■ 急激に社外役員(社外取締役)が求められるようになった背景を確認
セブン&アイ・ホールディングスの後継人事に関する一連の騒動でも、急造の指名報酬委員会での社外取締役の発言力が大きく取り上げられました。日本企業における企業統治の在り方も、「所有」と「経営(監視)」と「執行」の分離が明確な英米流のやり方が徐々に取り入れられ、その中での「経営(監視)」の役回りとして、社外取締役(社外役員)の重要性が大きくなりました。急ごしらえの機関設置・統治方法の変更のため、社外取締役のなり手が不足していると共に、いったん選任された社外取締役が実効的な責務を果たせるように、社外取締役の兼任制限を課している企業も出てきています。
⇒「(真相深層)社外役員、適材奪い合い 企業統治改革は1年にして成らず 株持ち合いも根強く」
⇒「社外役員の兼務制限 日立、4社まで 外部の知見、自社に集中」
2015年5月に、会社法改正が施行(会社法327条の2)され、「株式会社が社外取締役を設置していない場合、定時株主総会において『社外取締役を置くことが相当でない理由』を説明しなければならない」とされました。つまり、株主からの質問や議案に関係なく、定時総会において報告事項として説明義務が課されたのです。しかも、その説明義務の内容が、「個別事情に照らせば社外取締役を設置して業務執行の決定に参画させることが企業価値をむしろ毀損するおそれがある」という積極的自由を説明する義務を負ったため、事実上、この改正は社外取締役の設置を義務付けるものと解釈できます。また、同時に、「監査等員会設置会社」が創設され、3人以上の委員で構成され、その過半が社外取締役であることが定められたことから、ますます社外取締役のなり手が求められることになりました。
さらに、東証は、2015年6月に、「コーポレートガバナンス・コード」適用開始と共に、「独立役員の確保に係る実務上の留意事項」を改訂し、社外役員(社外取締役+社外監査役)の2人以上の選任を求め、選任しないことの理由を説明することを企業に求めています。それは会社法改正と同様の主旨で、ほぼ複数の社外役員選任の義務化と同様の効力を持つ制度改変です。
■ 社外取締役のなり手を探したところ、大票田と見込んだ弁護士が誤算!?
そこで、各社は一斉に社外取締役を探し出し、企業としては顧問弁護士事務所に対して、適任者を紹介してほしい、という流れになる事は自然なことかもしれません。
2016/4/18付 |日本経済新聞|朝刊 社外取締役の有力供給源 大手法律事務所、就任にためらい 利益相反を懸念/本業に不利益も
「上場会社で複数選任が求められるようになった社外取締役の供給源として弁護士への期待が高まる中、大手法律事務所の対応が煮え切らない。所属弁護士が特定企業の社外取締役に就くと競合他社と取引しにくくなる上、当該企業の大きな案件も受任しづらくなるためだ。就任要請に応えるか、本業重視を貫くか。大手事務所は悩ましい。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
同記事では、社外取締役になる弁護士が急増している状況を報じており、経営人材紹介のプロネッド(東京・港)によると、
「東証1部上場企業の社外取締役3600人弱に占める弁護士の割合は15.1%(昨年7月時点)。上場会社役員出身者、金融機関出身者に次ぐ3位で、前年比2.5ポイント増と3者の中で唯一増勢だ。社外監査役では弁護士が23.7%で最多だった。」
(下記は、同記事添付の社外取締役の構成比率の推移グラフを転載)
この状況下で、企業側と法律事務所側、双方の事情を考えて見たいと思います。
■ 社外取締役のなり手として弁護士に期待する企業側と大手法律事務所の温度差
企業側から見て、社外取締役として弁護士に人気が集まるのは、主に次の理由から。
(1)高い独立性
「企業と法律事務所との取引規模は金融機関などと比べて小さく、「会社からの独立」をアピールしやすい」
(2)ダイバーシティへのアピール
「特に経営陣のダイバーシティ(多様性)も主張できる女性弁護士は格好の社外役員候補となる」
一方で、中堅中小の弁護士事務所(法律事務所)では、
「弁護士自身も経歴に箔が付く社外役員を基本的に歓迎する。所属弁護士が数十人までの中堅中小事務所では、トップである「ボス弁」が複数の会社で務めることも珍しくない。」
ところが弁護士が100人以上在籍する大手事務所は、少々事情がことなり、メンバーの社外役員就任に及び腰のようです。
大手が消極的なのは3つの理由から。
(1)利益相反取引の回避 -法律上の問題
「弁護士法と日本弁護士連合会の規程が弁護士の「利益相反取引」を禁じるためだ。例えばA弁護士がX社の社外取締役になれば、X社の利益に尽くす義務が生じ、原則としてA弁護士は競合Y社とは取引できない。」
同事務所に勤める同僚の弁護士の場合ならどうでしょうか。
「規制対象は個々の弁護士。所内で情報遮断すればY社の仕事も受けられる」(西村あさひ)と割り切る事務所もあるが、「X・Y両社から承諾を得なければ無理」(長島・大野・常松)とか「好ましくない」(アンダーソン・毛利・友常)と慎重な事務所が多い。」
(2)利益相反取引の回避 -営業面の問題
「1人の弁護士が年数百万円の報酬で特定企業の社外取締役になってしまうと、はるかに報酬の高いM&Aなどの助言を競合他社から依頼された場合に受けるのが難しい。営業面の不利益が生じる。」
(3)そもそも法規制で制限されている
「統治指針や東証の上場規則が社外取締役に就任先企業や経営陣からの「独立」を求めている。上場会社は社内ルールで、自社との取引額が総収入金額に占める割合が2%を超える者などを独立役員と認めない事例が多い。」
(下記は、同記事添付の大手法律事務所所属弁護士の社外役員就任状況を転載)
■ 社外取締役のなり手として弁護士が「適任」なのかを問う声もあり
様々な立場からの意見を紹介。
<米議決権行使助言会社ISSの石田猛行エグゼクティブディレクター>
「従来の弁護士業務は会社や経営陣を守るのが仕事。一方、社外取締役の重要な任務は一般株主の利益に配慮することだ。は「不祥事など、いざというときに弁護士の感覚のままでは務まらない」」
<中央大学法科大学院の大杉謙一教授>
「「弁護士を外せば社外取締役候補は人材不足に陥る」と懸念する。大手でもTMI総合法律事務所が数年前に社外取締役就任を原則OKに変えるなど、変化の兆しもある。」
<海外の大手法律事務所>
2016/4/18付 |日本経済新聞|朝刊 米英は「原則禁止」多く 所内規則で明記
「海外の大手法律事務所の場合、上場会社の社外取締役に就任することを所内規則で禁止しているケースが多い。弁護士や法律事務所にとっての利益相反の概念が日本よりも広いことが、背景にあるとみられる。」
<4千人超の弁護士を抱える世界最大の法律事務所、米ベーカー&マッケンジー>
内規「プラクティスルール」に、「企業の社外取締役や団体理事などへの就任禁止」を明記している。同事務所に転職してきた弁護士が既に社外取締役を務めている場合も、例外なく退任してもらう
同事務所をはじめ米英系の大手事務所は、利益相反の範囲を「個々の弁護士」ではなく「事務所全体」でとらえるのが通例だそうです。つまり所属弁護士の1人が特定企業の社外取締役に就任すると、千人規模の同僚弁護士が競合他社の法律業務を請け負えないというルールを定めています。この辺は、監査法人による会計監査とアドバイザリー業務の兼務を厳しく禁じていることと相通じるものがあります。そして、これは筆者の感覚ですが、日本では、実はその辺の厳格さはまだまだ途上にあると言わざるを得ませんね。
中国最大手の金杜法律事務所(弁護士約1千人)でも所内の「リクスヘッジ・利益相反防止委員会」が作成した内規で、特に米上場会社の社外取締役への就任を禁じているそうです。中国上場会社の社外取締役就任も同委員会の許可が必要で就任できても報酬は一部を除き事務所に納めるようにし、経済的な、利益供与的な私的判断によらないように配慮する面が見られます。
企業を渡り歩くビジネスマンが少なく、社外取締役の普及期にある日本では、大手事務所を含め弁護士が供給源と期待されるのは仕方がないことかもしれません。手っ取り早く、企業法にも詳しい弁護士に頼りたくなる気持ちもわからないではありませんが、「法律」だけで、企業経営の「監視・監督」はできないわけで、広く経営者OBを有効活用する市場が早期に形成されることを期待します。
(参考)
2016/4/26付 |日本経済新聞|朝刊 「顧問」でスキル生かし働く 中小企業にシニアが知恵 数値化営業伝える/研修の意義提案
この記事で取り上げられていた人材サービス会社を次に紹介。
・リクルートキャリア
・インテリジェンス
・サーキュレーション
また、社外取締役の紹介をうたっている所は次の通り。
・株式会社プロネッド
・IR Japan|株式会社アイ・アールジャパン
・東洋ビジネスコンサルティング(TBC)
・特定非営利活動法人 日本コーポレート・ガバナンス・ネットワーク
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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