Pocket

■ 問題は「規格」ではない。ものづくりの「企画(考え方)」だ

経営管理会計トピック

前回」は、「インダストリー4.0」の概要と、それを取り巻く各国の動向を説明しました。
⇒「(ビジネスTODAY)「製造業革命」日本に焦り IoT活用、企業間連携で出遅れ ドイツ、国挙げ規格作り(1)

今回は、主に、「インダストリー4.0」の課題および、日本企業のとるべき態度についての考察を説明します。

2015/4/17|日本経済新聞|朝刊 (ビジネスTODAY)「製造業革命」日本に焦り IoT活用、企業間連携で出遅れ ドイツ、国挙げ規格作り

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「産業見本市「ハノーバーメッセ」で15日に開かれた日独経済フォーラム。独連邦経済・エネルギー省のウーヴェ・ベックマイヤー政務次官が「ドイツは4.0を通じ5年間で18%の生産性向上をめざす」と表明した。
4.0とは「インダストリー4.0」のこと。あらゆるものをネットにつなぐインターネット・オブ・シングス(IoT)の製造業版だ。工場だけでなく取引先、物流、エネルギー、さらに従業員の働き方も含めて、全体の最適化を図る。」

 

■ 「インダストリー4.0」が持つ課題とは?

まず、「インダストリー4.0」固有の問題点を説明したいと思います。

1)標準化
工場が内外のさまざまなモノやサービスとつながるのに伴い、通信手段やデータ形式など多くの物事を標準化しなければなりません。そうした規格を最初に作り上げる手間暇が膨大なものになれば、コンセプトは大変良いが、コスト倒れで実現できない、という事態にならないとも限りません。

2)複雑なシステムの管理
生産系システムとそれ以外の業務アプリケーション・システムがつながることで、システム全体が複雑化することから、それらを管理することが難しくなります。そもそも、「4.0」は企業間のコラボレーションが前提なので、そうした業務アプリとその上を流れるデータの管理は、企業の壁を乗り越えて、取引先同士の連携の上で管理することが前提となります。管理体制とコストの負担方法など、事前に決めておくルールが多岐にわたること、そして技術的な制約は存在しないか、ということが次のハードルになります。

3)通信インフラの整備
産業用途に耐えられる信頼性(SLA:Service Level Agreements)の高い通信インフラを準備する必要があります。何らかの障害でいったん通信が一部で遮断・遅延した時、全部がつながっている状態で業務とデータ疎通に与える影響は、想定の範囲を超える可能性があります。そういう事故を防ぐために、通信インフラは、金融機関の勘定系並の信頼性が担保されている必要が生じてきます(ほぼ、止まることは許されないでしょう)。

4)安全とセキュリティー
工場が外部のネットワークと接続することで、マルウエアの侵入などサイバー攻撃を受ける危険性が高まるため、安全やセキュリティーを確保するための手段が急務になります。また、ウェアラブル端末などを通じて人間の動作や作業環境への指示データが悪意を持って操作された場合、生命身体が危険にさらされないように、何らかの防御・制御手段を、分散した形でネットワークにつながっている各機器の方でも自律的に起動できるような事前設計がなされていないといけません。

5)プライバシー・個人情報の保護
これは、「4.0」に限ったことではありませんが、ネットワークに個々人の情報を連携させる場合、プライバシー保護の問題が避けられません。作業環境での生産効率を最大限に向上させるために、作業者の生態情報までネットワークにさらされることになるはずです。そうしたデータの取り扱いを一歩間違えると、犯罪を誘発したり人権侵害を起こしたりする可能性があります。

 

■ 日本の製造業の未来を考える

「インダストリー4.0」のようなものづくりが世の中の常識となったら、日本の製造業の未来はどうなるのでしょうか。

日本は自動車や機械などの分野ではドイツと同様、世界をリードしています。コンピューター制御による工作機械の活用でも世界トップレベルにあります。しかし日本のサプライチェーンは大企業を頂点とするピラミッド型の垂直統合型システム(いわゆるケイレツ)となっており、企業グループを超えた横での連携は意外に行われていません。よく「日本の製造業の強みは『擦り合わせ技術』にある」といわれますが、これはアナログ時代のものづくりのやり方で、同じ用語や価値観を共有する企業グループ内では高い生産性を発揮しても、企業の垣根を越えた連携を前提とはしていないのです。

EC:Electronic Commerce(電子商取引)、eコマース、電子市場(eマーケットプレイス)、電子調達(eプロキュアメント)、EDI(電子データ交換)、どれをとっても、米国では、業界標準だったり、取引先間の比較的おおきな企業グループ標準だったりするのですが、日本の場合は、ケイレツ内での標準化だったり、顧客企業と取引先企業間だけの標準化だったりします。

これは、日本の製造業は、製品・サービスの差別化(プロダクト・リーダーシップ)で競争することは大前提で、その上で、独自のバリューチェーンの差別化(プロセス・イノベーション)でも勝負しようとします。逆に、モノの作り方、サービスの提供方法といった「やり方」自体が競争力の源泉、提供製品の差別化の要因と考えているため、協力会社や業界団体を通じてコンペチターとの間で、取引業務とプロトコルの標準化を進めることは、自社・自社製品の競争力を失うことと考えている節があります。

ドイツの関係者の想定・発想は、真逆です。

2015/4/14|日本経済新聞|朝刊 (GLOBAL EYE)IoT、製造業にどう生かす 独米中、競争と接近

「4.0は独政府が自国製造業の高度化をめざし生まれた。工場の生産や部材調達、物流やエネルギーなど関連産業をネットでつなぎ「究極の多品種少量生産」(独機械工業会)を狙う。凹凸だけで幾通りもの遊び方ができる玩具、レゴブロックに例えられる。独人工知能研究センターのデトレフ・ツュールケ教授は「共通化できる部分はシンプルにし、企業は最終製品の出来や使い勝手などで勝負できる」と説く。」

「垂直分業」と「水平分業」、「擦り合わせ品」と「モジュール品」。
ものの「作り方」と、ものの「設計思想」が日本と他国とでは異なります。この差異が、ドイツが提唱する「インダストリー4.0」への日本と米国・中国の対応の温度差の原因と思われます。日本だけが「インダストリー4.0」に乗り遅れても、従来の日本の製造業の強みで十分勝負できる、と考えれば、「乗り遅れる」というより、「乗り間違わない」といった方が適切な表現かもしれません。

(Visited 574 times, 1 visits today)
Pocket

(ビジネスTODAY)「製造業革命」日本に焦り IoT活用、企業間連携で出遅れ(2)http://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/1-e1427893099240.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/経営管理会計トピック1-150x150.jpg小林 友昭テクノロジーIOT,インダストリー4.0,モジュール品,擦り合わせ品■ 問題は「規格」ではない。ものづくりの「企画(考え方)」だ 「前回」は、「インダストリー4.0」の概要と、それを取り巻く各国の動向を説明しました。 ⇒「(ビジネスTODAY)「製造業革命」日本に焦り IoT活用、企業間連携で出遅れ ドイツ、国挙げ規格作り(1)」 今回は、主に、「インダストリー4.0」の課題および、日本企業のとるべき態度についての考察を説明します。 2015/4/17|日本経済新聞|朝刊 (ビジネスTODAY)「製造業革命」日本に焦り IoT活用、企業間連携で出遅れ ドイツ、国挙げ規格作り (注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます 「産業見本市「ハノーバーメッセ」で15日に開かれた日独経済フォーラム。独連邦経済・エネルギー省のウーヴェ・ベックマイヤー政務次官が「ドイツは4.0を通じ5年間で18%の生産性向上をめざす」と表明した。 4.0とは「インダストリー4.0」のこと。あらゆるものをネットにつなぐインターネット・オブ・シングス(IoT)の製造業版だ。工場だけでなく取引先、物流、エネルギー、さらに従業員の働き方も含めて、全体の最適化を図る。」   ■ 「インダストリー4.0」が持つ課題とは? まず、「インダストリー4.0」固有の問題点を説明したいと思います。 1)標準化 工場が内外のさまざまなモノやサービスとつながるのに伴い、通信手段やデータ形式など多くの物事を標準化しなければなりません。そうした規格を最初に作り上げる手間暇が膨大なものになれば、コンセプトは大変良いが、コスト倒れで実現できない、という事態にならないとも限りません。 2)複雑なシステムの管理 生産系システムとそれ以外の業務アプリケーション・システムがつながることで、システム全体が複雑化することから、それらを管理することが難しくなります。そもそも、「4.0」は企業間のコラボレーションが前提なので、そうした業務アプリとその上を流れるデータの管理は、企業の壁を乗り越えて、取引先同士の連携の上で管理することが前提となります。管理体制とコストの負担方法など、事前に決めておくルールが多岐にわたること、そして技術的な制約は存在しないか、ということが次のハードルになります。 3)通信インフラの整備 産業用途に耐えられる信頼性(SLA:Service Level Agreements)の高い通信インフラを準備する必要があります。何らかの障害でいったん通信が一部で遮断・遅延した時、全部がつながっている状態で業務とデータ疎通に与える影響は、想定の範囲を超える可能性があります。そういう事故を防ぐために、通信インフラは、金融機関の勘定系並の信頼性が担保されている必要が生じてきます(ほぼ、止まることは許されないでしょう)。 4)安全とセキュリティー 工場が外部のネットワークと接続することで、マルウエアの侵入などサイバー攻撃を受ける危険性が高まるため、安全やセキュリティーを確保するための手段が急務になります。また、ウェアラブル端末などを通じて人間の動作や作業環境への指示データが悪意を持って操作された場合、生命身体が危険にさらされないように、何らかの防御・制御手段を、分散した形でネットワークにつながっている各機器の方でも自律的に起動できるような事前設計がなされていないといけません。 5)プライバシー・個人情報の保護 これは、「4.0」に限ったことではありませんが、ネットワークに個々人の情報を連携させる場合、プライバシー保護の問題が避けられません。作業環境での生産効率を最大限に向上させるために、作業者の生態情報までネットワークにさらされることになるはずです。そうしたデータの取り扱いを一歩間違えると、犯罪を誘発したり人権侵害を起こしたりする可能性があります。   ■ 日本の製造業の未来を考える 「インダストリー4.0」のようなものづくりが世の中の常識となったら、日本の製造業の未来はどうなるのでしょうか。 日本は自動車や機械などの分野ではドイツと同様、世界をリードしています。コンピューター制御による工作機械の活用でも世界トップレベルにあります。しかし日本のサプライチェーンは大企業を頂点とするピラミッド型の垂直統合型システム(いわゆるケイレツ)となっており、企業グループを超えた横での連携は意外に行われていません。よく「日本の製造業の強みは『擦り合わせ技術』にある」といわれますが、これはアナログ時代のものづくりのやり方で、同じ用語や価値観を共有する企業グループ内では高い生産性を発揮しても、企業の垣根を越えた連携を前提とはしていないのです。 EC:Electronic Commerce(電子商取引)、eコマース、電子市場(eマーケットプレイス)、電子調達(eプロキュアメント)、EDI(電子データ交換)、どれをとっても、米国では、業界標準だったり、取引先間の比較的おおきな企業グループ標準だったりするのですが、日本の場合は、ケイレツ内での標準化だったり、顧客企業と取引先企業間だけの標準化だったりします。 これは、日本の製造業は、製品・サービスの差別化(プロダクト・リーダーシップ)で競争することは大前提で、その上で、独自のバリューチェーンの差別化(プロセス・イノベーション)でも勝負しようとします。逆に、モノの作り方、サービスの提供方法といった「やり方」自体が競争力の源泉、提供製品の差別化の要因と考えているため、協力会社や業界団体を通じてコンペチターとの間で、取引業務とプロトコルの標準化を進めることは、自社・自社製品の競争力を失うことと考えている節があります。 ドイツの関係者の想定・発想は、真逆です。 2015/4/14|日本経済新聞|朝刊 (GLOBAL EYE)IoT、製造業にどう生かす 独米中、競争と接近 「4.0は独政府が自国製造業の高度化をめざし生まれた。工場の生産や部材調達、物流やエネルギーなど関連産業をネットでつなぎ「究極の多品種少量生産」(独機械工業会)を狙う。凹凸だけで幾通りもの遊び方ができる玩具、レゴブロックに例えられる。独人工知能研究センターのデトレフ・ツュールケ教授は「共通化できる部分はシンプルにし、企業は最終製品の出来や使い勝手などで勝負できる」と説く。」 「垂直分業」と「水平分業」、「擦り合わせ品」と「モジュール品」。 ものの「作り方」と、ものの「設計思想」が日本と他国とでは異なります。この差異が、ドイツが提唱する「インダストリー4.0」への日本と米国・中国の対応の温度差の原因と思われます。日本だけが「インダストリー4.0」に乗り遅れても、従来の日本の製造業の強みで十分勝負できる、と考えれば、「乗り遅れる」というより、「乗り間違わない」といった方が適切な表現かもしれません。現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します