ナッジで人の心理に働きかける(3)2017年ノーベル経済学賞受賞のリチャード・セイラー教授の行動経済学

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■ 「ナッジ」活用で心の働きを衝いて政策目的を達成する

経営管理会計トピック

2017年10月にノーベル経済学賞を受賞した米シカゴ大学リチャード・セイラー教授。彼の行動経済学の神髄は、合理性ではない人間心理を巧みに利用し、動機づけや情報提供によって政策効果を最大限発揮させることにあります。

2018/3/30付 |日本経済新聞|朝刊 動機や競争心刺激、行動に変化生む ノーベル経済学賞で注目の「ナッジ」

「「ナッジ」と呼ぶ研究分野が注目を集めている。個人の判断や選択を尊重したうえで人の心理に働きかけ、科学的に行動を変える取り組みで、行動科学とも呼ばれる。提唱した研究者は昨年、ノーベル経済学賞を受賞した。英米政府が政策の効率化へ活用するほか、日本でも環境省が省エネに役立てる事業を始めた。ナッジで何ができ、世の中をどう変えられるのか。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「ナッジ」とは、「相手を肘で軽くつつく」という意味です。ちょっとした動機づけや情報提供によって、政策担当者が意図する方向へ住民や消費者を、あくまで本人の自由意思によって誘導する手法です。セイラー教授の研究成果は、政府による経済政策でも活用されるようになりました。

● インセンティブ
「省エネしないとこれだけ損しますよ」という具体的な金額で損得勘定を刺激するようなパンフレットを配布することによって、実際の省エネを促す

● フィードバック
電力消費量を近所の世帯との比較表で「地域の平均値はこれくらいですよ」と具体的に示し、競争心を煽って省エネを促す

● デフォルト
家電量販店から電化製品を出荷する際、予め省エネモードに設定したまま自宅にまで送り届ける。消費者は意識しないまま、省エネモードで家電を使い始める

(下記は、同記事添付の「ナッジ(行動科学)で人の行動を変える」を引用)

20180330_ナッジ(行動科学)で人の行動を変える_日本経済新聞朝刊

人間心理を巧みについて、省エネという政策目的を十二分に達成する点はもちろん素晴らしいのですが、もうちょっと理屈っぽく政策論の神髄にまで遡ると。。。

 

■ 「ナッジ」活用であくまで自由意思による望ましい政策選択を

経済や行政の政策決定の現場では、個人の自由と政府の介入のバランスをどうやってとるのかということが大事な論点として扱われます。上記の記事に付属していたキーワード説明記事を下記に引用します。

<キーワード> 国民の自由と政府の介入
各国政府が政策を考える時に鍵となるのが、国民の自由と政府の介入のバランスだ。政策決定の場では、個人の自由を最大限に尊重する「自由至上主義」と、国などが個人のためになるように積極的に介入する「温情主義」がせめぎ合う。省エネ分野でいえば、企業が自由に排出枠を売買する排出量取引が前者、国が企業を規制する省エネ法が後者の代表格だ。
ナッジは個人の選択肢を尊重しつつも、動機づけや情報提供を通じて心理に働きかけて行動を変える。自由至上主義と温情主義の中間にある第3の政策手段とされる。

ナッジはあくまで個人の自由意思で個々人の行動を変えようとするものなので、個人の自由と政府の介入のちょうど中間にあたり、中庸で適温の政策導入が果たせるということなのです。上(政府や親や教師や上司)からとやかく言われて、自分の行動を変えるのは、癪だし、本当に面倒くさい時もありますからね。(^^)

例)ナッジ・ユニット(英国)
英国では2010年にデービッド・キャメロン首相(当時)が、セイラー教授の協力の元、「ナッジ・チーム」を発足させました。所得税の申告が遅れ、税金を滞納している人に対して、「あなたが住む町の納税者の9割はすでに申告を済ませました」といった手紙を送りました。手紙を受け取った人たちは、自分たちが社会的少数者になる小さな恐怖を感じ、23日間の実験で900万ポンド(約13億円)の税収増という結果が、ちょっとしたナッジで人の心を動かし、もたらされたのです。

 

■ 本当は昔から存在が認識されていた「ナッジ」!?

「ナッジ」は、セイラー教授が、「想定上無関係な要因(SIF = Supposedly Irrelevant Factors)」と呼ぶ、非合理的だが結果がある程度予測できる人間の行動パターンを洗い出してリスト化し、各種政策に活用できるようにした点で大きな功績を残しました。しかし、世間にはこうした人間心理を衝くやり方というのは経験的に昔から使われてきたようです。

「ナッジは最先端の科学だが、経験的に使われてきた事例もある。欧州の一部の国では脳死時の臓器提供の意思を示す書類に、本人が「提供の意思なし」と書かれた欄にチェックしなければ「提供の意思あり」とされる。提供の同意率が100%に近い国も多い。一方で日本では「意思あり」と書かれた欄にチェックしないと同意とならず、同意率は10%程度にとどまる。」

これは、最近話題になっているプラットフォーマーに対して知らず知らずのうちに個人データの利用を承諾しているという問題でも注目を浴びている手法があります。

2018/3/23付 |日本経済新聞|朝刊 データ共有 同意の先に フェイスブック問題でリスクあらわ 便利さと引き換え

「米フェイスブックの大量の個人情報が不正に流用された問題は、データを預けるリスクを利用者に知らしめた。利用者の大部分は趣味や購買履歴などが同社やそこへの広告主と共有されているかを知らない。便利さと引き換えに、消費者は自らの情報が外部で流用されるリスクを改めて認識する必要がある。」

(下記は、同記事添付の「フェイスブックが利用者に同意を求めて収集・利用するコンテンツ」を引用)

20180323_フェイスブックが利用者に同意を求めて収集・利用するコンテンツ_日本経済新聞朝刊

確かに、フェイスブックは利用者に対し「個人を特定しない範囲での属性情報をターゲット層を理解するための参考情報として広告主に提供する」と規約に明記はしています。しかし、ただ細かい字で大量の条件が書いてある規約の中にあるため読むのは大変で、何気なく「同意」ボタンを押してしまう利用者が大半でしょう。こうして多くの人が知らず知らずに、手続き上は第三者に情報を提供してもよいと認めてしまっていることになるのです。

これは、広告(一部は迷惑)メールの受け取り許諾の意思表示の仕方の問題で考えると分かりやすいでしょう。

 

■ 「オプトイン」と「オプトアウト」の違いは?

以下は、一般財団法人インターネット協会 有害情報対策サイト 迷惑メール対策編を参考に記述しています。メール受信の拒否の仕方の違いを例に説明します。

オプトイン、オプトアウトって何ですか? : 迷惑メール対策委員会

1)オプトアウト
「オプトアウト」は、活動や団体に対して“不参加”とか“脱退する”という意味。
つまり、メール送信はいつでも原則自由で、受け取りたくない受信者が個別に受信拒否通知を事後的に行います。受信者が、メールが届いたあとに“opt out”の手続きをすることでメールの受信を拒否しなくてはいけないので、受信者(消費者)側は受け身となります。一度は迷惑メールを受け取ってしまうし、受信拒否手続きが面倒でそのまま放置、定期的に手で削除ということになる可能性が高いです(筆者もそうです)。

(下記は、上記サイトの「図1 オプトアウトの仕組み」を引用)

20180401_オプトアウトの仕組み

2)オプトイン
「オプトイン」は、活動や団体に対して“参加する”とか“加入する”という意味。
つまり、受信者となる人が事前に送信者に対してメール送信に対する同意を与える、もしくは依頼しないとメールは送信されないという形になります。受信者が参加の意思表示を“オプトイン”の手続きによって行って初めて、送信者はメールを送れるのです。

(下記は、上記サイトの「図2 オプトインの仕組み」を引用)

20180401_オプトインの仕組み

オプトアウト方式ではメールの送信者側に主導権があり、オプトインではメールの受信者側に主導権があります。日本では、平成20年12月1日施行の迷惑メール対策関連の改正法により、広告・宣伝メールなどの送信が、それまでのオプトアウト方式からオプトイン方式に変更されました。

「ナッジ」や行動経済学だけでなく、こうした手続きや選択的意思表示のフレームワークを考えることは様々な領域で行われています。

例えば、健康増進目的でたばこの箱に喫煙で肺がんリスクが高まる写真を印刷して、最初は効果があっても、そのうちに喫煙者がその情報に慣れてしまい、効果が薄れるといったこともあるでしょう。また、選挙の投票用紙の一番上の候補者に注意が向きやすくなるとか、自動販売機はお金の投入口に一番近いボタンが押される確率が最も高いということもよく知られており、悪用されかねません。

あなたのふとした自分の行動も誰かの何かの意図で動かされているかも。。。

騙されないために留意しておきたいですが、いちいち注意ばかりしていては落ち着いて日常生活を過ごせないかもしれませんね。(^^;)

(連載)
⇒「ナッジで人の心理に働きかける(1)2017年ノーベル経済学賞受賞のリチャード・セイラー教授の行動経済学
⇒「ナッジで人の心理に働きかける(2)2017年ノーベル経済学賞受賞のリチャード・セイラー教授の行動経済学
⇒「ナッジで人の心理に働きかける(3)2017年ノーベル経済学賞受賞のリチャード・セイラー教授の行動経済学
⇒「ナッジで人の心理に働きかける(4)2017年ノーベル経済学賞受賞のリチャード・セイラー教授の行動経済学
⇒「ナッジで人の心理に働きかける(5)2017年ノーベル経済学賞受賞のリチャード・セイラー教授の行動経済学
⇒「ナッジで人の心理に働きかける(6)2017年ノーベル経済学賞受賞のリチャード・セイラー教授の行動経済学

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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