■ 株式会社は株主が出資したお金を事業投資で運用するために設立されました
そもそも、株式会社は株主が出資をして、エンタープライズとしてプロの経営者が出資金を元手にビジネスを起こして、出資額以上のリターンをもたらせて、株主にも報い、自分もおこぼれ(役員報酬)にあずかるビジネスモデルを実践する器・装置だと理解しています。株主の都合で株式会社との間でお金を出し入れしても、通常は、私的自治の原則(契約自由の原則、会社自治の原則)で誰からも後ろ指差される筋合いのものではないのですが。。。
2018/6/14付 |日本経済新聞|朝刊 (真相深層)巨額の還元 東芝の苦悩 7000億円自社株買い 物言う株主に配慮 新たな成長戦略描けず
「東芝は13日、約7000億円の自社株買いを発表した。自社株買いは資金を株主に返す還元策。一時は債務超過で上場廃止寸前に追い詰められた東芝の復活を印象づけるが、そもそも昨年12月に6000億円の増資をしたばかりのはず。なぜ巨額資金を投資に回さず、株主に返すのか。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
同記事によりますと、6/11の「東芝メモリの譲渡完了で得られる譲渡益の一部で7000億円程度の自社株を取得する」との発表を受けて東芝株は急上昇し、終値は前日比7%高の337円をつけました。この値が263円から1.26倍、28%超のリターンを示すところに意味があります。
というのは、昨年度末時点で5000億円を超える債務超過を回避するために、9月に「虎の子」の東芝メモリを日米韓連合に売却する契約を結んだものの、中国の独禁法審査の先が見えないリスクを抱え、もし売却が間に合わなければ翌3月を2年連続債務超過で迎え、上場廃止になるギリギリの状態。これを回避するために、手ごわいアクティビストが揃う約60社の海外ファンド相手に、6000億円の増資を行いました。この時の6000億円の増資を行った際の発行価格が263円なのです。
(下記は同記事添付の「昨年増資を引き受けた主な投資家」を引用)
記事では、こうした海外ファンドのリターンが、6/13の終値を用いた年率換算で6割(正確には5.6割)に上ると指摘していますが、金融の世界における純投資としては、立派な投資成績を残したのだから、投資の目利きとして称賛されるべき事だと思います。
■ 暗に示される海外ファンドへの批判の含意の原因とは
社会の公器たる日刊紙が一部の立場に拠った意見を表明するわけにはいかないので、事実(ファクトベース)で淡々と経緯を説明しているのですが、表現にどうしても暴利を貪った海外ファンドへの批判的な精神が嗅ぎとれたとするのは、筆者の思い込みなのでしょうか。(^^;)
(下記は同記事添付の「自己資本は過去最高にまで回復する」を引用)
上記のように、前回増資から今回の自社株買いまで、半年しか経っていません。しかし、昨年度末は、2年連続の債務超過で決算を迎えれば、上場廃止に憂き目に遭っていたかもしれないのです。そうなれば次の資金調達には相当の困難を伴います。円滑な財務調達施策の維持のために、今回、東芝の財務責任者および経営陣は苦渋の決断をし、高い財務コストを支払ったわけです。
それは、エンタープライズとしての東芝という器を守り、ゴーイングコンサーンとして、顧客、従業員、海外ファンド以外の株主からの期待に応えるべく採った「最悪の中の最善」策と考えます。
逆に、東芝メモリの売却中止のリスクがある中で、債務超過・上場廃止をどうしても回避したい東芝経営陣の期待に応えて(弱みにつけこんで)、増資に踏み込んだ海外ファンドの読み筋の正しさを称賛する声があってもいいかもしれません。
もし、あなたが、東芝の一般株主として長期保有しているのなら、それはあなた自身の選択。いやならいつでも東芝の株主を辞めることができるのですから。どうです? スキームにもよりますが、今度の自社株買いに応じてみればいいのではないでしょうか?
■ 株主総会前の発表に事前取引の綾を見る!
6月27日の株主総会前の発表に裏取引云々の批判もあるのですが、総会前に大株主と対話をしてはいけないという制約ルールは存在しません。自社株買いが既定路線だったか、ファンドからの圧力だったかが、取り沙汰されていますが、そういう視点の批評は時間の無駄でしょう。それぞれの株主(投資家)としての投資スタンスの問題なのだから。
長期的なバイアンドホールドで、複利効果を狙った投資と、今回のような短期的なサヤを取る投資。どっちが筋がいいとか悪いとかという問題ではありません。投資家も会社を選べるし、会社も財務戦略の表明・IR(SR)を通じて、投資家(株主)を選ぶことができます。今回、東芝は緊急避難的に短期主義のファンドに出資を仰いだわけです。それは、長期の事業投資のための資金調達と、東芝経営陣も最初から想定していないわけですから。
記事では、
「「将来のM&Aに備えて現金を保有することは歓迎しません」。5月28日付で香港を拠点とするアーガイル・ストリート・マネジメントが東芝に送ったとされる書簡が市場で話題になった。約5%を保有する米キング・ストリート・キャピタル・マネージメントも保有目的を「純投資」から「状況に応じて重要提案行為などを行う」に変更した。」
というふうに、将来成長投資に自分たちが出資した分を振り分けることを拒否した株主には、自社株買いにより株主を降りてもらう方が、エンタープライズの中長期的運営にはかえって好都合でしょう。高い緊急避難コストだった。それだけです。
■ (おまけ)興味深い視点が報道されたので取り上げます
前章で言いたいことは言い切ったので、本章では、読んでて面白かった箇所を拾い出してみます。
2018/6/13付 |日本経済新聞|夕刊 東芝、7000億円自社株買い 財務改善、総会前に株主配慮
「東芝は大型増資で今年3月末に債務超過を解消し、上場廃止を免れた。さらに6月の東芝メモリ売却で1兆円超のキャッシュを手に入れ、一段と財務が盤石になった。
一方で昨年の増資を引き受けた海外ファンドなどからは「経営危機を脱した今、早急に自社株買いで増資に応じた株主に還元すべきだ」との声が強まっていた。そのため天然ガス関連や証券訴訟のリスク、構造改革費用などを考慮したうえで7000億円程度の自社株買いが適当だと判断した。具体的な株式取得方法は検討中という。」
まあ、6000億円→7700億円程度で、海外ファンドと手打ちをしたのでしょう。それ以外の記述はためにする後講釈です。
「東芝がこのタイミングで巨額の自社株買いの方針を表明したのは、27日に予定している株主総会対策との見方もある。株主の一部には「自社株買いなどの株主還元姿勢をみせなければ、車谷暢昭会長の取締役選任議案に反対する可能性もある」との声が出ていた。」
株主総会の会場で、この賛否を採決するくらいなら、事前に手打ちしておいた方が、総会は荒れずにすみます。賢明な事前調整だと思います。
2018/6/15付 |日本経済新聞|電子版 東芝、巨額還元が呼ぶ東証1部復帰への思惑 証券部 浜岳彦、須賀恭平
「東芝が13日に7000億円という国内最大規模の自社株買いを実施する方針を発表し、還元を求めていた東芝株を保有するファンドの間でも驚きと安堵の入り交じった声が出ている。東芝にとっても物言う株主との不協和音が静まり、視線を次の課題に向けることができる。その一つが、東京証券取引所1部への復帰だ。」
この自社株買いを東証1部への復帰と絡める見方がありました。
東芝は2016年4~12月期の四半期決算について、PwCあらた監査法人から内容の正当性を留保する「意見不表明」という判断を受けました。東京証券取引所の上場規程によると、2部から1部に復帰するには、直近5年間の有価証券報告書の監査意見が「無限定適正」か「限定付き適正」でないといけないため、早くても22年3月期の有価証券報告書を出すタイミングまで、つまり一正攻法によると、東芝の1部上場復帰には最短で4年かかるのです。
しかし、そこは蛇の道は蛇。東証2部の会社が1部の会社を吸収合併したり、株式交換で完全子会社化したりしてしまえば、1部への指定替えが可能になるというのです。東芝にも東芝テックなど1部上場子会社が存在します。こうしたグループ企業を対象に株式交換を使った再編やM&Aまで視野に入れているとすれば、今回の自社株買いの目的は株主還元にとどまらない、抜け目のない財務調達戦略の一環と言えなくもないのです。
転んでもただでは起きない。
そういうしたたかさが東芝の財務責任者・経営者にあることも同時に願ってやみません。
最後に、この記事で、
「東芝は利益変動の大きさから、東証2部の株価指標をかく乱する要因になっており、投資家をたびたび惑わせていた。こうした背景から市場でも「東芝はそろそろ東証1部への復帰を考えた方がいい」」
という記述について一言。
東芝の担当者が東証2部の株価指標を云々したり気遣いしたりする立場にはありません。悪しからず。(^^;)
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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