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組織における分業(4)分業がもたらすデメリットとその対応策とは①ミクロ視点:働く人の意欲低下について

組織管理(入門)
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■ 調整コストを払ってでも組織が巨大化する理由とは

地主や商人が工場を設け、そこに賃金労働者を集め、できるだけ単純な労働作業になるように複数の工程に分けて、未成熟な賃金労働者でも成果物をきちんと出せるように、最初の組織的な生産形態をとったマニュファクチュア(工場制手工業)が、企業組織化が始まった有力な起源のひとつです。

これまでの熟練の技術者・職人による手作業から、単純労働を賃金労働者が分業の精神に基づいて分かち合うことで、前回説明した分業の利益により、より多くの生産物をより高い品質で市場に提供できるようになりました。世の中の大量生産大量消費型へ経済モデルが変わり、消費者が既製品で構わないと考えた「もの」に対する強い消費ニーズに対応すべく生産形態が進化していったわけです。

さて、それぞれの役割を明確にする分業は、同時に、分業化されたそれぞれのタスクを束ねて一つの製品に仕立てるように「調整」する必要がありますし、複数の人間がめいめい勝手に動いていては統率がとれないので、彼らの意思を統合するためにも「調整」する必要があります。つまり、組織化や分業のメリットを享受するためには、組織は「調整コスト」という回避不可能な経済的な負担を負う必然性が生じます。

こうした「調整コスト」は、朝礼や部門間会議という直接生産活動に従事しないという意味での非生産な時間を組織に強いるという意味で、組織の生産性に対して負の効果を持ちます。また、チャップリンの『モダンタイムズ』で風刺されたように、長時間にわたる単純作業は労働阻害という働き手の精神的な苦痛というコストも生じさせます。それをカバーするために、シフト制の導入や福利厚生の充実など、企業はある種の犠牲を払ってでも、分業体制を維持しようとします。

そうした企業努力(犠牲)は規模が大きくなるにつれて比例的に大きくなります。ここでは、そうした分業がもたらすデメリットを、

① 労働者の仕事に対するスタンスの面(ミクロ視点)
② 組織全体の経済性の面(マクロ視点)

から見ていきたいと思います。

 

■ (ミクロ視点)労働者の働く意欲低下というデメリット

通常、働く人が意欲低下を感じる理由には、次の3つが考えられます。

(1)タスクの意味
自分が行っている作業の意味が理解できなくなる(何をやっているんだろうという不安)

(2)思考余地
作業者として独自に思考し、自分の創意工夫を働かす余地が無い(考える脳を奪われているという不満)

(3)学習余地
従事している作業が単純すぎて、それ以上学習や習熟できる内容を含んでいない(成長意欲を奪われているという虚脱感)

(1)タスクの意味
とくに、機能別分業において、個々のタスクが細分化されすぎると、作業者は自分が遂行しているタスクの意味が企業組織全体から見てどの立ち位置に居るのか、あるいは成果物(顧客にお届けする最終製品やサービス)の構成のどこに貢献しているのか、分かりにくくなり、かえって自分の仕事の意義を見失う恐れが大きくなります。自分自身の頭で目の前の仕事の意義と意味を見失ったまま仕事を長年続けていると、徐々に作業者たちは無気力で無責任な態度が蔓延してしまう傾向がますます強くなります。

(2)思考余地
上記(1)のデメリットが水平的分業の中でも機能別分業にて発生しやすいものであるのと比較して、垂直分業においてこの種の課題は発生しやすくなります。思考・判断・計画業務を上位者に委ね、実行を下位者に任せる形態の垂直分業が行き過ぎると、下位者は自分自身の仕事においても、判断を上位者に委ねがちになり、自分で自分の仕事をデザインする資格と時間を奪われ、ただ単純に作業を高能率で実施することだけを求められがちになります。

仮に、自分の仕事について自分でカイゼン策を考えたとしても、そのアイデアの実施可否は上位者の権限であり、提案したとしても採用率が極端に低かったり、あるいはその逆の方向の作業指示が続くようであれば、自分の頭で工夫したり問題を解決しようとする意欲がそがれ、現場知による的確な改善策が出てくる可能性を組織がつぶしている機会損失だけでなく、その作業者自身の作業意欲を減衰させ、作業能率自体も悪化していくことでしょう。

(3)学習余地
縦横にタスクを細分化しすぎると、一つ一つの作業は限定的なものになり、例外事項の発生確率も下がり、より標準化・定型化されたプロセスで始末できる作業にできます。作業者にとっては完遂可能な難易度の低い仕事になりますが、完成度や高い品質を求める企業側にとっては都合の良い状態といえます。

しかし、あまりに機能別の水平的分業と厳格な垂直的分業を推し進めすぎて、一つ一つの作業の難易度が下がるということは、作業者にとっては楽に答えることのできるクイズやパズルの類をずっと解き続ける羽目になるということで、その作業者の熟練形成や成長の可能性を奪うことにもつながります。

マクレガーのXY理論のどっちのタイプかという問題は残るかもしれませんが、自分自身の成長にとって意味のない仕事を与えられることは、より有能な人材になろうという意欲や作業への集中力をかけさせてしまう恐れが生じます。短期的には非熟練労働者の雇用によって成し遂げられる仕事に仕立てることで、人件費を抑制することにつながるかもしれませんが、長期的には人材を人財へと希少価値の高いものにする学習経験の機会を失っていることになります。
(「前回」の習熟曲線のメリットの裏返しをここでは説明しています)

 

■ (ミクロ視点)労働者の働く意欲低下というデメリットを防ぐ方法

前章のミクロ視点での作業者の働く意欲低下を招く分業のデメリットに対する解決策は、下記の3つが考えられます。

(1)分業の程度の緩和
(2)ローテーション・人事異動
(3)短期雇用者の有効活用

(1)は分業体制そのものに対するアンチテーゼで、程度の差かもしれませんが、分業体制というフレームワーク自体に手を付けようという根本治療を目指すやり方です。
(2)は、分業体制はそのままにして、作業者の担当するタスクを入れかえることで、3つのデメリットの発現を抑制しようとする時間軸での対応方法になります。
(3)は、分業体制のデメリットを積極的に解決することをあきらめ、問題が起こりそうなタスクは、短期雇用者(アルバイトなどの非正規雇用者)で代替する延命策となります。

(1)分業の程度の緩和
これは、分業体制という組織フレームワーク自体が根本的な問題なのだから、分業体制そのものを改変しようという解決策です。フレームワークの壊し方には2つあります。まず一つ目は、水平分業、特に機能別分業への処方箋としての「職務拡大」(job enlargement)というやり方です。これは、細かくなり過ぎた機能別分業の程度を緩和し、一人の作業者の受け持つ仕事の範囲・種類を拡大するものです。担当範囲が広がると、より多くの利害関係者との折衝の機会も増え、なにより単純作業から判断作業や例外管理作業の時間も増えて、頭とやる気をより必要するのでやりがいが持てる、という狙いがあります。

二つ目は、垂直分業への処方箋としての「職務充実」(job enrichment)というやり方です。縦に計画・判断業務と実行業務を統合することで、作業者に考えること、判断する課題も担ってもらうことで、やる気を増進させ、またその道のエキスパートへの早期の習熟も効果として狙っています。

構造的エンパワーメント(structural empowerment)は、組織の末端まで職務充実をはかり、従業員全員の能力開発を行うことを主眼に置いており、ほぼこの「職務充実」の狙いと同様であるといえます。

組織管理(入門編)職務拡大と職務充実

(2)ローテーション・人事異動
職務拡大と職務充実は、ともに、機能別分業(水平的分業)と垂直的分業の程度を緩和し、制度導入時点から即効性のある効果を期待しているのと比較して、ローテーション。人事異動による解決策は長期的スパンでの問題解決手段となります。効果発現までに時間を要する分、現状の組織、分業のフレームワークはそのまま温存できるメリットがあります。

一つ一つの作業・課業・タスクは細分化され単純化されてすぐに熟達するとしても、それが次々と目新しく入れ替わっていったらどうでしょうか。つまり、細分化されたタスクを短いサイクルで数多く経験してもらうことで、

① 企業組織全体にどんな仕事が存在し、それぞれがどのように有機的に結合しているか実体験として会得できる
② 次々と目新しい作業に従事することになり、十分に頭を使わないと対応が難しい状況に身を置くことができる
③ 多様な種類の作業を担当することで、自分のキャリア形成を意識することができ、仕事と仕事の繋がりや意味について高い学習意欲をもったまま目の前の仕事に集中することができる

というメリットが享受できます。これら①~③は、前章で触れた分業がもたらすミクロ視点での労働者の働く意欲低下という3つのデメリットそれぞれに対する解となっています。この万能性・応用性がたかい施策は、旧来の日本的雇用慣行であった、年功序列・長期雇用(終身雇用)の強みを支持する理由の一つとなっています。

ただし、長年、同じ企業で働いて得た知見・スキルは、雇用の流動化がますます激しくなってきた現代、労働市場でも普遍的な価値があるものなのかという点については、慎重に考える必要があります。それゆえ、キャリア形成は組織にとっても個人にとっても、従来より関心を持って考えなければならない論点であると言えましょう。

(3)短期雇用者の有効活用
この解決策は、抜本的な解決策というより、短期的な処方箋です。単純労働はできるだけ非正規雇用者によって従事させることによって、正規雇用者が陥る可能性のある分業のデメリットから守ろうというものです。金銭的インセンティブだけで、労働市場から短期労働力を雇用して、いわゆる「つまらない単純作業」に充てようというわけです。

判断の余地や学習の余地が少なくても、短期間しかその仕事に従事しないことがあらかじめ労働条件に含められていれば、労使ともに、合意の上で、前章の分業のデメリット(労働意欲の低下)を回避することができると思われます。それと同時に、前回説明した「経済的スタッフィング」の効果も期待できます。

こうした短期志向で、金銭的インセンティブだけで動く労働力をあてがうことで課題を解決しても、個々の企業単位では労働意欲の低下という問題を回避できる良案かもしれませんが、社会全体でみると労働の質の上昇幅が抑制されるという意味で、いわゆる「合成の誤謬」と言わざるを得ない状況を生み出しているのかもしれません。それがひいては、少子高齢化と福祉政策の財政的負担増につながっているとしたら、昨今のESG、SRI/CSRの視点から、企業努力も要請されていく領域ではないかとも考えます。

今回は、分業がもたらすデメリットには、ミクロ視点(労働意欲の低下)と、マクロ視点(組織全体の経済性)のお話をしました。そして、労働意欲の低下に対抗する手段として3つの解決策まで解説しました。次回は、マクロ視点の課題と処方箋について説明したいと思います。

(連載)
⇒「組織における分業(1)分業のタイプ 垂直分業、水平分業、機能別分業、並行分業の違いとは
⇒「組織における分業(2)事業部別組織は並行分業、機能別組織は直列型・機能別分業で
⇒「組織における分業(3)分業の利益とは(短期と長期を合わせて8つ)
⇒「組織における分業(4)分業がもたらすデメリットとその対応策とは①ミクロ視点:働く人の意欲低下について
⇒「組織における分業(5)分業がもたらすデメリットとその対応策とは②マクロ視点:外集団均質効果を緩和するには?

組織管理(入門編)組織における分業(4)分業がもたらすデメリットとその対応策とは①ミクロ視点:働く人の意欲低下について

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