■ 差額収支計算から制約理論へ
前回「機会原価 - 取得原価とは違い、タラレバ原価で計算する - もっと作業効率がいいのは制約理論の応用だ」にて、目的Aと目的Bの2つの選択肢の採算性を評価するのに、機会原価を用いて、どっちが儲かるかを判定をしてみました。そもそも、歴史的には、機会原価概念を用いる差額収支計算体系は、このような複数選択肢から、最大の効果(集客であったり、利益の最大化であったり)をもたらすものを効率的に探し出す方法論として、長い間使用されてきました。しかし、その差額計算の意味、とくに、機会損失(オポチュニティコスト)の理解が難しく、誤解されたまま、もしくは誤用されたまま月日が流れてしまいました。
その内に、エリヤフ・ゴールドラット博士による制約条件の理論(制約理論):TOC (theory of constraints)が唱えられ、スループット会計が世に登場すると、すっかり、差額収支計算手法は、複数案選択問題において、制約条件理論にとって代わられた風があります。
■ 差額収支計算が採算分析を楽にする道理とは?
前回の事例は、東京で講演する目的Aと、横浜で講演する目的Bの2つの選択肢から、より採算性の高いものを選ぶものでした。しかも、共通変数(TOCで言うところの制約条件)は、講師料のたった一つだけだったので、取得原価ベースの採算表と機会原価ベースの採算表をそれぞれ作成して、二つを並べて比較したので、取得原価法でも機会原価法でもそんなに違いがあるとは感じることはできなかったと思います。
しかし、選択する対象案がもっと数十のレベルで増加し、共通変数(制約条件)も2つ以上になった時、すべての選択肢の採算表を、すべての条件下で作成するのは骨が折れるはずです。そこで、機会原価をベースにした、差額収支計算においては、それぞれの選択肢固有の変数のみを拾い上げて各プランの個別採算表を作成しておき、すべての選択肢に共通の制約条件において、最大の機会原価となるものをひとつだけ計算しておいて、全ての案に一気に当てはめる、こうすると、採算比較の手間を飛躍的に減らすことができるのです。
これが、差額収支計算のメリット。さらに、その差額原価に最大の機会原価を用いることで、絶対水準的にも、最適収支(最大の黒字)案件を選び取ることができる、という手はずになっているのです。
■ 機会原価が意味するところとは?
ではあまたの選択肢の中から一つの最適解を選び取る差額収支計算。選択肢の数が多くなればなるほど、ひとつひとつの取得原価ベースの採算表を作成するより効率的に選択肢を選び取る意思決定を可能にする理屈が分かりました。では、その機会原価を差っ引いた利益の絶対額や、売上高や投下資本との比率計算で求められる利益率については、どのような意味を持つものと理解すればよいのでしょうか。
取得原価ベースの採算表ならば、実際に支出が行われ、同時にコストと認識(発生主義による)された金額のみが、原価・費用として計上されるので、手触り感のある実現性の高い採算値を算出することができます。ならば、機会原価を差し引いた採算は、あくまで比較のための、それ自体の数字は単独では無意味なものなのでしょうか?
本稿では、この疑問に対して、株式市場における投資問題として、機会原価を取り上げます。事例をシンプルにするために、東京証券取引所に上場している公開企業は全てPBRが1倍であると仮定します。そして、投資家は、目先のROE(自己資本利益率)のみで投資意思決定するものと仮定します。
機会原価は、材料、労働力、機械などの生産投入要素を機会損失コストで評価した原価概念です。それは、材料、労働力、機械を購入するための、資本投入にも用いられます。ここでは、投下された資本(特定の企業への出=株式時価総額)の機会原価を探ります。
東証一部上場企業の平均ROEが8%である場合、そうした株式市場に投資するお金(資本)の機会原価は、投下資本率で表現するならば、PBR=1倍と仮定した場合、ROEそのものとなります。
大数の法則に従うなら、平均ROE=8%ということは、A社に出資しても、B社の株式を購入しても、投資した分のリターンは8%ということになります。この場合、特定の新規投資対象C社とD社の2社からどちらか一方に出資したい(株式を購入したい)と考えた場合、両社の足元もしくは予想ROEの値を調べてみます。
C社:10%
D社:5%
手許出資予定金額:100
この場合、東証一部企業への株式投資の機会原価は、100×8%=8 となります。
C社に出資した場合、
株式投資の機会原価ベースの採算 = C社から得られるリターン - 一部上場の平均リターン
= 100×10% ‐ 100×8% = 10 - 8 = 2
D社に出資した場合、
株式投資の機会原価ベースの採算 = D社から得られるリターン - 一部上場の平均リターン
= 100×5% ‐ 100×8% = 5 - 8 = ▲3
■ 株式投資における機会原価とは資本コストという名でした
投資家の手の内にある選択肢として、東証一部に上場している企業全てへの投資ならどれでも選べるとしたら、市場平均のROE=8%が、どの企業への投資であろうと、その投資額に対する機会原価は、投資額×ROE(8%)の計算結果となります。
ならば、投資対象企業のROEという「率」指標が、市場全体の平均値である8%より上か下かだけを知るだけで、ROE:8%を用いた機会原価計算と同じ判定結果をもたらせてくれることも理解できるでしょう。
つまり、機会原価は、「絶対額」でも「比率」でも測定することができるということになります。「絶対額」は機会原価を負担した後の、痛みを生じた採算値を表示してくれますが、その計算を待たずして、「率」だけで、その意思決定(投資判断)の巧拙を評価することができます。
そうした意思決定の判断基準となる「率」指標を「ハードルレート」と言います。その選択肢を選ぶなら、最低限満たすべき採算線、超えるべき採算線という意味で「ハードル」なのです。今回の株式投資の事例にあたっては、ROEが「ハードルレート」の一例となります。そして、株式投資に限らず、企業が資金調達する際に、どれくらいの犠牲の上でその資金を調達する(できる)(すべき)か、を示す概念を特別に「資本コスト」とも呼び習わしているのです。
最後に、前章のD社に投資した場合の機会原価控除後のリターン「▲3」という絶対値について。このマイナス値の解釈として、D社の経営者は、「▲3」の分だけ、企業価値を破壊しているとも解釈できるし、D社の経営者が創意工夫して市場平均並みに創出しなければならない企業採算の不足値とも考えることができます。
投資判断(意思決定)はお手軽に「ハードルレート」で。実際の施策立案には、「絶対額」をどうにかするように考える。そういう使い分けがいいようです。(^^;)
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