■ まずは、戦術的意思決定をセールスミックス問題の例題で
今回は、戦術的意思決定から、セールスミックス問題を解くことで、次の管理会計コンセプトを学べるようにしています。
・限界利益
・差額原価/差額収支
・制約理論(TOC:theory of constraints)
・埋没原価(サンクコスト)
意思決定会計の基本フレームワークを再掲します。
戦術的意思決定は、経営構造および経営構造が規定するコスト発生態様は所与の前提として置き、日常業務に近い経営判断のみが考慮対象となり、それにより変数として会計数値が動く対象とその範囲も限定的なものになります。それでも、その限定的な会計数値の変動幅の中で、一番儲かる選択肢を指し示す、それが意思決定会計モデルが提供する損得情報ということになります。
● セールスミックス問題
X工場では、A製品(高機能版)、B製品(普及版)の2種類の製品を生産しています。いずれも、製品プラットフォームを共通化させているので、生産設備は共用とすることができます。問題をシンプルにするために、段取り替えの時間とコストは発生しないものとします。そのために、1か月単位で生産切り替えの判断を行い、同月内では、A製品かB製品かいずれか1種類だけを生産するものと仮定します。
以下は、X工場におけるA製品とB製品の製造販売にかかる損益見込情報になります。
この損益見込情報だけで、X工場は、来月にA製品とB製品のいずれを製造販売した方が儲かるか、判断できますでしょうか?
こ
こ
は
考
え
る
時
間
で
す
世の中に出回っている管理会計の入門書では、より限界利益の大きい方を選ぶと間違いない、と解説されているものが大半です。それは、限界利益単価なのか、限界利益率なのか、厳密に説明されているものは皆無です。残念ながら、いずれにせよ、この情報だけでは、A製品とB製品のどっちが儲かるか、分からない、それが筆者の回答となります。
■ TOC的発想で、制約条件を考慮しないと、何が一番儲かるかは分からない
TOCでは、スループットとボトルネックというのが重要なキーコンセプトとなります。スループットは、ある期間における成果(物理的に算出する製品数量だったり、売上・利益・キャッシュフローといった金額で表示されたりする)を最大にすることが、一番儲かることと理解します。そして、そのスループットの多寡を決めるのは、ボトルネックという考え方。
例えば、とある製品が「1工程」「2工程」「最終工程」の3プロセスを経て製造される場合、「1工程」が100台/月、「2工程」が40台/月、「最終工程」が80台/月の生産能力を有している場合、一番生産能力の小さい「2工程」の40台/月がボトルネックとなって、その工場におけるとある製品の月産数量を規定していまいます。
それゆえ、戦術的意思決定問題において、どの選択肢が一番儲かるかを判断するために、ボトルネック = 制約条件 が何かをまず押さえておく必要があるのです。
①生産能力が制約の場合
X工場の1ヶ月の稼働時間の上限が4000時間。これが損益見込情報にある全ての要素・変数の中の制約条件、つまりこれをボトルネックと仮定します。
そうすると、ボトルネックにあたる制約条件について、最大の限界利益を得る選択肢が一番儲かる経営判断ということになります。損益見込情報を参照すると、「時間当たり限界利益」という項目が見当たります。それを確認すると、
A製品:2.0円/h
B製品:3.0円/h
この仮定において、一番希少な経営資源である稼働時間。その稼働時間の単位当たり利益が一番大きいものを選べば、それが一番儲かる選択となるはずです。ちなみに、固定費:2,000円は、X工場を操業するのに必要な経費(実務的には減価償却費を想定頂ければ)であり、いずれの製品の生産を選択しようと、発生も回避できないし、金額も不変です。そういうコストは、埋没原価(サンクコスト)と呼び、対象となる選択肢を選ぶ際には無視し得る要素です。それゆえ、売上高(販売金額)、変動費、その差額概念である限界利益だけで、どっちがより儲かるかが分かる、という建付けになっています。このように、選択肢の選びようによっては、発生額が変わってしまうコスト要素を「差額原価」と呼び、本ケースでは、「変動費」がそれに該当します。
多少、焦らせてしまいましたが、稼働時間単位当たり限界利益がより大きいB製品を生産・販売した方が、X工場の経営について、一番儲かる選択肢ということになります。
一応、答えが出ましたが、念のため、A製品とB製品両方を生産・販売した際の損益表も提示しておきます。
この表で再確認ですが、限界利益から固定費を差し引いた営業利益ベースだと以下のようになります。
A製品:6,000円
B製品:10,000円
やっぱり、B製品の方が儲かる選択肢だ、ということが再確認できました。
■ 「損益見込表」をもう少し読み込んでみる
上記の「損益見込表」の下部に青とピンクでハッチングしている箇所があると思います。ここは、A製品、B製品の製造・販売を選択した際の、各種利益情報を追加してあります。青がより儲かる方、ピンクがより儲からない方を意味しています。前章にある上記例で、生産能力を制約条件とした場合、B製品を選択した方が儲かることは分かっているので、B製品の列に、すべからく青が並んでいると話は簡単だったのですが、ピンクと青が不規則にバラバラで並んでいます。
製品個当たりの限界利益および売上高限界利益率はともに、A製品の方が上回っています。それゆえ、管理会計初心者が入門書を鵜呑みにして、限界利益が高い製品を優先的に取り扱った方が儲かる、と誤解して、A製品を製造・販売したら、痛い目にあいます。
時間当たり限界利益は、正しくボトルネックに対してのスループット最大化を表現しているので、これが唯一信頼できる利益指標となります。
製品個当たりの営業利益は、当然、個当たりの限界利益が高いA製品の方がよく見えます。しかし、それがまやかしなのは、限界利益の箇所で説明済みです。
営業利益率は、あてになりません。変動費(限界利益)と固定費の比率次第で、A製品にもB製品にもどちらにでも勝利の軍配が上がる可能性がある指標です。つまり、差額収支計算でどっちが儲かるかの判断に、埋没原価となる固定費を含めた全部原価計算ベースの原価および利益指標はあてにならない、そういうことです。
最後の時間当たり営業利益は、時間当たり限界利益の方が正しいい判断指標ですが、実務的には、正反対の結果にはなりにくいので、それでも使える指標としての許容範囲には入っています。
だいたい、これくらいの解説でも他の入門書では手に入らないお得な情報だったのではないでしょうか? 最後に、限界利益単価と限界利益率が必ずしも同じ方向にならない場合があることを注意喚起して、今回は終わりにしたいと思います。えっ、その違いを知りたい? では、次回以降、いいタイミングでその解説を試みてみましょう。(^^)
コメント