■ 種類株が株主選別を進めることの功罪
会社から見れば資金調達。資金の出し手から見れば投融資の実行。広く一般金融市場から企業が資金調達することが当たり前になりすぎていて、いつの間にか、事の本質が見失われ、本末転倒しているようです。
2015/9/17|日本経済新聞|朝刊 資金調達 新潮流(下) 種類株が生む新たな緊張
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「米国2位の公的年金基金、カリフォルニア州教職員退職年金基金のクリストファー・エイルマン最高投資責任者には心配事がある。「他の日本企業に広がったら……」
トヨタ自動車が7月に約5000億円発行したAA型種類株のことだ。議決権も付き、配当もあるが5年間は原則、売らせない。その上、5年後にトヨタが発行価格で買い取るという、事実上の元本保証も付けた。」
トヨタが7月に発行したAA型種類株の内容については、過去投稿記事をご参考下さい。
⇒「(ビジネスTODAY)トヨタ総会、議論の場に 過去最長の3時間、新型株の賛成率は75%」
⇒「トヨタの新型株 米公的年金2位は反対海外での賛否分かれる」
⇒「トヨタ、新型株の評価二分 株主助言のグラスルイス賛意、ISSの反対受け補足資料」
⇒「トヨタ新型株に反対 議決権行使助言のISS 株主総会での賛否が焦点」
⇒「トヨタ、個人向け新型株最大5000億円発行 元本保証、議決権あり 長期投資家取り込む」
さてさて、トヨタのAA型種類株に特化したお話ではなく、今回は種類株による、株主選別(あくまで企業側から見たものの言い方)の功罪というか、ポジショントークのお話です。
記事では、トヨタがAA型株を発行したのは、「息の長い研究開発に必要な投資の原資を、今は預金に眠る日本の個人マネーから調達しようという「資本市場の活性化を半歩進める」(豊田章男社長)試み。それは取りも直さず経営の監視役の株主の顔ぶれを企業自らが選別する側面を持つ。」ということで、トヨタが、2015年3月末に約18%と9年ぶりに2割を切った個人株主を増やし、逆に過去10年で10ポイント増えた外国人株主(約31%)を減らすといった、株主構成の再構築を試みようというもの、という位置づけです。
これに対し、当然、海外機関投資家は快く思わず、6月の株主総会では、25%もの反対票が投じられた原因になっていました。しまいには、議決権行使助言会社の世界トップツーそれぞれが反対・賛成に回り、議論が良くも悪くも大いに盛り上がりました。
株式の発行主体である企業が、株主を種類株で選別するのは、資金需要に対応した機動的資金調達方法の選択肢を企業側に与えた方が良いのか、それとも株主が健全経営の監視役であり続けるために、種類株による株主権利の制約は無い方が良いのか?
■ ここでちょっと種類株のおさらいを
やりすぎると複雑になるので、ここではあくまで新聞記事に記載ある範囲および、会社法での規定を中心に解説をまとめてみます。
種類株式とは、「剰余金の配当その他の108条1項各号に掲げる事項について内容の異なる2以上の種類の株式(会社法2条13号)<厳密には種類株式発行会社の定義ですが>」のことで、その他の株主権利については、
会社法の108条1項各号によると、
・剰余金の配当規定(1号)
・残余財産の分配規定(2号)
・議決権制限規定(3号)
・譲渡制限規定(4号)
・取得請求権規定(5号)
・取得条項規定(6号)
・全部取得条項規定(7号)
・拒否権規定(8号)
・役員選任権規定(9号)
となっており、少々乱暴にサマると、①利益分配、②議決権、③売買制限 に関する権利となります。
例えば、議決権がないけど、配当金が高めの「優先株」や、創業者が上場後も経営権を維持するための「多議決権株式」などが有名です。
新聞記事には、下記のような対比表が付けられています。
グーグルは、3種類の株式を発行しており、
・A株:普通株
・B株:04年の上場時に共同創業者ラリー・ペイジ最高経営責任者(CEO)らに向け発行した10倍の議決権株
・C株:昨年導入した無議決権株
という構成になっています。
記事によると、
「グーグルが8月、持ち株会社制への移行を発表した。多岐にわたる業務の部門収益が見えにくく、株式市場で評判の悪い経営の不透明性を改善する狙い。株主の不満の背景には複数種類株の存在もある。」
とあり、持ち株会社制への移行の裏に種類株アリと論じています。
フランスでは14年に、「株主総会で3分の2以上の反対を集めない限り、株式を2年以上保有する長期株主が一般株主の2倍の議決権を持つようになる「フロランジュ法」が成立しました。
■ 逆立ち議論にここで突っ込みを!
優先株については、伊藤園の例が紹介され、配当が25%増しの優先株が07年に発行され、14年度末の個人比率は約43%と、普通株式を10ポイント強上回り、個人株主開拓の効果があったものの、優先株式の株価が普通株を約3割下回り、海外の同種の優先株式の価格差が1~2割安に比べて、割安(人気薄)と評価しています。
それだけ、伊藤園のケースでは、議決権(経営意思決定権ともいえる)に対するプレミアムが高く評価されているとも言えます。インカムゲインから割り引いた評価額が3割安だからといって、それだけで伊藤園の何が問題なのでしょう?経営参加権について高くバリュエーションされているだけのことです。
記事では、さらに、
「トヨタの種類株。知名度もあるが、伊藤園種類株と比べ決定的に違う点がある。議決権付き、かつ元本保証という、株式会社のガバナンスの根本にかかわる立て付けだ。海外投資家の目にはハイリスク・ハイリターンという株式の常識の逸脱に映る。「全ての株主は平等に権利をリスクを負うべきだ」(英機関投資家のリーガルアンドジェネラルのメリエム・オミ氏)」
とあり、AA型株式を酷評していますが、普通株式の議決権による株主総会決議を経た種類株式発行ですし、株主権利が異なる株式には違う値付けがされて当然。株式ならハイリスク・ハイリターンであるべき、という思い込みの方が間違っています。投資家もバカではないので、各種オプション理論で、議決権や流動性をすべて貨幣価値に置き換えて、種類株のバリュエーションをしています。そして、会社自治の問題。そんなにトヨタの資金調達方針がいやなら、他社に投資すればいいじゃありませんか。
続けて記事ではこう述べられています。
「大和総研の鈴木裕主任研究員は「海外の種類株には経営者にとって長期保有する株主こそが企業の長期的な成長につながるとの前提があるが、長期保有でも日本の持ち合い株のように緊張感のない株主は存在する」と指摘する。
個人か、外国人か。短期か、長期か――。種類株というツールを使い、資金調達を通じて経営側が株主を選ぶ時代。投資価値と支配権を巡る新たな緊張関係の模索が始まっている。」
資金調達方針は会社の財務戦略の一環です。一般株主がそれに応じるかどうかは、投資家側に参加決定権があります。そういう両者の緊張感の中で、発行条件が定まるのです。そして、経営監視の問題の問題視。そもそも、「経営と所有の分離」が当たり前だと思っていませんか? そもそも近代工業が勃興した際に、生産設備が大型化し、大量の資金調達が必要になり、事業家が所有権を株式として、小口金融手段として切り売りし始めただけのことです。資金の出し手が、自分が出資した出資金が適正に運用されているか監視したいのは、出し手の都合。資金調達側は、そもそも自分たちで経営の主導権を握っていて、その経営方針に賛同してくれる人から、賛同してくれる形式で資金を出してもらうだけのこと。
いつの間にか、株式制度は出資者のものという勘違いがありませんか? 両者の合意の元に行われる商取引=契約なので、双方のものなのですが、主体は、「事業を起こしたい、そのために、一番、事業固有のリスク・リターンに相応しい資金調達手段を金融市場に提案したい」と考える事業者側と、筆者は考えるのです。嫌なら他社に出資しろ!です。
ちなみに、ハイブリッド債の登場もあり、融資も出資もその垣根が、ファイナンス法制的(バーゼル規制など)にも、会計的(財務諸表の表示法など)にも曖昧になってきています。
参考:
⇒「三菱商事、1000億円自社株買い 2桁増益で8年ぶり規模 株主還元を強化」
個人から、ハイブリッド社債で資金を集めるのも会社の勝手です。ちなみに、金融債権としてだけ見るなら、支払利息が損金扱いになる負債による資金調達の方が、会社、ひいては資金の出し手にとって有利ですよね。担保の優先権の問題もありますし。多種多様な金融商品の中で、普通株式というものは、表面的な非経済的権利(裏では貨幣価値評価されていますが)の分だけ、割り引いた価値しかないんです。それは発行主体にとっても、リスクが高いものに決まっているじゃないですか。経営意思決定権と引き換えに、資金を出してもらっているんですから。
自分で「支配権」を行使して、株式の経済的価値を上げられるという人は、議決権付きの株式を、とにかくプロの経営者に自分の資金を運用してもらいたい人は、議決権なしの優先株式(およびそれに類する種類株または(ハイブリッド)社債)を選択するだけのこと。
会社(投資先)も、投資手段も自分で選べる自由が投資家にはあります。ここでは「自由」にこそ「価値」がある!と本稿を締めさせていただきます。(^^)/
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