■ 何度もしつこいですが、フリーキャッシュフローとキャッシュフロー経営を再確認
前回は、フリーキャッシュフローを用いた「キャッシュフロー経営」の実例解説と、ペッキングオーダー理論の復習をおこないました。今回は、「キャッシュフロー経営」における時間軸の考え方を見てみたいと思います。
2017/12/13付 |日本経済新聞|朝刊 カネ余り 日本企業を解く(2)危機の記憶、守りを優先 負債で還元 潮目変化も
「2017年4~9月期に壁紙事業の特別損失が膨らみ、214億円の最終赤字に転落した大日本印刷。それでも自社株買いを150億円実施し、現預金は3月末比で165億円減った。目先の業績悪化にもぶれずに手厚い株主還元を続けるのは、「慎重な投資判断で資金に余裕が出る分、自社株買いに回せる」(IR室)ためだ。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
何度もしつこいですが、筆者が説明する「キャッシュフロー経営」の概要と、そこでキーポイントとなるフリーキャッシュフロー(FCF)をおさらいします。
FCF = 営業CF + 投資CF
FCFは、経営者が「フリー」な立場で、使い道を考えることができる資金を単年度のフロー概念であるキャッシュフローとして絶対額として捉えた数値。ストック概念(B/Sに計上される現預金あるいは手元資金)とは別物です。
使い道の代表例は、
① そのまま社内に将来のためにため込んでおく(内部留保とか手元資金となる)
② 株主還元として、現金配当か自社株買いをおこなう(社外流出)
④ 財務体質強化として、有利子負債の返済に充てる(社外流出)
⑤ 次代の魅力ある事業へ再投資(投資手段のひとつにM&Aがある)
■ フリーキャッシュフローの使い道の個別事例の紹介を整理してみる
冒頭で紹介した新聞記事には、個別企業の実例が多く取り上げられています。
(以下、記事の抜粋整理)
● 大日本印刷
祖業の印刷事業はすでに成熟しているため、大型の資金需要は特に存在せず、好調な有機EL部材事業への投資も2020年までの累計で60億円程度にとどまる見通しであるため、資金超過状態です。そこで財務担当者は、「当面使わないキャッシュは株主に返すと決め、純利益に対する配当・自社株買い合計額の比率、「総還元性向」は17年3月期まで2期連続で100%を超えている」。
→「② 株主還元として、現金配当か自社株買いをおこなう(社外流出)」
● ソフトバンクグループ
「設備投資やM&A(合併・買収)に絡む現金の動きを示す「投資キャッシュフロー(CF)」が17年3月期に約4.2兆円の支出」
「日本の事業会社で最大だ。英半導体設計大手アームを買収するなど、日本企業としては異例の大規模かつ高頻度のM&A戦略の結果だ。同期末の現預金は2.2兆円弱と短期の有利子負債(2.7兆円弱)を下回り、財務も「攻め」をぎりぎりまで追求した形」
大幅な資金(FCF)不足状態。社外から資金調達(デッドファイナンス)して、投資CFに充てている状況。強いてFCFの使い道凡例に当てはめるなら、
→「⑤ 次代の魅力ある事業へ再投資(投資手段のひとつにM&Aがある)」
● キヤノン
「年12月期の投資CFの支出が8400億円弱と、営業活動で稼いだ現金、「営業CF(約5000億円)」を大幅に上回った。M&Aの積極化に加え、2000億円程度の固定資産を取得したためだ」
同社も資金不足で、内部留保の取り崩しと社外調達で埋め合わせています。
ソフトバンクグループ同様、強いてFCFの使い道凡例に当てはめるなら、
→「⑤ 次代の魅力ある事業へ再投資(投資手段のひとつにM&Aがある)」
■ ここで資金需要を埋めるキャッシュフローと手元資金の関係を見る
まず、本記事における日米企業の比較分析から採り上げます。
(下記は同記事添付の「米国企業はよく稼ぎ、よく使う(日米主要企業のキャッシュフローの比較)」を引用)
「日本企業全体でみれば財務の効率化は道半ばだ。海外と比較するとよく分かる。主要500社でみた場合、総資産に占める手元資金の比率は日本が6%なのに対し、米国は3%台と半分しかない。」
まずは、掲載されたグラフの比較の前に、B/Sにおいて、日本企業の総資産に占める手元資金の構成比率が約2倍もあり、日本企業がキャッシュを持て余して企業内にため込んでいるという前提で話が始まります。
「「使う力」の差が一因だ。営業CFを投資CFの支出でどれだけ使ったかをみると、日本は8割にとどまる一方、米国は9割にのぼる。米国企業は稼いだ現金のほぼすべてを投資に回し、手元資金も絞り込んで、「引き締まった」財務になっている。」
プラスになったFCFの使途として、米国企業は「投資CF」名目で将来投資に回しており、日本企業は、いたずらに社内に現金を貯め込んで有効活用せず、それが事業からの現金創出力(稼ぐ力)の減殺につながっている。だから、営業CFも米国企業の3分の1に低迷しているという批判になっています。
完全な反証は面倒くさいので、上記のロジックは企業財務活動の一面しか見ていないという視点のダメさ加減だけを下図で指摘します。
この図は、縦軸にFCFのプラスマイナス、横軸に手元資金の増減をプロットしています。そうすると、2×2のマトリクススで、企業財務状況を分類することができます。
筆者が言いたいのは、次のケースは、企業経営者や財務担当者から、経営の意図をきちんと聞く姿勢が大切である、ということです。
・FCFがプラスでかつ手元資金が増加しているケース「内部留保強化」
・FCFがマイナスでかつ手元資金が減少しているケース「資金不足」
なぜなら、この2ケースは、意図せざる資金積み上がりや資金不足に陥っているのか、積極的に資金を将来に備えて吐き出したり貯め込んだりしているのか、経営意思は異なっても、財務諸表には同じようにしか現れてこないからです。
こういう表層的な分析しかできないと、外部からの経営評価を誤ります。
■ さらにダメ押し。「キャッシュフロー経営」は時間軸に沿って考えるべし!
財務会計がお得意の決算で単年度の会計的利益の報告は、巨額の設備投資は減価償却費として、耐用年数によって期間按分されます。また、巨額の「のれん」は一切、定期償却されずに、だめになったら一瞬で損失となって、会計的利益を一気に押し下げます。つまり、どちらも初年度の多額のキャッシュアウトの事実を封印して会計報告を行っているのです。
これでは、M&Aでも設備投資でも、経営意思決定に基づいて何かに巨額の投資をしたのがいつの時点で、それがいつになったら回収され、どれくらいの見返りが企業に帰ってくるのか(累積的にキャッシュフローがプラスになって手元現金が増えるのか)が、期間損益計算ロジックではわからないということです。損益計算書(P/L)を見ていてもわかりません。そこには、減価償却費やのれんの影響下にあるのですから。さすれば、キャッシュフロー計算書(C/S)を見ればわかるのか?
残念! C/Sを眺めていても、資金回収状況は分かりません。単年度のFCFやそれを穴埋めする財務CFが期首期末の現金同等物の金額の増減にどう影響したか、というお小遣い帳程度の情報しか与えてくれないのです。
上図のように、ある投資が本当に企業業績にとってプラスの採算になったのかを知るためには、累積キャッシュフローを分析する必要があります。えっ、それはどの財務諸表を見れば分かるかって? 自分で作成するのです。えっ、どの単位で作成するのかって? それは累積キャッシュフローで投資採算を管理したい単位です。えっ、企業全体の累積キャッシュフローはどうやったら分かるかって? それは、経営管理会計コンサルタントの企業秘密です!(^^;)
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⇒「キャッシュフロー計算書を斬る」
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(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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