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帝人、変動価格システム参入(2)ダイナミックプライシングとミクロ経済学の市場均衡

経営管理会計トピック_アイキャッチ会計で経営を読む
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■ ダイナミックプライシングとこれまでの市場価格はどこが違うのか

経営管理会計トピック_アイキャッチ前回、帝人がRFID (Radio Frequency Identification)技術を活用した「レコピック」という二次元通信シートを用いた「スマートシェルフ」システムによるダイナミックプライシングの導入事例をご紹介しました。

需要と供給の調整により、市場で価格と数量が決まる、または、神の見えざる手により、均衡価格と均衡数量が自ずと定まる、という風に教科書で資本主義経済の基本を学習したひとも多いと思います。なぜに「ダイナミックプライシング」とことさら騒ぎ立てる必要があるのか。本当に不思議に感じていらっしゃる方も少なくないと思います。何を隠そう、私もその中の一人です。^^;)

2019/10/18 |日本経済新聞|朝刊 帝人、変動価格システム参入 小売店向け 薬品管理を応用

帝人は需給や競合状況によって価格を柔軟に変える「ダイナミックプライシング」に対応した小売店向けシステムに参入する。ICタグを使って病院の薬品在庫を管理するシステムを応用。消費期限が近づいた食品の在庫が多ければ、棚にある電子値札で値下げする機能などを持たせる。
関連記事 帝人、変動価格システム参入(1)ダイナミックプライシングとスマートサプライチェーン

基本的に、市場(マーケット)で均衡価格と均衡数量が需要曲線と供給曲線の交点で唯一決まる、というミクロ経済学の原則に即したもので間違いはありません。ダイナミックプライシングが注目を浴びている理由は、その調整にかかる時間の長さと、その調整のメカニズムのゆえだと認識しています。

市場均衡 ミクロ経済学の大前提

外部リンク 変動価格はスタンダードとなるか ダイナミックプライシングの現在と未来|ビジネスコラム|株式会社 日立ソリューションズ

■ ダイナミックプライシングにまつわるあれこれ

ダイナミックプライシングを語る際に、必ずといっていい程、スーパーマーケットの閉店時間間際の20%お値引きシールの話が取り上げられます。はっきりいって、これは現象としては「ダイナミックプライシング」の守備範囲の内なのですが、最初にダイナミックプライシングを説明する材料としては不適切であると筆者は考えています。

また、ダイナミックプライシングが企業側(供給側)と消費者(需要側)のどちらにとって有利になるのか、条件や状況についていろいろと解説があるのですが、どれも片手落ちの感が否めません。正直に申し上げると、均衡価格と均衡数量は総余剰(生産者余剰+消費者余剰)を必ず最大にしてくれるので、それ以上でもそれ以下でもないからです。

市場均衡は総余剰の最大化をもたらす

あるいは、ホテルの空き室につき、季節ごと(ハイシーズン、ローシーズン)に同じ部屋でも宿泊代を違えることもダイナミックプライシングの好例としてあげられることが多いと思います。さらに、航空チケットも。

でもよく考えて頂きたいのです。スーパーマーケットで販売されているお惣菜や生鮮食料品とホテル宿泊代やフライトチケットの間にある大きな違いを。

■ 市場均衡をもたらす人間心理にはいくつかパターンがある

初歩のミクロ経済学を学べば次のことは自明なのですが、改めて簡単に説明させて頂きます。市場均衡をもたらすためには、供給者(生産者)と需要者(消費者)が、何度も試行錯誤を繰り返し、市場でお互いにとって望ましい取引価格と取引数量を見つけるという大前提が仮定として置かれています。問題はその望ましい取引価格と取引数量(これがすなわち均衡点なのですが)にたどり着くまでに時間を要することです。

この均衡点にたどり着くまでのタイムラグの間、人間心理として、供給者と需要者の間で、どのような思案が巡らせられると思いますか?

とある商品が均衡点にない場合、供給者と需要者が「価格」を調整することで均衡点にたどり着こうとするプロセスまたはその思考(志向?)を指して、「ワルラス調整過程」と呼びます。供給者は販売価格を買ってくれる人が出てくるまで下げようとしますし、需要者は欲しいものが手に入るまで、買値を上げようとする行動パターンです。

ワルラス調整過程による市場均衡

生鮮食料品など、非耐久消費財がこれに当たり、適宜、時間の経過、それも比較的短時間で価格調整が行われて、均衡価格にたどり着き、そこが均衡数量も同時にもたらす、というメカニズムになります。

一方で、とある商品が均衡点にない場合、供給者と需要者が「数量」を調整することで均衡点を目指そうというプロセスまたはその思考(志向?)を指して、「マーシャル調整過程」と呼称します。供給者は望ましい販売価格で売れる分だけに生産量を調整(減産や増産)しようとします。需要者は支払える購買価格の値札が付いた商品を探すのですが、希望より高ければ購買をあきらめますし、安ければ購買意欲を増やしてより多くを消費しようとします。

マーシャル調整過程による市場均衡

家電や自動車など、耐久消費財がこれに当たり、数量調整には比較的長い時間を要するものと考えられています。みなさんも、野菜を買う時に比べて、自動車、家電や家(マンション)を買おうと決意したとき、より吟味の時間をかけますよね。企業は、生産または販売計画を調整することで、均衡数量を目指そうとします。

あくまで、上記は代表的な対をなす典型例のみで説明しました。その他に蜘蛛の巣原理とか、ゲーム理論、独占/寡占、自由財などの論点はまた別の機会に。。。^^;)

■ ミクロ経済学の視座と企業行動の視点から見る

生産量の調整の方が迅速で、ギャップはいつも価格で調整しなければならない状態では、「ワルラス調整」機能が働きます。これは、閉店時間直前のスーパーのお惣菜にタイムシールが貼られる瞬間より、時々刻々と評価額が変動する株式市場や為替市場の方がイメージに合います。なぜなら、発行株式数や通貨量の調整は、新株発行や自己株式取得、買いオペや売りオペによる通貨の市場流通量の調整スピードは、価格変動に比べて圧倒的に遅いからです。

つまり、完全な個別受注生産、SCM(Supply Chain Management)におけるデカップリングポイントによる生産形態分類によれば、ETO:(Engineering to Order)でもなければ、企業は通常は在庫、言い換えると、すなわち超過供給能力 = 余剰生産能力 を有するのが実態ですから、現代企業のほとんどは「マーシャル調整過程」を採るであろうことが予想されます。したがって、企業が直面する競争的市場に対して、価格調整で対応するのが珍しいので、「ダイナミックプライシング」が必要以上に注目を浴びて議論されることにつながります。

経営管理(基礎編)_『デカップリングポイント』による7つのビジネスモデル

参考記事 サプライチェーン管理(3)- デカップリングポイントによる7つのビジネスモデル

前章の「ワルラス調整過程」も「マーシャル調整過程」も大事な点がひとつ、共通のものとしてあります。それは、どちらのケースでも、需要曲線と供給曲線は動かない、という大前提の仮定があることです(少なくとも短期の間は)。

ここで大事なことは、このミクロ経済学の理論をひとつひとつの企業の生産・販売行動に照らして考えてみることです。「ダイナミックプライシング」はその名の通り、「価格」を調整することなのですが、本当に自社の供給曲線から外れることなく、市場の均衡点に向かって、ただ自然の流れに任せて線上を移動しているだけなのでしょうか?

市場均衡を求める2つの方法

マーシャル調整過程は、同一の供給曲線において、価格シグナルを元に、取引量が調整される過程を説明した理論になります。どちらかというと、企業は受け身で、需要側(消費者側)からもたらされる「有効需要の法則」にしたがって、供給曲線上の均衡点(E*)を目指して調整されます。ここは、ケインジアン的に物事を見る前提になっています。

個別の企業行動を観察する経営学、会計学的な視点に立てば、むしろ、競争市場にさらされた企業は、プライステイカーとしてよりプライスメーカーとして立ち居振舞おうとするのが経営者の習性のように見えます。つまり、供給曲線を自発的に動かすことで、生産者余剰の最大を図ろうと行動すると考えるのです。

供給曲線を下方にシフトさせる行為は、コストダウンによる「コスト体制強化」という施策になります。一方、供給曲線を上方にシフトさせる行為は、より高いマージンを得るような値付けを可能にする「付加価値強化」という施策につながると考えるのです。

■ ダイナミックプライシングをミクロ経済学的に分析する

上記の説明でもピンと来ない方向けに、ダメ押しでミクロ経済学の均衡モデルを使って念押しの説明を試みます。

ダイナミックプライシングの貪欲さ

語るに落ちたというか、ダイナミックプライシングは、次の2つのコンセプトで大胆にかつ簡潔に説明をつけることができます。

    1. 【ミクロ経済学】需要曲線に供給曲線をピタッと合わせることにより、消費者余剰を生産者余剰に転換する
    2. 【管理会計】CVP分析の気づきから、変動費を1円でも上回れば赤字受注も辞さないことにより、固定費を回収しきる(=設備投資や在庫投資の機会損失をゼロにする)
参考記事 (なるほど投資講座)管理会計の基礎(下) 損益分岐点、事業の採算を分析 – またの名をCVP分析。長期では損益分岐点も移動する理由まで解説
参考記事 限界利益と埋没原価を用いて一番儲かる方法を見つけます ① 意思決定構造の定義
参考記事 限界利益の使い方の誤解を解く - 固定費があるから変動費がある。コストを固変分解する所に限界利益あり!
参考記事 CVP分析/損益分岐点分析(1)イントロダクション - CVP短期利益計画モデル活用の前提条件について

テクニカルな面から、AIとかビックデータ解析とかの文脈でダイナミックプライシングが語られることも多いですが、とどのつまり、同じ商品でも、消費者ごとに異なる値付け、消費タイミングごとに異なる値付けをできるだけ可能にするということは、右肩下がりの需要曲線にピタッと供給曲線の方を合わせることに他なりません。

供給曲線 = 需要曲線 という世界において、総余剰は一定なので、死荷重を考慮しなければ、

ダイナミックプライシング完全実現後の生産者余剰 ≡ 従来の生産者余剰 + 消費者余剰が生産者余剰に転換した分 + 投資の機会損失回避分

となります。

ミクロ経済学的な理論において、総余剰が通常の均衡市場理論より増えることになります。総余剰が増えるだけで、厚生経済学的には「善」なる経済的行動といえるわけで、一部に消費者余剰が生産者余剰に転換することをもって、ダイナミックプライシングに危惧の念を抱く論者がいらっしゃいますが、的外れな議論だと思います。皆さんはどうお考えでしょうか?

完全生産者余剰の実現(= Winer takes All!)は、機会損失回避という一点において間違っていないと思います。仮に、ダイナミックプライシングが消費者に対するレピュテーションを下げるとしたら、それは需要曲線のシフトとなって、マーケットメカニズムの調整過程で、また新たな均衡点が生まれるだけのことです。その後の議論は、複雑怪奇でエンドレスな循環論になる可能性大なので、詳しくは、ゲーム理論や蜘蛛の巣原理を紐解いてみてください。

結局は他に議論丸投げか!^^;)

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、過去及び現在を問わず、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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