■ 子ども・若者に寄り添う若きリーダー 閉ざした心を開く“アウトリーチ”
ひきこもり、不登校、自殺未遂・・・社会の人間関係に傷つき、心を閉ざした若者たちの多くが、悩みや苦しみを誰にも打ち明けられず、孤独の中で暮らしている。そうした若者たちを救うため、谷口さんは“アウトリーチ”と呼ばれる訪問支援を行う。
『価値観のチャンネルを合わせる』
苦しみや悲しみを誰とも共有できず、孤立する若者たちが今、増え続けている。こうした問題を早期に解決に導かなければ、やがて深刻な犯罪や自殺に発展しかねないと谷口さんは言う。
「誰にもそんなことすら言わない、拒絶の状態で誰ともシャットアウトしているんですね。どうしても孤独の中でね、当然、一人で考えたら悪循環を起こしてね、視野も狭くなりますし、そういうネガティブな思いっていうところに偏っていきますよね」
一人で悩む若者のSOSを如何にキャッチするか? この日、谷口さんは不登校の子どもの情報交換の場に出席した。谷口さんのNPOは、児童相談所、地域の事業所、ハローワーク、病院・保健所、学校、県庁・市役所、警察、子育てサークルなどの市民団体、さらに地域の店などと連携、関係する機関はなんと1000を超える。その連携を可能にするのが様々な法や制度。「生活困窮者自立支援法」「子ども・若者育成支援推進法」「地域若者サポートステーション事業」「ハローワーク特区事業」。谷口さんはあらゆる手段を駆使し、若者たちを支援する。
心に誓う谷口さんの信念がある。
『どんな境遇の子も、見捨てない』
「もともと生まれる環境というのは選べないわけで、その中で不遇な環境に生まれてしまって自立もできない、スタートラインにすら立てていない若者が、相当の数に上っていると。どんな環境の、どんな立場の子どもたちでも安心して成長していける、そういった環境を作っていく。そのための支援だと思っている。」
■ プロフェッショナルの道具
これまで谷口さんは7000人を超える若者たちを社会復帰させてきた。車には閉ざされた心を開く道具が積まれている。例えば、不登校の子どもが学力の不安を漏らせば、すぐに学習参考書を取り出して教える。また、外に出たいが周囲の目が気になるという引きこもりの人は釣りに誘う。
「どうしても、ひきこもって何年もね、家から出ていないという子でも、キャッチボールを久し振りにやるだけで涙ぐむ子だっているわけですよね。なんかね、これまでずっと苦しんで一人で悩んでたことがそこでね、ふっと楽になった子も中にはいます。」
こうした優しい心配りが閉ざされた心を解きほぐし、社会に戻ろうとする意欲につながっていく。
■ 子ども・若者を見守る若きリーダー 兄を亡くした弟に寄り添った8年
この日、谷口さんは、8年間にわたって支えてきた子供と一緒だった。中学1年の時、4歳上の兄が急死した。大好きだった兄の死に、大きなショックをうけ、一時は何も手に着かなくなった。以来、谷口さんとその仲間が心と学び支え続け、今、就職に意欲を見せるまでになった。
6月下旬、会社の面接に備え、谷口さんは面接指導を行った。その若者は自分の長所・短所、特徴を言葉にできなかった。
「過去の経験から自信というのを見出せない状況にある子どもたち、若者って多いんですよね。自分に対する信じる力とかですね、そういったものが無いとですね、(仕事が)長続きしないということにもなりますから。自分を認める力というのは、しっかりと支援していかなければいけない点だと思っている。」
こうした時、谷口さんは決して急がない。
『“きっかけ”を、はぐくむ』
■ 子ども・若者に寄り添う若きリーダー “どんな境遇の子も見捨てない”
助けを求める声があがれば昼夜を問わず駆けつける谷口さん。率直に聞いてみた。なんのためにこんな支援活動をしているのか?
「金持ちだろうが貧乏だろうが、それは関係なく、子どもたちに苦しみがあるんであれば、まずはそこを支えていくところから、じゃあ、それを支えるために環境を変えなきゃいけない。われわれが見ている子どもたちの多くが、さまざまな環境の子どもたちなんですよね。どんな家庭にも起こりうるということで、考えていかなきゃいけない問題だと思っていますね。」
■ 子ども・若者に寄り添う若きリーダー 親への反発、家出・・・葛藤の日々
どんな家庭にも起こりうる問題だからこそ、支援活動を続ける谷口さん。そういう谷口さん自身、高校1年の春、ぐれた。父親は地元の名士。3つ違いの双子の兄はそろって東京大学に合格。「お前もとにかく勉強しろ!」と言われ続け、部活も友達付き合いも禁じられた。当代だけが人生か? と反発を覚えた谷口さん、家出をし、16歳の春、東京に向かった。間もなく、ファミレスでアルバイトを始めた。面接では、夏休みに社会勉強してこいと親に言われた、と嘘をついた。
職場にはいろんな人たちがいた。高卒の人、大学生、社会人、みんなそれぞれの生き方、価値観をもって生き生きと働いていた。谷口さんも負けじとがむしゃらに働いた。そんなある日、
「(家出して)半年ほどたった時に、店長が僕に真剣に言ってくれたのは、「お前の頑張りはすばらしい」ということで認めて頂いた上で、「もう一度(佐賀に)戻れ」と、「一回、高校までは学び直しをしてこい」と。その代わり戻ってきたら、必ず社員として雇ってやると。こういうふうなお話をしていただいて、背中を押してくれたんですね。」
もう一度、自分の人生について考えてみようと思った。
ずいぶん回り道をした。高校を1年留年。そして3浪して大学に入った。目指したのは子どもの頃からの夢だった学校の先生。でもそうはならなかった。きっかけはボランティアで始めた家庭教師で訪問した先でのこと。行く先々で、深刻な子どもたちの現状を目の当たりにした。学ぶ機会を奪われ、漢字が書けない子ども。親からの虐待が理由で不登校になっていた中学生。さらに谷口さんが憤りを感じたのは、子どもたちの厳しい現実に社会が無関心であることだった。
「しっかりとSOS、声を受け止めて、しっかりと、そこから問題解決するまでの間を、一定程度、伴走する人がいたら、どうだったんだろう? そう考えた時に、僕は教員ていうね道を選択するんではなく、学校をね、外から応援できるそういう仕組み、組織をつくっていかなきゃという考え方に至ったということですよね。」
そして、谷口さんは大学卒業後、26歳の時に、子ども・若者支援のNPOを設立した。子どもたちの悲しい現実がある限り、無視することはできない。
「今は問題に対して発見をしたとしても、(若者たちから)とばっちりが来るかもしれないと恐れて距離を置いちゃう状況になっているんですね。特にセンセーショナルな事件が起こったりすると、今の子どもたちは怖い、分からない、関わらないようにしよう、という話になってくる。さらに社会の不安とか、そういった問題に拡大をしていくというのがあるわけで、まずはやっぱり一人というところをしっかり支えられる、立ち直るチャンスというか、環境を整えられるということが無い限り、この問題っていうのは解決しないだろうと。」
だから、谷口さんは、今日も町中を駆け回る。
■ 子ども・若者に寄り添う若きリーダー 飛び込んできた母親のSOS
5月中旬、谷口さんに緊急の連絡が入った。子育てに限界を感じている母親が居るという。子どもへの虐待の疑いもある。関係機関に連絡し、谷口さんは現場に向かった。夫の暴力などが原因で三度の離婚をした母親は5人の子どもを一人で育てるシングルマザー。持病があり、仕事ができず、経済的にも困窮していた。
小6の男の子が朝、学校に行きたくないと暴れ出し、壁紙がカッターナイフで切り剥がされ、そこには「死」という文字が書いてあった。谷口さんは関係機関を協議し、一旦、少年を母親と引き離し、祖母の元に預けることにした。
「(少年は)もう死ねと言いたいくらいにつらい思いをしているとか、攻撃を加えてでもと、それぐらいね、本当であれば、(暴れたら)いかんというくらい分かっている。つまり、(少年は)殺したいぐらいにつらい思いをしていると。」
『絆を取り戻す』
5日後、谷口さんは喫茶店に少年を誘った。以前に訪問した時に、カードゲームを通じて少年とのチャンネルが見つかった。この日は、少年からカードゲームを教わろうとしていた。少年とカードゲームに興じた。
「僕らがやるべきことって何かというと、言葉にできない思いであるとか、そういった状態、これをまずしっかりと多角的に関わる中で見つめていく。本人の表情であったり、言動であったり、自然に発せられるものの中から、情報共有をしていく関わりなんですよね。」
少年との距離が縮まったと思いきや、だが3日後の夜、電話連絡が入った。少年が祖母の家でまた暴れているという。現場に駆け付けて、少年とサッカーボールで一緒に遊び始める。谷口さんは叱らない。暴れた理由も聞かない。少年の心はなかなか安定しない。認知症の家族を介護しながら、少年を預かっている祖母がついに悲鳴を上げた。祖母は体力的にも精神的にも限界だった。
■ 子ども・若者に寄り添う若きリーダー “家族の絆”は取り戻せるのか
谷口さんは少年を連れだした。向かった先は、長年支援をしている若者が住むアパートだった。その若者も、少年時代に感情がコントロールすることができず、荒れていた。谷口さんは、少年とそうした若者を引き合わせることで、少年の心に何か変化がもたらせないかと考えた。
「なんで自分だけこうなったのという理不尽な思いをしていると思うんでね。そういう意味でいくと、そういう思いを感じて乗り越えた、そういう経験がある翔君(若者)にね、語ってもらった方が伝わるかなってこともありますし、そこが一番大きな目的ですよね。」
翌日、谷口さんは3人で釣りに出かけた。実はこの日は、少年の12歳の誕生日だった。
若者のことば。
「「谷口先生どぎゃん?」って聞いて、「やっぱ楽しい」って、(少年が)いろいろふさぎ込んじゃった時に、俺だっているし、なんでもいいから、嫌なことがあったらすぐ言って欲しいなって。」
祖母の家に戻る前、事務所でバースディケーキを囲んだ。
それは10日後のことだった。少年の兄が少年を自宅に引き取りたいと言ってきた。祖母の負担を考え、もう一度、母親と一緒に面倒を見たいという。難しい判断だった。少年はまだ落ち着いたとは言えない。再びトラブルになれば、母親との間に修復できない溝ができてしまう可能性もある。
『家族の力を信じる』
「今後ね、5年、10年って考えた時に、兄弟の思いやりであるとかね、優しさ、おばあちゃんとの関係性、母親との関係性、そこも優先しないと、先のことを考えると、ここは、リスクはありますが、(リスクは)いったん、こっちで引き受けたとしても、やってあげないと、それで今回決断をしたと。」
谷口さんは少年を自宅まで送り届けた。谷口さんは、それから一週間、何かあれば少年の家にいつでも駆けつけられる体制をとった。夜は少年の家の近くに車を停め、朝までずっと待機した。
『必ず、そばにいるよ』
電話は結局、一度も鳴らなかった。
それから10日あまり、少年が暴れて散らかした自分の部屋を片付け始めた。
プロフェッショナルとは?
「覚悟と責任感を持って限界を突破すること。
そして、そこで得たビジョンを立場を超えて共有をして、
現実を一緒に変えていく。
このことができる人のことだと思いますね。」
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番組ホームページはこちら
(http://www.nhk.or.jp/professional/2015/0831/index.html)
特定非営利活動法人NPOスチューデント・サポート・フェイスのホームページはこちら
(http://student-support.jp/)
→再放送 9月5日(土)午前1時10分~午前1時58分(金曜深夜)総合
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