準とタイミングが意図的であることを探る糸口になります。
要は、P/LとB/Sに計上されている各項目の構成比(趨勢比)に常に目を光らせておく必要がある、ということですね。
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