ここから本格的な原価計算が始まります
これまでは、数字を使った原価計算が置かれている背景や基本的概念に対する説明がいくつか登場しました。これからは、むしろ数字を使った計算処理にぐっと近づいていくことになります。皆さんは十分にこれまで原価計算の理論に関する知識を持ちえたと思います。ですから、これから始まる1個当たりの製造原価を突きとめる長い原価計算の旅路に最後まで辿り着けるはずです。^^)
原価計算は、費目別計算→部門別計算→製品別計算の3ステップからなり、今回は、費目別計算を材料費、労務費、経費に三分割されたうちの材料費の費目別計算について説明を始めようと思います。
といいつつ、本格的な原価計算プロセスの説明に入る前にどうしても、皆さんには、「勘定連絡図」で原価情報のフローを捉えて、今、自分が長い原価計算フローのどこにいるのか、常に意識しながら原価計算を学んでいただきたいと考えています。
オタク的に個々の細かい論点に意識を持っていかれますと、得てして、選択的方法のすべてを知ったけれど、実際にどれを採用してよいか判断がつかない、部門費の配賦や加工費の集計など、個々の論点は分かったけれど、自社の原価計算フロー全体を再設計することができない、という惨事をこれまでいやというほど、見聞してきましたので。
そうした惨劇はここで終止符を打つことに致しましょう。
原材料と仕掛品の違い
これまで、「勘定連絡図」という会計・経理の担当者にはおなじみですが、一般にはあまり知られていない会計情報の整理方法については、大上段に構えずに、やんわりと避けながら説明してきました。その証左が下記の過去記事で図解した「原価計算のハコ」です。
そもそも、原価計算は、どういう情報をネタにどういう計算結果を求めるものかを思い出していただきたいのです。4月20日に預金口座引き落としで支払った電気代6万円が、5月に販売された製品を作り出すために使われたものだとしたら、その製品1個当たり、4月の電気代がいくら含まれているのかを知ることはとても大事なことですよね。
その大事さは、2つの視点で「大事」と思っていただきたいのです。
- 制度会計(財務会計)の目線で、4月末時点の期末仕掛品の評価額と、5月の売上総利益が知りたい
- 管理会計の目線で、この製品の生産・販売は本当に会社にとって儲かるビジネスなのかが知りたい
まず、制度会計の目線で、原価計算を含む会計取引の流れを追っていきたいと思います。
4月に仕込んだ(作り始めた)モノは、4月末時点ではまだ製品になっていないので、作りかけのもの、という意味で、「仕掛品」と呼びます。4月20日に支払った電気代は、工場内で稼働する加工機械の動力と、工場内を明るく照らす照明のための電気代です。
「費用収益対応の原則」に従い、4月20日に支出された電気代は、そのすべてが、5月の販売された製品を作り出すために費やされた場合、4月末時点では「費用」ではなく、「期末仕掛品」として、5月の売上と期間対応させるために、4月末時点では「資産」計上されることになります。
目に見えない(いえ、機械は動いているし、照明は明るいので、実際は目に見えていると思いますが)電気代がそうなのですから、実態のある材料は、確かに4月末時点ではまだ工場内の生産ラインの上でまさに加工中であり、そこに実在します。もはや、「加工」という手を加えているので、「原材料」という資産から「仕掛品」という資産に改名していることにはなっていますが。
原価計算のための勘定連絡図を攻略する
話を簡単にするために、すべて現金取引されていると仮定してください。あなたの会社が原材料を手に入れるのは、会社の「資産」に計上されている「現金」と「原材料」を等価交換しているにすぎません。「現金」100円を支払って手に入れた「原材料」は同額の100円として同じく貸借対照表(B/S)の資産に計上されることになります。
その100円の「原材料」を用いて製品を内製工場で完成させるとします。仕上がるのに、2か月かかるので、4月に使い始めた「原材料」は4月末の月次決算時には、まだ「仕掛品」と名前が変わっただけというのは前で説明済みです。5月に完成した時点でそれは、「仕掛品」という外見から、「製品」(もういつでも顧客に売り出せる完成度を持った構成品)の外見を有する立派な売り物になりました。その時点ではまだ「製品」という「資産」のままです。
名前は、「原材料」→「仕掛品」→「製品」と、その外見と有する機能的価値から判断して、呼び名が変わっているだけで、すべてB/Sの左側(借方)に収まっている「資産」という意味では同じです。
その「製品」が販売される時点(ここでは便宜的に5月31日としておきましょう)において、「製品」から「売上原価」へ振り替えられることになります。「売上原価」は「売上高」と対応関係にあり、差し引き計算によって、その差額から「損益」が計算されることになります。
ご存じの通り、「売上高」と「売上原価」は損益計算書(P/L)にある「収益」勘定と「費用」勘定です。現在の日本の会計基準(J-GAAP)において、原則として期間損益は、収益と費用の差額で計算される「損益法」の立場をとっています。
この計算の流れを、原材料が名乗る名前(勘定科目)と、原材料が持っている経済的価値(金額)の流れを会計処理フローに従って、目で追えるようにしたものが「勘定連絡図」ということになります。
原材料が100円分とか、製品の生産高が120円分とかは、労務費・経費などをいったん無視してください。さらに例を分かりやすくするために、原材料1円が製品1個とした場合、製品も1個1円なので、今月は、80円(80個)売れたと考えます。もちろん、その場合の売単価は@1.25円で、@1.25円×80個=100円の売上高となります。
材料費の勘定連絡図から何が分かるか
冒頭に、筆者が「原価計算の長い旅路」と記しているのを記憶されていますか。目の前の原材料倉庫の棚だけを見て、「今月は100個(100円)の原材料を買った」と思っても、今月の売上原価は80円(製品80個相当)なのです。その間には「仕掛品」があり、今月の「仕掛品」は、110個(110円相当)が生産ラインに投入されているのです。
材料費勘定だけは、期首期末の在庫棚卸計算が必要になるので要注意です。この時差が原価計算にはつきものである、ということは頭の片隅に置いておいてください。
もうひとつ、製品1個当たりの原価を計算する大事さがありましたね。「この製品の生産・販売は本当に会社にとって儲かるビジネスなのかが知りたい」です。まさに、これこそが管理会計の本命中のお題目なのですが、この視点は左右両面から同時に見るのがよいと思います。
その両面というのは、
- もし、売単価1.25円がすでに決まっているとしたら、1.25円未満で製品を作らないと会社に儲けが残らない
- もし、売上原価が80円(=原価単価@1円)になるなら、売単価は@1円超でないと、会社に儲けが残らない
というものです。
前者は、「原価企画」「許容原価」を強く意識し、「原価計算基準」においては、「③原価管理目的」「④予算管理目的」に結びつくものです。
後者は、「値決め」を強く意識したものであり、最近では「ダイナミックプライシング」という言葉も流行っていますが、つまるところ、製品・サービス単位当たり原価を知る重要性を再確認させてくれるものです。
こちらは、「原価計算基準」においては、「②価格決定目的」と部分的に結びつくものです。
参考記事 許容原価 - 原価企画まで持ち出さなくても、通常の利益計画でも使います!
参考記事 値決めのための原価企画とライフサイクルコスティング
参考記事 帝人、変動価格システム参入(1)ダイナミックプライシングとスマートサプライチェーン
補足-その後の勘定連絡図はどうなるか
上記で説明した「勘定連絡図」。見た瞬間はなるほど!!と思っても、眺めているうちに頭の中が混乱して、何が何だか分からなくなることも多々あることを承知しています。
来月はどうなるんだろう。当月中の原材料の金額の流れは分かった気がするけれど、月末時点のB/SとP/Lと勘定連絡図はどうなっているんだろう。そして、来月はどういう状態から勘定連絡図を描き始めればいいんだろう。そうした素朴な疑問を持っていらっしゃる読者も少なくないと思います。
そうした読者に「本当に理解したかったら『複式簿記』を学習してください」と突き放すのではなく、最後まで面倒を見させていただきます。^^)
おそらく、「勘定連絡図」を一目見て、頭の中が???になった方というのは、ストックとフローの関係がいまいちピンと来ていない方かもしれません。「勘定連絡図」は、ストック(ある時点の有高(在高)・・・預金通帳の残高みたいなもの)と、フロー(ある期間の増分と減少分の変化量)が一緒に描かれているため、原因と結果を同時に見せられて混乱しているだけです。
『複式簿記』を本格的に学習しなくても、B/SとP/Lが読めるようになるために、「勘定連絡図」的に、会計取引を理解するための初学者向け連載はこちら(連載1号目です)。
当月のP/Lができた所で、B/S、P/L、そして、必要に応じて、B/SとP/Lの関係をより詳しく説明してくれるC/R:Cost report(製造原価明細書)を「勘定連絡図」と一緒に眺めておけばいいのです。「勘定連絡図」が原因で、B/SとP/L(およびC/R)が結果になります。
まず「グレーの線」を目で追ってください。勘定連絡図の大半は、「C/R」の中で徐々に当期製品製造原価を求めていくプロセスで表現されています。これが、今期中に製造した製品の1個当たり原価を求めるキーになるものです。
ただし、作ったものがそのまま売れるとは限りません、作ったものと売られたものの在庫の増減はP/Lの中に組み込まれています。それは、勘定連絡図とC/Rから伸びる「黒線」を目で追って確認してください。
次に、売上高と売上原価を突き合わせて、期間利益をP/Lの中で計算します。
最後に、すべてのフローはB/Sに辿り着きます。使い残しの原材料、作りかけの仕掛品、売れ残った製品は「資産」へ、P/Lで計算された「利益」は「資本」へ流れ込んでいきます。ちなみに、売上高の相手の現金は、丁度、原材料の購入代価と同額であるため、B/S上には何も残りません。
B/Sは、貸借(左右)同額になる必要があるため、貸方(右側)にその差額を「その他の負債と資本」という仮勘定として置いてあります。
ここで疑い深いあなた! 筆者がいい感じに調節して説明しきれない金額を「その他の負債と資本」の額で合わせているとお考えかもしれませんが、残念!(波田陽区風)
実は、前期末と当期末の「その他の負債と資本」の金額は1円も変わっていません。
なぜならば、B/Sのそれ以外の項目の総計が丁度釣り合っているからです。
期首材料棚卸高(20)+期首仕掛品棚卸高(30)+期首製品棚卸高(40)= 90
期末材料棚卸高(10)+期末仕掛品棚卸高(20)+期末製品棚卸高(80)‐利益剰余金(20)= 90
このように、「勘定連絡図」は、期末の決算手続きの中で原価計算の処理結果を明らかにしくれると同時に、制度会計の要請である「期末棚卸資産評価額を決定し、当期の損益を明らかにする」、管理会計の要請である「儲けるために製品単位当たりの製造原価および売上原価を明らかにする」ことも可能にしてくれるのです。
次回から、この勘定連絡図の上で、実際に原価計算プロセスを「原価計算基準」に従って確認していきましょう。
みなさんからご意見があれば是非伺いたいです。右サイドバーのお問い合わせ欄からメール頂けると幸いです。メールが面倒な方は、記事下のコメント欄(匿名可)からご意見頂けると嬉しいです。^^)
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、過去及び現在を問わず、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
コメント