■ 貸出金利低下による低収益を手数料上げで補う戦略ではないことだけは確か
有人窓口サービスを縮小して自動化・デジタル化する最近の経済事象を表す事例のひとつとして読むのもいいのですが、こういう時こそ、そうした企業行動の背後に潜むどんな経済理論や経営理論が用いられたのか、邪推するのも一興でしょう。
2018/7/16付 |日本経済新聞|朝刊 (エコノフォーカス)銀行、値上げで賭け ATM引き出し・窓口の両替手数料 増収よりネット誘導
「銀行がじわりと値上げに動いている。ATMや両替の手数料など、気が付けばあちこちで値上げや有料化が目立ち始めた。ただ銀行側の狙いは収入の拡大よりむしろ、維持費がかさむリアルのサービスから、低コストのネットへと顧客を誘導することにある。値付け戦略をテコに、ビジネスモデルを変化させられるかが腕の見せどころだ。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
(下記は同記事添付の「銀行サービスは店頭窓口やATMが割高に」を引用)
記事によりますと、各行のサービス有料化の波は進行中だそうで。
・両替の窓口手数料
一定数までは無料だったものが、昨年からメガバンク(三井住友銀行、みずほ銀行、三菱UFJ銀行)が相次ぎ有料化
ゆうちょ銀行は13日、顧客間の送金手数料を毎月2回目から有料化を発表
・住宅ローンの繰り上げ返済の手数料上げ
みずほ銀行では、窓口で5400円からだったが4月から3万2400円
・ATM現金引き出し
新生銀行では10月から108円の手数料をとる
(下記は同記事添付の「貸出金利は下がり、経費は増えている」を引用)
こうした手数料の有料化や値上げの背景には、経営環境の厳しさがあると言われています。日銀のマイナス金利政策で貸出利ざやは減少し、国内銀行の貸出約定平均金利は直近で0.6%台まで下がっているためです。
従来は、潤沢な金利収入で各種サービスにかかる手数料を無料か低料金に抑えて、預金集めの手段としていたのですが、金利収入の利ザヤ急降下に、もはや体裁を気にしていられない、という方針転換です。
■ メガバンクの各種サービスの有料化に伴う価格と需要のお話
窓口やATMにおけるサービス手数料を上げれば、一見、そうしたサービス収入は増えそうにも思えますが、必ず一定の割合で利用減も予想されます。最終的に値上げが収益にそのままプラスになるかは、「価格弾力性」が問題になります。
価格弾力性とは、価格の変動によって、ある製品の需要と供給が変化する度合いを示す数値です。消費者の立場から見た需要の価格弾力性の場合、下記式で表されます。
需要の価格弾力性 = 需要の変化率/価格の変化率 (ともに絶対値)
例えば、メガバンクがサービス手数料の価格を10%値上げしたときに、需要が5%減少したとすると、価格弾力性は0.5となります。この数値が「1」を切る場合は、値上げがその商品/サービスからの総収入を減らすことになります。
メガバンクは各種サービス手数料の価格弾力性をどのように試算しているのでしょうか。恐らく、「1」を切ってもいい、むしろ「1」を切ってほしいと考えていると思われるのです。メガバンクと雖も、利潤最大化を目指す営利企業なのに、損してもいいとはどういった理屈なのでしょうか?
ここに、マーケティング理論におけるプライシング(値付け)の考え方を適用することもできそうです。バリュープライシングというもので、もの/サービスの価値と価格のバランスをとって値付けをするものです。
メガバンクにとって、窓口の有人サービスの人件費やATMを維持するシステム保守費がバカにならないので、ネットサービスの方に顧客の志向を傾けさせたい。その場合は、減らしたい商品やサービスの価格をそれらが本来持っている価値以上に上げてみるのです。これを「オーバーチャージ価格」といいます。この場合は、相対的に窓口サービスやATMサービスより、ネットやスマホによるデジタルサービス(ネットバンキング)の方にお値頃感を持たせて、顧客の需要をそちらに自然と流れるように仕向ける、というわけです。
⇒「値決めと管理会計」
さらに、この考え方を補強するために、また経済学の引き出しから理論を持ってくるのですが、「ナッジ理論」でもメガバンクの行動を説明することができます。
「ナッジ理論」とは、人は合理的ではないことを前提にして、選択肢を制限することもなく、特別な報奨を用意することもなく、行動の修正を促す手法です。
⇒「ナッジで人の心理に働きかける(1) 2017年ノーベル経済学賞受賞のリチャード・セイラー教授の行動経済学」
ナッジ理論は、非合理的でバイアスに大きく影響される人間の意思決定モデルを前提に、どうしたら人々の心理的な要因を逆手にとって、望ましい行動を結果として得られるかを考えるものです。ここに、今回のメガバンクの採用した、窓口サービスとATMサービスの有料化・高額化が、円滑に自社のネットバンキングサービスに移行するのか、を見定めるポイントがあるのでは、とみています。
■ メガバンクの各種サービスの有料化は諸刃の剣。今度はスイッチングコストとの葛藤へ
新聞記事にあるとおり、メガバンクの狙いが「店頭やATMのサービスが有料ならネットバンキングに切り替えよう」と顧客を上手にネットへと誘導できれば、
「銀行の経費は海外での規制対応もあり右肩上がりで増える。3メガバンクで計5兆9266億円(18年3月期)と5年間で約1兆円増だ。相対的にコストが安いネットへの移行が進めばコスト削減が期待できる。」
と言われているコスト削減効果も現実のものにできましょう。しかし、そこには、大きな障壁があると言わざるを得ません。
「一方、デジタル化はもろ刃の剣でもある。異業種からの参入障壁を一気に下げるからだ。
決済ではネット企業の新規参入が相次ぐ。「楽天ペイ」「LINEペイ」といったスマートフォン(スマホ)を使うキャッシュレス決済が始まり、ネットユーザーの利用が急伸。スマホを経由した個人間のお金のやりとりも増えると、銀行の存在感は薄れていく。
消費者から選ばれるには何が必要か。デジタル化で削ったコストを活用し銀行ならではの強みを発揮できるかが勝負だ。」
そうです。他社サービスの乗り換えという問題があるのです。ネットバンキングに思いっきり舵を切れば、元からそこに立地していたIT企業とガチンコ勝負になります。
2018/7/10付 |日本経済新聞|朝刊 (Beyond the Finance)LINE、なるか決済革命いつでもどこでも無料送金 7500万の顧客情報で収益
「電子メールより簡単に連絡を取り合える「対話アプリ」で名をはせたLINEが「銀行」への道を走り始めた。電子決済サービス「LINEペイ」を今後3年で拡散させる計画を打ち出した。全国どこでも24時間365日、手持ちのスマートフォン(スマホ)で送金できる。しかも無料だ。7500万人の利用者に「決済革命」が起きれば、既存の銀行業を根底から揺さぶりかねない。」
ユーザ基盤の大きさでいえば、LINEの「決済革命」と称した新戦略、
①3年間小さな飲食店や商店から受け取る手数料をゼロにする
②端末の初期費用は一切かからない
というのは、メガバンクの今後のデジタル化戦略にも大きな課題となって降りかかることが予想されます。
(下記は同記事添付の「LINEの利用者数はメガ銀の口座数を大きく上回る」を引用)
同じネット/デジタル決済サービスで勝負するといっても、メガバンクとLINEをはじめとするIT系企業とは、拠って立つ事業モデル(どこでマネタイズするか)が異なるところがポイントになります。
「銀行と系列のクレジットカード会社は手数料で稼ぐ。一方、LINEは決済で得られるデータや顧客情報を収益につなげる。手数料を払う習慣が崩れれば、既存金融は追い込まれる。」
メガバンクにとっては、ゼロ金利政策とIT企業の存在は、前門の虎、後門の狼ともいえましょう。そうした事業環境の中で、メガバンクがネットバンキングにシフトすると、IT企業と同質的なサービスでがガチンコ勝負するのは得策ではありません。自ら決済サービスという市場の参入障壁を下げることになり、自社(自行)で保有している優良顧客に、自行と他社の選択の自由を与えてしまうことになるからです。
そこでは、リアルで強みを持つメガバンクならではの、差別化を図れるネットバンキングサービスを展開し、他社に流れるスイッチングコストを高くつくものにして、顧客離れを防ぐ必要があります。残念ながら、本ブログでその処方箋を明示的に示すことはできませんが、競争的戦略をどう捉えればいいか、フレームワークを考えるうえで良い題材になれば幸いです。
<まとめ:取り上げた理論>
・価格弾力性
・バリュープライシング(オーバーチャージ価格)
・ナッジ理論
・参入障壁
・マネタイズ
・スイッチングコスト
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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