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(大機小機)長期投資のパフォーマンス評価 - 業績の評価期間の設定と包括利益について一言あり!

経営管理会計トピック 会計で経営を読む
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■ 長期投資の実際的な評価方法について

経営管理会計トピック

日本経済新聞の有名コラムに噛みつくなど、恐れ多いことですが、いささか気になる表現があったもので、アリンコが象に論戦を挑む感じで、温かく見守ってください。

2016/4/26付 |日本経済新聞|朝刊 (大機小機)長期投資のパフォーマンス評価

「機関投資家の行動規範であるスチュワードシップ・コードは投資家に長期投資を求めている。しかし長期的な視野での投資を行うと宣誓するだけで長期投資が行えるわけではない。ある投資家が実際に長期投資を行っているかどうかを判定することは難しい。また、その長期投資が成果を生んでいるかどうかを評価することはさらに難しい。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

ここまでは至極当たり前の記述で、筆者も全肯定です。

「これを評価するもっともまっとうな方法は、運用担当者の成績を長期で評価し、それに見合った褒賞を与えることである。かつての日本の生命保険会社は、このような方法をとっていた。しかしこれでは十分なインセンティブ効果を持たない可能性がある。その結果、目先の運用成績をもとに評価が行われることが多く、長期投資家も短期的な基準で動きがちだ。その典型は自己資本利益率(ROE)経営の推奨である。」

投信の運用担当者と、企業の財務管理担当者とを、同列に語ることは難しいでしょう。前者は、パッシブかアクティブか、運用方針の違いがあります。ここではまずアクティブだと仮定してお話しすると、アクティブ型の投資スタイルには、あくまで筆者が感じているところですが、「理論株価」と「実際株価」の乖離を売買のネタにする、ものと考えています。そこで、アクティブ運用者は、すべからく、投資対象企業の「理論株価」を常に懐に持っている必要があります。

更にいうと、現在の「実際株価」が「理論株価」とのいくら乖離しているかだけでなく、時空を超えて、将来時点の乖離幅まで予測しないと、この理論に従った株式売買は成功すると言えません。それゆえ、アクティブ型の投資スタイルの成功に向けては、

① 現時点での「理論株価」と「実際株価」の乖離を観測する必要がある
② さらに、それが将来の売買想定タイミングでどれくらいの乖離となるか、現時点で予測しておく必要がある

という2重の困難さが待っているのです。それでも、アクティブ投信のポートフォリオマージャーの中で、長期にわたり、好成績を収めている方がいらっしゃることについて、大変頭が下がる思いです。

(参考)
⇒「(経済教室)エコノミクストレンド 企業の短期主義、再び注目 株式非公開の増加も 「悪弊」とまでは言い切れず 鶴光太郎 慶大教授

 

■ 「ROE」が長期・短期を問わず投資評価基準にはならないことについて

「企業年金機構や経済産業省までもがROE経営を推奨している。運用担当者を毎期ごとに評価すると、短期的な成績が求められてしまう。その言い訳として、長期は短期の積み重ねであるという詭弁(きべん)が弄されることになってしまう。」

絶対値として、ROEは、厳密には収益性評価基準としての指標足りえません。計算構造そのものに欠陥があります。

① その評価期間に稼いだリターンも分母に混入してしまうこと
② 収益性とは無関係に、自社株買いや増配により、分母を小さくすることができること

ROEを、資本コスト意識して経営することの代理変数として注目すること自体は合理的ですが、その絶対値について拘泥することは避けるべきでしょう。

という訳で、ROE以外に注目すべき指標や論点がある、として、次のような例証が記述されています。

「だが投資ポートフォリオに入っている企業が他の企業よりも基礎体力を向上させる行動をとっているかどうかによって、長期的な投資が行われているかを知ることができる。例えば次のような企業行動である。「投資先の企業が積極的な設備投資を行っているかどうか」「短期的な非正規従業員ではなく、長期に役立つ正規社員の比率を高めているかどうか」「将来のリスクヘッジのために自己資本の積み増しをしているかどうか」などだ。
さらに「研究開発投資を継続的に増やしているかどうか」「これまでの中期計画は十分に意欲的で、それが成就されたかどうか」なども該当する。これらの中には数値指標を得ることができるものもある。研究が進んでいけば、どの指標の信頼性が高いかもわかってくるだろう。」

① 設備投資
② 正規社員の雇用
③ 自己資本の積み増し
④ 研究開発投資(R&D費用)
⑤ 中計の達成度

などが、長期投資の指標になり得るのでは、という仮説を立てられています。

①④については、まず会計技法的に素人には財務分析のハードルが立ちはだかります。科目によって、資産計上が許されるものと費用で落とすべきものが異なり、さらに言えば、採用する会計基準(日本基準とIFRS等)でも、その区分が異なります。さらに、今期の投資が、いつ成果として実現するか、大いに見積計算に依拠することになるので、そういう実現していない利益やキャッシュ・インフローは、予め、ディスクローズすることはできません。

②については、業種やその企業の成長ステージにより、正規社員の雇用増が、業績向上に必ずしも直結するとは限りません。人財を適切に貸借対照表(B/S)に資産計上する試みは、長年会計学が挑んでいるテーマのひとつです。人財の資産価値を適正に評価することに、正規・非正規の違いは関係ないと思います。顧問やパート、アルバイト、派遣、嘱託など、有期限雇用契約者の方が、企業価値形成に寄与分が小さいとする学説を教えてもらいたいものです。

③については、先述のROE経営と矛盾します。自己資本が積み上がると、ROEという指標にはマイナスになるので。

⑤については、中計で記述される目標値の在り方・使い方について、一言あります。「来年のことを言うと鬼が笑う」という昔ながらの言い回しがあります。単年度予算編成においても、15か月以上前の需要予測に基づいて、予算が当たった/当たらなかった、という数当てゲームに、社内外の人たちが結果数値だけで一喜一憂しているのは、非常に滑稽に見えます。予算という目測が当たらなかったのは、市場にどういう変化が生じたのか、社内のバリューチェーンにどんな問題が発生したのか、その原因分析と、当たらなかった場合の資金の手当てや人財の流動性に関する施策の有効性に意識をもっと向けるべきです。中計に至っては、もっとそういう視点での分析とリアクションが必要ではないでしょうか。

(参考)
⇒「中計、目標から公約へ 変わる位置づけ、株価も反応 企業統治指針の導入契機
⇒「(決算トーク)ナブテスコ 中計の数字目標やめようか - いやいや、御社は中長期の投資収益性の事後評価が大切です!

 

■ 「包括利益」の意味が乏しいかどうかは、それを見て分かる人がいうこと!

「市場監督当局は上場企業に、このような判断ができる正確な情報を開示させるべきである。意味の乏しい包括利益を開示させるよりは、よほど生産的である。企業の側も自社の長期の成長を占うためには、この数字を見てほしいと投資家に伝えるべきだ。」

まず会計理論的に、財務諸表を作成する基本的考え方において、「資産負債アプローチ」と「損益アプローチ」があります。いち会計期の業績(あえて期間損益と言っておきます)を測定するのに、この2つのアプローチでは計算結果が異なってしまいます。本来なら、どちらでやっても、貸借対照表(B/S)の利益剰余金の今期増加分と、損益計算書(P/L)のボトムラインは合っていてほしいものです。これを、「クリーン・サープラス関係」といいます。いまは、つながっていないので「ダーティー・サープラス関係」とも言われています。この、B/SとP/Lの橋渡しをしてくれるものが、「包括利益計算書(C/I)」なのです。

つぎに会計実務的に、当期純利益の他に、純資産を増減される業績要素が何かを把握しておくことは、会社の財政状態を公正価値で表示しようとしているB/S数値の理解につながります。「理解」というのは、「読んで分かる」、の他に、経営者として「打ち手が分かる」という意味を含みます。包括利益の代表的な構成要素は、次の通りです。

・その他有価証券評価差額金(持ち合い株の評価差額)
・繰延ヘッジ損益
・為替換算調整勘定
・退職給付に係る調整額

株式市場、為替相場、市中金利など、会社を取り巻く経済状況の変化が最終的な企業の所有財産の公正価値(時価ともいう)にどういう影響を与えてくれているのか、を明らかにしてくれる数字です。いま巷で話題の「マイナス金利」は、もろ「ヘッジ損益」や「退職給付」関連の数字に反映してきます。

財務諸表の使い方・見方も、時代とともに移り変わります。産業資本主義全盛の時代は、決算ごとに、どれくらい儲けることができたか、「損益アプローチ」でP/Lのボトムラインを見ていれば済みました(いや、営業利益や経常利益だったかも)。しかし、今や、M&Aが当たり前の時代になり、常に、会社財産・企業価値の公正評価を常に把握すること、「資産負債アプローチ」でB/Sを見ることも重要視されるようになりました。

下記は、2015年度第3四半期の、日本最大の企業であるトヨタ自動車の包括利益計算書です。

20160505_トヨタ自動車_2015年度第3四半期_包括利益計算書

包括利益に占める当期純利益の構成比は、
・FY14 3Q:63.0%
・FY15 3Q:108.4%

対前年変動率(増益率)は、
・当期純利益:9.2%
・包括利益:▲36.5%

P/Lだけでは分からない、トヨタ自動車のB/S(に表示されている純資産の公正価値)がどれだけ、株式市場、為替市場、市中金利によってリスクにさらされて、変動しているか。それを明らかにしてくれるのが包括利益なのです。断然、当期純利益より大きな変動リスクがあることを表示してくれています。

このような時代の変遷期にあたって、B/SとP/Lをつなぐ分析ツールである「包括利益」の開示が非生産的とは到底思えないのであります。

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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