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(真相深層)ROEは万能か? 政府成長戦略、企業の稼ぐ力に別指標「ROA」 – ROEとROAのどっちが使える財務KPIか?

経営管理会計トピック とことんROE
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■ 日本政府が「未来投資戦略2017」で今度はROA押し。変節の理由を探る!

経営管理会計トピック

急に政府がROE礼賛からROA重視へ舵を切りました。筆者は生来のへそ曲がりなので、方向性は合っていると思っても、一言申し上げずにはいられません。(^^;)

2017/8/3付 |日本経済新聞|朝刊 (真相深層)ROEは万能か? 政府成長戦略、企業の稼ぐ力に別指標「ROA」

「政府が6月に公表した成長戦略「未来投資戦略2017」は、企業の稼ぐ力を測るモノサシの一つである「総資産利益率(ROA)」の改善を新目標に掲げた。企業統治改革で重視してきた自己資本利益率(ROE)とは異なる指標が突然目標に据えられ、投資家や企業には戸惑いの声も広がる。ROAを打ち出した真意はどこにあるのか。」

(下記は、同記事添付の「日本企業は利益率の低さが課題」を引用)

20170803_日本企業は利益率の低さが課題_日本経済新聞朝刊

記事によりますと、

今回の発表はあまりに唐突。関係者によれば、「大企業のROAは25年までに欧米企業に遜色のない水準を目指す」という成長戦略に新たに盛り込まれた目標に面食らったそうです。

では、本物を見てみましょう。

未来投資戦略2017(全体版)(PDF)

20170803_未来投資戦略2017_「形式」から「実質」へのコーポレートガバナンス・産業の新陳代謝_KPIの主な進捗状況

PDFで338ページという大部ですが、まず、P114で、いきなり何の事前説明も事後解説もなく、ROAを新KPIに採用と宣言。

20170803_未来投資戦略2017_「形式」から「実質」へのコーポレートガバナンス・産業の新陳代謝①

P120~127まで、「「形式」から「実質」へのコーポレートガバナンス・産業の新陳代謝①~⑧において、唐突に、「TOPIX500のROAを2025年までに欧米企業にも遜色のない水準を目指す」といきなりガントチャートに描画しています。

残念なのは、これまでROE押しだった日本政府が何の説明もなく、ROAに趣旨替えしたことです。未来投資戦略2017でも、ROAをなぜ見るのか、ROAを改善するには具体的にどうしたらよいのか、そういう記述は全く見られません。

 

■ 日本政府の「伊藤レポート」でのROE押しからROA押しへの変節の理由を探る!

説明しないと、結局は痛くもない腹を探られることになります。(^^)

記事では、その変節振りに次のような解釈が付されています。

「伊藤邦雄・一橋大学大学院特任教授が座長を務めて14年にまとめ、統治改革の理論的支柱となった「伊藤リポート」の公表以来、日本企業はROEの向上に努めてきた。
だがROE重視の経営は従業員など他の利害関係者を犠牲にしてでも株主利益を追求する「株主至上主義」に陥りかねないとの批判もある。「政府はROE経営の行き過ぎにブレーキをかけようとしているのでは」。こんな臆測も飛び交った。」

つまり、記事をまとめると、

(1)日本企業の課題は株主に報いる以前に、そもそも事業の収益性が低いこと
企業の稼ぐ力を測るには、事業全体の収益力を表すROAに照準を合わせた方が都合がよい。

(2)ROEは株主目線の財務指標
ROEは、純利益を株主が投じた資本と利益の蓄積を合計した自己資本で割って算出する。企業が株主目線で自己資本をどこまで効率的に使って利益を稼いでいるのかを表す指標である。

(3)ROAは従業員目線の財務指標
ROAは、純利益を総資産で割って算出する。
総資産とは株主の持ち分である自己資本だけでなく、銀行借入金など他人資本も使って企業が積み上げてきた工場、店舗、在庫、現金などの企業の財産。
この全ての資産を活用してどこまで企業が効率的に稼いでいるのかを示す指標がROAである。

ROEとROAの使い方、計算方法、味方の違いが微妙に誤解されているような気がします。その内容の説明は次章に譲るとして、記事で取り上げられた問題提起を紹介します。

① ROEは、「財務レバレッジ」を上げるという、苦労して利益を増やさなくても、負債を増やしたり、自社株買いや増配で自己資本を減らしたりする財務テクニックで改善できる財務指標であるため、企業の真の収益性指標にはならない

② 日本企業は内部留保が厚く、財務レバレッジが低いと誤解されがち。実際は海外企業とほぼ変わらず、日本企業の収益性の問題の根っこは、低いROAにこそある

③ 日本企業の低収益の背景には企業にも株主にも「もうけ過ぎ」の批判が向かいやすい価値観があり、これを変える必要がある

だから、ROEからROAへKPIを変更する、というのです。最後の③は、ROEとROAの選別問題に直接関係が無いように見受けられますが、本記事では、

「有識者会合の座長、小林喜光・三菱ケミカルホールディングス会長は「日本企業は結果として『三方』ともに全然よくなかった」と話す。近江商人の「三方よし」の精神に習い、すべての利害関係者に報いる中長期の経営を目指したつもりでも、利益水準が低いために投資、賃金、納税、株主還元のいずれも満足できる水準ではなかった。」

とあり、ROAならば、総資産を相手にした収益性指標であることから、投資、賃金、納税、株主還元のいずれも同列(相対的比較、バランス調整)に語れる、そういう論理の道筋のようです。

 

■ デュポンチャートを用いたROEとROAの関係性の再整理

何度、このテーマで解説しても足りることは無い。だって、こういう新聞記事が後を絶たないから。(^^;)

経営管理会計トピック_デュポンチャート(デュポンツリーともいいます)

・ROE = ROA × 財務レバレッジ
・ROE = 売上高利益率 × 総資産回転率 × 財務レバレッジ

そうして得られた3つの財務指標は、それぞれ、企業活動において重要な施策・戦略を評価するために活用されます。

経営管理会計トピック_ROAとROEで分かる財務評価視点

「財務レバレッジ」
貸借対照表の左右の総資産と自己資本のバランス構成を見ます。企業にとって一番資本調達コストの低い資金調達手段を探してくる必要があります。そこで、ROEの数字というのは、資本調達先のひとつである投資家(株主)に対する自企業への投資の魅力度をアピールするために用いられます。

投資家(株主)もバカではないので、財務レバレッジを効かせすぎて、資本の安定性を失った企業への投資は、以下に足元のROEが高くても二の足を踏みます。企業成長性やキャッシュフローなども同時に値踏みしてから株式投資に挑むからです。筆者は、ROEだけで投資判断する人は却って少ないという感想を持っています。

「総資産回転率」
企業外部から調達した資金をどの事業に振り向けるか、その選択肢は、トラッキングストックでも発行していない限り、すべて経営者の判断に任せられます。どの事業からのグロスの実入りが大きいか、今は出血大サービスでも将来的に大きく稼げそうな事業領域はどこか、それを判断するのにこの指標が用いられます。この時点で、この指標は、投資家(株主)だけが見る指標ではなくなっていることがおわかりでしょう。

「売上高利益率」
経営者が投資を選択した個々の対象事業における、あくまで期間損益計算ロジック(会計的にはP/L上のフロー計算)にしたがった利益率に基づく財務指標となります。

① 大きな先行投資(多額の非現金支出の減価償却費となってフロー計算に算入される)をどれくらいの期間をかけて回収するか

② 単年度の収益と費用(原価)のバランスから、将来的なキャッシュフローの悪化はないか、マージン率の調整(値引率や原価低減といった施策の有効性が現われるもの)はうまくいっているか

ちなみに、トヨタ自動車のFY16の売上高当期純利益率は、6.6%で、同スタートトゥデイは、22.3%となります。ROEの方は、トヨタは、10.4%で、スタートトゥデイは、72.7%になります。

「売上高利益率」は、デュポンチャートでは、しかたなく、売上高とは無関係の当期利益を用いますが、それでも大体の収益体質は把握できます。トヨタは、原材料などを社外から購入する必要があるので、そもそもこの値がIT企業のようにバカ高くなりません。売上高も大きいけど、仕入原価も多額にのぼるので。一方で、IT企業は、直面している競争市場において、急成長している場合に限り、この利益率はバカ高くなります。まず、手数料ビジネスがメインで、多額の仕入れコストが不要なこと、巨大な先行投資に伴う減価償却費は、ビジネス規模の急拡大により、大きく損益分岐点を超え、回収できていることが違うからです。

よって、ROEからROAにシフトしたからと言って、ROAの大きさだけに拘泥していても、その企業の利益の源泉、その利益率が持続可能かどうかの分析はきちんと行われる必要があります。

結論、ROEは万能でもないし、ROAがそれに代替する完璧な財務指標でもない。きちんと財務ツリーをひとつひとつ丹念に解析する必要がある。その数字になっている背景を理解した上で。(^^;)

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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