■ 花王の事例でフリーキャッシュフローに着目してキャッシュフロー経営を再確認
前回、フリーキャッシュフローを用いた「キャッシュフロー経営」の基本形を解説しました。早速、27期連続増配を続ける花王を例に、フリーキャッシュフローによる意思決定の様子を詳細に説明する記事になっていましたので、引き続きコメントを付していきたいと思います。
2017/12/9付 |日本経済新聞|朝刊 カネ余り 日本企業を解く(2)危機の記憶、守りを優先 負債で還元 潮目変化も
「2016年12月期までに27期連続で増配した花王。前期の配当総額は470億円弱とこの間に11倍に増えた。日本企業を代表するほど株主還元に積極的なのに、それでも現預金は積み上がってしまう。前期末時点で約3000億円と同期間に47倍に増加している。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
横道に逸れますが、花王の連続増配の背景について興味がある方は次の過去投稿記事もご参照ください。
⇒「戦略を聞く 花王・沢田道隆社長 連続増配記録にこだわり」
さて、本論に戻ります。
本記事では、花王の積極的な増配政策にもかかわらず、手許現金が積みあがる実態を、フリーキャッシュフロー(FCF)を中心に解説が試みられています。以下、記事の要約・整理となります。
FCF = 営業CF + 投資CF
営業活動で稼いだ現金から、必要な投資額を差し引いた後に企業内に残る現金をFCFといいます。このFCFの使途は経営者が決めることができるので、経営判断にとって「フリーハンド」で決めることができる性格のCFであることから、FCFと呼びならわしています。
このFCFの使途について、本記事は一般的には次の3通りと説明しています。
(1) 配当などの株主還元
(2) 借入金や社債など負債の返済
(3) 現預金として手元に残す
筆者の整理は下記チャートの通り。
FCFがプラスであるなら、(1)(2)のような融資元・投資家へのキャッシュの社外流出を伴う資金還元か、次の魅力ある事業投資への原資とします。そのために一時的に社内に留保される場合が(3)ということなのでしょうが、積極的に社内留保が使い道と断言されると、ちょっと調子が狂います。(^^;)
そうした資金確保と資金流用のタイムラグは、次回に説明予定です。
いずれにせよ、花王の前期のFCFは960億円弱。増配を続けてもFCFの半分弱しか使えていないということ。そして、その傾向は上場企業に共通した現象だというのです。
■ 株主還元強化でも社内に資金が積みあがる真因は何処に?
本記事によりますと、
16年度まで5年間で、
・FCFの累積額は57.4兆円
・配当と自社株買いを合わせた総還元額は50.7兆円
差し引き、6.7兆円が一時的だとしても内部留保に回ったそうです。
そうした現預金の社内での積み上がりは下記グラフの通り。
(下記は同記事添付の「現預金が総資産に占める比率」を引用)
どうも、米リーマン・ブラザーズの破綻で日本でも金融は目詰まりを起こし、主要企業でさえも資金繰り難に陥った「08年の金融危機時の恐怖感」が一因となり、各社の財務担当者が投資や配当よりも現預金の積み上げを無意識のうちに優先するようになったようなのです。
そして、黒田バズーカ(日銀の量的・質的金融緩和)が次の潮目の変化を招いているようなのです。
(下記は同記事添付の「2016年度の上場企業の現金の動き」を引用)
2016年度に新たに目立つようになった傾向は、総還元額が約13兆円とFCF(約11兆円)を上回ったのです。その超過分は一体何で埋められたのでしょうか? 現下の金融緩和がもたらした低金利政策により、社債発行や銀行融資というデッドファイナンスにて賄った、ということなのです。
⇒「資金調達戦線に異変あり(上)「ハイブリッド」花盛り(下)「超長期化」する社債 -マイナス金利が財務レバレッジで資本コスト低下を促す!」
⇒「(十字路)リキャップCBの有用性(前編)資本政策に関する株主・投資家との対話のために ~リキャップCBを題材として~」
⇒「(十字路)リキャップCBの有用性(後編)資本政策に関する株主・投資家との対話のために ~リキャップCBを題材として~」
「上場企業は外部から資金調達をしてまで、株主還元を拡充した。総還元には自社株買い(4.2兆円)も含まれ、負債を増やしつつ資本を抑えたことになる。「レバレッジ(テコ)」を強め、自己資本利益率(ROE)の改善につながる攻撃的な財務戦略にみえる。」
低金利を十二分に活用し、超長期債(ハイブリッド債)やリキャップCBで資本コストを大幅に下回る金利で資金調達し、株主還元に振り向けることは、WACC(加重平均資本コスト)の低減につながるので、一方的に株主だけの恩恵とは限りません。
その上で、社内に留保される現預金は、2016年度末で99.7兆円と1年前よりさらに約6兆円増加。銀行融資などの調達額が約8兆円にのぼり、株主還元で使い切れなかった分が現預金として社内に残った形となっています。
FCF(11兆円)+デッドファイナンス(8兆円)-株主還元(13兆円)= 社内留保(6兆円)
筆者の持論は、大胆な金融緩和の当然の帰結であり、ミクロの個別企業の独自事情ではないという見解ですが。。。(^^;)
■ 株主還元強化でもキャッシュを使いきれていない真因は何処に?
一応、本記事では、この問いに対し、2つの仮説を立てています。
(1)「最近の時流なので株主還元は充実させたが、いざというときのために現預金はまだ増やしたい」
(2)「多くの企業が未曽有の低金利局面を生かして資金を調達した。機会が到来すれば成長投資に使われていく」
本記事では、
「後者が正しいならニッポン株式会社の財務は歴史的な転換点にさしかかっているのかもしれない。」
という文言で記事を締めくくっていますが、それほど大げさな物言いが適切かどうか、へそ曲がりの筆者は首を一捻りしてしまいます。
経営者の財務資金調達の優先順位は、「ペッキング・オーダー理論」で説明がつきます。
「企業は調達コストの程度に従って資金調達の優先順位を予め決めており、その優先度に従って各調達手段を利用可能限度額まで利用し、それでも資金が不足する場合に次の優先順位の調達手段を利用する」
(【財務用語解説シリーズ】コーポレートファイナンス Part2|Kyribaより)
一般的な優先順位は、
① 内部資金
1) 手許資金
2) インターカンパニーローン、ネッティング、プーリング、CCC向上
② サプライヤーファイナンス(取引先との支払交渉)
③ 銀行借入
④ 普通社債(SB)
⑤ 転換社債(CB)
⑥ 普通株式
となります。
もっと簡単にすると、
① 内部資金調達
② デッドファイナンス
③ エクイティファイナンス
という順番になります。
この優先順位は、
1)より調達コストが低いものから選考される
2)できるだけ1株当たり価値を希薄化させない
という判断で決められています。
つまり、資本コストの順番で、経営者は内部留保を最優先し、次にデッドファイナンス。最後にエクイティファイナンスとなります。したがって、現金の内部留保は、WACCがハードルレートとなり、大胆な金融緩和における借入利息より負担が大きくなっているとみる方が適切かと。現下では、デッドファイナンス→内部資金調達→エクイエティファイナンスの順に、経営者に有利な資金調達方法になっているとみるべきです。
これは、ごく初歩のコーポレートファイナンスの基本理論のお話に落ち着くのでした。
⇒「キャッシュフロー経営(1)(決算番付)(2)自動車4社で5兆円増 手元資金残高 景気拡大、5年間で厚み 還元圧力強まる可能性」
⇒「キャッシュフロー経営(2)カネ余り 日本企業を解く(1)現金「使う力」追い付かず 「稼ぐ力」は10年で33%増」
⇒「キャッシュフロー計算書を斬る」
⇒「第3の刺客 キャッシュフロー計算書 登場」
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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