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ナッジで人の心理に働きかける(4)2017年ノーベル経済学賞受賞のリチャード・セイラー教授の行動経済学

経営管理会計トピック 経済動向を会計で読む
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■ 「メンタルアカウンティング」の理論で消費者心理を紐解く

経営管理会計トピック

2017年10月にノーベル経済学賞を受賞した米シカゴ大学リチャード・セイラー教授。彼の行動経済学の神髄は、合理性ではない人間心理を巧みに利用すること。「ナッジ」によって一見、非合理的にも見える消費者心理を紐解く行動経済学。特に、「メンタル・アカウンティング(心の会計、心の家計簿)」と呼ばれる、人がお金に関して何か意思決定をする際に、様々なことを勘案して総合的に判断するのではなく、狭いフレームの中で判断してしまう点をついた理論は、当然、マーケティングにも大いに役立つわけで。

2017/11/5付 |日本経済新聞|電子版 実践!セイラー教授のノーベル経済学賞 松屋フーズのライバルは吉野家じゃない[日経MJ2017年10月30日付]

「古くからの経済学は人間は合理的な経済行動をとるとしているのに対し、行動経済学は人間の非合理な行動を解き明かす。なぜ、あぶく銭は身につかないのかといったことまで説明する学問だ。ここ10年のノーベル経済学賞で行動経済学を専門とする学者が受賞するのは今年のセイラー教授で2度目。「人間の非合理性を理解しないと正しい決定ができないとわかってくるなか、消費者心理を解明する行動経済学に注目が集まっている」(星野教授)」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

みなさんも、事細かく、光熱費、家賃、昼食代、遊興費などという細目で、実際に家計簿をつけていなくても、なんとなく今月は使い過ぎたなあとか、今月は節約できたはず、という感覚をお持ちのハズ。そして、その心の中にある家計簿は、ひとつではなく、必要に迫られて支出する生活費の枠とか、お小遣いとか娯楽費というお財布とか、支出の痛みの感じ方や、使い過ぎの閾値が複数存在するという仮説から、「メンタル・アカウンティング(心の会計)」理論が導かれるのだそうです。

 

■ 「参照価格」の相手を変えることで、支出への抵抗感を変えて消費を喚起する

誰しも、消費者は、自分の心の中に自分なりの相場観をもっています。にんじんは1本何円で、1ヶ月の飲み代は〇万円以内であるとか。こうした心の中に存在する得か損か、出し過ぎか適切かの判断基準となる『参照価格』を持っているはず。売り手とすれば、消費者のそうした基準を変えてあげれば、自社の商品の売れ行きがよくなったり、客単価が上げたりできるのではと考えるわけです。

(1)ランチ代としたら高いが、ステーキ代としたら安い点に目を付けた「いきなり!ステーキ」
2017年1~6月期の既存店売上高が16.8%増。足元の9月(記事掲載当時)も41.6%増となった、ペッパーフードサービスの「いきなり!ステーキ」が売上好調なのも、この理論で説明がつきます。

(下記は、同記事添付の「「いきなり!ステーキ」の既存店売上高は大幅なプラスが続く(都内の店舗)」を引用)

20171105_「いきなり!ステーキ」の既存店売上高は大幅なプラスが続く(都内の店舗)_日本経済新聞電子版

平均客単価は2000円程度とかなり高いが、ランチタイムに行列ができる店が続出しています。消費者の心の財布(支出項目)を、ランチ代からステーキ代へと変えることによって、消費者の財布の紐を緩めさせて、単価アップを実現したのです。

(2)ランチ代の参照価格からは安い牛丼から定食へ
多くの牛丼チェーンでは、牛丼の参照価格は300円前後なので、この近辺での安売り合戦での薄利多売戦略が従来のビジネスモデルでした。しかし、この価格帯は、1回の昼食代の参照価格としてはかなり安目。そこで、牛丼チェーンは、ランチ客の参照価格を元に、定食メニューを充実させてきました。そうすることで、消費者の心の財布にある「参照価格」は牛丼からランチ代に変容します。すると、自然と財布の紐が緩くなり、定食屋やファミレスと同じ価格帯での勝負となり、客単価が自然と上げることで売上増大につなげることができるのです。

「実際、定食が人気を集めた松屋フーズの17年4~9月期の既存店売上高は前年同期比1.6%増えた。」

(3)モノ消費からコト消費にすることでも客単価up!
すかいらーくのしゃぶしゃぶ食べ放題店「しゃぶ葉」では女子高生が食べた皿を重ねて「#肉タワー」というハッシュタグをつけてSNS(インスタグラムなど)に画像アップして話題になっているそうで、この効果で170店(当時)あるしゃぶ葉では、この2年で売上が2倍になったそうです。

これは、単に空腹を満たすためのランチ代として支出項目から、SNSでの話題になるというコト消費に対する支出項目になったために、多くの女子高生にとって、しゃぶ葉での支払いの参照価格が単なるランチ代ではなくなったことが想定されるのです。

 

■ 「プロスペクト理論」と「フレーミング」で消費行動が変わる!

メンタル・アカウンティングでも特に重要なのは、価格決定の場面です。

成城石井などの高級スーパーやデパ地下などは、棚を見て回るだけでも楽しいですよね。豊富な品ぞろえなどで非日常的なイメージを醸し出し、消費者は知らず知らずのうちに日常消費用の財布から、非日常消費用の財布の紐も解いてしまい、高額な食材を買い物かごについつい入れてしまいがちになります。その昔、「ハレの日消費」とも呼ばれた手法です。

「見せ方や表現の仕方(枠組み)で印象が変わる『フレーミング』という手法を用いながら、(心の中の)どの財布から支出させるか、参照価格をどうするか、上手に組み合わせれば、消費者の買い物の行動は変えられる」

人は、得した喜びより、損した痛みの方が大きい、ということが統計から分かっています。

例えば、とあるスーパーが従来980円で販売していた商品を880円に値引きすると、以前の価格が参照価格となって、これより値頃感がぐっと強まるので、売れ行きがよくなります。しかし、再び980円に販売価格を戻してみると、以前980円で販売していたときの販売数量には届かなくなる場合が多いことが知られています。これは、消費者の参照価格が880円に下がったため、本来価格の980円が高く感じるからだと考えられるのです。

これは、参照価格の上げ下げだけでは説明がつかない現象です。しかし、こう考えるとどうでしょうか?

980円→880円の▲100円の喜びより、880円→980円の+100円の痛みの方が大きい

「人間の心を数値化したとき、得したと感じる喜びよりも、損したと感じる痛みの方が大きい」。これを「プロスペクト理論」といいます。

世の中の社会構造の変化から、消費者行動も変わってきています。共働き世帯や高齢者世帯が増えた現在、複数の競合店を回ったり、新聞の折り込みチラシを丹念に調べたりする機会が少なくなり、最近の消費者にとっては、競合店の実際販売価格はもはや参照価格の意味をなしていない場合の方が多いと思われます。それゆえ、商圏や品目によって効き目は多少変わりますが、下手な値下げは利益を減らすだけといえます。

そこで、「プロスペクト理論」が登場。販促策では、「値引き」より「ポイントプログラム」の方を採用するのです。1円=1ポイントと仮にしたとき、お店にとっては、100ポイントを付けても、100円値下げしても、利益に対するインパクトは同額ですが、消費者の心の中では100ポイントもらえる場合は、値下げと違って参照価格は下がらない傾向が強いためです。

(下記は、同記事添付の「「メンタル・アカウンティング(心の会計)」…同じ額でも心の中の価値は違う」を引用)

20171105_「メンタル・アカウンティング(心の会計)」…同じ額でも心の中の価値は違う_日本経済新聞電子版

 

■ 価格設定は最初が肝心。「選択肢のデフォルト」について

一般消費者は、多すぎる選択肢を目の前に示されると、迷いが生じて最悪消費をあきらめるかもしれません。専門家の適切な助言を何時でも受けられるわけでもありませんので、自分の持ち得る情報だけですべてを判断しきることは難しいし、そういう判断には苦痛が伴うからです。そうした消費者が選択に迷っている場合、消費者心理をとらえながら情報提供するなどして、巧みに特定の選択肢に誘導していく手法を「ナッジ(ひじで軽くつつく)」といいます。

「松竹梅理論」
500円と1000円の2種類のランチを提供する飲食店が1500円のメニューを追加すると1000円のランチが売れるようになる

この時、有効になってくるのが「選択肢のデフォルト(初期設定)」というわけです。

● 衣料品通販サイト「ゾゾタウン」を運営するスタートトゥデイが10月(記事掲載当時)に試験的に実施した、送料を顧客が決める「送料自由」サービス

試験期間中、利用者は購入代金にかかわらず、無料~3000円まで送料を自由に選べました。消費者が合理的な経済行動をとるなら、すなわち、消費者が損得勘定について極めて合理的に判断するなら、全員が送料無料を選ぶはずで、理屈では送料は漏れなく全員が無料を選びそうです。しかし、同社によると、無料を選んだ注文は全体の43%で、平均送料は96円だったそうです。

「当時のゾゾのサイトの送料の欄をみると、プルダウン式で100~1500円を選べるようになっているほか、0~3000円まで1円単位で自由に設定できる入力欄もあった。ちなみにプルダウン式のデフォルトは400円。利用者が特に指定しないと、送料は400円になる。」

(下記は、同記事添付の「ゾゾタウンの「送料自由」はあらかじめデフォルトが400円に設定されていた」を引用)

20171105_ゾゾタウンの「送料自由」はあらかじめデフォルトが400円に設定されていた_日本経済新聞電子版

消費者は、価格や品ぞろえについて、一般的に、選択の自由を求め、選択肢の幅が広くなればなるほど喜ぶものと信じられてきましたが、選択肢が多すぎると逆に選べなくなることがこれで分かります。半面、消費者は面倒くさがりなところもあるので、デフォルトで示された選択肢をそのまま選びがちであることも分かってきました。

ナッジを活用したマーケティングを成功させるには、いかに有効な選択肢を巧みに初期設定できるかが重要なポイントになりそうです。

(連載)
⇒「ナッジで人の心理に働きかける(1)2017年ノーベル経済学賞受賞のリチャード・セイラー教授の行動経済学
⇒「ナッジで人の心理に働きかける(2)2017年ノーベル経済学賞受賞のリチャード・セイラー教授の行動経済学
⇒「ナッジで人の心理に働きかける(3)2017年ノーベル経済学賞受賞のリチャード・セイラー教授の行動経済学
⇒「ナッジで人の心理に働きかける(4)2017年ノーベル経済学賞受賞のリチャード・セイラー教授の行動経済学
⇒「ナッジで人の心理に働きかける(5)2017年ノーベル経済学賞受賞のリチャード・セイラー教授の行動経済学
⇒「ナッジで人の心理に働きかける(6)2017年ノーベル経済学賞受賞のリチャード・セイラー教授の行動経済学

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

コメント

  1. TK より:

    6回連載のリンク貼りました。通してご覧になりたい方はご参考に。