■ 株主優待タダ取りの裏ワザが横行して株価が実力以上!?に高騰している件
「ここがヘンだよ!日本の株“主”会社」として、日本の株式会社と日本の株式市場の特徴をシリーズで見ていきたいと思います。筆者は、「だから日本の株式会社、株式市場は未熟でダメなんだ!」と一刀両断するつもりはなく、個人投資家でもある自身の経験と、経営コンサルタント視点で会社経営をみてきた体験から、株式会社制度をじっくり観察して感じた思いを読者の方と分かち合いたいと考えています。
2017/4/2付 |日本経済新聞|朝刊 日本株に優待バブル 裏技でタダ取り、株価高止まり… 機関投資家「配当を軽視」不満強める
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
「自社製品などを株主に贈る株主優待を導入する企業が続々と増えている。実施社数は1300社を超え、今では上場企業の3社に1社が実施する。「贈答好き」の国民性に合致した日本独特の制度で、優待狙いの株取引が盛り上がるのは3月末の市場の風物詩だ。ただ配当を重視する機関投資家は不満を強めており、行き過ぎの弊害を指摘する声も増えてきた。」
(下記は同記事添付の「株主に贈られる優待品を集めた展示をみる人たち(3月24日、東証)=柏原敬樹撮影」の写真を引用)
そもそも、企業が株主優待制度を充実させるのは、株主優待制度を選好する個人投資家を惹きつけたいからです。企業のファンになってくれる個人投資家はなぜか経営者にとって「与党株主=安定株主」と考えられていて、個人投資家の長期保有を期待した株主優待制度のデザインが流行している程です。経営者に舐められていますね、日本の個人投資家!アクティビストは嫌いだけど、サイレント株主は大歓迎!
しかし、そうした企業の思惑の裏をかく個人投資家が現われて、株価の外乱要因になっています。
「先週、株式市場は3月期決算企業の株主の権利が確定する最終売買日を迎えた。その1日だけ現物株を買うと同時に信用取引で同じ株に売りを出す「優待クロス取引」が盛り上がる。株価変動リスクを避けながら、優待をタダで手に入れるのを狙う株取引の裏技だ。」
「問題は同じ銘柄に大人数が群がると、信用取引の売り注文に必要な貸株が品薄になり、株のレンタル料が高騰する点だ。」
そうした優待狙いの売買が横行した結果、皮肉なことに、株価の高騰が見られ、株主優待権利の取得コスト(要は対価として支払う株式購入費用)がかさんでいるのです。
例)
● アミューズメント施設のアドアーズ
・提携先の高級リラクセーションサロンの利用券
・4万4000円相当の利用券を得るための費用が8万4000円
● ファミリーレストランのココスジャパン
・1000円相当の食事券と5%割引カードの獲得費用
・1万560円に上昇
● 中央魚類
・3500円相当の水産物セット
・2万3400円
優待狙いにしろ、株式売買は市場参加者の自由意思で行われているので、実力以上の値がついているとの批判もありますが、それが株主優待制度からのベネフィットも反映した企業の実力値だと考えます。ただ、個人的にはそういう双方の思惑でつけられた株価が妥当だとは思わないので、自身が優待制度の有無だけで株式売買を決めることはありませんが。(^^;)
「人気の優待を出す企業の株価が、企業価値に比べて高止まりしているとの指摘も出ている。例えば日本マクドナルドホールディングスは食事券の優待目的で株を持ち続ける個人が多く、株価が下がりにくくなっている。
米マクドナルドは保有する日本マクドナルド株の一部売却を模索しているが、買い手がなかなか現れない。「実力とかけ離れている今の株価ではとても買えない」。買収を一時検討した外資系ファンドの幹部は明かす。」
上記は、個人投資家から魅力(購買意欲)を引き出した日本マクドナルドのファイナンス部門の勝利の一例でしょう。
⇒「株主優待、金券が半数弱 長期保有の個人に的 - 株主平等の原則の遵守か、持ち合い株式の解消の受け皿として個人株主を優遇するか」
■ 日本の個人株主の常識は海外機関投資家からは経済合理性に欠けているとみられている件
海外企業では株主優待制度を持つ企業はごく少数派です。米国では10社に満たず、英国でも30社強が実施しているにすぎません。
(下記は同記事添付の「優待内容は「金券・ギフト券」が最多」を引用)
海外と日本でこうした違いが生じる理由とは?
1)文化の違い
日本の贈答文化が株主の心くすぐって株主優待制度の普及の推進力になっている
2)株式所有構造の違い
日本は、個人が個別銘柄を直接保有するが、海外は投資信託経由で保有することの方が一般的
(参考)
⇒「日本の個人投資家、議決権行使は米英超す3割 金融庁調べ」
3)金融リテラシーの違い
株式投資は資産運用・資産形成の一環として捉えた時に、より長期に保有した方が複利効果を得ることができます。その際の複利効果をより大きくするには、配当金も同銘柄の再投資に回す方が賢い選択になります。
しかし、日本の株主向けの長期保有へのインセンティブ制度設計は次の通り。
「上場企業の優待総額は時価換算で約1000億円。純利益の2%にすぎないが、機関投資家の不満は大きい。個人向けに設計されており、保有が100株でも100万株でも優待内容は同じという例は多い。配当と違って機関投資家には不平等な制度とみられている。」
同じ長期保有でも、海外投資家は複利効果を狙い、日本の個人投資家は、長期的な資産形成より目の前のベネフィット(優待制度や配当金)に目が行きがちです。それゆえ、一見「株主平等の原則」に反する株数に比例しない優待権利を付与する制度が多いのです。さらに、より長期保有(1年以上とか3年以上とか)だった場合、優待権利を上積みする企業もあります。
■ 日本の個人株主の金融リテラシーが低いという批判は当たらないという反論について反論する!
一方で、「日本の個人投資家もバカではない。金融リテラシーに長けており、株主優待制度でも、金券・ギフト券など、利殖のことを考慮した制度を選好している」という声もあります。
「優待ブームの過熱は、優待品の中身の変質にも表れている。その象徴がクオカードなど金券やギフト券の増加だ。今年は27%を占め、食品を抜いて初の首位となった。」
この件については、別の記事でも取り上げられています。
2017/3/29付 |日本経済新聞|朝刊 お金革命 先駆企業の挑戦(上) 仮想通貨は経費か資産か 遅れる会計基準
「ジャスダック上場のシステム開発サービス、カイカ(旧SJI)は今年から株主優待として仮想通貨CAICA(カイカ)コインの配布を始めた。対象株主は約1万8000人。100株ごとに100単位をもらえる。1単位はネット上で1~1.5円で取引されている。世界一の時価総額を誇るビットコインほど万能ではないが、グループ会社のFISCOが発行する金融アナリストリポートなどと交換できる。」
金融資産ばりの株主優待制度をより好む個人投資家はちゃんと金融リテラシーがある、という主張は根本的に間違っていると言わざるを得ません。金券・優待券が換金性の高い資産というのなら、そもそも換金の必要性の無い現金供与の方が、もっと資産価値が高まります。金券ショップに持ち込んでも、買い取りにはいくらか割引が入り、受取現金は目減りしますから。もし、現金の方がよいのなら、そもそも配当金でいいじゃありませんか。そして配当金を受け取ることは、逆に資産形成・利殖には不利であるという事実に気が付いていないのです。
配当金受け取りが長期の資産形成に不利な理由は2つ。
① 複利効果が得られない
② 税金というキャッシュの社外流出コストを犠牲にしたうえで得られた対価である
①について
100万円で買った株式から毎年1万円の配当金を受け取れるとしたとき、保有期間を通じて毎年、単利で1%の利息が付く金融資産ということになります。1万円の配当金を受け取った翌年も手にする配当金は1万円です。しかし、簡単に考えるため、配当金で受け取るのではなく、1万円を再投資できるものとしたとき、2年目は、1万100円を手にすることができます。1年だけだと100円の違いですが、これが10年累積した時、10年間の配当金は合計で10万円。複利で積み上がった株式価値は、値動きを度外視すると、10万5500円。1%の配当率で、何にもしなくても10年で5500円違ってきます。
②について
配当金を1万円受け取る場合、配当を支払う企業は、法人税を支払った後の税引後当期純利益から株主に配当金を支払う事実を忘れてはいけません。実効税率が30%と仮定した場合、株主が1万円を受け取る際に、企業は税金込みだと、1万3000円を負担しています。だったら、その3000円分は、税金を払う代わりに自己株取得に回してもらうと、1万3000円全額が株主の利得になります。
(1万円の現金配当受け取り < 1万3000円分の自己株取得=保有株式の価値上昇)
金券やギフト券を貰うくらいなら、配当金の方がまし。配当金を貰うくらいなら、自己株取得で1株当たり価値を上げてもらった方がまし。高配当銘柄がもてはやされたり、毎月分配型の投資信託商品が売れたり、やはりヘンだよ!日本の株式市場!(^^;)
(参考)
⇒「ここがヘンだよ!日本の株”主”会社(1)財団株主 じわり増加 「会社のいいなり」海外投資家NO」
⇒「ここがヘンだよ!日本の株”主”会社(3)(ゼロから解説)「複利」を投資の味方に 投信、毎月分配型は利点生かせず」
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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