買収コスト 企業に重荷 競争過熱、08年度から7割拡大 - 日本郵政の減損記事に付属していたEBITDA倍率で企業価値を測ることの3つの罪とは?

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■ M&A検討時に企業価値測定のためEBITDAを使用している意味が分かりません!

経営管理会計トピック

2017年4月22日の日本経済新聞の記事で、日本郵政が豪物流子会社トール・ホールディングスの「のれん」を、買収して2年そこそこで全額一括償却(いわゆる減損損失)することについて、日本企業の海外事業の高値掴みが問題であるとの解説があり、ご丁寧にも、その買収価額の高さに警鐘を鳴らす付属記事がありました。今回はその記事で取り上げられているEBITDA(倍率)という指標の使い方に関する注意を喚起することが目的となります。

2017/4/22付 |日本経済新聞|朝刊 買収コスト 企業に重荷 競争過熱、08年度から7割拡大

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「日本企業がM&A(合併・買収)の際に払う買収コストが急拡大している。2016年度は直近の底だった08年度から7割拡大し、リーマン・ショック前のピークに迫る水準まで上昇してきた。世界的な株価上昇や金融緩和を背景に買収先を巡る価格競争が過熱しているからだ。「高値づかみ」に終わらないためにも買収後の経営戦略の重みが一段と増している。」

EBITDAというプロフォーマ利益指標自体の適切性・信憑性を疑う前に、この種の利益指標でも時系列で並べて観察した際に、その変動具合である程度、M&A市場で日本企業がどれくらい高根で事業(企業)買収を続けてきたかは分かります。

(下記は同記事添付の「日本企業の買収コストは11年ぶり高水準」を引用)

20170422_日本企業の買収コストは11年ぶり高水準_日本経済新聞朝刊

「買収コストは買収先の企業価値がその企業が稼ぐ現金ベースの利益の何倍かを示す「EBITDA(利払い・税引き・償却前利益)倍率」で算出。調査会社ディールロジックによると、16年度に日本企業が実施したM&Aの同倍率(中央値)は12.8倍。08年度(7.5倍)の1.7倍で11年ぶりの高水準となった。
 買収で負担した費用(株式取得額と引き継いだ負債額の合計)を買収先が稼ぐ現金で回収する年数が、08年度の7.5年から12.8年に延びたことを示す。」

ここで同記事によるEBITDA倍率の定義を引用します。
「企業価値が現金ベースの本業のもうけの何倍に相当するかを示す指標。イービットディーエー倍率と発音することが多い。時価総額と純有利子負債を足したEV(企業価値)をEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)で割って計算する。買収価格の高低を判断する尺度で、国ごとに会計基準や税率が異なる企業の国際比較にも活用される。」

ここは、同種の指標との対比でその使い方の理解が深まります。

PER(Price Earnings Ratio:株価収益率)
   = 時価総額 ÷ 純利益
   = 株価 ÷ 一株当たり利益(EPS)

EBITDA倍率
   = 企業価値 ÷ EBITDA
   = (時価総額 + 純有利子負債時価評価額)÷ EBITDA
   ※ 純有利子負債 = 有利子負債 - 現金同等物

PERの方は、足元の純利益の何倍の価額で株式が市中で流通しているか、株主目線で表現したもの、EBITDA倍率の方は、株式市場と債権市場の両方合わせて、キャッシュベース利益の何倍の価額で株式と有利子負債(社債と銀行借入の合計)が取引されているか(あるいは融資されているか)を表す指標になります。

いずれも、永久債(コンソール債)の価格算定式の応用になります。

永久債の時価 = 利息 ÷ 市中金利
1 ÷ 市中金利 = 永久債の時価 ÷ 利息

この恒等式は、市中金利:1%、永久債の時価:1000、永久債の利息:10とした場合、
 1 ÷ 1% = 1000 ÷ 10
100 = 100

として成立します。この時の「100」は、利回り(市中金利)の逆数を意味します。PERもEBITDA倍率も、その投資対象(株式持分、企業全体)を金融資産になぞらえた時の投資利回りの逆数の意味となります。

 

■ M&A検討時に通常EBITDA倍率はこのように用いられます

同記事では、EBITDA倍率を用いて、個別企業のM&Aコストの大きさを論評しています。

(下記は、同記事添付の「海外企業の買収はコストが高くなりがち」を引用)

20170422_海外企業の買収はコストが高くなりがち_日本経済新聞朝刊

「日本企業による16年度の海外企業の買収額は11兆円弱に達し、過去最高を更新した。縮小する国内市場への危機感が背中を押し、大型の海外買収に打って出る企業が相次いでいる。」

● ソフトバンクグループ
・3兆円超の英半導体設計大手アーム・ホールディングスの買収
・EBITDA倍率は55.9倍と昨年度の買収案件で突出して高い
・孫正義社長によると「(買収価格が)高いという見方もあるが、将来の成長余力を考えると10年後には安く買えたと思ってもらえるはず」

●武田薬品工業
・米製薬アリアド・ファーマシューティカルズは15年12月期の最終損益が赤字
・買収額は6100億円に膨らむ
・高い成長性を期待できる先端技術や創薬分野は価格が高騰しやすい
・しかし、「成長の柱に据えるがん治療薬を強化する「絶好の機会」(クリストフ・ウェバー社長)になると判断」して買収

また日本企業以外の動向についても、次のように記載されています。

「買収コストが膨らんでいるのは日本だけではない。16年度の世界全体のEBITDA倍率は13.4倍と、5年前の11.0倍から22%拡大した。国別では中国が26.7倍(5年前は19.0倍)と世界で最も高く、米国も14.3倍(同11.8倍)まで上昇した。」

こういう国際間比較ができるのも、諸処の会計・経済条件が異なっても同一のモノサシになり得るEBITDAを使っているから、というのがEBITDA信奉者の理由付けになっています。それでは、なぜ、EBITDAだと、国際比較が容易になるのでしょうか?

 

■ EBITDAを用いる罪その1:計算は簡単だが国際間・企業間の比較手法はもっと進化している!

EBITDA算出には様々な計算方法があります。

EBITDA = 税引前利益 + 特別損益 + 支払利息 + 減価償却費
         = 営業利益 + 減価償却費
          = 売上高 - 現金費用(法人税、支払利息除く) 

法定の段階利益概念ではないので、唯一つの定義というものは存在しません。簡単に計算できるだけに、経営者や財務アドバリザリー担当者の恣意が強く介入する余地が生まれます。

さらに、「支払利息」「減価償却費」「法人税」を除いた利益概念である大義名分がもう損なわれています。世界の国家間で、金利負担(市中金利)、税金負担(法人税率)、償却費負担(税法等、償却方法と耐用年数の違い)の考え方が異なるため、国家の枠を超えて、グローバル企業同士の業績を正確に評価するためには、この3つをコストから除かなければ同じ利益指標で比較できないと一般には考えられています。

しかし、
① 支払利息
グローバル企業は、もはや、世界各国の金融市場にアクセスでき、世界で一番資本コストの安い市場で資金を集めることができます。しかも、間接金融から直接金融へ、資金調達手段もシフトしていっています(ハイブリッド債含む)。国際間の金利差は比較の障害にはなりません。

法人税
「タックスインバージョン」「パナマ文書」「「タックスヘイブン」というキーワードと共に、グローバル企業は、「節税」という美名の下、各国の税法の網の目をかいくぐり、租税回避に必死で、世界的な優良企業と呼ばれているどの企業も、法定実効税率以下しか、税金を納めていません。いとも簡単に国境を超える節税行為はもはや国際間の課税不平等から来る比較不能の言い訳にはなりません。

③ 減価償却費
耐用年数が異なるから国際間比較はできないから減価償却前の利益で収益性を測ることの便宜と罪の重さは相対的に罪の方が大きいと考えます。IFRS導入及びコンバージェンスにより、定額法が一般的になったこと、残存価額ゼロ償却ができるようになったこと、経済的耐用年数の使用により、税務との乖離は税効果会計で中和できること等から、比較可能性観点からの不算入には大儀がもう存在しません。

ただし、企業価値評価での投資収益性を測定する場合、キャッシュベース指標を使用することが一般的なので、その観点から減価償却費を度外視することは理解できます。これまでの理由付けがナンセンスであり、過去の言説を盲信する人の危険度の大きさに警鐘する意味でのコメントになります。

⇒「不適切会計の手段 -キーメトリクスのトリック(3)経営成績を過大表示する指標の提示 - 会計的利益とEBITDA
ウォーレン・バフェット氏が、経営者が意図的に公表される業績をEBITDAでお化粧することに警鐘を鳴らしています。減価償却費を除く利益概念は、固定費の水膨れ、各種投資の巧拙を巧妙に隠してしまう必殺技なのです。

⇒「不適切会計の手段 -キーメトリクスのトリック(4)経営成績を過大表示する指標の提示 - 利益とキャッシュフローの代替指標によるごまかし

⇒「(スクランブル)海外M&Aブームの罠 価格高騰、収益貢献には時間
既に米国ではEBITDAに「死亡宣告」が出ており、ワールドコムの不正経理事件を受けて、「レギュレーションG」(SEC:2003年)で、会計基準に準拠した利益指標を合わせて表示するように義務付けられています。

 

■ EBITDAを用いる罪その2:企業価値測定のための収益指標はもっと進化している!

EBITDAは、まだ会計的計算技法が未熟だったり、スプレッドシート活用やICTの発展前の簡便的作業が前提だった時代の遺物に過ぎません。現代では、企業価値評価のための収益性指標は、EBITDAより進化したキャッシュベース収益性指標を用いることが一般的です。

ここでは代表的な2つの企業価値評価方法を紹介します。

(1)エンタープライズDCF法
企業価値 = 営業フリー・キャッシュフロー ÷(WACC - g)
※ WACC:加重平均資本コスト
※ g:営業フリー・キャッシュフローの成長率

営業フリー・キャッシュフロー
= NOPLAT + 減価償却費 + 事業用運転資金の増減 - 正味投資額
※ NOPLAT(Net Operating Profit Less Adjusted Taxes:みなし税引後営業利益)
  =(営業利益 + オペレーティング・リースにかかる支払利息)×(1-実効税率)

(2)エコノミック・プロフィット法
企業価値 = 投下資産 + エコノミック・プロフィット ÷(WACC - g)
※ エコノミック・プロフィット
 = 投下資産 ×(ROIC - WACC)
 = NOPLAT -(投下資産 × WACC)
※ ROIC = NOPLAT ÷ 投下資産

いずれの方法も、NOPLATを計算することが必須となっています。この指標とEBITDAの最たる違いは、①事業用運転資金の増減、②正味投資額 を考慮しているかしていないかです。①は、在庫や売上債権、買入債務の増減、②は、追加的設備投資を意味し、簡単に算出するには減価償却費と有形固定資産への投資額の差額を取ります。

つまりここで言いたいこと。EBITDAは、損益計算書(P/L)しか手元に無かった時代に、キャッシュベース利益を算出する努力の賜物。そういう歴史的経緯には敬意を払いたいと思いますが、現代ではキャッシュフロー計算書が簡単に手に入ります。キャッシュベース利益として、EBITDAの簡便さの有利性は完全に失われました。

⇒「(やさしい経済学)ROE重視と企業価値創造(6)絶対額も考慮、縮小に歯止め 小樽商科大学准教授 手島直樹 - エクイティ・スプレッド論ですら、簿価のくびきから自由になっていない件
⇒「(やさしい経済学)ROE重視と企業価値創造(8)キャッシュフロー創出力がカギ 小樽商科大学准教授 手島直樹 - 企業価値は会計的利益をひとひねりしないと出てこないけど、単純にキャッシュフローでもありません!

 

■ EBITDAを用いる罪その3:EBITDA倍率は、将来の利益・キャッシュ成長と割引価値を完全に無視している!

PERは、過去の利益もしくは企業の来期公表業績予測値や市場関係者の来期予測利益(QUICK)から算出されます。EBITDA倍率も、ほぼ、過去3年平均や足元の利益水準で計算されます。そうした株価や企業価値の算定がまかり通る大前提は、

① 投資対象企業の将来にわたる利益額(もしくは投資利益率)が不変である
② 将来キャッシュフローに対する割引現在価値を完全に無視しうる

という実務では到底考えられない仮定の上にしか成り立たない企業価値算定方式です。

前述でソフトバンクグループの孫氏の発言「(買収価格が)高いという見方もあるが、将来の成長余力を考えると10年後には安く買えたと思ってもらえるはず」の含意は、ROICやgの値が買収時よりも大きくなることを想定して、大枚をはたいて投資対象企業(事業)を傘下に入れていることを示しているのです。

「買収価格が買収先企業の帳簿価格を上回った場合、超過額をのれん代として資産に計上する。買収先の経営が思わしくない場合はのれん代の減損処理を迫られるため、高値買収は将来の損失リスクにつながる。」

「M&Aの経験が少ない日本企業は「高値でも買ってくれるため売り手から好まれている」(外資系証券)との指摘もある。買収を成長に結びつける買収後の経営戦略が問われている。」

高値掴みかどうかは、買収後に単独で事業採算を飛躍的に改善する秘策があるのか、既存事業とのシナジー効果がプラスになる、言い換えれば、コングロマリット・ディスカウントの発生を回避できる自信があるか、オーガニックグロースより早い成長で高い市場競争力を備えて、コンペチターとの競争において優位になる見通しが立っているか、によります。

それは、将来のROIC水準、g(成長率)の大きさ、WACCの変動率への備えの3つに関して、見通しが立っているという自信があるからこその買収価額になるわけです。それは決して、足元のチープなキャッシュ利益指標の何倍か(EBITDA倍率がどれだけか)で推し測ることができない世界でのお話なのでした。

⇒「ソフトバンクのレバレッジ経営、アーム・ホールディングス買収を2重のキャッシュフローで読み解く!
⇒「一目均衡 ROE最大化と企業価値
⇒「企業価値高める経営、オムロンに大賞 今年度、東証が表彰

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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