本格的リニューアル構想中のため、一部表示に不具合があります m(_ _)m

パナマ文書にもめげず米当局企業課税逃れに新規制、結果としてファイザー、アラガン買収断念 ー 日本経済新聞まとめ

経営管理会計トピック 経済動向を会計で読む
この記事は約18分で読めます。

■ パナマ文書が米税務当局の強硬姿勢をこのタイミングで引き出したとの見方も

経営管理会計トピック

2016/4/3に、『パナマ文書』が全世界に公表されました。様々な立場の人の利害関係の上にこの秘密文書がリークされましたが、米当局はそれに屈せず(逆に促された面もあるとの情報もありますが)、翌4/4に課税逃れ新対策を公表します。『パナマ文書』は別の投稿にとっておいて、今回は、米国の新課税ルールとそれを受けて、ファイザー・アラガンの企業統合断念までの流れを追っていきたいと思います。

2016/4/5付 |日本経済新聞|夕刊 米、企業課税逃れに新規制 海外移転の税控除制限

「【ワシントン=河浪武史】米財務省は4日、海外企業とのM&A(合併・買収)を使った米企業の節税策を防ぐ追加規制を公表した。米企業が海外勢と合併して税率の低い第三国に本社を設立した場合、米国に残る子会社の税控除を制限するのが柱だ。製薬大手などが節税目的で米国から本社を海外に移すケースが相次いでおり、11月の大統領選でも規制強化が論点の一つになっている。」

(下記は、同記事添付の米国の国際課税を取り巻く現況を開設した説明図を転載)

20160405_米企業の海外流出が相次ぐ_日本経済新聞夕刊

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「米国の連邦法人税率は35%と主要国で最高水準にある。国際競争にさらされる米企業は株主らの圧力もあり、税率が低い国の企業とのM&Aで本社を米国外に移す例が増えている。
 昨年11月には製薬大手のファイザーがアイルランドの同業、アラガンと合併すると発表。税率が12.5%と低い同国に本社を移すことで、年20億ドルもの節税効果を狙ったとされ、議論を呼んだ。」

(下記は、同記事添付の取り沙汰されているファイザー本社の写真を転載)

20160405_ファイザーとアラガンの合併の発表は議論を呼んだ(米ニューヨークのファイザー本社)=ロイター_日本経済新聞夕刊

(国際税務、タックス・インバージョン、ファイザーと米当局の動向についての参考)
⇒「(真相深層)「結局は増税?」企業警戒 国際課税新ルール、強まる懸念 主要国、はや足並み乱れ -国際税務の超入門
⇒「国際税務、秋の陣 G20で 日本政府による法人税減税策の効果やいかに
⇒「欧州委、アップル税優遇は違反 アイルランド税制巡り
⇒「国際企業、税逃れ歯止め OECD指針 グループ取引報告義務
⇒「グローバルオピニオン 米法人税の改革が必要

 

■ 米税務当局の新規制の内容:M&Aで低減税率国・地域への本社移転を阻止!

前章で取り上げた新聞記事から。

「今回の追加策は、M&Aで海外に本社を移した米企業の税控除を制限するのが柱だ。例えば税率が低い第三国に本社を移し、その本社から米子会社が巨額の融資を受けた場合、利払いを課税利益から控除できるため、米子会社の納税額は少なくなる。新規制ではM&A後の企業を監査し、融資が事業向けではなく節税目的だと判断すれば、課税を強化する。オバマ政権は企業の課税逃れに神経をとがらせており、財務省がM&Aを使った節税策の規制を公表するのは今回が3回目だ。」

低税率国・地域へ登記上の本社を移すことによって、節税を行うことは、「租税回避(タックス・インバージョン)」の代表的な手法の一つになります。

本件に対する米国当局の動きは次の2つ。

「ただ、4日に記者会見したルー財務長官は「新しい法律を作らなければ、節税目的の企業移転は防げない」と述べ、抜本的な制度改正がない中では、財務省の規制に限界があることを認めた。企業の海外流出の根本原因は35%と高止まりする税率にあり「企業税制の構造改革が最善の道だ」(ルー氏)と強調する。」
「オバマ政権は連邦法人税率を28%(製造業は25%)に下げる一方で、企業の海外留保資金に強制課税する税制改革案を提案済みだ。もっとも国際展開する大企業は「事実上の増税」と反発し、議会多数派の野党・共和党の反対もあって実現のメドはたたない。」

国際的に相対的高税率となっている法人税率の低減と、海外留保資金への強制課税。逆に、日本は、法人税減税を行うと共に、海外からの資金還流に関しては、わざと低税率に留め、日本への還流を促しているのが現況。国によって、税務政策に若干のズレが生じていることは大変興味深いものがあります。

次のように、現在盛り上がっている米国大統領予備選でもこの話題は政策論争の渦中にあります。

「「オバマ税制改革」は不発に終わりそうだが、企業の巨額節税には有権者の反発も根強く、11月の大統領選でも論点の一つになる。民主党有力候補のヒラリー・クリントン前国務長官は、節税目的で海外移転する企業には「出国税」を課すと表明。共和党候補のドナルド・トランプ氏も、自らに近い著名投資家、カール・アイカーン氏の提言もあって、課税逃れ対策の強化を公約に掲げている。」

 

『パナマ文書』で傷つく米高官がいない不思議

オバマ米大統領は、次の記事で理想を高らかに謳い上げます。

2016/4/6付 |日本経済新聞|夕刊 米大統領「税逃れ回避、連携を」

「【ワシントン=川合智之】各国の首脳や著名人がタックスヘイブン(租税回避地)を使っている実態を示す文書が暴露された問題を巡り、オバマ米大統領は5日の記者会見で「租税逃れは世界的な大問題であることを改めて示した」と述べた。「(租税逃れの)多くの行為は合法だが、それ自体が問題だ」と指摘し、各国が連携して対処するよう呼びかけた。」

「オバマ氏は「米国には富裕層や大企業だけが使える抜け道がある」と強調した。米財務省が4日に発表した海外企業とのM&A(合併・買収)による米企業の節税への追加規制の重要性も訴え、20カ国・地域(G20)首脳会議などの枠組みで国際社会が協力して対策を取る必要があるとした。」

高らかに、オバマ大統領は、『パナマ文書』を逆手に取り、タックスヘイブンを使った合法だが行き過ぎの節税行動に警鐘を鳴らし、米国の新規制(タックスヘイブンを含む低税率国に本社を移した米国企業への税控除を制限する)の正当性を高らかに表明しています。『パナマ文書』に米国高官の名前がない事実に薄ら思い気がするのは筆者だけでしょうか? 逆に、文書には、ロシアのプーチン大統領や中国の習近平国家主席の名前があるんですがね。(^^;)

 

■ 米国税務当局の新規制によるファイザーの決断

ここに、ファイザーは大きな決断を下すことになります。

2016/4/7付 |日本経済新聞|朝刊 ファイザー、買収断念 同業アラガンと巨額合意一転 米の節税規制強化で

「【ニューヨーク=山下晃】米医薬大手ファイザーとアイルランドの同業大手アラガンは6日、合併を撤回すると発表した。米財務省が節税目的のM&A(合併・買収)に歯止めをかける新たな規制を発表し、節税効果が見込めなくなったことが響いた。税務のテクニックを駆使して税負担を減らしてきた米国の多国籍企業は戦略の見直しを迫られる。」

ファイザーは4/6、合併破談の理由を「米財務省の新たな規制導入のため」と説明しました。この施策変更により、ファイザーはアラガンに合併作業にかかった経費として1億5000万ドル(約165億円)を支払うことになります。ファイザーによるアラガンの買収が成功すれば総額1600億ドルと、歴代2位の大型M&Aになるはずでした。

(下記は、同記事添付のファイザーのイメージ写真を転載)

20160407_17兆円を超える大型M&Aになるはずだった=AP_日本経済新聞朝刊

ファイザーの今回のM&Aの主要目的は、記事にあるように法人税負担の軽減でした。

「ファイザーとアラガンが合併で合意したのは昨年11月。ファイザーはしわとりのヒット薬「ボトックス」やドライアイの治療薬に強いアラガンを取り込み、世界最大級の製薬企業をめざした。法人税率が12.5%と米国より低いアイルランドに本拠を移し、税負担を軽減するのも狙いだった。」

(下記は、同記事添付のアラガンのイメージ写真を転載)

20160407_アラガンのロゴ=AP_日本経済新聞朝刊

ただし、ファイザーの本社移転によるタックス・インバージョン施策はこれが初めてではありません。

「アラガン買収の破談はファイザーにとって節税目的のM&Aの2回目の失敗だ。14年には米国より税率の低い英国の製薬大手アストラゼネカに買収を提案したがアストラゼネカが拒否。提案の取り下げに追い込まれた。」

しかし、ファイザー(とその主要株主)が何度も租税回避(タックス・インバージョン)を試みるのには、それ相当の理由があるようです。

「米国は法人実効税率が約40%と、先進国で最も高い。世界経済の成長が鈍るなか、多国籍企業は節税で株主利益を最大化してきた。「米国外の税率の低い国の企業をどう取り込むかが、ここ数年のM&Aのテーマだった」(米投資銀行幹部)
 ゴールドマンなどのまとめによると、税務戦略の駆使で2015年の米主要500社平均の法人実効税率は30%を下回った。ファイザーとアラガン合併は、こうした流れに危機感を強める米政府の格好の標的となった。オバマ大統領は5日の記者会見で「米国には富裕層や大企業だけが使える抜け道がある」と強調。企業の節税への規制強化の重要性を訴えた。」

(下記は、同記事添付の米国の法人税率の各国比較グラフを転載)

20160407_米国の法人税率は主要国で最も高い_日本経済新聞朝刊

 

■ 米多国籍企業のM&A戦略練り直しの影響を分析

同日の記事から。

2016/4/7付 |日本経済新聞|朝刊 多国籍企業、M&A戦略練り直し グーグルは追加納付

「【ロンドン=黄田和宏】ファイザーによるアラガンの買収断念で、多国籍企業の税務戦略は大きな転機を迎えた。世界的な規制の潮流が事業を運営する国や地域で法人税の納付強化を求めており、本社移転や複雑な仕組みを利用した節税が難しくなっている。」

(同記事添付の税逃れ批判に対する多国籍企業の対応一覧表を転載)

20160407_税逃れ批判に対する多国籍企業の対応_日本経済新聞朝刊

まずは、低法人税率に本社を移す戦略について。

「法人税率の低い国に本社を移転する目的のM&A(合併・買収)はタックスインバージョン(租税地変換)と呼ばれ、これまでも批判が強かった。米製薬大手アッヴィもアイルランドの同業シャイアーとの統合が撤回に追い込まれた。
3月に合併を発表した米調査会社IHSと英金融情報会社マークイットも米国の規制強化を受けて対応に追われた。両社は統合後の本社を英国に置く方針だが、米国による新たな規制が統合計画に影響しないとの声明を急きょ発表した。」

このほかに、多国籍企業が取り得る節税策として、わざと低税率国を中継する複雑なグループ内取引をしくんだり、取引の名目を取り繕って(研究開発、ロイヤリティなど)、低税率の課税で済むような工夫をしているケースもあります。

「欧州の規制当局も、多国籍企業による税逃れに対して厳しい姿勢を示している。欧州委員会はオランダによる米スターバックスに対する優遇税制や、ルクセンブルクと欧米フィアット・クライスラー・オートモービルズの節税策を違法と判断し、企業は法人税の追加納付を命じられた。」

こうした国際課税強化の動きに、企業側も、レピュテーション管理の視点から、あえて当局と争わない姿勢を示し始めます。

「規制強化に対応し、企業も税務戦略を転換しつつある。今年に入り、グーグルは英税務当局と法人税の滞納分を追加納付することで合意。フェイスブックも法人税の納付を拡大する方針を示している。経済協力開発機構(OECD)なども多国籍企業の租税回避を取り締まる動きを見せており、企業が度を超した節税行為を続けるリスクは高まっている。」

 

■ 次は海外市場ウォッチャーによるコラム記事での取り上げられ方を確認してみます

それでは、最後に、日本経済新聞に掲載された海外市場ウォッチャーと海外メディアの声を追っていきます。

2016/4/7付 |日本経済新聞|夕刊 (ウォール街 ラウンドアップ)米大型M&A白紙の余波

「「試合が始まった後にルールが変わった。アメリカらしくない」。米テレビに出演したアラガンのブレント・サンダース最高経営責任者(CEO)は不満を漏らした。
6日のダウ工業株30種平均は3日ぶりに反発。原油高が追い風となったエネルギー株と並んで米株相場をけん引したのは5%高となった米製薬大手ファイザー。6日に同業のアラガンとの合併見送りを発表し、皮肉にも目先の買収負担に対する懸念が払拭された。」

皮肉にも破談になったファイザーがアラガンとの合併作業に要したこれまでの事務作業コスト、約165億円をどぶに捨てることになっても、それ以上の合併負担を被ると市場は評価していたことになります。これでは、株主からのプレッシャーにより、なりふり構わずタックスプランニングを駆使してでも配当支払いと株価維持に努めてきたファイザーの経営者というのが、何とも哀れな姿で目に映ります。まあ、株主と言っても十派一絡げにはできません。合併話を推してきた株主は、どういう素性なのか、それが問題です。

「ファイザーがアイルランドに税務上の本社を置くアラガンを1600億ドル(約17.6兆円)規模で買収すると発表したのは昨年11月。合併により低い税率を適用する狙いがあった。実現しなかった英医薬大手アストラゼネカへの買収提案に続き2度目の試みだ。
「タックス・インバージョン」(納税地変換)。M&A(合併・買収)を機に税率の有利な地域に税務上の本社を移す税務戦略の一種だ。
米財務省がこれを防ぐために4日、ルール変更を打ち出し、ファイザーとアラガンの合併破談の引き金を引いた。サンダースCEOは「標的にされた」と訴えたが、確かにその可能性は高い。」

ファイザーが米国税務当局から狙い撃ちされたとの恨み節も気持ちとしては理解できますが、米国当局の論理は次の通り。

「複雑な税制の隙間をついてタックス・インバージョンは可能になる。条件を満たすには時価総額がある程度近いことが前提となっている。規模が小さい企業の買収は容易なため、安易な節税策を防ぐためだ。昨年の買収合意時にはファイザー、アラガンの時価総額はそれぞれ約2000億ドル、約1200億ドルだった。
今回のルール変更では企業規模を勘案する上で「過去3年間、買収による規模拡大は認めない」点が加わった。アラガンは2014年からアクタビスなどとのM&Aで急激に規模を拡大。ファイザーは「タックス・インバージョン」を実現させる税率低減の「特効薬」として着目した。米財務省はこの点を突いた。」

4/5の初出記事ではなく、コラム記事で、米国税務当局の新規制の内容が報道されようとは。最初の報道は、イベントのニュース性を伝えるのみで、その内容まで深くは報道してくれません。このブログ記事にように、全てのインプットをたった一紙のみの経済紙に限ったとしても、タテ読み(一つのテーマを追って、時系列で記事をトレースしながら読んでいくこと)が、事物の分析に有効である証左となります。

「ヘッジファンド業界は大慌てだ。アラガン株は4日の規則改正を受け5日に約15%安と急落。6日は3%高と持ち直したが、傷は深い。アラガンはヘッジファンドが好んで保有してきた銘柄だ。
市場は当初からこの合併計画に懐疑的で、アラガン株は買収が成立した場合の理論値を下回って推移していた。つまり買収成立で利益を上げる機会もあり、これを狙うヘッジファンドの資金も少なからず流入していた。」
「14年10月に医薬のアッヴィとシャイアーが財務省のルール変更を機に合併を白紙に戻した際も損失を被るヘッジファンドが多かった。年初から運用不振に苦しむヘッジファンド業界だが、また一つ痛手を負ったようだ。」

アラガン株がヘッジファンドが目をつけるぐらいに、合併時の理論値を下回る株価で推移していたということ。これは、市場参加者の大勢は、合併比率がアラガンに有利すぎる=比率見直しの可能性大、もしくは、合併話が流れる可能性がある、と呼んでいたことになります。ヘッジファンドをも出し抜く情報通の存在。うすら寒い思いがここでもします。

 

■ 米国大統領選挙での駆け引きと米国議会やロビー活動がこの税務政策を左右している。 結局は政治なのか。。。

最後は海外紙における記名記事での論評のされ方を確認してみます。

2016/4/10付 |日本経済新聞|朝刊 日曜に考える グローバル(FINANCIAL TIMES)「大衆主義から良薬」もある 米国版編集長 ジリアン・テット

「米アップルの最高経営責任者(CEO)ティム・クック氏のような人物が、共和党大統領候補としてのし上がるドナルド・トランプ氏と意見を同じにするような問題は多くないが、法人税はその一つだ。
アップルは世界各地で稼いだ利益を海外に保有している。だが近年、その利益を低い税率で本国に還流できるようにする措置を求めて、ほかの米ハイテク企業とロビー活動をしてきた。
今のところ、この活動は具体的成果を生んでいない。米企業が海外にため込んでいる利益額が膨らんでいるのは(ブルームバーグによると、その額は内部留保を含めると2兆ドルを超える)、アップルなどの企業がこうした資金を米国に還流させる際、課せられる35%の税金を払いたくないからだ。」

この件については、4/4の記事紹介でも触れましたが、オバマ現大統領が米国企業に法人税率引き下げの対価として、海外所得への強制課税を打ち出したものの、下院で過半を占める共和党に阻止された動きがあることはすでにご承知のことと思います。

「資金を還流させる際の税負担の軽減は検討されたが、米議会における政治の停滞により何度も阻止されてきた。例えばオバマ大統領は昨年、海外で生じた利益の蓄積をインフラ投資に使うため米国に還流させる場合は、一度だけの例外措置として14%という低い税率を適用することで2380億ドルの追加税収を確保することを提案した。翌年以降は海外利益に19%を課税する計画だったが、この提案は議会でつぶされた。」

「だが米財務省が4日に、企業のタックス・インバージョン(租税地変換)を阻止しようと発表した規制が、いかに市場に衝撃を与えたか見てほしい。これを受け米医薬品大手ファイザーはアイルランドの同業アラガンとの1600億ドルに上る合併計画を撤回した。」

(下記は、同記事添付のファイザーのイメージ写真を転載)

20160410_米財務省が発表した新規制により、ファイザーはアラガンとの合併計画を撤回した=ロイター_日本経済新聞朝刊

このように、米国当局(オバマ政権)が巨額の海外資産の米国還流を促進しようと画策しても共和党に潰されてきましたが、租税回避(タックス・インバージョン)を阻止する今回のM&A絡みの課税強化策については、M&A後の融資の質にまで踏み込む内容となっており、それは、大統領選のトレンドもあり、課税の平等や拡大する所得格差の緩和への特効薬のひとつと選挙民の目に映り、共和党(とその大統領候補者たち)も抗えないものであったようです。

「この措置が導入されたのは、トランプ氏や民主党の大統領候補指名争いでリードするクリントン氏らが選挙戦でインバージョンの問題点を痛烈に批判した後のことだ。アイルランドのような税率の低い国に本社を移すことを目的に合併を進め、米国での納税額を減らすのは問題だと彼らは強く指摘したのだった。」

「だから投資家は、利益の還流は、トランプ氏の意見が明瞭で、かつ珍しく的確なテーマの一つであることに留意した方がいい。同氏は、米企業が「現金を持ち帰り、米国で活用する」場合は、一度だけ税率を10%に引き下げるという税制案を提案している。トランプ氏の顧問は、現金が雇用創出に使われる明確な証拠があれば、税率をさらに下げることも可能だと非公式に話している。
これをポピュリストの票集めのための提案だと片付けるのは簡単だし、トランプ氏が大統領に就任すると考えるのはまだかなり非現実的に思える。だが、それは今の問題の本質と関係ない。トランプ氏はこの数カ月、有権者がどんなことを考えているかをつかむにあたり見事な能力を発揮してきた。そのため、かつては資金還流を巡るマニアックな議論が、来年はしっかり主流になっていそうだ。」

この上記トランプ氏の政策提言は、オバマ政権が提案して共和党が阻止したものを逆提案しています。この辺が、右の強硬派トランプ氏が、「ポピュリスト」として現在のところ、共和党予備選挙にて支持率TOPを走る一因でもあることの証左でもあります。

「これは意外に思えるかもしれない。というのも今はポピュリズムが台頭しており、怒れる有権者は通常、経済が厳しいこの時期に裕福な企業を税制上優遇することを好まない。だが、トランプ氏の選挙運動、そして次第にクリントン氏、民主党指名争いのライバルであるサンダース氏の言葉遣いを見ていると、雇用創出や米国の利益の保護ということが、今回の選挙の重要なテーマとなっていることが分かる。数十年前にフランクリン・ルーズベルト大統領が行ったような大規模インフラ投資を進めるというのも重要なテーマだ。」

この『パナマ文書』の一般へのリーク、米国大統領選、ポピュリズムの台頭、すべてが一点でつながりはしませんか?

 

■ どこで課税するのか、だれが租税権を有するに適しているのか?

課税権の「属地主義」は、今や世界の潮流。どこで、どんな所得に対して課税するのか、OECDやG20でホットな話題になっています。

同記事続きから。
「従って、税の還流をナショナリストの言葉に包み直せば、オバマ氏が通すのに失敗したような理屈っぽい提案が大きく進展する可能性がある。米産業界には、そうした提案を支持する強いインセンティブがある。まず、パナマ文書の公表でオフショアのタックスヘイブン(租税回避地)に対する反発が高まっている。また、アップルのクック氏のような経営者は、米企業が海外で積み上げた利益に課税する権利が欧州連合(EU)加盟国にあるかどうかを巡り、EU本部と激しい政治的な戦いを繰り広げているという点がある。」

税は、公共サービスの対価として当然負担すべき、という考え方もあります。問題はその金額・負担率の大小だけという意見も。さすれば、そもそもの法人税負担率の格差が大きいことが、こうしたタックス・インバージョン問題が発生する諸悪の根源とも言えます。

「これはもちろん賢明な租税政策を生み出す方法ではない。米経済に必要なのは、大衆受けする一時的な租税地変換の禁止や海外利益の本国還流に対する税の優遇措置ではない。国の法人税率を競争力あるグローバルな水準(例えば25%)に引き下げる一方、税の抜け穴をふさぐ包括的な改革案を進める方が望ましい。そうすれば、海外に資金をため込む合理的理由がなくなるからだ。」

「だが現実には、本国還流に対する税率を10%に下げるだけでも、間違いなく今の悲惨な状況よりはましだ。米企業の海外に保有する現金が増え続け、欧州との税を巡る闘いが展開され、インフラがお粗末なまま放置されるのは、誰にもプラスにならない。
いずれにせよ重要な点は、投資家が税の還流を巡る行き詰まりが今後も続くと考えるとしたら、それは違うということだ。ポピュリズムは時折、驚くようないい政策を生み出すことがある。つまり、ポピュリズムは何もかもが悪いということではないのだ。」

一方で、雇用創出と、法人税引き下げ単位当たりの徴税増加率を考慮した、法人税率の引き下げ競争が主要国でも活発になっています。それは、国内における地方公共団体で全く同様の競争状態に陥っています。

⇒「20県、本社移転で税優遇 長野は法人事業税95%減

こうした企業誘致合戦と、法人税率引き下げのチキンレース。まともな国同士はチキンレースで済みますが、そもそもその競争の土俵から外れているタックスヘイブン諸国・地域は、まともな競争にさらされているG20やOECD加盟国にとっては目の敵。その辺の力学が『パナマ文書』リークの一因でもあります。

今回は、長文の投稿となりましたが、一回の投稿記事で国際課税の表のストーリーの全容に対する報道をひと舐めするには仕方のない文字数でありました。
(通常の2~3倍の文字量ですよ!)(^^;)

では、裏ストーリーである『パナマ文書』の話はまた別の機会に。

コメント