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日本の金融リテラシーにおける3つのガラパゴス化(2)毎月分配型投信、親子上場、官民ファンド

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親子上場を特別視する理由が分からない

何かと批判的な目で見られる親子上場。海外では例を見ないといいながらも、実は海外でも実例はいくつも存在しています。適用例の多寡だけで正当性や事の良し悪しが決まるのなら、それは悪い多数決の典型例といわざるを得ません。

海外投資家から、日本市場だけにみられる稀有な存在。株主利益にそぐわないので解消すべき、といわれると、なんだか日本だけが間違っているように感じて、ありもしないグローバルスタンダードに合わせようとドタバタ対応するのは見苦しいと思います。一部の米国IT企業に見られる種類株式の議決権における特殊性は果たしてグローバルスタンダードなのでしょうか?

米議決権行使助言会社ISS(インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ)は、上場子会社などへの適用基準を厳しくする。2020年2月から取締役のうち3分の1以上を独立社外取締役が占めることを求める。上場子会社の少数株主の利益保護を強化するためで、上場子会社を持つ企業にとっては企業統治改革への圧力になりそうだ。

2019/11/19 |日本経済新聞|朝刊 ISS、3分の1以上の独立社外取を要求 上場子会社に

親子上場のメリット・デメリットが多数議論されています。デメリットでもっともよく取り上げられるのが、上場子会社の少数株主利益の保護という観点です。ISSの提言もその趣旨に沿うものです。

しかしながら、親子上場でなくとも、少数株主という立場は存在しうるものです。例えば、オーナー創業企業が上場した時、オーナーがおよびオーナー一族(資産管理会社含む)が過半を有する株式でも上場することができます。そこでも、公開市場で株式を買い付けた一定数の少数株主は存在します。

つまり、親子上場のデメリットとされている少数株主の権利保護の問題は、株式会社制度全体の課題であって、親子上場会社(における上場子会社)特有の課題ではないということは明らかです。

株式公開で資金調達するということ

企業側が公開市場(上場)で広く一般から資金調達するのは、完全ファイナンス目線で考えると、それが一番調達コストが安くつくと判断しているということに尽きます。一方で、株式公開に応じる側にも大きなメリットが存在しています。

それは、会社法127条で株式を自由に譲渡する権利を有していることです。気に食わない経営者であったり、企業業績に対して不平があったりすれば、その所有している株式を公開市場で売却することで、投下資本を引き揚げる自由が少数株主側には保障されているのです。

むしろ、株式が譲渡制限を受けている場合(会社法107条1項1号、108条1項4号)に、少数株主が自身の持ち分を譲渡によって資金回収するという手段が法的にいろいろと制約されている分、上場子会社の少数株主は恵まれているといえるかもしれません。

株式を公開するということは、企業側からすれば、より低コストで資金調達できる機会を得ることにつながります。物事には両面あるので、それは、資金の出し手からすれば、有利な投資先を見つける機会が得られることを意味します。

この原理原則を突き詰めれば、もし、あなたが上場子会社の少数株主である立場に経済的に不合理性を感じたなら、持分譲渡(株式売却)により、もっと割のいい投資先に乗り換えればよいだけのことです。

そういう意見が大勢を占めた場合、発行体(子会社の株式を上場させている親会社)側は、子会社株式を上場コストという犠牲を払って公開していたものの、次第に割に合わなくなり、子会社上場を中止するかもしれません。資金の出し手も受け手も経済合理性に基づき自分の財産権を行使できるのが自由主義経済における基本的ルールというものです。

会社法・金融商品取引法などの法規は、そうした経済的活動をできるだけ円滑にかつ公正に取引される形を保全するためのルールを規定したものです。種類株式の発行やスクイーズアウトが認められているのは、そうした経済的活動の自由度を保証することが経済活性化・事業創出に効果があるとの政策判断があるからなのです。

三菱ケミカルホールディングスグループの例

三菱ケミカルホールディングス(HD)は18日、56%強を出資する上場子会社の田辺三菱製薬を完全子会社にすると発表した。TOB(株式公開買い付け)で出資比率を100%に引き上げる。取得額は約4900億円の見通し。医薬品の開発は大手が資金力を生かして人工知能(AI)やビッグデータを活用し始めている。三菱ケミHDは大手に比べ規模で劣る田辺三菱を完全子会社化し、研究開発のデジタル化をテコ入れする。

2019/11/19 |日本経済新聞|朝刊 三菱ケミHD、田辺三菱を完全子会社に 4900億円で
今後のグループ再編は大陽日酸が焦点に_日本経済新聞_20191113

2019/11/19 |日本経済新聞|朝刊 三菱ケミHD、田辺三菱を完全子会社に 4900億円で 同記事添付の「今後のグループ再編は大陽日酸が焦点に」を引用

この記事内で、「グループ中核の化学会社である三菱ケミカルが素材関連で進めてきたデジタル開発手法を共有する。従来の創薬にとどまらず健康管理や予防医療、再生医療などの分野でサービスを提供する体制を整える」ことで、事業間のシナジーを創出することによってホールディングス全体の企業価値を高めることを企図している完全子会社化とされています。

これを額面通り受け取ったとすると、4900億円のお金を投じると、田辺三菱製薬の現時点での企業価値の44%だけでなく、それ以上の価値を相乗効果(これをシナジーという)が期待できるとHDの経営陣(およびそのバックにいる株主)が見込んだゆえの完全子会社政策ということになります。

ここはとても大事な点なのですが、違う理屈にすり替えられがちな論点です。子会社上場のデメリットについて、子会社の利益を親会社の連結決算に十分に取り込めていない。だから子会社を完全支配したほうがいい、という見解があります。これは、それ以外の要素をいっさい考慮しないのであれば、それ自体は完全に検討不足の見解といわざるを得ません。

ソフトバンクグループ(SBG)は、通信事業を営む子会社のソフトバンクを上場させました。ソフトバンクの年間現金収支5000億円の30%(1500億円)を手放して、2.4兆円の新規の資金調達を可能にしました。単純計算で6.25%(単利/年)という金融商品の誕生です。

この値段で買う人がいて売る人がいるから商取引が成立するわけです。SBGにとっては、これがお得な売り出しだったわけです。SBGの存在(究極的には孫正義というカリスマの存在)を念頭にソフトバンク株を購入した人も相当数に上ると思います。

今の大勢の流れは社外に流出するキャッシュや利益を連結内に取り込むために上場子会社を100%完全子会社化するものです。だとすると、SBGは1500億円の毎年のキャッシュアウトを諦めるより、目先の2.4兆円の現在価値の方を良しとしたのは、孫会長ならではの勝算があってこそだと思います(ソフトバンク上場で集めた資金で実際に何を実施したかは別の記事で確認してください)。

同時に、外部に知見を求めようと、オープンイノベーションの重要性が声高に叫ばれていたりもします。これは、社外の技術や資本と積極的にコラボレーションしようという動きです。資本面でのこの動きは、次の記事も参考にしてください。

ファイナンスにフリーランチは存在しない

三菱ケミカルHDが4900億円で田辺三菱製薬の44%を買い取るということは、将来にわたって、その44%分を完全にグループ内に取り込むことが4900億円以上の価値があると見込んだからです。逆に、SBGは、ソフトバンクの30%を外に切り出して2.4兆円の現金に換えたほうが、SBGトータルの経済合理性に適うと見込んだに過ぎないのです。

つまり、一方的にグループ内に取り込むことがいつでも正解ではない、ということです。投資に見合うだけのリターン、しかも超過リターンが見込めるかという判断基準が大切である、ということです。ほかの誰でもなくて、自分が手掛ければより高いリターン(超過リターン)が得られると自信があれば、資金を投じる意味があります。

おそらく、社外の第三者が取得するより、田辺三菱製薬のリソースを三菱ケミカルHDが完全取得したほうが、人的結束による知的生産性の向上や共通固定費の低減などのメリットが出やすい傾向にあるのかもしれません。しかし、具体的に〇〇円の超過リターンが見込めると計算できていないといけません。将来数字は不確実性を有しているので、そのリスクオン分だけ見積りを厳しくする必要があるのが現実だからです。

そういう中で、この親子会社の株価の動向は次のように報じられています。

19日の東京市場で三菱ケミカルホールディングス(HD)の株価が一時前日比5%(40円)安の823円90銭まで下落した。終値は前日比3%安の835円10銭。18日に上場子会社の田辺三菱製薬をTOB(株式公開買い付け)で完全子会社化すると発表。買収額が割高だとして機関投資家を中心に売りが膨らんだ。

2019/11/19 |日本経済新聞|電子版 三菱ケミHD、一時5%安 田辺三菱のTOB価格割高

記事内容を要約すると、

  1. TOB価格は15日終値を約53%上回るプレミアムを付けて1株2010円
  2. 一般的なTOBの水準と比べて割高で現金流出につながる懸念が広がった
  3. 買収総額:4900億円は全額負債で調達するため財務悪化が懸念される
  4. 医薬品事業の収益拡大を三菱ケミカルHDが取り込めることが期待される
  5. 親子上場の解消によるガバナンス改善を期待する見方もある

3.の財務状況に関する部分では、

  • TOB完了後の純有利子負債は約2兆2000億円となる見通
  • 純負債資本倍率(ネットDEレシオ)は約1.7倍まで上昇する見込み

という分析まで加えられていました。しかし、これには若干の違和感を覚えざるを得ません。三菱田辺製薬のビジネスの44%を支える資金を三菱ケミカルHDとしては、便宜的に株式市場から調達していたわけです。これをデッドファイナンスに置き換えれば、財務比率としてD/Eレシオが上昇するのは、そうなるからです。要は、レバレッジを効かした後のリスクリターンがそれに見合っているかの相対評価の問題であって、D/Eレシオ単独で評価されるべきものでは決してないからです。

(9時35分、コード4508)田辺三菱が大幅高となっている。買い気配で始まり、前日比366円(22.3%)高の2004円で寄り付いた。19日は制限値幅の上限(ストップ高水準)で配分されており、取引時間中に売買が成立するのは2営業日ぶりとなる。

2019/11/20|日本経済新聞|電子版 <東証>田辺三菱が1年ぶり高値 前日はストップ高配分

当然、TOB価格にはプレミアムがついているので、その価格にサヤ寄せされるのは至極まっとうなことです。これは、支配権プレミアムというもので、一般投資家が享受することは難しいものになっています。田辺三菱製薬を完全支配下に置くことで、同社のリソースを活用しきれる三菱ケミカルHDの立場にならないと享受できないメリットです。ただし、問題はその対価が適切な水準のものかどうかです。

親子上場は道義的に責められるべきものではなく、経済合理性の観点から議論されるべきものだと考えます。最近では、ヤフーとアスクルの問題が耳目を引きましたが、これは親子上場特有の問題ではなくて、ガバナンス自体の問題です。

経済合理性を追求する中で、法的安定性や法的予見性を高めておくことで、経済活動がやりやすくする。そのための企業法制であり上場規程なのです。親子上場の形式そのものが問題なのではなく、実質的に経済合理性がある選択になっているかどうかが問題なのです。

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(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、過去及び現在を問わず、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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