■ 投資家の分散投資に勝てる事業ポートフォリオを組むには
「前回」は、「事業ポートフォリオ管理を経営者がやりたくなる理由」についてお話しました。「今回」は、「経営者は、どうやって分散投資に勝る運用成績を残せる事業ポートフォリオを組もうとしているか」を説明したいと思います。
最初にお断りしたいのですが、一部の日米のトップIT企業のように、儲かりそうな事業を次から次へと見つけてきては買収し、ダメと思った事業は次から次への売却する、という事業の新陳代謝だけで高収益体制を維持する、あたかも投資ファンドの器としての経営方針の企業は対象外とします。
それだと、やっていることは投資ファンドと何ら変わりませんから。
(そういうビジネスモデルが格下で、丹念に事業シナジーをコツコツと構築している企業の方が会社としての格が上とか言いたいわけでは決してありません。結果として儲かればよい、という話と、どうやれば儲かるか、と思案することは違うといいたいだけです。今回は、後者の話をします)
■ 経営者の打ち手を経済原理と発現効果から分類してみました
経営者が事業多角化(ビールやタバコ専業でも、販売地域が異なれば違う事業とみなす)を試みる際に、どういう多角化利益を享受しようとしているのかは「経済原理」で、そこからどういう施策効果が生まれるのか、下図のようにまとめてみました。
(1)規模の経済
いわゆる「大きいことはいいことだ」、トラスト戦法です。企業が合併すると、よく耳にする「重複している販売網や本社機能を整理することで、間接費を下げて収益力を高める」という方法です。
結局、この統合効果がうまく引き出すためには、合併後のチームワーク(人事政策によるところが大)や、ITの有機的結合、重複部門のリストラなど、いわゆる「Post-Merger Integration」を上手にやることが前提となります。
(2)範囲の経済
たとえば、お得意様に、家電を販売するという商売が成り立っているとき、追加して住宅リフォームサービスも合わせて売り込んでいく(既存顧客資産の多重利用、既存販売網の多重利用)とか、写真フィルム用の感光材関連の化学技術・特許を活用して、製薬や高機能材料(液晶ディスプレイに使用される偏光層保護フィルム)を開発するなどして、既存の保有資産を別の分野や用途でも多重的に活用することで、ひとつの保有資産から何度も儲けを発生させる工夫のことをいいます。
手垢のついた言葉だと、「事業シナジー」というやつですね。
1.経験曲線による習熟効果
「経験曲線」というのは、昔は「学習曲線」とも呼ばれていました。大量生産・大量販売で経済時代が右肩上がりの高度経済成長時代にもてはやされたのですが、他社より多くの生産量を上げれば、その製品に対する知見・経験が、他社より早く蓄積することができます。
そうすると、その経験から多くのメリットが生じます。
① 熟練工の練度が上がることで、より早く、より安く製品を作ることができる
(作業スピードが上がる→同じ時間でより多くの製品が生産・販売できる)
(製作失敗リスクが下がり、不良品率が下がる→返品が減少、仕損費の低減)
② 対象製品の改良・改善ポイントに気付きやすくなり、新製品の開発スピードが早まる
(他社に先駆けて、新製品を出すことで、先行者利益を享受できる)
③ 当該市場でトップシェアの地位につくことで、顧客やサプライヤーとの接点がさらに増え、相乗的に有意義な情報が集まりやすくなる
これがどうして多角化戦略のメリットになり得るかというと、たとえば、ビール製造販売専業メーカーの場合、国内市場と海外市場の両方におけるビール販売製造の経験値を合わせることで、国内単独の場合より、習熟曲線の傾きが断然大きくなるからです。非関連多角化より、関連多角化手法との親和性がより高くなります。
2.共有資産の利用効率の極大化
「極大化」などとおどろおどろしい言葉は筆者の好みなのでご容赦ください。要は、「固定費」は、生産量/販売量が短期的に変動しても発生額は不変。ということは、生産量/販売量が増えれば、製品・商品の1つ1つが負担すべき固定費が減るだろう、という理屈です。では、どうやって生産量/販売量を増やすか? その方法は、「規模の経済」および「範囲の経済」でお話した通りです。
① 共有資産にかかる固定費の単位当たり負担額を極小化する
「固定費:1000円」を、製品2つで割れば、ひとつあたり500円。製品5つで負担すれば、ひとつあたり200円。以上。「規模の経済効果」起源の考え方です。
② 特定資産を多重利用して、固定費回収頻度を上げる
※ 商品画像は、全てクリエイティブコモンズでライセンスされているものを使用しています
従来は、シャンプーだけ製造・販売していました。テレビ広告などのブランド投資や、日用品のBtoC市場に対する高い専門知識を有する経営者というリソースは、すべてシャンプー事業のためだけに振り向けられていました。これを、化粧品やレトルト食品の市場でも有効活用しようというものです。
「範囲の経済効果」起源の考え方です。
化粧品事業やレトルト食品事業を始めても、従来の固定費には追加的支出が無いという前提です。
ただしですね、ひとつの事業にかけたブランド価値が、他の領域でも有効かどうか、それは市場次第です。いくら高品質で有名な●●自動車のブランドがあっても、自動車会社がつくるラーメンが必ずおいしいとは限りませんし、すばらしい宝飾品ブランドの会社が作った自動車の安全性能に信用置けるでしょうか?
(この例はあくまで筆者の個人的な感想で、かつ内容も思い付きで特定の会社を指すものではありません)
3.顧客囲い込み (ロックイン)
既にお得意様になっていただいているお客様に対して、いわゆる「クロスセル」「アップセル」をしかけて、一人当たりの顧客からの収益を最大化しようとする方策になります。
① 品揃え戦略
たとえば、エントリーモデルのセダンから始まって、SUV、軽自動車、ミニバン、高級車、EV車、PHV車、赤色、黒色、パール、ツートンカラー、カーナビ、、、
顧客から何を要求されても提供するという品揃えを豊富にして備えておくという方策です。付属品・カラーバリエーションから、車種、機能など、品揃えの仕方は、その企業それぞれです。
② ワンストップサービス戦略
たとえば、家を1件建てたいと思ったとき、土地を探す、建物を設計する、実際に建築する、登記などの法手続き、各種保険や住宅ローンなどの金融サービスの選択、備え付けの家財道具の調達、太陽光発電装置の設置とその売電手続、保全・修理・リフォームサービス、賃借人の募集、引っ越し、、、
どこかの会社にひとまとめにお願いすると、仕事も忙しいので便利では、というお客様の要望に応えようとする方策です。
全て自社で営んでもよいですし、自社は代理店として取次だけやるでも構いません。実際には、その中間で、自社提供と取次サービスと、その会社ごとに微妙なミックス状態になっていますが。。。
以上、「経営者は、どうやって分散投資に勝る運用成績を残せる事業ポートフォリオを組もうとしているか」を説明しました。
次回は、「事業ポートフォリオの入れ替え判断方法」について説明予定です。
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