■ 原価計算の世界を旅する前にまずは地図とコンパスを!
前回までは、原価計算の目的として、
① 財務諸表作成目的
② 価格計算目的
③ 原価管理目的
④ 予算管理目的
⑤ 基本計画設定目的
の5つを順に解説してきました。
今回は、原価計算のフレームワークの概要を理解するための稿になります。
その前に、「基準一」から「基準六」までの全体像はこちら。
そして、本稿で解説する原価計算基準の条文の全体は次の通り。
第一章 原価計算の目的と原価計算の一般的基準
二 原価計算制度
この基準において原価計算とは、制度としての原価計算をいう。原価計算制度は財務諸表の作成、原価管理、予算統制等の異なる目的が、重点の相違はあるが相ともに達成されるべき一定の計算秩序である。かかるものとして原価計算制度は、財務会計機構のらち外において随時断片的に行なわれる原価の統計的、技術的計算ないし調査ではなくて、財務会計機構と有機的に結びつき常時継続的に行なわれる計算体系である。原価計算制度は、この意味で原価会計にほかならない。
原価計算制度において計算される原価の種類およびこれと財務会計機構との結びつきは、単一ではないが、しかし原価計算制度を大別して実際原価計算制度と標準原価計算制度とに分類することができる。
実際原価計算制度は、製品の実際原価を計算し、これを財務会計の主要帳簿に組み入れ、製品原価の計算と財務会計とが、実際原価をもって有機的に結合する原価計算制度である。原価管理上必要ある場合には、実際原価計算制度においても必要な原価の標準を勘定組織のわく外において設定し、これと実際との差異を分析し、報告することがある。
標準原価計算制度は、製品の標準原価を計算し、これを財務会計の主要帳簿に組み入れ、製品原価の計算と財務会計とが、標準原価をもって有機的に結合する原価計算制度である。標準原価計算制度は、必要な計算段階において実際原価を計算し、これと標準との差異を分析し、報告する計算体系である。
企業が、この基準にのっとって、原価計算を実施するに当たっては、上述の意味における実際原価計算制度又は標準原価計算制度のいずれかを、当該企業が原価計算を行なう目的の重点、その他企業の個々の条件に応じて適用するものとする。
広い意味での原価の計算には、原価計算制度以外に、経営の基本計画および予算編成における選択的事項の決定に必要な特殊の原価たとえば差額原価、機会原価、付加原価等を、随時に統計的、技術的に調査測定することも含まれる。しかしかかる特殊原価調査は、制度としての原価計算の範囲外に属するものとして、この基準に含めない。
■ 原価計算のフレームワーク
この規定は、通常語られる「原価計算」の領域を明確にするとともに、「原価会計」たる原価計算制度を基準三以降で詳解するための導入部として記述されています。まずは原価計算基準が指し示す原価計算の全体像をポンチ絵で表現してみます。
原価計算の目的にはいくつかあるのですが、適正な原価計算をするためには、財務会計機構から適正な原価情報を受け取る必要があります。そして、原価計算の結果アウトプットされる原価情報(特に製品別原価情報を意味する)を活用して、適正な貸借対照表や損益計算書が作成されるという意味において、財務会計と、製品別原価を計算するという意味での原価会計は密接に結合しているのです。
原価計算制度は、財務会計より入手した原価資料(総費用、実際原価とか取得原価ベースのもの)を用いて、いわゆる給付計算(後の稿で説明します)を経て、製品原価にまつわる情報を財務会計へ再び返す役目を負っています。
ここで原価会計は、
① 費目別計算
② 部門別計算
③ 製品別計算
の3ステップで構成されています。
(参考)
⇒「原価計算 超入門(1)原価計算の見取り図」
⇒「原価計算 超入門(4)原価計算の目的と棚卸計算」
上記で原価計算制度は、
① 実際原価計算
② 標準原価計算
の2つに大別されるとの説明がありました。この分類は初心者レベルでは一応、製品別計算に対するものとご理解ください。中級者は、費目別では、材料受入価格差異、部門別では、製造間接費差異が発生し、これも含めて標準原価差異であるということを再確認してください。
■ 原価計算制度と特殊原価調査の本当の境界とは?
初心者向けには、外部開示用の財務諸表を作成するための原価計算が「原価計算制度」で、社内管理用の資料を作成するための原価計算が「特殊原価調査」である、と断言しているものも存在しますが、厳密には違います。
原価計算制度の成立要件は、
① 財務会計機構との有機的結合
② 常時継続的な実施
の2つだけです。
それゆえ、予算管理が短期利益計画(すなわち年度損益計画、単年度P/L予算)を意味し、原価管理が制度決算上の製品原価または売上原価のコスト低減を目指すものであるなら、内部管理用であっても、原価計算制度の成立要件に合致すると考えます。
また別の角度で説明するならば、財務会計(制度会計)的には、原則として、取得原価主義に基づく原価を用いる必要があります。それゆえ、標準原価計算制度で算出された標準原価であっても、標準原価差異をきちっと、売上原価へ賦課または配賦される必要があります。
このことは、原価概念として、直接原価を用いた決算を常時継続的に実施していても、それは原価計算制度とは考えず、特殊原価調査という理屈を導きます。ただし、直接原価をいわゆる「全直末首(ぜんちょくまっしゅ)」計算で全部原価に必ず組み替えて外部開示用の原価資料と仕立てているのなら、それは原価計算制度の範疇に入ると言えます。
たとえが逆に難しかったかもしれませんが、最後の最後にシンプルに言うのなら、
① 財務会計機構との有機的結合
② 常時継続的な実施
を同時に(and条件で)満たす場合にだけ、それは「原価計算制度」と言えるのです。内部管理者が内部管理用に使うかどうかは一義的には、「特殊原価調査」かどうかを定義することはできない、ということです。
⇒「原価計算基準(1)原価計算の一般基準の体系を整理 - ざっと原価計算基準の世界観を概括してみる!」
⇒「原価計算基準(2)原価計算の目的 - ①財務諸表作成目的、②価格計算目的の盲点を突く!」
⇒「原価計算基準(3)原価計算の目的 - ③原価管理目的は当時のマスプロダクションをそのまま反映したものだった!」
⇒「原価計算基準(4)原価計算の目的 - ④予算管理目的と短期利益計画の盛衰」
⇒「原価計算基準(5)原価計算の目的 ⑤基本計画設定目的 - そもそも経営計画は何種類あるのか?」
⇒「原価計算基準(6)原価計算制度 - 特殊原価調査とはどう違うのか、内部管理用原価でも制度である理由とは?」
⇒「原価計算基準(7)原価の本質① ものづくり経済を前提とした原価の本質的要件は4つ」
⇒「原価計算基準(8)原価の本質② 建設利息の扱いについてIFRSとの違いをチクリと指摘する」
⇒「原価計算基準(9)原価の本質③ 正常なものと異常なものの扱いについてIFRSとの違いをチクリと指摘する」
⇒「原価計算の歴史 - 経営課題の変遷と原価計算技法・目的の対応について」
⇒「原価計算基準」(全文参照できます)
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