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日本の15歳の読解力、過去最低の15位 ②読解力とは何かを読解してみよう

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正しく統計データを扱う素養とは何か

2019年12月4日の日本経済新聞はちょっとした、PISAブームで、社説でも取り上げられていました。PISAとは、経済協力開発機構(OECD)が各国の15歳を対象に3年に1度実施している学習到達度調査です。

79の国と地域が参加し、今回、日本の「読解力」が前々回の4位、前回の8位から15位に後退したことを盛んに憂える論調で多くの記事が掲載されていました。

2019/12/4|日本経済新聞|朝刊 (社説)デジタル時代の読解力とは

デジタル社会に求められる読解力とは何か。学校教育の課題を検証し、政策に反映させる資料のひとつとして議論を深めたい。

日本の生徒が苦手だったのは、企業がウェブ上で宣伝する商品の安全性を他のデータと比較し、検証する設問だった。ネット上にあふれる情報を精査する能力に課題があることが分かった。

OECDの調査では、日本の教室での情報技術の活用頻度は加盟国中、最低水準だった。無線LANの整備などの遅れが、データを活用し、読み解く力を育む支障になっている可能性もある。

筆者も急激なデジタル社会への移行に戸惑う熟年の一人です。モバイルを持つようになってまだ12年しか経っていません。ですが、明らかに情報処理の作法が10年前、20年前とは異なってきていることだけは確実に分かっております。

こうした記事を各新聞記者はおそらく、エリートで現代のモバイルファーストの時代にもきちんとキャッチアップしている層だと思います。そうした人たちにはもしかすると盲点の部分があるやもしれませんので、この件を少し自分なりに検証したいと思います。

同社説には、2つのデータ間の相関を解析した考察が述べられている箇所があります。

「読解力との相関性が高い新聞を読む習慣を尋ねたところ、「月数回以上読む」生徒は約22%に急減し、OECD平均を下回った。」

「日本の得点分布を上中下の3階層に分けると、上位は約10%にとどまった。下位が約40%を占め、増加傾向だ。家庭の経済状況との関連も指摘される。」

相関関係と因果関係は、混同されがちですが、きちんと区別するべきものです。

相関関係と因果関係の間には大きな隔たりがある

因果関係は「A⇒B」「原因(A)があったから 結果(B)が生じる」といえるものだけです。相関関係は、「Aにつられて、Bも同じように変化している」ように観察されるだけで、AとBに原因と結果という関係性にはないものをいいます。

統計学の書籍でベストセラーをいくつも出している西内啓著「原因と結果の経済学」では、この混同を避けるために、データを鵜呑みにせずにきちんと検証するポイントが3つ挙げられています。

AとBの2つの変数の間において、

  1. まったくの偶然ではないか
  2. 第3の変数は存在していないか
  3. 逆の因果関係は存在していないか

という視点で因果推論を検証することを推奨されています。

本書では、上記3つの視点について、具体的な例が示され警鐘が鳴らされています。

  1. 「温暖化が進むと海賊の数が減る」→見せかけの相関
  2. 「体力のある子どもは学力も高い」→教育熱心な親の教育方針が強く影響している
  3. 「警察官の多い地域では犯罪数が多い」→犯罪率が高い地域だから警官を多く配置している

2.は「交絡因子」である教育ママ(もはや死語ですが)の存在が、スポーツを熱心に習わせたり、食事に気をつけたりすると同時に、学習塾に通わせたりすることで、体育も国算理社もよい成績を取らせることにつながっているのではと本質的に考えることです。

これは、高校1年で習う「背理法」にて、「対偶」を持ち出しても証明できるものであるなら、真といえるということです。

証明したい命題:
「新聞を読まないから、読解力が低くなる」

対偶:
「読解力が高いのは、新聞を読むからである」

読解力を高めるためには、読書体験を持つ時間が長いほど脳が訓練されて読解力を高めることは理解できます。しかし、読解力を高める訓練の手段が、新聞を読むことだけに限らない、ということも同様に説得力を持ちえます。よって、「対偶」が棄却されたので、最初の命題は「偽」ということになります。

このように、読解力は国語だけでなく、論理的な思考(ロジックともいう)も必要とするので、一概に、読書体験だけの問題ではなく、数学的な推論の体験を積むことも大事であることが分かると思います。

同様に、平均点が下がったのは、上位と下位層の乖離が大きくなったから、というのは統計的には、分散(偏差)が大きくなったのだろうと推察できますが、尖度と歪度のデータも見てみないと、平均点が下がった直接の原因を決めるのは早計でしょう。

ましてや、得点の分散が大きくなったのが事実と仮定した場合でも、それが中学生の子を持つ世帯の経済環境が真因かデータの裏付けは、PISAの調査からは決して得られることのできない性質のものです。

筆者は、気候変動は人類にとって、非常に大切な問題であることは承知しています。しかし、CO2排出量と地球温暖化の間の相関関係は多く観察されていることを知っていても、CO2排出量の増加が地球温暖化の最大要因であるとの観測結果を十分に知らされてはいません。

仮に、CO2の排出量増加が地球温暖化の原因だと特定できたとして、そのうちの何割が特定の人類の経済活動の何がどれだけ影響しているのでしょうか?

(注:環境保護や、サスティナビリティの大切さは十分に了解しているので、上の文章をもって抗議はしてこないでください。皆さんと一緒にローエミッションの社会にする努力は相応にしているので)

試されている読解力の中味のほうが大事

さて、ここで問題視されている「読解力」とは何を指しているのでしょうか。ここでも、ベストセラーとなった「AI vs 教科書が読めない子どもたち」の著者:新井紀子教授のインタビュー記事も掲載されていました。

2019/12/4|日本経済新聞|朝刊 「読む力」スマホで衰退か

新井紀子・国立情報学研究所教授(数理論理学)の話 人工知能(AI)研究を通じて開発した読解力のテストで人の能力を調べてきたが、今回のPISAで日本の順位が教育格差の激しい米国並みとなったのは衝撃だ。スマートフォンによる短文や絵文字のやり取りが定着し、文法や文章の筋を読み込む力が落ちたとみている。

新井教授が「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトから派生して、現代の日本の学生の読解力の低下に警鐘を鳴らされた著書も大変興味深く読まさせていただきました。そのうえで、直近の東ロボくんの成績にも言及しておかねばなりません。

2019/11/19|日本経済新聞|夕刊 センター試験の英語筆記 AI、9割以上正解 東大合格レベル

200点満点で185点、偏差値は64.1――。人工知能(AI)が今年1月に実施された大学入試センター試験の英語(筆記)に挑戦したところ、こんな結果が出た。「ロボットは東大に入れるか」プロジェクト(通称・東ロボくん)チームが19日までに明らかにした。

2016年に大手予備校のセンター試験模試で5教科8科目を受けた際の英語は95点(偏差値50.5)にとどまっており、今回は大幅な成績アップを果たしたことになる。チームは「記述式の2次試験はまだ難しいが、センター試験に限れば東大合格者と遜色ない結果だ」としている。センター試験本番への挑戦結果を公表したのは初めて。

記事では、成績が伸びた要因には、AI関連の先端技術「ディープラーニング(深層学習)」に基づく文章読解技術の大幅な進歩が認められたとのこと。さらに、文章から不要な文を見つけ出す問題など、従来は苦手だった分野にチーム独自の技術を適用したおかげで、正答率が大幅に高まったそうです。

なかでも驚きなのは、「全問を解くのにかかった時間は数秒以内だった」という処理のスピードです。新井教授の「AIは常識を知らないから、問題文に書いていなくても常識で最初から排除すべき項目が分からない」と嘆いた部分が、テクノロジーで少しずつかもしれませんが、ブレイクスルーされつつあるのは間違いありません。

だとすれば、もしかすると、「読解力」の正体は「常識力」ではないでしょうか?

人間はモノをどうやって認識しているか

受験英語参考書の名著のひとつ、山口俊治著「英語構文全解説」(P557)に、こういう解説があります。

“The more the students use English, the better they will become at using English.”

(誤訳)「ますます多くの学生が英語を使うし、さらによいことには英語を使うようになっていくでしょう」という回答が続出したそうです。

正しくは、「the+比較級、the+比較級」の構文に従い、「学生たちが英語を使えば使うほど、英語を使うのがそれだけうまくなるだろう」ですよね。

山口先生は、英文を目で読んで理解・読解することは、4要因をすべて網羅されていなければならないと生徒に教えるのだそうです(同著P556)。

  1. 辞書的意味(Lexical Meaning)
  2. 構造上の意味(Structural Meaning)
  3. 文脈上の意味(Contextual Meaning)
  4. 社会的・文化的意味(Social & Cultural Meaning)

最初の二つは、ガリ勉で習得できますが、後ろの二つは、ほとんどは、読書はもちろんのこと、周囲の人間関係とのコミュニケーションで培われるものではないでしょうか。

「読解力」が低下した → 「読書体験を積むべし」 という短絡的な判断(脊髄反射)は危ない考え方だと思います。

言語学では、人間がものごとを知覚・認知するメカニズムを、大別すれば次のように整理されます。

統語論(とうごろん):文法とか品詞に要素分解したそれぞれの組み合わせが生み出す意味を理解する

意味論:「ことば」が本来的に持っている意味そのものをどう理解するか
・形式意味論:三段論法やフレーゲの原理など、文章を構成する言葉の意味が分かれば、文章の意味が分かる仕組みを明らかにする
・語彙意味論:言葉の中に、類義関係・反義関係・包摂関係を探して、言葉の持つ意味を明らかにする
・認知意味論:認知主体である人間が言語体験の前に経験するメタファ―やイメージをどう言語化して捉えるのかを明らかにする

闇雲に本や新聞を読めば、読解力が上がると期待するのは危険です。また、現代のスマホ上で溢れている記号や省略語で意思疎通している若者たちの理解を大人が理解できていないだけ、という可能性もまだ捨てきれません。証明されていませんから。

冒頭の社説は次の言葉で締めくくられています。

デジタル社会への移行は、生徒の読書離れなど学習環境の変化をもたらしている。調査結果に一喜一憂するのではなく、社会の構造的な変化を見据え、教育課程のあり方を問い直す契機としたい。

一喜一憂するのではなく、AI全盛時代に、生身の人間の脳みそでやるべき情報処理はいったい何になるのか、何が残されているのか、それを責任をもって考える大人のひとりでありたいと思います。^^)

みなさんからご意見があれば是非伺いたいです。右サイドバーのお問い合わせ欄からメール頂けると幸いです。メールが面倒な方は、記事下のコメント欄(匿名可)からご意見頂けると嬉しいです。^^)

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、過去及び現在を問わず、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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