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(十字路)米国経済は万全か - 自社株買いは本当に株価を押し上げるのか?

経営管理会計トピック 会計で経営を読む
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■ 高名な専門家のコラムに異を唱えるなんて。でも自社株買いで株価が実力以上に?本当?

経営管理会計トピック

おそらく、マクロ経済学でいうところの「市場の失敗」のプロットで、「自社株買いが実力以上の株価を形成する」とおっしゃったのでしょう。でも、コラムという文字数制限があるところで、この記述だけだと、自社株買いすれば論理的に株価を実力値以上にあげられる株価対策として有効だ」という誤ったメッセージになってしまいますよ。では、この投稿で、行間にある真実を補足させて頂きます。
(コラム補完計画発動!!!)

2016/1/19付 |日本経済新聞|夕刊 (十字路)米国経済は万全か

「資産バブルの背景には、実体経済の低迷がある。経済の見通しに確信がないなかでは、金融緩和政策は投機的な金融投資を刺激し、資産価格と実体経済の乖離(かいり)をもたらす。中国のように経済の先行きに過剰な期待があると、これは設備投資など実体経済への過大な投資となる。」(中前国際経済研究所代表 中前忠)

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

こうしたリード文で始まった本コラムは、過剰流動性が名目の資産価格を高騰させ、それ自体がさらなる投資を呼び込み、やがてバブルになると極めて正論から語っています。

以下に、本コラムの続きを大変恐縮なのですが筆者視点で要約させて頂きます。

1.
「株価上昇による米国の資産バブルは、リーマン・ショック後の量的金融緩和政策は、所得を増加させる効果は小さかったが、資産増加効果は異常に大きかった。
2009年3月から、15年9月までの6年半の間、
・家計の可処分所得は10.9兆ドルから13.5兆ドルに2.6兆ドル増
・家計の純資産(住宅を含む)は55兆ドルから85兆ドルと30兆ドル増」

2.
「年平均5兆ドル近い資産の増加をもたらした主役は株価の上昇。事業会社の自社株買いの効果が大きい。この間に米国株式を買い越したのは、信用買いを除くと、自社株買い(M&Aを含む)だけ。この自社株買いと配当支払額がフリーキャッシュフローを上回った分だけ、社債発行で債務を増大させてきた」

3.
「自社株買いによる株数の減少によって、1株当たり利益が上昇し、株価が企業の実力以上に押し上げられた」

4.
「問題は、経済の減速で減収減益傾向が目立ってきた上に、社債市場を先頭に金融が引き締まってきていること。資産バブルの度合いは、家計部門純資産の対可処分所得比651%(15年3月)という数字に示されている。これは、1999年のITバブル、07年の住宅バブルのピークを上回っている。」

5.
「中国の投資バブルの崩壊懸念に目を奪われているなかで、世界経済の最後の砦(とりで)とされる米国で、これだけ大きなリスクがあることを見逃してはなるまい。」

ここまでのプロットは、米国の過剰流動性が家計の可処分所得を増やすというよりは、株価の上昇を主な経路として資産バブルを引き起こしている。これが中国以上の米国のリスクとして警鐘を鳴らす、というもの。その筋立て自体には、さすが経済専門家の領域なので一言も申しあげまい。ただ、(管理)会計学の領域から、小さい指摘(補足説明)と、大きい誤解解消への解説を試みたいと思います。

■ フリーキャッシュフローの定義はどこにあるの?

経営管理・管理会計のコンサルタントとして、クライアントとのコミュニケーションにおいて、言葉の定義に注意すべきものの一つが「フリーキャッシュフロー」。そもそもキャッシュフロー計算書は米国仕立てのものが日本に輸入されました。しかし、その時、キャッシュフロー計算規則を制定する際、フリーキャッシュフローという概念の定義を怠りました。米国では、明確に、「営業キャッシュフロー と 投資キャッシュフロー」の合計値。計算書から形式的に算出されるもので、営業キャッシュフローと投資キャッシュフローが適正に計上されていれば、どの企業でも横並びで評価することができます。

一方で、日本の会計基準では、そもそも明示的に「フリーキャッシュフロー」の定義を行うことを怠ってしまった。さらに、日本基準では、「受取配当金」「受取利息」「支払利息」をどこの段に計上するか、企業の任意とされています。そして、自社株買いの支出や配当金は、米国仕立てのフリーキャッシュフローの下部に位置する「財務キャッシュフロー」の減少項目として表示されます。すわ、中前氏は「自社株買いと配当支払額がフリーキャッシュフローを上回った分だけ、社債発行で債務を増大させてきた」なんて発現するとは、「キャッシュフロー計算書」の構造をご存じないのか?

(参考)
⇒「キャッシュフロー計算書を斬る

筆者はそうは思いません。逆に、フリーキャッシュフローに含まれない財務キャッシュフローの収支で、自社株買いと現金配当の名目でキャッシュアウトした分を、社債発行によるキャッシュインで穴埋めしたと、米国基準ベースでの議論にきちんとなっています。

ただし、経済学・会計学など、アカデミックな領域では、誰にとって「フリー」なのかについての議論が喧々諤々とされていて、簡単に言うと、「フリーキャッシュフロー」とは、経営者が通常の事業運転に費やされずに、経営者の手元に「フリー(=使途自由)」の形で残るキャッシュフローという定義が学問的には正しい(実務的に扱えるか別としてという意味)とされています。従って、支払利息や、普通株主や、少なくとも優先株主とお約束した現金配当分も、学問的定義としては、「フリー」に入れていいのかグレーな所と言えましょう。逆に、「投資キャッシュフロー」とされている増産投資や新事業開発投資は、「フリー」に入れるべき、という声もあります。

たまには、実務を離れて、理論の世界に浸ってモノを考えるのもいいものですよ。

中前氏が指摘されたキャッシュの動きとバランスシートの状態を下記に図示しておきます。言葉だけではイメージがつかないものも、チャートにすると、すっきり分かるところもありますからね(数字は仮置きです)。

20160125_キャッシュフロー(FCF)とBS

営業キャッシュフロー(以後、CFと表記)と投資CFの差額がフリーキャッシュフロー(以後、FCFと表記)です。このFCF:300分だけ、B/Sに現金を保有しているとします。自社株買いと現金配当に合計で500分の現金が必要なのですが、B/S上では200足りないので、その分を社債:200を発行して穴を埋めます。

上記の仮設定は少々オーバーに描いていますが、中前氏の主張通りに各企業が動いているのだとしたら、

① 総資産の圧縮(1000→700)
② 財務レバレッジの上昇(自己資本比率で代替すると、70%→28.6%)

という事態が起き得ます。実は統計的には、日米とも、リーマン危機以降、企業部門の内部留保はその構成を増やしています(つまり、自己資本比率が高くなっていること)。当然、米国SEC基準はやたらに資産の時価評価替えを認めていないので、大型M&Aでもしない限り、保有資産が時価で再評価されにくくなっています。ただこの大型M&Aには「のれん」というものがつきまとい、これが資産バブルがはじけた時、一気に時価評価額を下げ、損失計上に直結します。簿価と時価の違い、キャッシュフローとストック(B/S)の関係、マクロ経済とミクロの個別企業の動向の違い、それぞれをわきまえて分析できるようになりたいものです。

■ 自社株買いは本当に株価を実力以上に底上げするのか?

市場はとても効率的で、すぐにいろんな情報を取り込んで適正価格に落ち着くという議論が、「効率的市場仮説」です。

・常に多数の投資家が収益の安全性を分析・評価している
・新しいニュースは常に他のニュースと独立してランダムに市場に届く
・株価は新しいニュースによって即座に調整される
・株価は常に全ての情報を反映している

中前氏は、
①自社株買いする → ②1株当たりの利益が上昇 → ③株価上昇(実力以上に)
と主張されています。

ここで2つの反論(というか、優しく言うと確認ね!)。
②→③の経路を経て、実力以上の株価がもし仮に一時的にでも着いたとしても、すぐにすべての情報が資本市場を駆け巡り、落ち着くべきところに株価は落ち着きます。だって、みんながお得だと考える株式が品薄になれば、価格統制でもしない限り、その値段は自然と、皆が保有しても損したと感じないレベルにまで買い取り価格が上昇します。その逆に、実力以上に値付けされた株価だって、皆が割高だと気づいた時点で、持っていても損しないかな、というレベルにまで値下がりしますから。

では、この仕組みをチャートで図示しながら説明していきましょう。

20160125_自社株買いは株価を押し上げるか

① 自社株買い前
利益:100が出る会社の時価総額は、10株×@40=400。このうち半分の200(または5株)を会社が買い取ります。その代金は、リキャップCBなど、有利子負債を新規に借り入れることで調達することにします。ここで混乱しないためのコツ。B/S上の簿価と、株式市場でやり取りされている株価が時価であることの違いを忘れないこと。

② 自社株買い後(勘違いして株価が上がったと錯覚している時)
この会社が資本市場から調達すべき投下資本(時価)が400で固定だと思い込んでいる時、そのうち100を社債市場から調達したので、残りはすべて株式市場からの調達だと勘違い。そうすると、300÷5株=@60 であると思い込み、株価が上がったと錯覚。これがどうして錯覚と言えるかというと、これまで200の簿価ベースの投下資本を調達するのに、その2倍の400の時価ベースの資本調達がひつようだったのに、その半分が簿価と同額の100で済むようになったのです。必要な投下資本量(時価)がその分減額されないとおかしいじゃありませんか。さらに、株価@60だとすると、PERが3倍と、自社株買い前の4倍より下がってしまいますね。これはどこかのロジックが破たんしている証拠なのです。

③ 自社株買い後(適正株価に収斂した時)
この企業の獲得利益の半分は社債で資金調達したお金が稼いだもの。株式市場から調達した分は丁度その残りの半分の50だ。だとすると、利益:50で、自社株買い前の株式の益回りを実現する時価総額と株価は?

50 ÷ 25% = 200 これが適正な時価総額。
200 ÷ 5株 = @40 これが適正な株価。なんと、自社株買い前と変わらない!

株式が稼ぐ利益を50とみると、「実質株式利回り」が、100とみると、「表面株式利回り」が計算されます。通常は表面しか見ません。

ここまで説明を読まれて、中級者以上の方には、「MM理論(モディリアーニ=ミラー理論)」とどう関連しているかに関心がでてきたハズ。MM理論とは、「完全な市場の下で企業が資金調達を行うときには、資金調達方法の組み合わせ方を変えても企業価値は変化しない」というもの。従って、中途半端にこの理論を振りかざすから、それまで簿価の2倍のお金を出さないと資金調達できなかった株式市場から、1倍で資金調達できる社債市場に半分の資金調達を任せたことにより、投下資本(時価)利回りが改善することにまで、頭が回らないのです。むしろ、ROEが改善することに目がくらんで、本当の投資対効果が見えなくなることが多いようです。

ただし、筆者の上記の例でも、MM理論の一部を割愛している部分があります。「加重平均資本コスト(WACC)」を想定すれば、社債(有利子負債)に頼った分だけ、法人税負担が減る(これを借入金のタックスシールドという)分を削った例になっています。まあ、これは今回の主旨からは外れているので、大目に見てください。
(実はこれを反映すると、利益がその分増え、株式益回りをその分押し上げるので、実は株価を上げる方向に働くのです。(^^;))

おそらく、中前氏は、この法人税効果を考えたか、効率的市場仮説が弱い場合と考えたか、ある前提を置いた論調なのでしょう。効率的仮説が弱ければ、しばらくの間、間違った株価が形成されたままになりますから。じゃあ、そういうふうに説明してほしかった。でも文字制限のあるコラムだから、ああいう説明しかできなかったのでしょう。だって、筆者はここまで、約5000字を費やして、この程度の稚拙な説明をやっとできるくらいですから。。。

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