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■ 「マッチポンプ」?「ROE」記事の本数は?

経営管理会計トピック

2014年に流行した「ROE」。日経新聞もその過熱(?)報道ぶりを自ら告知しているコラムが目に入りましたのでご紹介します。

2015/4/10|日本経済新聞|夕刊 (十字路)ROEの基本に戻ろう

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「株式市場の関係者や投資家ならば、自己資本利益率(ROE)という言葉を一度も見聞きしない日は、ないのではないか。日経テレコンで「ROE」を含む記事の登場頻度(日経朝夕刊)を調べると、2013年の150件から14年は341件に急増。15年は4月7日現在で132件だから、単純に年換算すると約500件となる。」

記事内で、この熱狂の要因として挙げられたのが下記の2つ。
① 「持続的成長への競争力とインセンティブ - 8%目標」(伊藤レポート)
② ISSが「5年平均ROEが5%未満なら経営トップの選任に反対」

筆者がこれにひとつ付け加えるとしたら、
③ JPX日経400指数登場

そして、企業が採り得る対策として、採り上げられたのが下記の2つ。
① 増配・自社株買いで自己資本の増加を抑える、ROEの分母対策
② M&Aなどで成長を加速させようとする分子対策

日経新聞の記事では、2014年度の前半では、
「株主還元強化策 - 自社株買い、増配」
「資本調達構成の見直し - リキャップCB」 等
分母対策を持てはやす記事も目立ちましたが、14年度の後半に入り、分子対策が重要との論説が増えてきたという感想を持っています。

 

■ 「ROE」の基本に立ち戻る

本記事では、「ROEの基本に立ち戻る」として、2つのコメントが付されています。

(1)
「まず、ROEの水準は資本コストとの対比で認識されるべきものだ。伊藤レポートは投資家が日本企業に期待する資本コストは7%超だと指摘する。そうだとすれば、企業はまず8%のROEを目指すのが現実的だ。「何となく2桁」程度の意識で10%目標を掲げるのは、投資家への誠実な態度とはいえない。」

ここでは、ROEは「資本コスト」なるものに基づくもので、何となくの2桁台の目標設定は厳禁とのこと。そして「8%」が現実的(妥当)とのこと。こう言い切るためには、

① ここで用いている「資本コスト」とは何か?
② 「8%」を根拠とする理由は何か?

という問いに答えられていなければならないと思います。
通常は、「資本コスト」とは、企業側から見れば、「必要な資金を調達するのに要するコスト」を指し、銀行借り入れだと「支払利息」、株式発行だと「支払配当金」および「株式売却益」を意味します。

一方で、投資家(債権者や株主)側から見れば、「投資したお金で儲けられるリターン」を指し、一般的には「ROI:Return on Investment」と同義になり、換言すれば、「期待収益率」とも呼ばれるものです。

ここで、留意すべきなのは、ROEが「簿価」であって、投資家は「時価」で対象企業にお金を投資していることです。

例として、トヨタ自動車の株主だったら、という仮定の話をします。
トヨタの2014/12末時点の「純資産」は、17兆1281億円です。
一方で、2015/4/13/11:30の「時価総額」は、28兆1267億円です。
この時、FY13の配当金が、3960億円なので、

簿価ベースの配当利回り:2.3%
時価ベースの配当利回り:1.4%

となります。結構違うもんですよ。
(これぐらいの各計算要素の取得タイミングのズレはご容赦ください)

投資家(株主)が直接的に関心を持つのは、時価ベースの利回りになります。したがって、簿価ベースのROEがどれくらいだったら、「配当性向」からインカムゲインがどれくらいで、「PER」はこのあたりの水準になりそうだから、想定する「時価総額(=評価上のキャピタルゲイン)」は●●円ぐらいが適正値になりそう。だから、「TSR:時価ベースの株主利回り」はだいたい「何%」とはじいているはずです。

あくまで簿価ベースの収益率である「ROE」は、株主が「TSR」をはじくための迂遠な連想ゲームの最初のとっかかりにすぎないのです。

 

■ では「ROE」=8%目標に根拠はないのか?

残念ながらと言うべきか、「市場」の価格形成メカニズムに依拠して株価が形成されているので、答えは「市場」にあるとしか答えられません。「株価」こそが株主が期待する収益率になるように、時価ベースでの利回りを自動調整していると考えるからです。

(2014年2月3日:日本経済新聞電子版より下図転載)

経営管理トピック_ROE8%の壁

このグラフから分かる通り、「PER」と「ROE」が正の相関を示し始める底が「ROE」=8%です。「株価」が簿価上の純資産(株主の出資口数の簿価上の評価額)をベースにした利益率(すなわちROE)に反応しはじめる「8%」が、現在時点の日本の株式市場における最低ラインと言えなくもありません。

こうして、グラフを眺めていると、ケインズ的な「流動性の罠」とか、経験則でしか関連性を観察できない「フィリップス曲線」とかを思い出してしまいます。

ここでは、迂遠な連想ゲームの端(ROE)と端(TSR)をつなぐメカニズムの話は脇に置いておくとして、いったん「ROE ≧ 8%」が現在は求められている、というのが市場解としておきましょう。

⇒「(スクランブル)高ROE株、買い疲れ 投資家は改善度に注目
 (この辺の話は、グラフを複数駆使してこの投稿で解説しています)

 

■ では「ROE」で事業ポートフォリオ管理はできるか?

本記事での、「ROEの基本に立ち戻る」として、2つめのコメントは次の通りです。

(2)
「また、日本企業の低ROEは売上高利益率の低さに起因する。採算の悪い事業が温存されているわけで、解決策は事業の売却と投資の回収だ。成長戦略の名のもとに買収や投資の規律が緩めば、もたらされる結果はROEの低下にほかならない。」

「ROE」という財務指標が、経営者に対する事業ポートフォリオ管理に有益なもので、「ROE」を片目で見ながら、事業の出し入れをするように、という提言のようです。

こうした意見の出所は、20世紀初頭のデュポンで使用されていた「ROE」の分解式によるものです。

ROE = 純利益 ÷ 純資産
   = (純利益 ÷ 売上高)×(売上高 ÷ 総資産)×(総資産 ÷ 純資産)
   = 売上高利益率 × 総資産回転率 × 財務レバレッジ

右辺の、第1項が改善すれば、左辺のROEが改善する、というロジックです。

へそ曲がりな筆者は、もう一つのROEの分解式がいつも念頭にあります。

経営管理トピック_へそ曲がりの人向けのROE計算式

「ROE」の分母をよく見てください。現状の日本企業の商習慣を前提にすると、「配当金」の半分は前期の業績で決められた「配当性向」による「期末配当金」です。それは、今期の業績に無関係に定められたものです。

そして、リターンとして収益率計算の分子に来るべき「当期純利益」が分母にもカウントされています。割り算で、分母あたり構成比(収益率)を計算する「ROE」に対する筆者の小学生レベルでしかない算数技能では、この割り算が本当に正しく今期の資本収益性を表現しているのかの証明をすることができません。

⇒「ROI: Return on Investment 投資利益率(2)
 (この辺の算式の確からしさの話はこの投稿で解説しています)

したがって、「ROE」革命、とか、「ROE」経営とか、喧(かまびす)しいですが、経営者や事業企画スタッフの立場に立ってみると、「ROE」で事業運転するのはかなりの高等技術ということがお分かりになると思います。
(ROEが7%とか8%とか、細かい計数管理が期中にできますか、ということ)

筆者はコンサルテーションの現場では、別のKPIで事業運転してもらい、結果指標(KGI:Key Goal Indicator)として、最終点検の目線で株主に報告するためだけに使用することをお勧めしています。

それでも、未だに、「事業部別のROEを計算できる制度を作ってほしい」「事業部別のROEへの貢献度評価ができる制度を作ってほしい」という依頼が来て困っていますが。。。(^_^;)

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(十字路)ROEの基本に戻ろうhttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/1-e1427893099240.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/経営管理会計トピック1-150x150.jpg小林 友昭とことんROEROE,TSR,十字路,資本コスト■ 「マッチポンプ」?「ROE」記事の本数は? 2014年に流行した「ROE」。日経新聞もその過熱(?)報道ぶりを自ら告知しているコラムが目に入りましたのでご紹介します。 2015/4/10|日本経済新聞|夕刊 (十字路)ROEの基本に戻ろう (注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます 「株式市場の関係者や投資家ならば、自己資本利益率(ROE)という言葉を一度も見聞きしない日は、ないのではないか。日経テレコンで「ROE」を含む記事の登場頻度(日経朝夕刊)を調べると、2013年の150件から14年は341件に急増。15年は4月7日現在で132件だから、単純に年換算すると約500件となる。」 記事内で、この熱狂の要因として挙げられたのが下記の2つ。 ① 「持続的成長への競争力とインセンティブ - 8%目標」(伊藤レポート) ② ISSが「5年平均ROEが5%未満なら経営トップの選任に反対」 筆者がこれにひとつ付け加えるとしたら、 ③ JPX日経400指数登場 そして、企業が採り得る対策として、採り上げられたのが下記の2つ。 ① 増配・自社株買いで自己資本の増加を抑える、ROEの分母対策 ② M&Aなどで成長を加速させようとする分子対策 日経新聞の記事では、2014年度の前半では、 「株主還元強化策 - 自社株買い、増配」 「資本調達構成の見直し - リキャップCB」 等 分母対策を持てはやす記事も目立ちましたが、14年度の後半に入り、分子対策が重要との論説が増えてきたという感想を持っています。   ■ 「ROE」の基本に立ち戻る 本記事では、「ROEの基本に立ち戻る」として、2つのコメントが付されています。 (1) 「まず、ROEの水準は資本コストとの対比で認識されるべきものだ。伊藤レポートは投資家が日本企業に期待する資本コストは7%超だと指摘する。そうだとすれば、企業はまず8%のROEを目指すのが現実的だ。「何となく2桁」程度の意識で10%目標を掲げるのは、投資家への誠実な態度とはいえない。」 ここでは、ROEは「資本コスト」なるものに基づくもので、何となくの2桁台の目標設定は厳禁とのこと。そして「8%」が現実的(妥当)とのこと。こう言い切るためには、 ① ここで用いている「資本コスト」とは何か? ② 「8%」を根拠とする理由は何か? という問いに答えられていなければならないと思います。 通常は、「資本コスト」とは、企業側から見れば、「必要な資金を調達するのに要するコスト」を指し、銀行借り入れだと「支払利息」、株式発行だと「支払配当金」および「株式売却益」を意味します。 一方で、投資家(債権者や株主)側から見れば、「投資したお金で儲けられるリターン」を指し、一般的には「ROI:Return on Investment」と同義になり、換言すれば、「期待収益率」とも呼ばれるものです。 ここで、留意すべきなのは、ROEが「簿価」であって、投資家は「時価」で対象企業にお金を投資していることです。 例として、トヨタ自動車の株主だったら、という仮定の話をします。 トヨタの2014/12末時点の「純資産」は、17兆1281億円です。 一方で、2015/4/13/11:30の「時価総額」は、28兆1267億円です。 この時、FY13の配当金が、3960億円なので、 簿価ベースの配当利回り:2.3% 時価ベースの配当利回り:1.4% となります。結構違うもんですよ。 (これぐらいの各計算要素の取得タイミングのズレはご容赦ください) 投資家(株主)が直接的に関心を持つのは、時価ベースの利回りになります。したがって、簿価ベースのROEがどれくらいだったら、「配当性向」からインカムゲインがどれくらいで、「PER」はこのあたりの水準になりそうだから、想定する「時価総額(=評価上のキャピタルゲイン)」は●●円ぐらいが適正値になりそう。だから、「TSR:時価ベースの株主利回り」はだいたい「何%」とはじいているはずです。 あくまで簿価ベースの収益率である「ROE」は、株主が「TSR」をはじくための迂遠な連想ゲームの最初のとっかかりにすぎないのです。   ■ では「ROE」=8%目標に根拠はないのか? 残念ながらと言うべきか、「市場」の価格形成メカニズムに依拠して株価が形成されているので、答えは「市場」にあるとしか答えられません。「株価」こそが株主が期待する収益率になるように、時価ベースでの利回りを自動調整していると考えるからです。 (2014年2月3日:日本経済新聞電子版より下図転載) このグラフから分かる通り、「PER」と「ROE」が正の相関を示し始める底が「ROE」=8%です。「株価」が簿価上の純資産(株主の出資口数の簿価上の評価額)をベースにした利益率(すなわちROE)に反応しはじめる「8%」が、現在時点の日本の株式市場における最低ラインと言えなくもありません。 こうして、グラフを眺めていると、ケインズ的な「流動性の罠」とか、経験則でしか関連性を観察できない「フィリップス曲線」とかを思い出してしまいます。 ここでは、迂遠な連想ゲームの端(ROE)と端(TSR)をつなぐメカニズムの話は脇に置いておくとして、いったん「ROE ≧ 8%」が現在は求められている、というのが市場解としておきましょう。 ⇒「(スクランブル)高ROE株、買い疲れ 投資家は改善度に注目」  (この辺の話は、グラフを複数駆使してこの投稿で解説しています)   ■ では「ROE」で事業ポートフォリオ管理はできるか? 本記事での、「ROEの基本に立ち戻る」として、2つめのコメントは次の通りです。 (2) 「また、日本企業の低ROEは売上高利益率の低さに起因する。採算の悪い事業が温存されているわけで、解決策は事業の売却と投資の回収だ。成長戦略の名のもとに買収や投資の規律が緩めば、もたらされる結果はROEの低下にほかならない。」 「ROE」という財務指標が、経営者に対する事業ポートフォリオ管理に有益なもので、「ROE」を片目で見ながら、事業の出し入れをするように、という提言のようです。 こうした意見の出所は、20世紀初頭のデュポンで使用されていた「ROE」の分解式によるものです。 ROE = 純利益 ÷ 純資産    = (純利益 ÷ 売上高)×(売上高 ÷ 総資産)×(総資産 ÷ 純資産)    = 売上高利益率 × 総資産回転率 × 財務レバレッジ 右辺の、第1項が改善すれば、左辺のROEが改善する、というロジックです。 へそ曲がりな筆者は、もう一つのROEの分解式がいつも念頭にあります。 「ROE」の分母をよく見てください。現状の日本企業の商習慣を前提にすると、「配当金」の半分は前期の業績で決められた「配当性向」による「期末配当金」です。それは、今期の業績に無関係に定められたものです。 そして、リターンとして収益率計算の分子に来るべき「当期純利益」が分母にもカウントされています。割り算で、分母あたり構成比(収益率)を計算する「ROE」に対する筆者の小学生レベルでしかない算数技能では、この割り算が本当に正しく今期の資本収益性を表現しているのかの証明をすることができません。 ⇒「ROI: Return on Investment 投資利益率(2)」  (この辺の算式の確からしさの話はこの投稿で解説しています) したがって、「ROE」革命、とか、「ROE」経営とか、喧(かまびす)しいですが、経営者や事業企画スタッフの立場に立ってみると、「ROE」で事業運転するのはかなりの高等技術ということがお分かりになると思います。 (ROEが7%とか8%とか、細かい計数管理が期中にできますか、ということ) 筆者はコンサルテーションの現場では、別のKPIで事業運転してもらい、結果指標(KGI:Key Goal Indicator)として、最終点検の目線で株主に報告するためだけに使用することをお勧めしています。 それでも、未だに、「事業部別のROEを計算できる制度を作ってほしい」「事業部別のROEへの貢献度評価ができる制度を作ってほしい」という依頼が来て困っていますが。。。(^_^;)現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します