■ 円安が与える増益効果は本当は3つあるんです
新社会人の教育目的で連載されているこのコラムは本当に会計基礎を学ぶのに適切な記述レベルのものですが、最近の会計基準や財務諸表の表示ルールに十分にキャッチアップしきれていない点があり、今回はちょっと一言言わざるを得ないレベルだったので、コンパクトな記事ですが、解説を付けたいと思います。
2015/4/14|日本経済新聞|朝刊 (わかる財務)決算の読み方(8) 円安に2つの増益効果
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
「輸出企業の増益理由として大きいのが円安効果だ。円安が収益を押し上げる経路は主に2つある。一つは外貨建て売上高を円換算した際の金額の増加だ。3万ドルの自動車を1台売ったとする。1ドル=100円なら円換算の売上高は300万円だが、1ドル=120円なら360万円になる。何もしなくても売上高が60万円増える。」
「円安効果のもう一つが営業外収益に計上する「為替差益」だ。外貨建ての売上債権や預金などの資産を持っている企業は、円安になると円換算の資産額が増える。この影響を会計上の利益として反映させる。営業利益には関係ないが、経常利益や純利益が増える。」
(2015年4月14日:日本経済新聞朝刊より下図転載)
■ 「利益」の意味は「純資産」の増加額
3つめを説明する前に、そもそも「利益」とは何か、のお話をします。
IFRSとのコンバージェンスの動きの中で、日本の会計基準も、株主目線で、株主が出資した「純資産(正確には株主資本)」の増減を詳細に説明する方向に変容してきています。つまり、1年間頑張ったビジネスの結果としての今年の業績を表す「利益」、という意味付けから、昨年末に株主が出資した「純資産(株主資本)」が、この1年間でどれくらい増えたのかの変動分を「利益」として表現する、という意味付けに変わってきたということです。
従来の利益の見方は「損益アプローチ」、純資産の増分としての利益を見る立場は、「負債・資産アプローチ」と呼ばれたりします。
2つの利益の見方については、
⇒「損益計算書の弟誕生の秘密」
従来の「損益計算書」は、1年間の経営者の頑張りを「当期純利益」で表していました。しかし、「貸借対照表」では、「損益計算書」の最終計算結果(いわゆるボトムライン)である「当期純利益」の多寡とは、別の尺度で勝手に「株主」目線で、「純資産」を時価評価(公正価値評価)して、「純資産」を増やしたり減らしたりしていました。
こういう「損益計算書」と「貸借対照表」がつながっていない関係のことを、「ダーティ・サープラス関係」といいます。IFRSでは、「損益計算」は、「貸借対照表」の項目である「純資産」の増減を意味させ、「損益計算書」と「貸借対照表」を再び連動させるようにしました。この連動する2つの財務諸表の関係を「クリーン・サープラス関係」といいます。
「損益計算書」と「貸借対照表」の関係を「クリーンに(完全連動)」させるために、「損益計算書」が表す「利益」を「包括利益」というものに衣替えさせました。そこで、「包括利益」を表現するのに、「損益計算書 + 包括利益計算書」を1表で作成してもよいし、それぞれ2表で作成してもいいことにしました。
こうすることで、「包括利益」を挟んで、「損益計算書」「包括利益計算書」陣営と「貸借対照表」陣営とが同盟を結び直し、お互いの数字の連動性を担保する時代がやってきたのです。
「包括利益計算書」が「損益計算書」と「貸借対照表」つなぐ構造については、
⇒「包括利益計算書を斬る(1)」
■ 円安が影響を及ぼす3つの「利益」
そこで、円安が「損益計算書」と「包括利益計算書」という「利益」を表示する財務諸表の中で、どのように財務数字に影響を及ぼすのか、下記に図示します。
(1)外貨建ての売上高を円換算することで、「営業利益」が増える
(2)外貨建ての売上債権や預金などを円換算することで、「経常利益」「税引前利益」が増える
(3)連結決算時に、在外子会社(日本円以外で単体財務諸表を作る子会社)の「貸借対照表」を円換算することで、「包括利益」が増える
これは、新聞記事に事例が無いので、会計ロジックを説明します。
とある米国企業を買収して子会社にする時、1ドル=100円の換算レートで、100ドル(10,000円)を投資しました。計算を簡略化するために、負債はゼロとします。丁度買収から1年経って決算を迎えたときに、米国子会社の資産額が150ドルになっており、その時の換算レートが、1ドル=120円ならば、米国子会社の資産額を円貨で評価すると、
150ドル × 120円 = 18,000円
と計算できます。では、この1年間で米国企業に投資して得た利益は、
18,000円 - 10,000円 = 8,000円 となりますが、
元々投資した100ドルは、
100ドル × (120円 - 100円) = 2,000円
これは、ただの為替変動による評価利益。
1年間のビジネスの結果増えた資産分の50ドルは、
50ドル × 120円 = 6,000円
これは、米国子会社の1年間の業績利益。
という風に分解することができます。前者の2,000円が、円安による増益。「為替換算調整額」として、「包括利益」に組み込まれ、円安による増益効果の3つめとなるのです。
※ 会計処理に詳しい方は、換算レートの違い「AR(Average-rate)」「HR(Historical-rate)」などの差異からの説明が無いとご指摘されるかもしれません。そういう方には、こちらの投稿でより詳細に為替換算の仕組みを説明していますので参考にしてください。
⇒「企業の自己資本、円安で20兆円増 上場企業、2年間で 日産やパナソニック、成長投資へ余力」
まとめると下図のようになります。
先述の富士重の為替が利益に及ぼす影響について。
新聞記事の参考チャートでは、FY14通期で売上高の評価による営業増益は、+940億円(推計)。為替差損が、▲78億円(3Q決算)。為替換算調整勘定は、+409億円(3Q決算)。
まだFY14決算発表前なのできちんと数字がそろっていませんが、富士重は十分に円安の恩恵を受けているようです。
ちなみに、同じことを次の新聞記事へのコメント投稿ですでに言及しています。
2015/1/24|日本経済新聞|朝刊 (きょうのことば)円安効果 企業経営に3つの利点
この記事では、円安が3つの経路で財務諸表に効果を及ぼすと説明しています。
1.期間損益を押し上げる効果
2.海外保有資産の円貨での評価額が高まる効果
3.販売競争力を強化する効果
会計的には、1.と3.は売上高を通じて営業利益に影響し、2.は経常利益(税引前利益)に影響します。ここでも、「包括利益」は無視されていたのですね。
今回の新聞記事を見たとき、3か月前のこの新聞記事がデジャヴとして頭の中に思い浮かびました。
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