■ 決算発表での積極的な減益理由の開示は株式市場から好感される
決算報告説明会にて、トップ自ら減益理由を優先して開示し、その上で対応策を明確に示すIR姿勢は、一般論的には株式市場でも好感されるようです。しかし、会計をちょっとかじった筆者は、今回の記事については少々首をかしげざるを得ません。
2016/5/2付 |日本経済新聞|電子版 日電産、大胆な会計処理に込めた車部品への本気 大阪経済部 上田志晃
「日本電産が2016年3月期決算で取り込んだ会計処理が株式市場で好感されている。つい半年ほど前まで永守重信会長兼社長の一押しだったスマートフォン(スマホ)向けの振動部品が急減速し、関連設備の減損損失34億円を計上した。一気に償却負担を落とす一方で、アクセルを踏むのは車載機器用モーターだ。持ち味の経営判断の素早さが、投資家をひきつける。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
決算発表での永守CEOのプレゼンの模様は次のように報道されています。
「決算発表から一夜明けた4月26日に都内で開いた決算説明会。16年3月期は純利益(米国会計基準)が918億円と3期連続で過去最高を更新した。電子部品メーカーの業績に減速感が見られる中で上々の仕上がりではある。だが、永守社長がまず強調したのは「最高益」ではない。用意された資料の説明を冒頭から飛ばし、11ページ目で「ここは少し時間をかけて説明をしなければいけない」と語り始めた。16年1~3月期の業績で、前期に目玉ビジネスとして打ち出したばかりのスマホ用触覚デバイスが苦戦したとの解説だ。」
この11ページ目は、日本電産の過去8期の四半期別の売上高・営業利益の推移グラフで、過去4度の四半期ベースでの営業減益すべてに理由が付されており、今回も2016年1~3月期(FY2015年第4四半期)の営業減益は、会社としてはきちんと説明しなければなりません。その理由とされたのが、
「触覚デバイスはアップルが昨秋に発売したスマホの最新機種「iPhone6s」にも採用されたとみられる振動部品だ。繊細な振動で利用者に情報を伝える。手触りの感覚も再現できることから、車や医療、ロボットの遠隔操作への応用も見込んでいた。永守社長はかつて経営の屋台骨を支えた事業になぞらえ「第2のハードディスク駆動装置(HDD)用モーターになると確信している」とまで言い切っていた。」
「ところが搭載スマホの減産が響き、100億円超をかけて投入した設備の稼働が落ち込んだ。1年以内で設備費用を償却すべきと判断。自身のことを「物の見方は社内で一番保守的」と評する永守社長は「減損はしなくても良かったが、17年3月期に影響を残さないよう手当てした」と話す。」
とあるように、スマホ用触覚デバイスの設備について、あえて積極的な(保守的な)減損損失を計上したことが、四半期営業減益の理由と説明されています。これが11ページ目にある「一過性費用」の正体。ちなみに、IFRSへの移行を既に表明している日本電産は、現在は米国基準での財務諸表の開示を行っており、減損損失を基本的に特別損失に計上する日本基準とは違って、営業利益に直接ヒットすることから、上記のような説明がなされたのが、採用する会計基準の違いも背景にあることは留意しておくべきことです。
■ どうして積極的な(保守的な)減損損失の計上に問題があるのか?
この記事を目にして、著しい違和感に襲われたのはなにも筆者ばかりではないでしょう。それは、記事中の永守社長が発したとされるセリフにあります。
①「物の見方は社内で一番保守的」
②「減損はしなくても良かったが、17年3月期に影響を残さないよう手当てした」
①について
会計処理において、「保守的」という政治学ばりの用語が使われるのが当たり前になっているのは、次の会計基準(あえてそう呼んでおきます)の存在があるからです。
企業会計原則 第一 一般原則
[保守主義(安全性)の原則]
六 企業の財政に不利な影響を及ぼす可能性がある場合には、これに備えて適当に健全な会計処理をしなければならない。
この条文は、日本の会計を学習し、実務で使っている人たちからすれば、憲法に書いてある条文と同じ意味を持ちます。なにせ、企業会計原則は「一般に公正妥当と認められた会計原則(GAAP:Generally Accepted Accounting Principles)の本家本元ですから。そこに一般原則として記述されている「保守主義の原則」は、理論的には次の2つから構成されます。
・処理基準の選択段階の保守主義
同一の会計事実について2つ以上の処理基準が認められている場合、理論的合理性が同程度の場合に、期間損益をより過大に見せることが無い処理を選ぶ
例)割賦販売における「販売基準」→「回収規準」
長期請負工事における「工事進行基準」→「工事完成基準」
・処理基準の適用段階の保守主義
見積り(予見)計算を行う際に、どんなに科学的な手法で厳密に見積計算をしても、どうしても蓋然性の幅が生じてしまう。その場合に、最も期間損益を過大に見せない処理を選ぶ
例)貸倒引当金の見積もり計算において、貸倒率が2~4%と算出された場合、中央値の3%でなくて、最大値の4%を採用する
上記例で言いたいことは、あくまで会計処理の相対的真実を実現する範囲内(合理的な会計処理の選択肢の間)で認められる選択肢で認められる中で最も期間損益を小さくする方法しか選ぶことが出来ない、というルールが存在していることです。この「保守主義の原則」にはしっかりと、次の注がついています。
企業会計原則注解
【注4】保守主義の原則について(一般原則六)
企業会計は、予測される将来の危険に備えて、慎重な判断に基づく会計処理を行われなければならないが、過度に保守的な会計処理を行うことにより、企業の財政状態及び経営成績の真実な報告をゆがめてはならない。
「保守的な会計処理」は、あくまで、
1)会計処理基準の選択的適用が許される範囲
2)会計処理基準の合理的見積範囲
の中で、最も期間損益を小さくする処理を選ぶことを許されているだけのことで、今期に損失を一気に出しておいて、来期以降の費用負担を軽くしようと、恣意的に(言い過ぎました、裁量的に)損失の認識を、経営者の判断で変えることが許されているのでは決してありません。
■ どうして減損損失の認識を裁量的に決めることが問題なのか?
この問いは、
②「減損はしなくても良かったが、17年3月期に影響を残さないよう手当てした」
とする発言に起因するものです。
この発言だけ切り取ると、減損損失の計上は、経営者の裁量で、来期以降の業績表示をよく見せるために、まるで意のままにコントロールできるかのようにとられかねません。
それでは、今度は「固定資産の減損に係る会計基準」を見てみましょう。
まずは意見書から一部抜粋・省略の形で引用。
二 会計基準の整備の必要性
減損に関する処理基準が整備されていないために、裁量的な固定資産の評価減が行われるおそれがあるという見方もある
減損会計基準は、そもそも、経営者の裁量的判断による評価減の金額のコントロールによる期間損益の調整をさせないように定められたものです。
2.減損損失の認識と測定
(1)減損の兆候
企業は、内部管理目的の損益報告や事業の再編に関する経営計画などの企業内部の情報及び経営環境や資産の市場価格などの企業外部の要因に関する情報に基づき、減損の兆候がある資産又は資産グループを識別することとなる。
(2)減損損失の認識
減損損失の測定は、将来キャッシュ・フローの見積りに大きく依存する。事業用資産の減損は、測定が主観的にならざるを得ない。その点を考慮すると、減損の存在が相当程度に確実な場合に限って減損損失を認識することが適当である。
(3)減損損失の測定
減損損失を認識すべきであると判定された資産又は資産グループについては、帳簿価額を回収可能価額まで減額し、当該減少額を減損損失として当期の損失とする
会計用語で「認識」とは、その処理結果をいつの会計期に含めるかタイミングを決めること。「測定」とは、会計帳簿に乗る金額を定めること。2つ合わせて「計上」と呼びます。減損損失の「認識」と「測定」に関しては、不確実性が高いことから、社内の経営計画や、社外の参考価格などを参照してできるだけ客観性を担保すること、減損損失の金額を決定する手法は、「減損評価対象資産(グループ)の期末帳簿価額」が「回収可能価額」を下回った分であると、明確に定義されています。
「回収可能価額」には大別して2種類あります。当該資産への投資額を回収するのに、その資産を売却して投資額を回収する場合は、売却による回収額を意味する「正味売却価額」を用います。その場合は、対象資産の取引市場での参考価格を引いてきます。
もう一つは、その資産を使い続けることで利益(厳密にはキャッシュ・インフロー)を上げることで回収する方法。すなわち、使用価値を測る方法。この場合は、将来手に入るキャッシュ・インフローを、割引現在価値に再評価して、対象資産の期末評価額と比べることになります。
割引率の算定期間は、対象資産の経済的残存使用期間と20年の短い方で。将来キャッシュ・フローは、最も高い確率で起こり得る事業計画のものを使うか、複数ある計画の加重平均を使うかは企業の裁量に任されています。また、将来キャッシュ・フローが見積りから乖離する可能性を調整するのに、キャッシュ・フロー値自体を修正するか、割引率で修正するかも、企業の裁量に任されています。
この辺のルール内での許容範囲内での手法の選択についてのみ、経営者の裁量が許されています。
永守社長のように、カリスマ経営者は企業会計ルールに振り回されることなく、高度な経営判断ができ、むしろ逆に、会計制度による企業数値の開示すら、経営手腕の中で切るカードのひとつとしていることが見て取れます。それは、先日言及したソフトバンクの孫氏の決算発表にまつわる記者会見でもいえることです。こちらは資産のグルーピングの論点でしたが。
⇒「ソフトバンク、米子会社の減損損失「反映せず」 4~12月決算」
それにしても永守社長、ちょっと口が滑りましたね。四半期といえども営業減益についての説明に力が入りすぎ、リップサービスが過ぎて、つい本音(社内でのやり取り)が出てしまったようです。
■ (おまけ)多額の減損損失を計上すると、税金はどうなるのか?
徹頭徹尾、減損会計というのは、発生主義会計のくびきから脱しているものではないので、費用収益対応の原則から、いつかは費用(損失)に回るものの計上タイミング(これを認識というのは前章で説明済み)をずらしているだけのことです。いわば、定期的な「減価償却費」の発生を、保守主義の原則に基づき、対象資産の評価減を早めることで、資産(B/S計上額)から費用(P/L計上額)への振り替えを急がせているにすぎません。
したがって、実際に企業財務のキャッシュ・フローに大きく影響する税金費用の動きも合わせて注視しておく必要があります。
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そもそも減損会計とは、資産の収益性の低下により投資額の回収が見込めなくなった場合に、一定の条件の下で回収可能性を反映させるように帳簿価額を減額(減損損失を計上)する会計処理をいう。
減損損失を認識する場面としては、資産が生み出す営業損益が3期連続でマイナスになる場合、使用範囲又は方法について回収可能価額を著しく低下させる変化がある場合、資産の市場価格が帳簿価額から50%程度以上下落した場合などである。一方、税務上、固定資産について評価損による損金算入ができる場合は、災害による損傷など一定の場合に限定されていることから(令68三)、減損損失が会計上計上されても、その全部又は一部が税法上否認されるときがある。
しかしながら、減損損失の計上は、減価償却資産についての費用化の一形態であって、減価償却費の計上とは二者択一的なものであり、減損損失と償却費とを同時に計上するということはできない性質のものであるから、その減損損失の金額は、償却費として計上したものと認め、当期の償却限度額の範囲内で償却費として認容して差し支えないものと考えられる。
改正後の本通達の(5)の(注)においてその点を明らかにしている。
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税法的には、減損損失の計上は、減価償却費の一種という扱い。損金計上できるのは、その会計期の償却限度額が上限。減損損失に係る会計基準には、「将来キャッシュ・フローには、利息の支払額並びに法人税等の支払額及び還付額を含めない」とあるので、法人税は考慮しなくていい、ではなくて、企業財務を預かる身ならば、税効果会計で表示上の期間損益への影響を別途考える必要があるのです。
経営者と、株主と、国税の三すくみ。ここまで減損会計の問題を考えてこその「経営管理会計」なのであります!
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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