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(経済教室)最低賃金1000円の是非(上)産業・地域ごとの状況考慮を – No-work No-payの原則は誰目線?

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■ 最低賃金引上げ施策が有効である前提条件とは?

法の強制力でもって市場メカニズムによる価格決定に介入(調整)することは、様々な立場にある人々の間で利害の衝突と意見の対立が起こりがちで、ここは虚心坦懐にいろんな意見に耳を傾ける姿勢が必要かもしれません。

2019/9/2付 |日本経済新聞|朝刊 (経済教室)最低賃金1000円の是非(上)産業・地域ごとの状況考慮を 奥平寛子・同志社大学准教授

2019年度も最低賃金の引き上げが決まった。全国加重平均1000円を見据え、今後も継続的な引き上げが見込まれる一方、企業への負担を心配する声も聞かれる。韓国では18年から最低賃金を急激に上げたため、中小企業の雇用に大きな打撃があったという。

奥平准教授によりますと、最低賃金制度には「低賃金労働者に最低限の所得を保障する役割」が期待されているのですが、この労働コストの上昇が逆に、「企業経営の圧迫や失業の増加を招くのであれば、本当に社会にとって望ましい政策とは言えない」という序論から分析が始まっています。これについては筆者も大いに同意します。さて、政策の適切な運用の勘所はどこに所在するものなのでしょうか?

まずは、奥平准教授の論説を取り上げた記事から次にまとめたいと思います。

    1. 最低賃金引上げにより人件費増加に直面した企業が、追加人件費を上回る追加的利益を得ることができない場合、その他の労働者の雇用機会や賃金上昇を抑制しようとするインセンティブが発生する
    2. 企業の人件費削減または抑制施策の対象となりがちなのは、まさに労働法が守ろうとする低賃金労働者と非正規雇用者である
    3. よって、最低賃金の引き上げが労働法の精神に準拠して、パレート最適に(その他の誰もより不幸にしないという意味で)効果を発揮できる雇用状態を生み出す条件として、人件費上昇分を製品・サービスに価格転嫁できる場合だけである

さらに、アティラ・リンドナー英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン講師らによる研究(Who pays for the minimum wage?)が対象とした01年のハンガリーにおける大幅な最低賃金が引き上げ時の企業データ分析により、

「企業が製品価格を上げられるかどうかは、その製品市場の特徴により決まる。国内の最低賃金制度の適用を受けない海外のライバル企業が多い市場では、国内企業は製品価格を上げられない。自社だけが価格を上げると、顧客を海外企業に奪われてしまうからだ。一方、ライバル企業の大多数が国内に位置し、同様の最低賃金の適用を受ける市場ではどの企業も状況が同じなので、人件費の上昇分を製品価格に転嫁しやすい。」

という結論を引いています。

実際に、奥平准教授は、余剰(ここでは企業利益と同義として扱います)の大きさにより最低賃金が雇用に与える影響が実際に異なるか、滝澤美帆・学習院大准教授と山ノ内健太・慶大助教と共同で、07年以降の日本の事例で検証されています。

(下記は同記事添付の「最低賃金で働く労働者の割合の事業所平均」を引用)

最低賃金で働く労働者の割合の事業所平均_日本経済新聞_20190902

その結果、もともと剰余(ここでは企業利益と同義とする)がゼロに違い事業所では、最低賃金引上げは、本来法の趣旨が守りたい労働者の雇用が守れなくなる可能性、政策の逆作用の可能性が高いことが検証されました。

「製造業の事業所データを基に推定した結果、もともと余剰がゼロに近い事業所では最低賃金引き上げが雇用を減少させたのに対し、余剰が大きい事業所では負の影響が薄れることが明らかになった。製造業全体としては最低賃金引き上げのコストは労働者が負担する傾向にあった。日本の製造業には輸出企業が多い点を考えれば、製品価格に転嫁できない場合に雇用を減らすというリンドナー講師らの研究とも整合的だ。」

■ 最低賃金引上げコストはいったいだれが負担すべきか?

ここで、最低賃金引上げの政策的目的と経済・社会的な営業を俯瞰的に考慮して、最大限の政策効果をどうやって案出したものか、ちょっと頭を捻ってみようと思います。ミルトン・フリードマン的な新自由主義的見地に立つと、市場の価格決定メカニズムに安易に限定合理性しか持ちえない人間が社会契約の一種である「法」を持ち出して価格調整を阻害してはいけない、ということになります。

政府が想定する最低賃金以下で労働者を雇用している企業は、それ以上の賃金を支払う意思のある企業に働き手を自然と奪われていくものだし、あまりに搾取的な労使関係を固持していると、企業の社会的責任論の標的になったり、レピュテーションを下げたりすることになり(これは、最近のエシカル消費、フェアトレードの概念にもつながるものです)、放っておいても、そういう無法な企業は市場から自然と退場すると考えます。

つまり、前節で奥平准教授が主張したように、地域や市場ごとに、最低賃金制度の適用を柔軟に考える必要があるとした場合、

    1. 本当に適切に政策実行者がそれを適用することができるのか?
    2. そもそも、そういう調整コストは市場のメカニズムに任せたら発生が回避できるコストなのではないか?

という疑問を持つのが新自由主義的な考え方です。次の、奥平准教授の新聞記事における結語、

「日本の最低賃金制度で必要なのは、全国一律の数値目標を示すよりも、それぞれの産業や地域での製品市場や労働市場の状況を確認することだ。海外企業との価格競争の有無や地域内の求人企業の数(賃金支配力)などが判断の鍵となる。」

を読むと、実行可能性の点において、かなり難しい施策のひとつだな、と素直に考えてしまいます。^^;)

一方で、ケインジアン(厳密にはケインズの系譜にいながらにして、「市場の失敗」に過度に注意を払う人たちの目線で同じ課題を眺めてみたらどうでしょうか? 新自由主義の言う市場メカニズムに任せすぎるというのも乱暴すぎる。市場メカニズムは長期的な均衡点を目指してうまい具合に経済・社会問題を解決してくれるかもしれないが、短期的には、失業者や低賃金者を生み出してしまう。それを短期的な摩擦に過ぎないからといって、目の前の困窮者に救いの手を差し伸べないのは見るに忍びない。こういうのではないでしょうか?

はてさて、ここで、それぞれの各立場から見た、企業観、市場観、労働観は脇に置いておくとして、そもそも最低賃金制度で保護したいとする低賃金者へ支払う賃金(所得移転の原資)はどこからやってくるのか、そしてどういう経路で流れていくのかを真剣に考えた方が効果的ではないか? これが筆者の本課題に対峙するポジションとなります。

「No work No pay 原則」という用語をこの文脈で捉えた場合、誰かがあなたの労働価値を評価して対価として賃金を支払う人(経済的主体)がいて、彼が支払おうとしている原資(対価として支払われる賃金)がどこからくるものかを考えることが大事、ということです。

■ 最低賃金引上げコストは何の政策的目的に基づくものなのか?

マルクス経済学的に、労働そのものに剰余価値があり、正当な対価が支払われなければならない(必要労働と剰余労働(不払労働)の認識の差は脇に置いとくとして)とすると、①誰が、②いくら、③どうやって、最低賃金分の労働対価を支払う仕組みにするのが政策目的視点でよいのでしょうか?

1)個別企業が負担する(製品・サービスに価格転嫁する)

この場合、消費者から守られるべき低賃金労働者(以下、労働者とする)に所得移転がされることになります。奥平准教授以下、上節で言及した先生方はこの形が一番適切であると考えていると受け止めています。市場メカニズムを生かしながら、広く浅く労働者の所得を保障するものであり、経済合理性が高いとされている手法です。これは管理会計でいうところの、間接費の配賦に近いイメージがあります。広く浅く配賦(負担)することで、全体でコストを応分に分かち合う気風が生まれる、受益者(この場合は消費者)が応分を負担することは納得性・合理性が高いと思われるという点です。

2)個別企業が負担する(製品・サービスに価格転嫁しない)

この場合、企業から労働者に所得移転がなされます。大事なのは、ひとつの企業という経済的単位の中で、株主から労働者に「法」の力で所得を移転するものになります。そこでは適正賃金の水準はもはや経済合理性の視点から斟酌されることはなく、社会正義の名のもとで、適正に資本家から労働者へ所得が再配分されるという結果になります。一時流行ったトマ・ピケティの「21世紀の資本」にある、「r > g」を彷彿とさせる考え方ですね。

3)政府が負担する(直接、労働者に所得補償を行う)

この場合、雇用主である企業とその顧客である消費者との商取引の範囲では、直接的に何ら損得が生まれずに、政府から労働者へ社会正義の貫徹と公共一般の福祉の増進を名目として、直接所得補償がなされることになります。筆者は、この「公共一般の福祉の増進」という用語に特別な思いを抱いて使用しています。

例えばなのですが、犯罪や不機嫌な人間関係の発生の原因の一つに生活困窮があるとしたなら、安心安全な日常生活と長期的な信頼関係で商売ができる経済社会の設立のためには、生活困窮者に一定の所得補償することは、公共善にプラスになると考えているからです。ただし、どれくらいの程度が適正で、誰を対象にするかを選定するという実行上の難易度が高い施策であることも同時に知っているつもりです。

4)政府が負担する(該当する企業への税負担を緩和する)

この場合、政府の財政から最低賃金の保証までの差分を出すことは上記3)と同じなのですが、支払う相手が労働者個人から企業という法人になります。妥当な金額を提示することが難しいのは3)と同様でして、さらに、4)の場合は、正しく企業が労働者に政府が考えた通りに所得移転を実施するか、制度上の運営コスト(これを一般的にエージェンシー・コストという)が余計にかかることになります。

つまり、企業が誤魔化さないか、監視する手間暇がかかるというわけです。ただし、3)においても、行政機関が個々の労働者に直接、所得補償するための手続きを執行するコストとどっちが高つくか、微妙です。こういうところが、新自由主義の人たちから見れば、その議論をするだけ無駄なことをやっている、ということになるのでしょう。^^)

筆者からすれば、いわゆるセーフティ・ネットは、社会経済の発展のために必要だという信念があります。いざという時に助けてくれる政府なり、友達なり、コミュニティなり、契約(保険や無尽講など)がいた方が、チャレンジが促進され、それによって生み出されたイノベーションによって、社会経済全体の富(価値)が増えると考えるからです。パイをどうやって上手に切り分けるかを考えるより、パイを増やすことの方に時間と知恵を振り分けたいものです。

■ 政策意思決定する際に大事なこととは?

前節の最低賃金を保障するための制度の類型は、コンサルタントとして常日頃から「経営管理」の仕組みづくりの提案をする習性から脊髄反射で出てきたものを並べたものです。熟考すればあと数個は出てくるかもしれません。

でも何個の政策や制度を発送できるかより大事なのは、①制度を支える基本的考え方がしっかりしているか(目的を見失っていないか)、②その政策は目的を達成するのに必要最小限度の犠牲で済んでいるか(制度がその時の最善のものになっているか)、③政策効果がきちっと検証できているか(政策効果を定量・定性的に測定する基準をもっているか)、の3つをわきまえた政策提言になっているかです。

そういう意味では、最近ようやく日本でも流行ってきた感のある「EBPM : Evidence Based Policy Making(証拠に基づく政策立案)」。仮説を最初に持ってから政策を実施し、発揮される効果の大小をできるだけ早期に観察して、政策運営の軌道修正を可能な限り早期に行う姿勢で政策を実施することが大事になります。

外部リンク内閣府におけるEBPMへの取組(内閣府のページへ)

民間ではすでに当たり前の「アジル経営」「仮説検証型施策」「アジャイル開発」。日本政府もようやく当たり前になってくれて一国民として嬉しい限りです。さて、そういう意味で、本論に戻って、最低賃金制度の政策的効果とその目的に照らして、どういう方法をどういう評価基準(価値判断、クライテリアともいう)で選び取るか? それが問題になります。

この手の問題は、古くて新しい議論です。すなわち、「パレート最適」な状況を頭の中に想定してみてください。誰の懐も痛めずに、隣の人の懐を温めることはできるのでしょうか???

最低賃金制度により、低賃金労働者に対して所得補償を行う社会正義的見地、経済合理性視点から、次の2つのポイントがあると考えています。

    1. 最低賃金の引き上げにより、間接的に社会経済全体の公共の福祉にプラスの効果がある。治安とモラルが向上して監視コストや取引コストが低くなる、チャレンジする人が増えて、イノベーションが活発になり、生み出される経済的価値が増える
    2. 最低賃金の引き上げにより、該当する労働者のモチベーションがあがることで、その人の生産性が向上して、該当する労働者が生み出す経済価値が補償金額を上回る
    3. 最低賃金の補償のためのエージェンシー・コスト(運営コスト)を最小限に節約する

そういう意味では、

1)個別企業が負担する(製品・サービスに価格転嫁する)

を政策の中心として、その限りにない企業については、

4)政府が負担する(該当する企業への税負担を緩和する)

でお手当をする、というまとめが落ち着きが良いようです。つまり、奥平准教授の主張と大して結論は変わらないということですね。でも、きちんとその結論を導き出すまでのロジックやストーリー性、また政策効果の経路の良否も考えたことは評価してください。^^;)

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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