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不適切会計の手段 -キーメトリクスのトリック(5)財政状態の悪化を隠蔽する貸借対照表の指標の歪曲

会計(基礎編) 財務会計(入門)
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■ 貸借対照表を分析するキーメトリクスはこう誤魔化されている!

会計(基礎編)

今回は、不適切会計の手段の個別解説としては最終回、「財政状態の悪化を隠蔽する貸借対照表の指標の歪曲」について見ていきます。利益やキャッシュフローに関する指標を操作し、見かけ上、それらの指標をよくすることに成功したとしても、貸借対照表上の指標を悪化させては元も子もありません。しかし、損益計算書やキャッシュフロー計算書は、地下水脈でしっかりとつながっているため、その両方を誤魔化すのには骨が折れます。

本記事を書くのに参考にしている図書の紹介から。

この図書の内容を受けて、筆者が整理した不適切会計の全体見取り図は下記のとおり。

経営管理会計トピック_不適切会計の類型

財政状態の悪化を隠蔽するために貸借対照表を歪曲するテクニックは次の4つになります。
(1)売上の問題を隠蔽するための売上債権の指標の歪曲
(2)収益性の問題を隠蔽するための在庫指標の歪曲
(3)減損の問題を隠蔽するための金融資産の指標の歪曲
(4)流動性の問題を隠蔽するための債務指標の歪曲

 

(1)売上の問題を隠蔽するための売上債権の指標の歪曲

企業の経営者は、投資家が運転資本のトレンドを注意深く見守り、質の悪い利益や事業悪化の兆候を見逃さないようにしていることを逆に知っています。つまり、売上高と比例しない売上債権の急増は、投資家にとって、最近の収益増加の持続可能性が本当にあるか、疑念に思わせるものであることを経営者は十分に理解して、その裏をかこうとするのです

●売上債権を売却する
売上債権の売却が、ファクタリング等、実態を伴った経済的取引であったとしても、長期的には持続不可能なキャッシュフローの増加要因であることは自明です。しかも、売上債権の売却は同時に、「売上債権回転日数(DSO:Days Sales Outstanding)」という指標を改善する方向(顧客の金払いがより早くなるという外観をつくり出す)に働くので、DSOの上昇を簡単に隠すことができます。

・DSO = 売上債権残高 ÷(売上高 × 期間日数)
ここで、期間日数を91.25日とすれば、四半期となり、365日とすれば1年単位の指標となります。

DSOの値が大きくなることは、売上債権が不良債権化している可能性をはらんでいます。その前に、もし架空売上に伴う売上債権の場合は、回収の目処は100%立っていないはずなので、その場合にもDSOの値は上昇します。この値が上昇すれば運転資本が減少することを意味しますので、企業の資金繰りに鋭敏な投資家は即刻反応するはずです。

●売掛金を別の勘定科目に振り替える
アグレッシブな収益認識や、押し込み販売、架空売上などにより、収益を過大に見せかけたツケは、必ず売上債権の不良債権化、そしてDSOの上昇をもたらします。そこで、取引先の内、親密な顧客に頼み込んで、売上債権を受取手形(約束手形)や貸付金に変更する契約書にサインをもらうと、見かけ上、売上債権を減らすことができ、DSOの上昇を抑制することができます。

できる投資家になりたいならば、不自然な売掛金の減少と一致する受取手形や貸付金の増加にも目配りが必要であるということになります。

●売上債権回転日数(DSO)の定義式を変更する
会社の売上債権が何らかの理由で期末に向かって回収されずに膨張する一方の場合、決算発表で投資家に開示するDSOの値が大きくなり、投資家への一定の警告が発せられることになります。それを避けるため、経営者は、DSOを計算式の内、分子に当たる売上債権額を、期末残高から、期中平均残高にデータ取得方法を変更し、一時しのぎを画策する場合があります。翌期の決算発表まで、その効用が継続することはないのですが、一旦は、目の前の決算発表をやり過ごすことはできます。DSOの計算式の定義は、GAAPで規定されているものではないので、計算式自体は決算発表を任されている経営者の裁量に任されています。しかし、頻繁な、または、タイムリー(企業業績悪化を糊塗するのに)な変更は要注意です。

 

(2)収益性の問題を隠蔽するための在庫指標の歪曲

予期しない在庫増加は、値引や評価減を通じて、来るべき利益率の悪化か、製品需要の減少のサインであると、普通の投資家なら考えるのが一般的な感覚です。それゆえ、在庫の問題を抱える会社のいくつかは、在庫関連の指標をいじくって、投資家からの悪い印象をもたれないように四苦八苦することが常です。そのほとんどは見苦しい嘘と恥の塊であることが通常ですが。

●嘘の上塗り
顧客への寛大な返品条件を付けて、アグレッシブに製品販売を計上した会社が、実際に顧客から返品を受けた時にどう会計処理を工夫して、在庫増加を見かけ上無いものとするか。その努力を見るにつけ、逆に頭が下がる思いです。例えば、ある企業は、「在庫削減プラン」というマネジメント方針書を作成し、在庫を削減するために架空の仕訳を起票し、返品された製品を倉庫に保管したまま在庫に計上せず、再取得することを条件に第三者に売却する手段を採用しました。いわゆる在庫の飛ばしです。

●在庫の貸借対照表の別の場所に移動させる
また別の企業は、棚卸資産を貸借対照表の別の勘定科目に組み替えることで、投資家からの注目をそらそうと画策します。米メルクは、2003年に、在庫の一部を固定資産として計上し、貸借対照表の「その他資産」に押し込めました。その言い分は、「1年以内の販売が予定されていない製品は流動性が無いので、固定資産扱いする」というものでした。

●新しい在庫管理の指標を作り出す
米国のとある雑貨小売業は、在庫残高が膨らみ、「在庫回転日数(DSI:days sales of inventory)」が悪化(増加)することを投資家は喜ばないだろうと正しく推測し、DSIに代わる指標を持ち出してきました。それが、潜在的な在庫増加に対する投資家の懸念を解決するための「売り場面積1平方フィート当たり在庫」という指標でした。

この指標を使ったトリックは2つ。

ひとつは、在庫の範囲。初年度は、売り場に出ていない、倉庫保管中や輸送中の総在庫を、前年の在庫数値に採用し、初めて今年の決算期にこの指標を公表する際には、今年の在庫は店舗在庫のみに絞ったのです。それは、在庫総数の伸びを実際より小さくする方向に数字を操作できます。

もうひとつは、売り場面積を広げること。実際に新規出店で店舗数を増やさずとも、この指標計算上、考慮される売り場面積の定義を広義に解釈して、通路脇のワゴンや、店先の道路上に移動式販売棚を出す、本来なら店舗のバックヤードも、仕切りを取っ払って売り場に仕立て上げるなど、あの手この手で売り場面積という分母も過大計上することで、この新指標の悪化を防ぐことができます。

 

(3)減損の問題を隠蔽するための金融資産の指標の歪曲

金融資産(貸付金、投資、証券など)は、銀行やその他の金融機関にとって重要な収益源となります。よって、それらの資産の「質」を測定することは、企業の将来の経営成績を予測するうえで、大変重要なキーファクターとなります。例えば、投資家にとって、銀行の投資ポートフォリオにリスクのある非流動性証券が含まれているかどうか、ローン・ポートフォリオがサブプライム債務者に片寄っていないか、等を知ることは大変重要です。

それゆえ、金融業を営む企業ならば、これら金融資産の「質」を測るのに、延滞率、延滞債権、貸倒引当金の水準についての開示を行います。しかし、経営者は会社を投資家により都合よく見せ、会社の健全性は問題ないという印象を保持させるため、財政状態の悪化を示す重要な指標を粉飾または隠蔽することがよくあるのです。

●財務諸表の表示変更に注意!
とある米国最大手の独立系ノンプライム金融会社が、サブプライム危機の際に、実際にやった手口を見ていきます。この金融会社は、サブプライムローン・ポートフォリオが悪化してきたときに、実際に発生した損失に対して引当金を取り崩した場合、会社が引当金を減らして、その減少が増益の主な原因と知られたら、投資家が動揺することが分かっていました。そこで、前期まで貸付損失金引当金は独立表示されていたところ、所有不動産引当金と合算して、1つの引当金とし、トータルで引当金の減少もなく、増益にもなったという決算発表を行いました。

実際には、貸付損失引当金は、減損(貸倒償却)される不良債権が加速したため減少し、さらに引当金を積み増しするために十分な費用(翻って言えばその費用計上の原資となる利益)が無かったため、十分な引当金計上(貸倒引当金繰入額の計上)ができずじまいというのが実情でした。

この会計操作は、
① 貸付損失引当金は増加したと投資家に見せかけることができた
② 資産の質の劣化は無いふりができた(貸倒償却は順調にこなしたと見せかけた)
③ 実際よりも大きな利益を計上できた
という効果を発現させました。

しかし実態が伴っていない見せかけの増益決算。その数か月後にこの金融会社は破綻するに至ったのです。

 

(4)流動性の問題を隠蔽するための債務指標の歪曲

債務の支払いなどの企業の資金の義務は、将来の経営成績にも影響を及ぼします。大きな短期債務は、求められる成長の第1歩となる資金調達を阻害するかもしれませんし、最悪の場合、企業を倒産に追い込む可能性もあります。

●財務制限条項の維持
貸付金の債務不履行の可能性を最小限にするため、多くの貸し手は、借り手に一定水準の経済的健全性を保つことを要求するルール、「財務制限条項」を課すことがあります。あのソフトバンクもボーダフォン日本法人を買収して携帯電話事業に打って出た時には、アグレッシブな財務制限条項を課せられたことは記憶に新たかもしれません。(済みません、筆者はもうおじさんなので、2006年のこともつい最近に思えるのです)(^^;)

この時は、LBOとノンリコースローンも組み込んだ買収スキームでした。詳しいことを振りかえしたい方は、次のリンクをどうぞ。

ソフトバンク1.75兆円買収のワザ:LBO・ノンリコース・リードアレンジャー

ボーダフォン日本法人買収資金のリファイナンスについて(プレスリリース)

さて、参考図書の内容に戻ると、貸し手は借り手に一定レベル以上の売上高、収益性、運転資本、または簿価の維持を要求します。これらの財務制限条項には、非GAAP指標を使うことも多々あります。そして、経営者がこうした非GAAP指標をいじりたくなる動機は、この財務制限条項を守りたいとする必要性から生まれることが通常です。

米アメリカン航空が2003年当時に直面した問題は、「EBITDARの固定費用カバレッジ・レシオ」の維持でした。寿限無寿限無に近いEBITDARとは、利息、税金、減価償却費、その他の償却費、レンタル費用(航空機材賃借料)控除前利益のことで、

・カバレッジ・レシオ = EBITDAR ÷ 支払利息

で計算されます。この指標を守るため、アメリカン航空は、

①払い戻しチケットの収益認識の変更
②費用の引当の減少
③リース表示の組替
など、あの手この手で工夫はしてみたものの、この時は財務制限条項の変更に踏み切らざるを得ませんでした。
→より不利な借入条件を呑まざるを得なくなりました。

(なお、紆余曲折を経て、アメリカン航空はその後、2011年にチャプターイレブン適用で破綻、2013年にUSエアウェイズと合併して今日に至ります)

はてさて、今回で不適切会計の個別解説シリーズは終了となります。ここまで全18回の連載にお付き合い頂き有難うございました。m(_ _)m

次回は、総まとめで、会計トリックの一覧表をお届けして、本当の最終回を迎えたいと思います。

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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⇒「不適切会計の手段 -キーメトリクスのトリック(3)経営成績を過大表示する指標の提示 - 会計的利益とEBITDA
⇒「不適切会計の手段 -キーメトリクスのトリック(4)経営成績を過大表示する指標の提示 - 利益とキャッシュフローの代替指標によるごまかし

財務会計(入門編)_不適切会計の手段 -キーメトリクスのトリック(5)財政状態の悪化を隠蔽する貸借対照表の指標の歪曲

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