本格的リニューアル構想中のため、一部表示に不具合があります m(_ _)m

CVP分析/損益分岐点分析(6)決算短信の業績予想修正の根拠を探る旅①まずは法人企業統計と収穫逓増から

財務分析(入門)
この記事は約10分で読めます。

■ 揺れ動く各社のディスクロージャー姿勢‐決算短信の開示要件緩和の中で

前回、決算短信における業績予想の集積という会計実務が、CVP分析モデルを使った基礎数値に基づいて閾値を決めているというお話のさわりだけご紹介しました。今回は、その回答編となるはずでしたが、思いの外、準備していた内容が長くなってしまったので、連載モノでお届けしたいと思います。

まず、業績予想の開示及びその修正情報のフォーマットが規定されていた唯一の公式ディスクロージャー資料だった「決算短信」の開示要件がさらに緩和されることになり、業績予想が2012年の緩和で任意になってさらに、今回は様式の縛りも完全になくなろうとしています。

2016/10/25付 |日本経済新聞|朝刊 決算短信の簡素化容認 東証方針、17年3月期から 情報開示 後退に懸念も

「東京証券取引所は上場企業の決算短信を簡素にする方針だ。投資家の投資判断を誤らせる恐れがない場合は、決算発表時に損益計算書などの財務諸表を省略して後で開示することを容認する。売上高など主な経営成績を載せた短信の1枚目は従来の「義務」から「要請」に上場規則を変える。企業の負担軽減を狙うが、投資家からは情報開示の後退を懸念する声もあがる。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

(下記は同記事添付の、「東証は決算短信を簡素化する」を引用)

20161025_東証は決算短信を簡素化する_日本経済新聞朝刊

⇒「(スクランブル)短期売買制限論の弊害 市場の流動性損なう恐れ - 決算サプライズが意味することとは?

ただし、一方的に企業側のディスクロージャー姿勢が後退しているわけでもないようで一安心です。

2017/4/1付 |日本経済新聞|朝刊 決算短信の開示内容、後退は2%どまり 宝印刷が調査

「2017年3月期の決算短信の記載内容を簡素にする企業が、全体の2%にとどまることが分かった。宝印刷が調べ、31日に発表した。東京証券取引所が簡素化を認めたことで開示後退の懸念が出ていたが、大半は現状通りになりそうだ。」

■ 決算短信における業績予想の開示方針について確認してみよう!

日本取引所グループ(東京証券取引所)は、政府の『日本再興戦略』改訂2015を受けて、「金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ」報告にて、会社法、金融商品取引法、上場規則に基づく3つの制度開示(事業報告等、有価証券報告書、決算短信)について、開示の自由度を高めるとともに、企業側の負担軽減への効果を示唆しています。そこで開示されたペーパーから、業績予想業務について関連個所を抜粋します。

決算短信・四半期決算短信作成要領等(2017年2月版)(PDF)

(1)投資者が通期業績を見通す際に有用と思われる情報の参考様式
財務情報としては、下記項目が取り上げられています。
① 売上高
② 営業利益
③ 経常利益
④ 親会社株主に帰属する当期純利益
⑤ 1株当たり(当社株主に帰属する)当期純利益

20170507_決算短信_業績修正開示様式

売上高(営業収益)と利益情報を中心に様式として例示されています。

(2)将来予測情報の開示方針
上記の様式が一般的でかつ有用ですが、形式にとらわれずに実質的に判断してくださいという念押しの言葉が並んでいます。

20170507_決算短信_将来予測情報の開示方法について

そして、次のように将来予測情報の適切な開示に関する要請を行うとしています。

20170507_決算短信_将来予測情報の適切な開示に関する要請

(3)業績予測の修正の基準と考え方
ようやく、ここで本稿のターゲットが顔を出してきました。ここまで来るのに長かった。(^^;)

20170507_決算短信_業績修正基準

修正報告を促す定量基準は要約すると次の通り(一部組み合せあり)。
① 売上高±10%の増減
② 経常利益±30%の増減
③ 当期純利益±30%の増減
④ 純資産または資本金±2.5~5%の増減

ここでどうして、売上高が±10%なのか、利益が±30%なのか、そして純資産(資本金)が±5%(最大)なのか、疑問に思われる向きがほとんどだと思います。定量基準を示すなら、その根拠も同時に示すべきだと筆者は強く思うのですが、そこは会計慣行として知っていて当たり前、とされている事実が隠されているのです。

■ まずは手始めに、売上高総資産回転率から収穫逓増モデルの前提を考える!

会計報告(ディスクロージャー)制度として、いの一番にあがってくるのが株主(と将来株主になってくれる期待を込めた投資家)です。純資産や資本金の増減は当然、自己の出資額の変動そのものなので、前章の定量基準以外にもきめ細かい説明義務が課せられています。そこで、ここでは会計実務として、純資産ではなく総資産を取り上げます。自己資本の増減に直接関連する資本取引ではなく、通常のビジネスサイクルの中で、業績(売上や利益)に直接関係してくるのは、投下資本の運用形態である総資産の構成と総量だからです。財務レバレッジが極端に変動しなければ、純資産の増減率と総資産の増減率は一致すると仮定するのです。つまり、ここでは「総資産±5%」を一旦の閾値としてどんな意味を持っているのかを探るお題にすり替えたい、いえいえ、切り替えたいと思います。

ビジネスの理解のために、下記の様なインベストメント・チェーンが存在していると考えます。

資金調達 ⇒ 資本投下 ⇒ 収益(売上)獲得 ⇒ 利益の回収 (⇒再投資)

「資本投下」から「収益獲得」のステップは、財務分析的視点からは、「総資産回転率」で観察することになっています。

「収益獲得」から「利益の回収」のステップは、「CVP分析」による利益モデルでの考察が相応しい。本稿は、「CVP分析」の連載のはずなのでが、ビジネスモデルと財務モデルを俯瞰的に理解するために、どうしても先にインベストメント・チェーンを理解しておきたい。急がば回れ。「CVP分析」の知恵をつける前に、前座として、投下資本(資産)がどうやって収益を生み出すのか、その解析から始めさせてください。このステップについて、東証の業績予想の修正基準がどう影響しているかというと、筆者の理解では、

「総資産が±5%増減すると、その影響を受けて売上高が±10%増減してしまう」

と東証ならびに会計慣行として考えられている、と解釈しています。

すると、総資産と売上高を結びつける財務指標である「総資産回転率」はどのように変化するでしょうか?

総資産回転率 = 売上高 ÷ 総資産 × 100
= 売上高が10%増 ÷ 総資産が5%増 × 100

初期値を回転率(回転数)は「1.0」と置くと、

総資産回転率 = 1.1 ÷ 1.05 × 100 = 1.05

となり、単位当たり投下資本(資産)から得られる収益額が5%増加すると解釈できそうです。本当にこういう考察で問題は無いのでしょうか?

■ 実証的な態度はとても大事! 会計慣行のホントが腑に落ちない場合は、自分で確かめればいい!

会計慣行、企業会計実務は長い間、製造業を中心に考えられてきたので、財務数字の適切性を考える上でも、製造業の財務数値を見てみる必要があります。個別企業だと、タイミングや企業個別事情で数字がぶれるので、こういう時は、統計数値を活用します。

法人企業統計|財務総合政策研究所|財務省

ここから、最新の過去10年(2005~14)における製造業の総資産回転率の推移グラフを作成します。P/LとB/S項目を組み合わせた財務分析の場合、筆者は「平残」を用いずに、「期末残」のB/S項目値を使用します。

その理由に興味を持たれた方は筆者作の財務分析テンプレート紹介ページへ。
⇒「財務分析テンプレート『9 Matrix Financial Analytics』(無償版)取扱説明とダウンロード

20170507_法人企業統計_製造業における総資産回転率の推移

年次推移を追っていくと、売上高と総資産の在高の増減に比例せずに、リーマンショック前後で「総資産回転率」の水準が大きく変わっていることが分かります。時系列分析はトレンドからその時分の経営環境と自社戦略や財務状況との関連が分かりますが、てっとり早く財務モデル構築するのには向きません。そこで、これを時系列ではなく、総資産の増加に従った連続データに置き換えます。いわゆる「連続変化モデル」から「離散変化モデル」に組み替えるのです。

そうすると、年次ごとにバラツキが大きいですが、線形で近似値を求めた際に、右肩上がりの直線を引くことができます。つまり、総資産額が増えるごとに、総資産回転率も上昇するという正の相関が認められるのです。これにより、総資産額が増加すると、売上高も増加する関係があると認められます。ただし、

① 本格的な統計学的な見地からは、有意性があるかどうか、もう少し厳密な定義が必要である
② 相関関係と因果関係とは異なる(一方がもう一方に影響を与えていることが分かるかどうか)

という留意点はあります。①については専門家に任せるとして、②については、インベストメント・チェーンという財務会計的なモデルにより、因果関係があると(直観的な)ビジネスロジックで理解しても差し支えないと考えます。

つまり、『決算短信』における「業績予想の修正」にて、総資産(正式には純資産ですが)の増減も投資家の業績予想判断に資する情報で、その変化率がある一定程度に至れば公開することが有益であるということができます。

ただし、上記の分析はあくまで確率論的に「離散変化モデル」として、総資産が増えると、売上高が増えることを説明したものです。決算短信における業績予想の修正が、前年度実績からの乖離幅だけに起因するものであるとするなら、それは「連続変化モデル」(いわゆる時系列モデル)でも、総資産が増えたら売上高が増える(またはその逆)ことを証明しないといけません。それゆえ、閾値の設定は、前年実績対比のものと、前回業績予測対比のものの2つに対して設定されなければならないのです。

■ だから、どうして「±5%」なんだ? その理由が知りたいのに。

はいはい、理屈はもう十分でしょうか。どうして総資産(厳密には純資産)が「±5%」振れると、それが業績予想の修正として開示されることを要請されているのか。それは、総資産が「±5%」振れると、売上高が「±10%」振れることが長い会計慣行の中で経験則として知られているからです。それをデータで実証するために法人企業統計を持ち出したことを思い出してください。

20170507_当局が想定する収穫逓増モデル_総資産回転率

当局(ここでは東証)が想定する総資産と売上高の関係モデルは、総資産が±5%振れると、確かに売上高が±10%増減することです。これは、上表の「当局が想定する収穫逓増モデル」で示してあります。法人企業統計から10年間の総平均「総資産回転率:0.98」を当てはめると、売上高が10%増、総資産が5%増で、回転率は「1.03」と0.5 point 改善します。

これを弾力値(弾力係数、弾力性)で表現すると、弾力値とは、総資産の変化率に対する売上高の変化率の比になります。筆者のような完全文系人間でもわかるように言うと、売上高の増分と総資産の増分の比率。

売上高の総資産に対する弾力性 = Δ売上高 ÷ Δ総資産
※ 数学的には厳密性に欠ける数式ですが、理解のためにはこれで十分。

求められた「弾力値」は、「2.00」。一方で、過去10年の法人企業統計から求めた同値は、「2.70」。サンプル数の少なさとリーマンショック前後というタイミングを考慮しても、ほぼ同じ傾向を示すと言ってもいいのではないかと思います。

これは補足ですが、どうして総資産が増加すると総資産回転率も上昇するのか? これは投下資本(資産)の増加の方が原因ではなくて、逆に売上高の増加に起因するものと考えられています。売上高を増やすためには、資産をより効率的に使用し、不稼働時間が減少し、同じ資産をより多くのビジネスで多重利用されます。これが資産当たりの売上獲得にかける労力・資本の減少(省力化・効率化)につながると考えられています。経済学的には、収穫逓増状態、経営学的には規模の利益の享受と言われています。

投資家は、経営者からの業績予想の開示を求めている。ここで言う業績予想は、究極的には、予想利益額。インベストメント・チェーン理論によれば、

総資産 ⇒ 総資産回転率 ⇒ 売上高 ⇒ 売上高利益率 ⇒ 利益額

という因果関係が成立し、総資産の増減をみることは、売上の増減予測になり、間接的に利益予測につながるという、「風が吹けば桶屋が儲かる」よりは確からしいロジックで導かれた業績予測の対象数値である、ということになります。そして、その弾力係数が「2.0」もあながち間違いではないことが分かりました。

さてさて、大変長い前置きになりましたが、次回、ようやく「CVP分析」による利益モデルにて、インベストメント・チェーン後半の「売上高利益率」の周辺を語ることができそうです。

⇒「CVP分析/損益分岐点分析(1)イントロダクション - CVP短期利益計画モデル活用の前提条件について
⇒「CVP分析/損益分岐点分析(2)基本モデルを理解する - 数式モデルの成り立ちについて
⇒「CVP分析/損益分岐点分析(3)基本モデルを理解する - チャートモデルで可視化
⇒「CVP分析/損益分岐点分析(4)チャートモデルを味わい尽くす - ビジネスモデル分析や利益モデリングを試みる!
⇒「CVP分析/損益分岐点分析(5)変動費型モデルと固定費型モデルの違い - 決算短信における業績予想の修正のカラクリ

財務分析(入門編)_CVP分析/損益分岐点分析(6)決算短信の業績予想修正の根拠を探る旅①まずは法人企業統計と収穫逓増の概念から

コメント