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セブン&アイ・ホールディングス 鈴木敏文前会長兼CEO退任まで(6)迫真 迷走セブン&アイ まとめ記事を1本にまとめる! - 日本経済新聞まとめ

経営管理会計トピック 会計で経営を読む
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■ (迫真)迷走セブン&アイ(上)任せていただけないか

経営管理会計トピック

前回とは趣を変え、日本経済新聞のまとめ記事連載を1本にまとめたいと思います。裏取材内容も含めたサマリ記事となります。以下、4/21~23に連載された記事を簡潔にまとめたものになります。

注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

2016/4/21付 |日本経済新聞|朝刊 (迫真)迷走セブン&アイ(上)任せていただけないか

「18日午後、セブン&アイ・ホールディングス本社(東京・千代田)の9階にある会長執務室。取締役の井阪隆一(58)はある決意を持って会長の鈴木敏文(83)のもとを訪ねた。
「会長を尊敬している。今後も顧問として残ってほしい」と訴える一方、「経営は私に任せていただけないか」。セブン&アイ社長への昇格が内定していた井阪はグループの全役職から退任する意向の鈴木にこう迫った。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

(下記は、同記事添付の2人の写真を転載)

20160421_かつては「後継者として検討したい」と話すほどの信頼関係だった_日本経済新聞朝刊

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セブン&アイの中興の祖、鈴木敏文氏が経営の一線から退く。カリスマ経営者の引退に至るまでの迷走を追う。

(2カ月前)
同じ執務室で鈴木はコンビニエンスストア事業を担う中核子会社、セブン―イレブン・ジャパンの社長を務める井阪に対し、社長を退くよう命じた。わずか2カ月で2人の立場は大きく変わっていた。

<井阪氏の経歴>
・セブンイレブン大卒社員1期生
・商品開発部門を歩み、グループ共通のプライベートブランド(PB=自主企画)「セブンプレミアム」の立ち上げで中核の役割を担う。
・その実績が鈴木の目に留まり、2009年に生え抜きの社員で初めて社長に就任

鈴木は部下と厳しく接することでやる気を引き出す経営者。井阪には役員会などで叱責することが常態化していた。期待が大きかった分、「今のセブンイレブンからは新しい商品やサービスが出てこない。おれの考えていることをやっているだけだ」と不満を募らせていった。

井阪は米セブン―イレブンへ異動する――。15年はじめにはこんな臆測が社内で公然とささやかれるようになっていた。

 

■ 二人の間に亀裂が入る - 三井物産グループとの関係構築

セブン&アイの主要株主である三井物産グループとの取引を減らすと言い出した鈴木に対し、井阪は「セブンプレミアムの商品開発で貢献してもらっている。コンビニの取引先にまで口出ししないでほしい」と強硬に反対。三菱商事は三菱食品、伊藤忠商事には伊藤忠食品、日本アクセスとグループに有力な食品卸を抱える。競合との力関係で見劣りする三井物産に鈴木は満足できなかった。

15年秋の三井物産からの意外な提案も鈴木の三井物産離れを加速させたとみる。米マクドナルドが検討している日本マクドナルドホールディングスの株式の売却に絡み、会食の席で三井物産首脳は「興味はありませんか」と持ち掛けた。鈴木は「相乗効果がない。コンビニをまったく理解していない」と一蹴。

その後、井阪の反対を鈴木が押し切り、セブンイレブンは三井物産系の三井食品との取引の大幅削減を決めた。代わりに食品卸3位の国分グループ本社と結んだ契約は年間1000億円を超える。ほとんど付き合いのなかった国分が一躍、大口取引先となる異常な事態。競合する食品卸のある幹部は「三井物産によほどのミスがあったなら分かるが、そんな噂は聞こえてこない」と驚きを隠さなかった。

 

■ 二人の間に入った亀裂を大きくする事態が - 怪文書への対応

15年末には井阪の統率力に対する鈴木の不信が一気に膨らむ事件発生。セブンイレブンの幹部2人に関する怪文書がグループ内で出回った。パワーハラスメントなどを指摘された幹部のうち、1人は降格となり、もう1人が代わりに昇格するという不可思議な幕引き。醜聞騒動を未然に防ぐことができなかった井阪に鈴木は見切りを付けた。

鈴木が井阪に退任を求めた2月以降、2人の確執は先鋭化。4月初旬のセブンイレブンの執行役員会議。鈴木が「今のセブンイレブンには新しいモノが何もない」と声を張り上げた。いつもなら沈黙が続くその場で「数字はしっかりとついてきている」と井阪はすぐさま反論した。

直後の7日、鈴木はセブン&アイの取締役会に井阪をセブンイレブンの社長から外す人事案を諮った。
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こうした、関係者への取材記事は、基本的に、取材を受ける人たちのポジショントーク(それが匿名でも、発言内容から、どこがソースか大抵判明してしまうので)から成り立っています。それゆえ、後講釈で、あの時の会話から、あの時の経緯から仲違いした風のくだりは、話半分で聞いておくことをお勧めします。

 

■ (迫真)迷走セブン&アイ(中)人事案は私の中にある

2016/4/22付 |日本経済新聞|朝刊 (迫真)迷走セブン&アイ(中)人事案は私の中にある

「親愛なる伊藤教授

セブン&アイ・ホールディングスは長期的な株主価値改善にやれることがたくさんあります。なるべく早く我々のメンバーと会って議論していただけませんか――。

2016年1月末、セブン&アイの社外取締役を務める一橋大大学院特任教授、伊藤邦雄(64)に1通の英文の手紙が届いた。差出人は「物言う株主」として知られる米投資ファンド、サード・ポイントを率いるダニエル・ローブ(54)。「我々と同じ哲学をお持ちのあなたの考えが取締役会において有益だと確信しています」と訴えた。」

(下記は、同記事添付の人事を動かした3人の写真を転載)

20160422_セブンイレブンの社長交代案には社内外から反対の声が上がった_日本経済新聞朝刊

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伊藤に手紙が届いたころ、セブン&アイ会長の鈴木敏文(83)は取締役の井阪隆一(58)を中核子会社、セブン―イレブン・ジャパンの社長から外す方向で動き始めていた。2月中旬には井阪本人に交代を打診。創業者であるセブン&アイ名誉会長、伊藤雅俊(91)のもとには社長の村田紀敏(72)を送り、人事案を事前に報告。

ここで鈴木に2つの誤算が生じる。

ひとつは、これまで経営には口を出してこなかった名誉会長から井阪交代の人事案に理解を得られなかったこと。

もうひとつは、指名報酬委員会が意思決定機関のような存在に変質していったこと。

サード・ポイントによる株式の保有が明らかになったこともあり、セブン&アイは3月に指名報酬委員会を設置した。指名委員会等設置会社ではないセブン&アイにとって指名報酬委はあくまで社外の意見を聞く任意の諮問機関であり、本来は決定権がなかった。

最初の指名報酬委は3月30日。直前の27日にサード・ポイントからセブン&アイの役員に書簡が届く。「井阪氏の社長職を解く噂を耳にしたが、降格は理解できない」。サード・ポイントは書簡を報道機関にも公表し、井阪交代案を世間に広めるよう仕向けた。

「5期連続で営業最高益を達成した会社のトップを変えることは理解できない」。30日の指名報酬委では鈴木、村田が示したセブンイレブンの社長交代を含む人事案に委員長の伊藤邦雄、元警視総監の米村敏朗(64)の2人の社外取締役がかみついた。

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コーポレートガバナンスに正解は無いと思います。今回の件では、創業家と、監査役会設置会社でありながら、任意機関として設置した指名報酬委員会での社外取締役からの合意を得られなかった後継人事案となりました。「①所有」と「②経営」と「③執行」が完全分離している、米国公開企業のほとんどが想定している株式会社では、株主ファーストの社外取締役が、株主利益最大化に最も貢献してくれる後継者を指名するものとされています。

一方で、「②経営」と「③執行」が完全分離しているとは言い難い日本企業において、前任者が、後継者指名権という最高人事権を掌握しているからこそ、社内の最高意思決定権限を行使できるのだ、と筆者は考えています。「透明性の高い人事 ≡ 最適任者の選定 ≡ 株主利益の最大化」という恒等式は成立しない、というのがひねくれものである筆者の定見となります。

 

■ 秘密投票による取締役会決議で後継人事を決める異常事態!

指名報酬委の承認がないまま、鈴木が人事案を諮った4月7日の取締役会。ここでも社外取締役の伊藤が重要な役回りを演じる。従来の挙手に代えて、「鈴木さんの顔色をうかがい、挙手では本音が出ない」と無記名投票を提案。結果は人事案に賛成7票、反対6票。2人が棄権の白票に回り、賛成が取締役15人の過半に届かず、否決となった。

新たな人事案の取りまとめが進むなか、社外取締役の伊藤の声はどんどん大きくなっていく。自宅前に連日押し掛ける報道陣に対し、自らが考える人事案を語る伊藤は明らかに高揚していた。

一方、鈴木の引退表明で司令塔を失ったセブン&アイの社内の混乱はピークに達していた。事態の収束を急ぐなか、人事案は鈴木を除く全員が留任し、セブン&アイは村田、セブンイレブンは井阪が社長を続けるという方向に傾いていった。

15日に設定された指名報酬委。事前の調整のため、村田は13日、伊藤、米村と会談を開いた。井阪も含む社内の取締役がおおむね合意していたにもかかわらず、伊藤は村田の留任に反発した。その夜、伊藤は「一番常識があるのは社外取締役だから。私の中にある人事案を会社が受け入れてくれるかどうかですよ」と報道陣に話した。

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社外取締役が、一番常識があるかどうかは、筆者には分かりません。しかし、社外取締役が、社内人事に頓着せずに後継者を選別できる法的地位を持っていること、および一般的慣習の中にあること、は認めざるを得ません。しかし、上記の発現は、ある見地からは少々増長しているのでは、と受け止められても仕方がないと思います。

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翌14日、再び伊藤、米村と会談した村田は自身の退任を受け入れると申し出た。決着したかにみえた議論は伊藤の次の発言で紛糾する。「井阪さんはセブンイレブンの代表取締役会長も兼務すべきでは」。村田は「あなたはどこまで鈴木をおとしめれば済むんだ」と烈火のごとく反論した。

セブン&アイの中興の祖、鈴木は自らが育てたセブンイレブンの会長を兼務する。その鈴木と井阪をいきなり同格に扱うことに村田は我慢できなかった。徹底抗戦する構えの村田に伊藤は矛を収めた。しかし、15日の指名報酬委でも新たな波乱が起きる。
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■ (迫真)迷走セブン&アイ(下)ビルから出てください

2016/4/23付 |日本経済新聞|朝刊 (迫真)迷走セブン&アイ(下)ビルから出てください

「「あなたは経営がどんなものか何も分かっていない」。15日に開かれたセブン&アイ・ホールディングスの指名報酬委員会。社長の村田紀敏(72)は声を張り上げた。もめるはずのなかった委員会で何があったのか。」

(下記は、同記事添付の7日の引退表明記者会見では「逃げ出すわけではない」と語った鈴木氏の写真を転載)

20160423_7日の引退表明記者会見では「逃げ出すわけではない」と語った(東京都中央区)_日本経済新聞朝刊

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「『最高』とはどういうことですか。影響力が残るのでは」。きっかけはやはり社外取締役の一橋大大学院特任教授、伊藤邦雄(64)の発言だった。退任する会長の鈴木敏文(83)にセブン&アイは名誉職を用意する方向で調整してきた。伊藤は「最高顧問」という肩書が気に入らなかった。

20年以上にわたってグループのトップに君臨してきた鈴木。セブン&アイにとっては要の存在が突如消えることによる影響の大きさは計り知れない。指名報酬委で議論する対象は持ち株会社の取締役と執行役員、事業子会社の社長であり、退任する鈴木の処遇まで社外取締役から意見を聞く必要はない。影響力の排除を声高に主張する伊藤に村田は言葉を失った。

セブン&アイが19日に開いた取締役会はセブン―イレブン・ジャパンの社長を務める取締役、井阪隆一(58)の社長昇格などを正式に決議した。その後に発表したグループ人事の資料に鈴木の処遇は「退任」と記されただけだった。

7日のセブン&アイの取締役会では井阪をセブンイレブンの社長から外すという鈴木の考えた人事案が否決された。その場で「井阪を辞めさせる意味が分からない」と強い口調で発言した社内の取締役がいる。セブン&アイの名誉会長を務める創業者、伊藤雅俊(91)の次男、順朗(57)だ。無記名投票の決議でも順朗は反対票を投じた。

1992年にヨーカ堂の社長を鈴木に譲って以降、創業者の伊藤はグループの経営から一定の距離を置いてきた。人事案の否決後、記者会見した鈴木は自身が主導した人事案に反対し、井阪を守った創業家の判断について、「世代代わりがあった」とだけ説明した。セブン&アイの筆頭株主である「伊藤興業」は創業家の資産管理会社だ。高齢の伊藤と妻に代わり、資産管理会社を切り盛りする役目は伊藤の長女に変わりつつある。

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ここに、社外取締役および任意で置いた指名報酬委員会の発言力の大きさ、そして創業家からのお墨付きを得られなかった事実。セブン&アイにおける社内力学が大きく変容していく様子が垣間見られます。

筆者は、昨今のマスコミ報道や有識者のコメントにあるように、日本のコーポレートガバナンス刷新の試みの勝利だと短絡的には捉えていません。あくまで、社外取締役の選任も、日本企業の株式所有構成と議決権行使状況から、経営者側の人事権の追認作業に過ぎないと考えています。それゆえ、鈴木氏が後継指名の議決の指示が得られずに退任を決意したというのは、下記記事で冨山氏がいかに真っ当なコーポレートガバナンス理論から、鈴木氏退任の必要性が無い、と訴えても、至極当たり前のことと思います。

(参考)
⇒「セブン&アイ・ホールディングス 鈴木敏文前会長兼CEO退任まで(5)コーポレートガバナンスに関する論点整理③ - 日本経済新聞まとめ

2016/4/25付 |日本経済新聞|朝刊 「カリスマ経営者も一機関」 セブン&アイ人事決着 冨山和彦氏に聞く 鈴木氏、辞める必要なし

 

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今回の迷走劇。鈴木とともに主役となった井阪は今後、社長として巨大流通グループのかじ取りを担う。人事を巡っては井阪を支えることで利害が一致した創業家と「物言う株主」のサード・ポイント。しかし、祖業のヨーカ堂を憂う創業家、スーパーや百貨店など不採算事業の整理を求めるサード・ポイントでは描く未来図は異なる。

鈴木は「顧問」を受けるかどうか揺れている。取引先やコンビニのオーナーに慰留の声が広がる一方、「影響力が残ります。本社ビルからは出てください」と井阪から言い渡されているからだ。カリスマを追い出し、グループの全権を握る井阪が背負うものは重い。

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鈴木氏の後継人事では、利害が一致したアクティビスト:サード・ポイントと創業家。しかし、今後の事業ポートフォリオの将来構想については、同床異夢。これは、セブン&アイ・ホールディングスの大変革の序章に過ぎないのだと思います。

中興の祖、鈴木氏が牽引してきたコンビニ事業で流通業の雄として飛躍した同社。今後は、オムニチャネル戦略をどう推進するかが流通業の生き残り策で大変重要になると思われます。誰が後継指名を受けようと、この課題は避けて通れません。この後継人事が吉と出るか凶と出るか。結果は、数年を待たずして判明するはずです。

⇒「セブン&アイ・ホールディングス 鈴木敏文前会長兼CEO退任まで(1)発端はサード・ポイントの株式取得から始まった - 日本経済新聞まとめ
⇒「セブン&アイ・ホールディングス 鈴木敏文前会長兼CEO退任まで(2)指名報酬委員会から臨時取締役会までの流れ - 日本経済新聞まとめ
⇒「セブン&アイ・ホールディングス 鈴木敏文前会長兼CEO退任まで(3)コーポレートガバナンスに関する論点整理① - 日本経済新聞まとめ
⇒「セブン&アイ・ホールディングス 鈴木敏文前会長兼CEO退任まで(4)コーポレートガバナンスに関する論点整理② - 日本経済新聞まとめ
⇒「セブン&アイ・ホールディングス 鈴木敏文前会長兼CEO退任まで(5)コーポレートガバナンスに関する論点整理③ - 日本経済新聞まとめ

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