■ JGAAPのコンバージェンスに焦れた企業がIFRS採用へ
国際会計基準(国際財務報告基準 IFRS:International Financial Reporting Standards)を採用する企業が200社を超え、日本を代表する製造業の雄、トヨタ、ソニー、新日鐵住金もIFRS採用へ。この流れはとどまることを知らないでしょう。
2018/4/14付 |日本経済新聞|朝刊 国際会計基準 200社迫る IFRS トヨタ・ソニー導入検討
「上場企業の間で決算書を作る際の会計ルールを国際会計基準(IFRS)にする動きが加速している。トヨタ自動車やソニーが導入の本格検討を始め、新日鉄住金も採用を決めた。採用企業は年内200社に達する見通しで、合計の時価総額は東京証券取引所の3分の1に迫る。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
(下記は同記事添付の「IFRS企業が増えている」を引用)
まず複数の会計基準が併存する状態を、ある視点からは異常、また別視点からは正常であるという柔軟な認識を持つ必要があります。欧州・豪州や一部の新興国はIFRSを唯一の会計基準として決めました。一方で、第二次世界大戦以降、世界経済をリードしてきたと自認する米国は、独自のUSGAAP(SEC基準)を頑なに守ってきました。しかし、2002年9月のノーウォーク合意以降、USGAAPとIFRSとの差異をできるだけ僅少化するコンバージェンスに舵を切りました。さらに、IFRS採用経済圏の成長率の伸長、エンロン事件による不信感とその対策としての厳格なSOX法が企業への法令順守費用を増大させるなど、SEC基準の不人気・不信任から、ついに、2007年11月に、米国で上場する外国企業に対し、国際会計基準IFRSに沿った決算書など財務諸表の提出を認めることを正式に決定、これがアドプションと呼ばれています。
翻って日本。2005年3月から、コンバージェンスのための共同プロジェクトが進められ、2011年6月までに日本基準と国際会計基準の違いを解消することを合意したことを正式発表しました(東京合意)。その後、2010年3月期からは、アドプションという形で日本企業もIFRSによる決算書開示が任意適用され、これが冒頭の200社採用の迫るとの流れを作りました。
のれん償却や研究開発費、包括利益の表示のためのリサイクリングなど、公開企業が自社の業績開示により有利(適切)と考えた会計基準を会社判断で選択できること、グローバルスタンダードになりつつあるIFRSというひとつのモノサシによる企業業績の測定結果の比較可能性が投資家への訴求ポイントになること。いずれも、公開企業による経営方針ファーストで、複数ある会計基準のチェリーピッキングが可能な状態は、会計基準の規範性を揺るがす大きな問題であると認識しています。
■ 日本企業が選択できる会計基準の種類と選択基準について
冒頭の日本企業という名称は、正確に言うと、日本取引所が運営する例えば東証などに株式公開している企業と、それ以外の非上場企業で日本に本社登記している企業と、ここでは簡単に分類しておきます。
(下記は同記事添付の「日本の会計基準は4種類」を引用)
新聞記事では、いわゆる日本企業の選択肢は4つとされていますが、厳密は次の7つです。
⇒「企業会計の基本的構造を理解する(6)財務諸表を取り巻く制度会計 - トライアングル体制と言われたのはその昔」
その他、業法に基づく細かな会計基準を割愛してもこの数です。もちっと、正確に表現してもらいたいものですが。(^^;)
話を本論に戻すとして、本記事で取り上げられている会計基準の変更の流れは次の通り。
1)日本基準→IFRS
・複数会計基準を持つ子会社の連結決算の早期化(容易化)
・投資家に対する比較可能性の高い財務報告情報の提供
・M&A機会の増大によりのれん償却の有無が期間損益表示に与える影響回避
2)米国基準(SEC基準)→IFRS
・2017年12月以降に始まる会計年度から、持ち合い株の評価損益を最終損益に反映することによる業績変動の回避
中小企業や業法で縛られている企業は除き、制度会計特有のトライアングル体制で、会社法と税法に基づく財務諸表を同時に作成せざるを得ない状況も除き、上場企業が主要な4つの開示用会計基準から任意に、自社都合で最適な会計基準を選択適用できる状態は、個々の企業の動機が善意であれ悪意であれ、企業会計制度としては由々しき事態が、ここ10年以上続いている異常事態に、企業会計関係者はもっと責任を感じてもらいたいものだと思っています。
■ 日本基準とIFRSの大きな隔たりについて
現象面で、のれんの定期償却か減損処理対応か、どっちが当面の財務報告戦略に有効かは、会計実務家にお任せするとして、ここでは、もう少し理論面での補足説明をしたいと思います。
日本基準は、「収益費用アプローチ」を採用しています。人工的に区切られた会計期間において、企業が稼得した収益と、その収益獲得のために犠牲にした費用との差額を、当期純利益として、一会計期間の業績として把握することで、企業経営者の業績評価と、株主への分配可能利益の算定を同時に行おうとする考え方です。計算機構として、損益計算書(P/L)を前提とします。
一方、IFRSは、「資産負債アプローチ」を採用しています。人工的に区切られた会計期間において、企業の富(企業価値)の増加の測定値を期間利益として把握しようとするものです。利益概念として「包括利益」を採用します。計算機構として、貸借対照表(B/S)を前提とします。
⇒「企業会計の基本的構造を理解する(3)静態論 vs 動態論、財産法 vs 損益法、棚卸法 vs 誘導法。その相違と関連性をあなたは理解できるか?」
日本の会計当局が苦し紛れに「修正国際会計基準」を公表したのも、この2つの会計観の相違がぶつかっているのです。ミクロ経済学においても、貨幣量の増減が実体経済へ影響するかしないか、貨幣数量説とか貨幣の中立説が大家の研究者の間で議論されていますが、同じことが会計の世界でもいうことができます。企業実態はひとつなのに、複数の会計基準により、異なる財務報告数字が出てくるのは、何が正しくて、どこで間違っているのか?
この両者の会計観の違いは、企業活動そのものに対する常識の違いに起因していると筆者は考えています。では、次章で企業活動への思いの違いを説明したいと思います。
■ 企業活動の主要因は①プロダクト、②ファイナンス、③インタンジブルズのいずれか?
長らく、産業革命以降、大企業による企業活動は、有形物、「モノ」中心の経済活動を前提としていました。材料を仕入れて、社内で加工し、製品を生み出す。製品は流通に乗り商品となって消費者の手の中に入る。これらは、製造業や流通業にある企業活動をイメージして頂けると理解が容易ではないかと思われます。これが通信・サービス業ではどうでしょうか? やはり、通信インフラ(無線基地局や有線ケーブルなど)やサービス展開のための箱もの(店舗)やインフラ(レンタルや使用に供する各種ツール)を準備します。
これらは、取得原価主義に基づくコスト(企業が貨幣的に犠牲にする価値を算定したもの)を明らかにし、物販やサービス提供の対価として得た収益との差額が、その企業のビジネス活動の成果として考えることが相当です。
ここでのコストは、有形の製商品の棚卸評価額に算入されたり、固定資産の減価償却費として期間費用化されます。こういう経済活動の会計的表現の枠組みで考えると、のれんは償却すべきものと考えるのは当然でしょう。
これがプロダクト型経済です。
そして、従来の日本基準を頑なに守ろうとしている人たちの企業観がプロダクト型企業を前提としているのです。
企業経営のグローバル化、大型化、複雑化が進むにつれ、そして金融市場でのファイナンス理論の進化により、こうしたプロダクト型経済下で個々に活動している企業そのものを、価値を生む商取引の対象として見る人達が現れました。そういう会社(または会社が有している事業)そのものを売買対象として値付けをしたい人にとって見ると、今、その会社を買うといくらになるのか、売るといくらの価格が付くのか、会社の時価情報が欲しくなります。そういう人にとっては、取得原価主義に基づく期間損益がいくらかなんて二の次です。その会社の購入時価、売却時価が知りたいのです。
これがファイナンス型経済です。
そして、IFRSを会計理論的に支持している人たちの企業観がファイナンス型企業を前提としているのです。
筆者としては、その先に「インタンジブルズ型企業」観による会計理論、会計基準を必要する時代が近い将来、到来することを予言します。筆者は現在、コンサルティングファームに所属しています。コンサルティングファームのB/Sには多くの有形固定資産は計上されていません。P/Lも、そのほとんどが人件費で占められています。このような会社を買おうとした場合、適正な企業価値はB/Sに資産として計上されているものでしょうか?
最近富に、GAFA企業のデータ独占が何かと話題になりますが、そのようなビッグデータもB/Sへどのような形で計上させるのか、どれだけの資産価値があるのか、まだまだ会計実務で本当の意味で使える理論が登場していません。シェア経済に携わる企業のネットワーク価値はいくらになるでしょう? 現在でもわずかながら、そうしたインタンジブルアセットを多数保有している企業を買収しようとしたときにだけ、高額の「のれん」として表面化します。しかし、それも、M&Aというディールの中で買収者側の一方的な値付けで、消去法で明らかになる価値の一部に過ぎないのです。
歌は世につれ世は歌につれ
会計基準(会計思想)も、企業活動・経済活動の写し鏡に過ぎません。会計基準の条文の逐条解説や、個別の会計処理の有利不利を議論するのもいいのですが、企業活動の本質は何で、適用する会計基準はその本質にどれだけ迫れているのか。そういう視点で語られる文章をじっくり読んで考察したいものです。
⇒「国際会計基準の導入、100社超える -ここで業種別の分布からIFRS導入の傾向を探ってみる!」
⇒「国際会計士連盟会長「のれん、適宜再評価を」 - IFRSにみられるように、のれんを定期償却しないのは無謬性のあるグローバル・スダンダードだと思い込んでいる人へ」
⇒「売上高新基準、18年適用可 企業会計基準委が公開草案 百貨店などは目減りも – IFRSへのコンバージェンス強化」
⇒「制管一致について(1)その前に制制一致の問題があります!」
⇒「制管一致について(2)その前に制制一致の問題があります!パート2:会計基準差異とIFRS導入」
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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